第八十一話 宴に酔わない非常識者
時刻は午後6時。
時計の針が長針短針共に一直線になっていることを視認した悠斗は、自由な位置に佇む面々を見渡すと一度咳払いしてグラスを掲げた。
「乾杯」
「「かんぱ〜い」」
その号令と共に宴が開幕した。
明るいうちからカーテンを閉じて照明をつけているため照明はあまり明るく感じない。
各々が自由に食品に手をつけ、立ち食いをし、飲み物を飲み、床を汚して、服を汚して、全てを楽しんでいる。
テレビもついて、誰かがお気に入りの曲を流して、一部が等倍以上で騒ぐので耳がヒリヒリする。
その風景が無性に可笑しくなってきた悠斗はふっと笑ってグラスに入ったジュースを口に軽く含んだ。
最初の1時間ほどはこの馬鹿騒ぎが続くことだろうと予測される。
それを眺めるのもまた一つの楽しみではあるが。
悠斗は初めに少しだけ食事を摂ると、残飯処理のために空腹を残してひとり静かにしていた。
「悠斗、ちょっと話そうや」
そこにちょっかいをかけてきたのは、大天使様だ。
2人で目立たない位置に座り込んで馬鹿騒ぎを見つめる。
白翼とあーちゃんは食べてばかり。
エリカとノアは何かを張り合っている。
唯は司の手作りハンバーグを頬張り、司はその唯の横で口を拭いたり机の汚れを取ったりと介護のように世話をしていた。
時折エリカやノアが輪に入らないかと誘ってくるが全て拒否した。
「悠斗」
突然名前を呼ばれた。
代わり映えのない切り出し方に苦笑しながら首の角度を120度ほど変える。
「お前、俺を不思議に思ってたんだろ」
そう質問される。
そこで区切られればそうだとしか言えないが、まだ言葉が連なってきた。
「何でお前に構ってばっかだったか」
その点に関してなら少し違う。
「それなら現在進行形で不思議だよ」
お前がわからんと肩を竦めて無理解をアピール。
一昨日までは幼馴染みとして親切なやつ、昨日エリカたちから正体を明かされた時からはそれが同情による物だと思い、今では全てにおいて意図や理念を分かれないでいる。
特に、昨日の朝健祉の正体を知らされた時の衝撃と心を深く抉られた感覚は今でも残っている。
友達として、今まで仲良くしてきたと思っていたが、それが思い上がりだと勘づいてしまったから。
「ま、お前の考えてることはわかるぞ」
健祉は片手に持ったグラスを傾けて、飲むわけでもなくその飲み物の濃い色を鑑賞している。
彼の推測が図星をついていそうで少し居心地が悪くなる。
それでもなぜか、健祉が眺めるグラスのジュースに悠斗も視点を合わせていた。
「たしかに俺は同情してたし、憐れんでもいたよ。お前のこと」
語りが始まった。
その自己申告に、悠斗は図星だと驚きながらも、やはりか……という寂寥感に強く襲われる。
悠斗の目を直接見ず、グラスの位置を動かして歪んだ顔をそのグラスに映した。
「だがそんな理由じゃなく、俺はお前に付き纏った。別の二つの理由で」
「……二つ」
悠斗の返しに頷くと初めて悠斗の目を見た。
そして、
「だがその前に、お前に取って俺はどう映る?」
引き締まった面構えで悠斗を見た。
対する悠斗も固唾を飲み、遅れて言葉を飲み込むと少しばかり解釈に悩んだ。
が、急いで答えを出す。
「どう、か……。良くも悪くも俺にばっか固執してる奴。優しい、気がきく、勘が鋭い、いろんな部分において俺の上にいる凄くて変なやつ」
そして結局、そんな評価を出した。
低評価部分よりも高評価部分を口にしたのは何となくだ。
日頃悠斗が思っている感心や、ある種の嫉妬を本人に理解させてやろうと思っていたのかもしれない。
「……俺がお前に固執する理由。一つ目はお前の両親だ」
悠斗の称賛を流すように謎について話し出す。
何か言えよ、と愚痴りたくなったが、その理由を耳にした途端開きかけた口の動きが停止した。
何故、健祉から悠斗の親に関する話が出て来て、それが現状と関連するのか、予測すらも立てられない展開に愕然としている。
悠斗の無理解を乗り越えて、健祉は言葉を続けた。
「天界は罪なき魂を裁判にかける場でもあるんだ」
罪なき魂……?
「だから、お前の両親は時こそ違えど共に天界で成仏した」
口に飲み物を含みながらそう言うと、一度グラスを置き、改めて2人に冥福を祈るように両手を合わせた。
悠斗はその光景を前に不自然な感覚に囚われた。
その言葉にならない思いを心に潜めたまま、静かに天井の先を見上げた。目に映るのはただただ白く、所々に汚れのある天井。
しかし、余談に近いが、天使の存在はユダヤ、キリスト、イスラム教のあたりの考え方だが、成仏は仏なので仏教だ。
……天界とは、世界のすべての宗教を織り交ぜているのだろうか?
もしそうなら、とても混沌としていて、思想も定まらなさそうだ。
「お前の両親と……話したよ」
「っ――!」
死した魂と会話ができるのか!と言う驚きなんて微塵も心に浮かばなかった。
心も脳内も、両親の愛情と表情でいっぱいになっていた。
「頼まれたんだ……お前のこと」
瞬間、涙腺が緩んだ。
死してなお、両親が悠斗のことを気にかけていてくれたこと、そして健祉がその要求を飲んで今この時までその役割を果たそうとしてくれたこと。
心に来ないはずがない。
肉体強化でも強化しきれない心は実に脆弱で、簡単に揺すられて、容易く心情が変化してしまう。
ガラスのハートよりも脆いかもしれない。
「泣いてたら、支えてあげてって頼まれたんだ……」
首の角度を上げ、天から見守る2人を見つめ返すように目を細める健祉。なんとなく、懺悔を始める気がした。
「一応言っとくが、俺はお前に助けられてばっかだ。だから罪悪感とかを見せるのはやめろよ」
初めて健祉の先に立った気がした。
「…………」
健祉が珍しく押し黙る。
次第に騒がしい背景の色が薄れていく感覚があった。
唯のハンバーグをつまみ食いしたノアが、辛さに涙していることさえもただの壁にかけられた絵のように、無音であったように思える。
「俺がそんなことすると思うか?」
「普通はしないから言ったんだ」
「…………」
取り繕おうと否定的な意味の質問をするが、悠斗がそれを上手に封じた。
普段はしないことを突然にされたら驚く。
だが、あまり負の感情を見せない健祉が悠斗にそれを見せるのは、皮肉が過ぎる。
自身があまりに惨めになるので自粛を願う。
互いに相手の気持ちを読むのは得意だ。
理解は、しているだろう。
「ふっ、それは確かにな」
自嘲的な苦笑を挟んで話題と自尊心の暴走に区切りをつけると、空気を変えた。
「じゃあ悠斗、先代の神の中で、死んだのって誰だか知ってるか?」
今の話にも多少縁のある内容だ。
その件についてはエリカたちの予想を交えて調法済みだ。
「お前の両親……なんだろ?」
控えめにジュースを口元に運ぶ。
制御した理由は相手への配慮なんて賜物ではない。
自己保身のための卑怯なはぐらかしだ。
悠斗が健祉に文句を言いたかったことは、ここにあったからだ。
悠斗はエリカたちにこの推測を聞かされ、推論を立てた。
健祉は両親の死によって悠斗の両親を殺したも同然。だから悠斗に纏わりついて罪滅ぼしでもしようとしているのではないか、と。
その強引極まりない仮説を過信し悠斗は言葉を自制した。
だが、
「ああーー、やっぱそう来るよなー、そう思われてると思ったわー」
落胆せず、肯定もせず、明るく快活に声を上げた。
「えっ? 違うのか」
健祉の態度に面食らった悠斗は、控えめに口に含んでいたジュースを一気の喉に通してしまった。
健祉は、しまった、といった様子で顔に手を当て天を仰いでいたが、悠斗の質問にバッと体を起こすと、
「違う! 断じて違う」
と勢いよく否定した。
これっぽっちも可能性を考慮していなかった事実にキョトンとして口を聞けないでいた。
しかし、だとすれば誰だ?
わざわざエリカたちに言うことを拒んでいる事から考えれば……悠斗の両親か?
…………。
それとも……。
「先代で真っ先に命を落としたのは『デスサタン』だ」
想像をまたしても超えてきた。
悠斗は呆気に取られるが、思考回路だけは働いていた。
もし健祉の言葉が真なら、何故エリカたちに隠していたのか。一蓮托生制度を話した以上、拒む理由がない。
それは勿論、権利や尊厳の問題で言えば色々とあるだろうが……。
「ヴァラグの奴にいい印象は無かったろうけど、アレはアレで結構悠斗のことを気にかけてんだぞ」
「はあ? あれで? んなわけないだろ、ボコボコにやられたんだぞ」
健祉のセリフにケチをつける。
もしあれが本心からの親切心なら、そんな危険極まりない優しさは早々に捨ててもらいたい。
「詳細は知らないし、知ってても伏せるが、あいつは自分のせいで親が死んだと思ってんだよ」
「…………」
それを理由に立てられると何も言えなくなる。
両親の死は……その辛さを知っているからこそ、その原因を作ったのが自分と分かった時、どんな絶望と後悔が自信に残るか、容易に想像できた。
「自分の弱さを知ってるから、弱い悠斗を見て腹を立てたんだろ」
「いや、事実だけど凹む言い方……弱さに腹立てるて」
健祉の客観的評価にそんな子どもみたいな、と笑いが出そうだったが、案外自分の表情は引き締まっていた。
悠斗は自分のグラス内のジュースが切れていることに気づき、立ち上がった。
「俺も」
「はいはい」
健祉も少し残っていたが、コップを差し出してきた。
それを受け取り冷蔵庫前でジュースを補給した。




