『第八部』 第八十話 繋ぐノート
夕方4時半。
インターフォンが鳴り、宮園兄妹が来訪した。
「やあ、4時間ぶり」
ドアを開くと司が妙な挨拶で手を挙げる。
その彼の上げなかった反対の左手にはどこで何を買ったのか袋が握られていた。
後方にいる唯は自身の腕を抱えて偉そうに悠斗を見ている。
一度目線を向けてやると「ふんっ!」と金髪を揺らしてそっぽを向いた。一体何に怒っているのだろうか?
触らぬ神に祟りなし、ここは黙っておくのが適切な判断だろう。そう思い視線を司に戻すと2人を招き入れた。
「まだ4時半だぞ、早くないか?」
居間へ続く廊下を歩きながら司に尋ねる。
パーティー兼作戦会議は6時から、早めの到着には理由があるのだろうか?
司の持つ袋が歩くたびにガサガサと音を立てる。
「うん、ちょっとね。それで、そのちょっとのためにキッチンを借りたいんだけど……いいかな?」
居間に到着と同時少し離れた位置にあるキッチンを一瞥して言った。
そのキッチンは丁度今悠斗が使用しようと準備が完了した状態にあった。
「まあ、場所をあまり取らないなら……」
悠斗が仕事できる程度に自重してくれるならと許可するとありがとうと言って早速支度に入る。
「――? 唯は手伝わないのか?」
司の行動開始に対して、唯は兄を見つめるだけだった。てっきり愛の共同作業を始めると推測していた悠斗は面食らった様子で聞いてみた。
「アタシが手加えたら美味しくなくなるから」
そう言ってスマホを取り出すとソファーに座って操作を始めた。まるで自宅のように寛ぐ姿に頭が痛くなる。
だが、悠斗も料理等の家事を進める必要性があるので司に並ぶようにキッチンに立つと料理を始めた。
「よーし、出前の品を選ぶぞ〜」
そこへ毎度の問題の元凶となるエリカがドアを盛大に開いて現れる。
手にはスマホと幾つかのチラシ、後方にはそれぞれの部屋から連れ出してきた女子3人がいた。
「突然招集をかけたと思えば……まあいいですけど」
ノアがエリカにため息をついて適当なチラシを一枚奪い取る。それはピザ屋のチラシだった。
「なあ、今更なんだけどよ、割り勘っつってもオレたち金ないぞ?」
白翼はエリカの発言とは全く違う趣旨の問題を展開する。
だが、その点は既に悠斗が解消済みだ。
「それなら気にすんな、俺がお前らの分も払うから」
キッチンから多少声を張って伝達した。
唾が食材に散らないよう、少し位置を外れるという配慮は彼らしく実に完璧だった。
「そうなのか……」
しっくりこない、そんな曖昧な顔で首肯した白翼。
しかし、彼女の憂いはよく理解できる。
悠斗も考えていないわけではない。
彼女らはこれから先どのようにお金を稼いで、どのように悠斗に借りた分を返せばいいのか。
アルバイト程度では恐らくこの先を考えると足りないだろう。
将来像を考える上での議題となりそうだ。
エリカが唯の目の前にあるテーブルにバサっとチラシを広げた。
当然4人がそこに集まるので、唯も会話に参加しているような風景になっていた。
「すごいの、これが一番高いの」
そう言って右眼を光らせたあーちゃんが寿司屋のチラシ。
指で指し示すそこには、5人前50貫で税込約八千円もする高級セットの参考写真があった。
因みに話が少し逸れるが彼女は現在も眼帯をつけている。
悠斗の回復魔法で治せるか試みたが、何度試行しても一向に治る気配がなかった。
側で見ていたエリカ曰く、魔法的干渉によって破壊された眼に魔力のプロテクターが形成されてしまい悠斗の回復魔法が届かないのでは?とのことだった。
あくまで彼女個人の見解だが、知力が0に近い悠斗が聞けばとても最もらしく聞こえた。
更に彼女は、「悠くんが遠距離回復を習得したら内側から治せるから、その時にもう一度試すといいんじゃない?」とも付け加えた。
現在の悠斗の蘇生や回復は、表面から内側へと干渉して効果を発揮していくためプロテクターによって阻害されるが、遠距離回復によって内側から治療することができれば、プロテクターを無視して直接癒せるらしい。
勿論、悠斗が成長できるのか、と言う点と、治療できなくなることはないのか(時間制限はないのか)、と言う点においての問題は考慮しない上での話だ。
余談はここで打ち切り5人の少女たちへと戻る。
「アタシ寿司がいい」
あーちゃんが指さすチラシを見て唯が無表情に呟いた。
独り言のようにスマホに視線を落としながらそれだけ言うと、喋らなくなる。
今頃だが、一体唯はスマホで何を見ているのだろうか?
「しかし色々ありますね……お寿司にピザ、お好み焼き、カレー、丼系…………おせち?」
「は?」
チラシに目を通すノアが次々と大まかな種名をあげていく中、一つだけ理解に苦しむ単語が含まれていた。
野菜を丁寧に切り刻んでいた悠斗の手の中の包丁が強く音を立てて停止した後、悠斗は一旦手を洗い彼女たちの下へ駆け寄った。
そこには、ノアが口にした通りおせちの広告も紛れ込んでいた。
「なんでおせちなんだよ」
持ち出した張本人にチラシを突きつけて確認する。
「いや〜、美味しそうだったからつい」
「季節を考えろ季節を」
いや、季節以前にチラシは昨年度に配布されたもの。つまり悠斗が手に持つチラシに記載されているものは全て昨年度までのものだ。
この場に持ち出す理由がない。
「そんなこと気にしてたら生きてけないよ?」
「気にしてなかったら余計生きてけないだろ」
可哀想な目で見てくるエリカがとてつもなくウザかった。
こいつはアレか、アホなのか。
冬に半袖半パン、夏に長袖長ズボンを着る季違いなのか。
「そんなことより早く選べ。宅配の時間ってのもあるから」
既にいくつかの予約が出ていてもおかしくない。
下手をすればパーティーの食事が終わるあたりでなければ届けられない、なんて事態が発生するかもしれない。
「う〜ん、でも何がいいかな〜」
エリカが悠斗の催促を話半分程度で聞き流し、急ぐ様子なく呑気に頭を悩ます。
「私、これにしてみたいの」
あーちゃんが先ほどから見ていた高級な寿司50貫セットを指して言う。
「ぐっ……悪いな、それは難しい」
あーちゃんの頼みを断りたくなかったが、流石に値段が桁違いすぎる。値段と品数の釣り合いが取れてなければいけない。
「もうこれでよくね?」
白翼が一枚をテキトーに取り上げた。
本人も何を取ったか自覚していないため一度自分の方に向けて内容を確認した後、全員に見せた。
「ピザか」
そこには多種のピザが値段とともに小さく書き揃えられていた。
「いいと思います。種類も豊富でみんな自由に切り分けて食べられますし」
ノアが、催しの食品としては優秀で妥当だと評価する。
悠斗も納得の色を示し「そうだな」と了承すると、
「じゃあそん中からMサイズで……5、6個選んで、そしたら注文しておいてくれ、ノアが」
方向性が決まったところで悠斗が指示を出してキッチンへと戻る。最後にノアを強調して指示したのは、常識と信頼からだ。
キッチンに戻った悠斗は、一生懸命料理する司を目にすると静かに近寄って様子を確認してみた。
彼が既に切り終わっていた玉葱から放出された、気化した硫化アリルが目や鼻に入って少し染みた。
「……何作ってんだ?」
その玉葱も炒め終わり、肉や野菜類を素手で混ぜ合わせる様子から完成するものは予測できる。
「ハンバーグだよ」
「だろうな」
それは推測できる、が、サイドに控えてある調味料の用途が謎だ。
「じゃあそこの七味や唐辛子等の香辛料は何に使う」
明らかに不要な調味料を顎で示して聞いてみる。
「ハンバーグには塩や胡椒、場合によってはペッパーなんか入れても美味しいんだ」
「それは知ってるが……その代わりか?」
塩辛さと香辛料の痛覚に直接訴える辛さとでは訳が違う。
「いや、塩や胡椒に加えて入れるんだよ」
「アホだろ」
きっと美味しくない。絶対美味しくない。究極美味しくないに決まっている。
そして司はそれを行動で示した。
左手でボウルを抑え右手でハンバーグの素?を捏ねていたが、左手をボウルから離すと片手で胡椒や塩を少量加えもう一度捏ねる。
しばらく捏ねて、また左手がボウルから離れる。
今度は七味や唐辛子をぶち込むように放り込んだ。
「アホだろ!」
見ているだけで喉に痛みが走るほど生肉が更に赤みを帯びる。食べたくない。
司は悠斗の叫びを意識の端で捕らえるだけ。
全く動じずに右手を強く回していく。
頭を抱えた悠斗はため息をついて自分の仕事に戻った。
そこでふとピザの注文グループに視線を送ると、ノアが丁度スマホで注文を終えていた。
……よく住所を言えたな。
まあ、それを聞いたところでどうせ「私の家ですから、住所くらい覚えます!」と帰ってくることは目に見えていた。
極力周囲の全てを意識の外に外し料理に集中した。
自由気儘に寛ぐ5人と調理の煙に汗を流す2人。
時を忘れて己が自由に、また強制的に過ごす中またしてもインターホンが鳴った。
時刻は5時半、宅配にしては早いし、車の音もバイクの音も恐らくしなかったのできっと福田が来たのだろう。
音に関してはハンバーグの焼ける音が原因で聞こえてない可能性が十分にあるが。
「誰か出てくれ」
そう推測した料理中の身である悠斗は僅かの時間節約のために暇人たちに任せる。
「エリカ行きま〜す」
機動戦士が出撃する時のような喋り方で玄関へと向かう。
ただ1人を迎え入れるだけなのに無性に心配になる。
これが杞憂でなければ恐らく彼女の人生は前途多難だろう。
一人でバカバカしいことを考えていると横で油の弾ける音に紛れて玄関の扉を開く音が聞こえた。
「はいは〜い」
エリカの声から機嫌の良さそうな彼女の表情が容易く想像できた。今の短期間で何があったのだろうか?
「――え⁉︎ エリカちゃん⁉︎」
瞬間、悠斗の体が跳ねた。
手にしていた料理器具をバン、と叩き付けるように置き、高速で手の汚れを洗い流すと俊足さを行使して玄関に飛び急ぐ。
「……皀か」
困惑する表情、そして優しい声色、そのどちらもが記憶に新しい。
数少ない推測異世界無関係、且つ中学時代の元クラスメイト。
エリカが少し開いたドアから夕日が差し込むことはない。
だが微風がすぅっと隙間風のように通過する。
エリカも想定外の事態にぎこちなく顔を悠斗に向けて、
「……ど、どうしよう」
と苦笑いを浮かべていた。
「え……と、その、ごめんなさい、お邪魔しました!」
戸惑ったまま成す術なく走り去る夏花。
悠斗も一瞬動揺したが、彼女が逃げ出せば行動を起こさざるを得ない。この光景を見られて黙って帰すわけにはいかない。
「エリカ、奥の奴らに説明!」
「分かった」
悠斗はエリカにそれだけを指示すると全速力で駆け出した。元々男女間での運動能力の差は歴然、小学生の頃福田と陸上のクラブに所属していた悠斗と、大してスポーツ経験のない夏花とでは尚のこと。
時間差を思わせないほどの距離で容易く皀を確保する。
「待て、待ってくれ……」
「うぅ〜〜、ごめんなさいごめんなさい、何も、何も見てません、本当の本当の本当に全く何もこれっぽっちも目にしてませんから!」
悠斗に肩を掴まれ硬直した彼女は涙目で振り返り、ぷるぷると震えながら謝り倒す。
彼女の動揺ぶりは異常だ。
まさか同居が早速バレたのか?
それとも家に二人きりでいると勘違いして、更に不健全なことをしていたと重ねて誤解しているのか?
とにかく落ち着け、落ち着くんだ、be cool、be cool。
上手く、上手く、やり過ごせ、俺。
「違う、多分違うから。話を聞いてくれ」
自分を宥め切れてない悠斗が、夏花を宥めようとするが、流石にそれは不可能だ。
自身を平常心に戻してからでなくては、他人の説得などできるはずもない。
「でも、見ちゃいけないことだったんじゃ……エリカちゃんも『どうしよう』って困惑してたし」
ぐっ、なかなか鋭い。
が、夏花もこれで見たことを自白した。
「いや……見られたくはなかったけど、別に大したことじゃないんだ」
この時点で相当怪しかった。
自分でも思うほど下手な言い訳だが、テンパりすぎて他に浮かばなかった。
「ほら探偵部、探偵部ってあるだろ? アレの集まりなんだよ」
真実ではないが事実ではある。
健祉がいない現状、あの場にいるのは探偵部の全員のみ。
苦しい口実だが、なんとか誤魔化せそうだ。
「そうなの、かな……でもそれなら慌てる必要ないと思うけど……」
ぐっ、またしても痛いことを。
「いや、ほら、今の皀みたいに誤解されるって考えたら慌てるだろ?」
本人を例に挙げて信憑性を強める。
これで無理矢理納得することはできるだろう。
当然ながら納得できないことの方が多いだろうが。
「確かに……そうかもしれないけど」
それでもやはり難色を示す夏花。
ここは安定の話題転換方で攻めるしかない。
「それよりノートを返してもらおうと思ってきたんだろ?」
「え、あ、うん」
強引に内容をすり替え、会話を捻じ曲げる。
「ちょっと上がっていきなよ」
落ち着いて話す時間が欲しいと思い誘導する。
「いやいや、ノート返してもらったら――」
「いいからいいから」
夏花の拒否を無理矢理押さえ込んで家に連れていく。
…………先ほどから部分部分が不健全だ。
「う、うん……」
なんとか誘導は成功した。
そこで悠斗も一度安堵し、彼女が来訪した時最も疑問を抱いた点に関しての質問をしてみる。
「ところでいつ俺の家知ったんだ?」
「ふぇっ!」
驚かれた。
「……どうした?」
どこに仰天要素があったのか理解に苦しむ。
「い、いやまあ、中学の時に偶然見かけて」
そう誤魔化す。
これは嘘だ。
悠斗でなくても見破れるほど目が泳いでいた。
だが、こういった風に誤魔化す奴に限って詰めが甘い。それを知っている悠斗は「中学の時」の部分だけは事実だろうと推測できた。もっと上手く誤魔化すなら高校の時と言うべきなのだ。
まあ、真実は悠斗にもわからない上に、先程取り乱した手前偉そうには言えないが。
「そうなのか」
彼女が追及を拒む様子だったので納得した風を装っておいた。夏花も安堵の吐息と同時に胸を撫で下ろす。
数秒前に到着していた神本宅玄関前。
話の区切りもついたところでドアを開く。
「入って」
断りづらくなるように皀を自分の前に立たせて、後ろから圧をかけるように催促する。
夏花には悪いが小さき事ながらあの現場を見てしまった以上、口封じ(説得)が必要だ。
「お、お邪魔します」
バッグを持ち直して一歩踏み込む彼女は、緊張でいっぱいだった。
悠斗もそれに合わせて内へ入るとドアが自然に閉まるのを待った。
彼女を怯えさせるわけにもいかないので、鍵はかけず率先して靴を脱ぐ。
「こっち、あがって」
大量の靴のを足で寄せて靴を置く位置を新しく作ると、その場に靴を置くように指示して家へと上がらせる。
そのままペタペタと廊下を進んで、奴らの待つ居間へと案内する。
「…………」
扉を開ける前から察知はしていたが……。
見事なまでの静寂な世界だ。
静が空間を支配し、司の料理の音だけが無性に耳に響く。
おかげでハンバーグの焼ける匂いも先程の2倍以上の力強さで嗅覚を刺激してくる。
「…………」
唯は相も変わらずスマホの何かを熱心に見ている。
司も変わらず妙な料理に励んでいる。
問題は他の4人だ。
静かに椅子やソファー、床に鎮座し、ただ静かに動じず無言を貫いている。
かえって不自然だ。なんとも気味の悪い。
「……おい、お茶」
客人に攻めてものもてなしを、という意図で誰を指定するでもなく言った。がそれがまずかった。
「あー、はいはい、ただいま!」
「ま、待ってくださいね」
ノアとエリカが同時に動き出した。
「ちょっとノアちゃんは関係ないでしょ」
「いつも動かないくせに何で今だけ行動しようとするんですか。そっちの方がおかしいです」
定常。
普段の無遠慮極まりない喧嘩が始まる。
「ちょっと待っててくれ、ノート取ってくるから」
この方が無言の空間よりマシだと判断し、悠斗は夏花を置き去りにして二階へと上がっていった。
「…………」
状況に唖然として立ち尽くす皀。
それを見兼ねた……わけではないが、唯が口を開いた。
「そこの辺にでも座ったら?」
上級生であるにも関わらずタメ口全開で接する。
しかもスマホを見たまま食卓の机を指し態度まで最悪だ。
おもてなしの精神がカケラもない。
「あ、はい」
だが夏花も夏花。彼女もまた下級生相手に敬語で指示に従う。
もはやどちらが年上なのか……。
「ちょっとノアちゃん、お茶渡してよ」
「エリカさんこそ、コップ渡してください」
まだまだ続く応酬合戦。今までに類を見ない戦いだ。
「だったらノアちゃんのコップ使ったら」
「あれは私とお兄ちゃん以外使用を認めないんです。それに今使える客人用コップはそれしかないんですよ」
「だったらノアちゃんがそのお茶をこっちに渡せばいいじゃん」
「そっちが渡せばいいんです。もうエリカさんのコップ使っちゃいますよ」
「ざんね〜ん、私のコップはただいま絶賛使用中でーす」
「ああもう! いいから早く渡してください!」
「そっちこそ!」
「いい加減にせんかこのドアホ共ガァ‼︎‼︎」
そこに戻ってきた悠斗が平手で二人の頭を引っ叩いた。
突然の衝撃に頭を押さえ込む二人。その二人が痛みに悶絶している事など無視してお茶とコップをぶんどる。
「悪いな」
すぐさまお茶を注いで呆然としている夏花の前へノートと一緒に差し出す。
「あ、いや、ううん気にしないで……」
若干気まずそうに苦笑した後、その空気を濁すためにコップを手に取ると一度に半分程度を飲み込む。
「ふぅ……。これ、ちゃんと写せた?」
軽く一息ついて気持ちを落ち着かせる。
そして今度は悠斗がたった今返却したノートを手に取ると、悠斗が写すべきだったページを開きながら尋ねた。
皮肉を感じる質問だが彼女の真意はそこにはなかった。
純粋に親切な子だ。
「ああ、本当に助かったよ。家が分かんないから明日返そうと思ってたけど、わざわざウチまで来てもらって」
重ねて感謝する。
彼女は実に心優しいと本気で思う。
中学時代から仲良くなれていればよかった。
そんな無駄な仮定過去を妄想するほど。
「ううん、友達の家に行った帰り道だし」
小さく笑って大した事ないと謙遜する。
立派すぎる対応に悠斗は心が温まる。
そんな悠斗の感情に気づいたのか、緊張した夏花はぐっとお茶を喉の奥に流し込むとバッグとノートを持って椅子を引いた。
「じゃあ私は帰るから、ごゆっくり」
勘違いし続けている夏花が気を利かせて帰ろうとする。
「あ、ああ、ありがとな本当に」
失礼のないようきちんと玄関までおくる。
敢えて彼女の勘違いは指摘しない、が別の点で一つ。
玄関まで行くとその話をした。
「態々足を運んでくれたのに悪いんだが、今日の集まりのことは秘密にしてもらえるか?」
両手を顔の前で合わせて小さく頭を傾ける。
悠斗の見送りに鼓動を高鳴らせながら靴を履いていた夏花は立ち上がると、
「うん、いいよそれくらい」
と嘘偽りのない好意的な笑顔で答えてくれた。
「本当にありがとう」
重ね重ねしつこく、煩わしいほどだが、この程度の質と量では足りないほど感謝できる。
そこにはもしかすると、中学の時のクラスメイトだから、という理由も含まれているかもしれない。
「じゃあまた明日ね」
「ああ」
初めてとも思える挨拶だった。
また明日。
明日もまた会うことを今日のうちから確定させている。
悠斗は中学以降次の日のことをこんな形で想像したことがあっただろうか、いや断じてなかった。
少しだけ明日が楽しみになった。
鼻歌まじりにキッチンへ戻るとエリカとノアは未だに張り合っていた。
支度が完了するまで自由に乱闘させてみたら、悠斗は悠斗の仕事に熱中することができた。




