第七十八話 昼食談義
昼食にしては早過ぎる時間、客の数は疎らとも言えないほどの少なさだった。
店員に人数を伝えると近接した2つの4人テーブル前まで案内され、「ご注文が決まりましたらお呼びください」と厨房の方へと姿を消した。
「…………ずるい」
悠斗の対角の位置に座るエリカが正面にいるあーちゃんをジーッと見つめている。
いや、睨み付けているの方が適切かもしれない。
それほど凶悪な目つきだ。
「え……えっと……換わる?」
「ほんと!」
天然なあーちゃんでも読み取れるほど真意丸出しのエリカ。年下の気遣いに躊躇いなく縋ろうとする。
恐々としていた目つきから一変、まるで別人のような華やかで爽やかな笑顔がとても眩しかった。
「ダメです」
それに強く反対するのはエリカの隣に座るノア。
腰を上げかけ、テーブルに両手を付いたエリカの腕をガシッと掴み、行動を阻害する。
先のエリカの視線と同じくらい凶悪な様相にエリカは不満そうに口先を曲げた。
「え〜、ノアちゃんは正面だから妥協できるんだよ〜? 私と同じ立場になったら同じこと言うって、絶対ー」
どうせ同じ思考で同じ答えに辿り着くだろ、と指摘して自分の意見が間違っていないことを突きつける。
「その考えは理解できますが、この席で一度確定したんです。私でもそこまではしません」
自身の清楚さをアピールし、誇示するように薄い胸を張りエリカに対して強く出る。
「お前らちょっと黙れ」
これから騒ぎ始めると予測し、いつものように適当に注意を促しておく。
「そんな、私はエリカさんを鎮めようと……」
ノアがガックリと肩を落として悠斗の顔を潤んだ目で見つめる。その隣では悪事を働いていない敵が勝手に注意されるのを見て悪魔がくすくすと笑っていた。
「お前は確かに悪くない。でも自分を過大評価してると思うぞ」
悠斗がノアに対して注意を与えたのはどちらかと言えばそこだった。
凄くもないことを誇り、現在悠斗の正面の席を確保しているというマウントを振り翳してエリカを宥めている。腹は立たないが面倒なので同時に注意をかけておいた。
「そ、そんなことないですって!」
「ほう……ならエリカと席換わるか?」
「うぐっ……」
悠斗の見透かした目と図星のセリフに言葉を詰まらせるノア。横では相変わらずエリカの微笑が鬱陶しく揺れている。
「お前もいいだろ、ここで席が対角位置になるくらい」
嫌味な表情を残すエリカに、悠斗は続けて呆れた態度で言った。
「ぅぅ……だってぇー……折角いい雰囲気になったのに」
悠斗の言葉に少しいじけたフリをして、朝の恥ずかしいネタで揺すってみる。
「っ……あのな……それとこれとは違うだろ」
「あー、赤くなっちゃって〜」
偽装した感情であると理解していながらも赤面してしまった悠斗をエリカが揶揄う。
「ああー鬱陶しい! お前だけ別席にしてやろうか!」
胸が高揚し熱くなる悠斗が軽く怒鳴る。
が、当然勝手に別席を使用できるはずもないのでその脅しは全く通用していなかった。
「おい悠斗、俺がいい席配分教えてやろうか?」
と、そこへ突然健祉の声が割り込んできた。
腰を浮かせた悠斗は、通路を挟んで向かい側の席の白翼の奥で手を挙げる健祉を見た。
ニヤニヤと笑っている彼の指示通りに一応行動してみた。
「おお、完璧だな」
少しだけ他の客の迷惑を気に掛けながら移動した結果、悠斗にとっては理想的な配置となった。
「ええ〜、納得いかない〜」
軽いノリで文句を言うエリカは、通路を挟んで悠斗の向かいの席にいた。
「私もです」
否、エリカだけでない。
エリカ、ノア、あーちゃん、白翼が一つのテーブルを囲んでおり、もう一つのテーブルにボーイズと唯がいた。
「あーちゃんがいないのは残念だが、まあいい配置だな」
悠斗の最推しマスコットキャラであるあーちゃんを隣に据えていた以前の席は、悠斗的に相当ラッキーなものだったが、2人を引き離した点も考慮すれば仕方のない犠牲だ。
自分ばかりいい思いはできない。
「席程度で楽しめて平和だな」
一足早くメニュー表を開く白翼が、興味なさげに呟いた。
その横からあーちゃんもメニュー表を眺める。
そして、遠目にでも眼の輝きの変化がよく見えた。
もしかして外食をしたことがないのだろうか。
メニュー決めのために自然と会話が停滞し、それぞれのテーブルでどれにするか検討する声が聞こえ始める。
「なあ福田、白翼とあーちゃんには何食べさせたんだ?」
その声に紛らせてこそっと健祉の耳打ちする。
耳打ちと言っても、店内がBGM以外の音を立てていないため、それなりには声が通る。
その事が気になった理由は当然今の2人にあった。
2人の様子を見るに外食は人生初、だが、健祉は料理があまり得意ではなかったはずだ。不味くはないだろうが美味しくもない。それを提供するよりかはコンビニ等で出来あがった物を購入した方が楽なのでいいだろう。
「ん? ああ、昨日の昼はウチで作ったチャーハン。昨日の夜もまたウチで作ったカレーだ」
自慢するように……というか自慢しながら鼻を鳴らして答える。
「え、でもお前料理苦手じゃなかったか?」
純粋に驚いた悠斗からの当然の疑問にははっ、と笑って冗談冗談と言葉を取り消す。
「いや、言ったことは間違ってないんだけどな」
と軽く前置きして、
「昨日はガブリエルが来てたんだよ」
こう続けた。
「……? 誰?」
初耳の名前に疑問符を浮かべる。
名前から天界人、それも恐らく大天使の側近あたりの者だとは想像がつく。しかし、顔も身分も素性も全く知らない存在は少し気掛かりだ。
「天界軍の幹部の1人だ。アイツ俺にぞっこんだからな、たまに散らかった家を掃除しに来てそのついでに飯とか作ってくんだよ」
「え、女⁉︎」
「ん、ああ、すげえ美人だぞ。まさに天使、いや女神だな」
その人には好かれていると自称して笑う健祉だが、そんな笑っていられない。
まさか付き合っていたりするんだろうか……。
つい息を呑んだ。
「お、お前……まさか、つ、付き合ってたり……」
「だっはっはっ! ないない、俺にそんな色っぽい話なんてあるわけねぇだろ、だはははは!」
耳元でうるさく大笑いされた。
何がツボだったのか、今まで見たこともないような顔と声で悠斗の背中をバシバシ叩く。
純粋に痛い。
「ガブリエルは若いけど大人だしな、年齢差もある」
「そ、そうなのか……」
年の差結婚なんて珍しくはないが……、と思いつつも、ただの褒讃だったことに安堵する。
「それに、お前んとこのい…………」
言いかけた言葉が突然止まった。
「……どうした」
警戒心を高めて辺りを見回す悠斗に健祉は少し落ち着いた笑いで、
「たははは、悪い悪い、口を滑らせかけたんだよ。何もねえって」
誤魔化す気配もなくそう言った。
「そうか」
ふっ、と苦笑し悠斗も手元に置いていたメニュー表を広げた。
初めのページにはファミレスにしては高い値のつくものが並び、後半に行くにつれて物のクオリティが低くなっていく。最終的にはドリンクやデザートの小物ばかりだ。
「なあ悠斗」
一通り目を通し、品定めに戻ろうとしたところにまた声がかかった。
「明日の放課後、部活やるだろ?」
そう聞く健祉は悠斗ではなくメニュー表を見ている。
「あ……」
すっかり忘れていたと口を開ける悠斗。
忘れていたのは部活だけでなく学校そのものだった。
部活の話題は無視できないと、2人の前で楽しそうに品定めしていた宮園兄妹も耳を立てる。
「面白い奴紹介してやるから全員集まっとけよ」
笑うこともなく単なる通達のように淡々と進めた健祉は麺類の並ぶページで迷っていた。
はあ、と曖昧な相槌を打つと悠斗も特定のページで食品選択に苦悩を始めた。
「…………あ」
メニューを丁度決め終った時、悠斗の脳裏にあるものが過った。それは、一冊のノートだった。
悠斗の微かな声に視線が注がれるが、何でもないと言ってなんとかその視線から逃れる。
(しまった…………皀にノート借りっぱなしだった……)
心で嘆き、更に自分の愚かさを呪う。
だって悠斗は、ノートを返していないだけでなく、まだ借りた理由、即ち板書の書写すら終わらせていないのだから。
「お前ら、決めたか」
帰ったら早速取り掛かろうと決意し、食事を早めに済ませるために注文を始めた。
全員の注文が滞りなく終了し、料理が運ばれるまでの暇が発生する。
「お前ら先にジュース取ってこいよ」
店員が完全に去って行った後、悠斗はエリカたちにそう促した。
「わかった!」
エリカが楽しげに立ち上がり通路に出る。
「――? どこに行くの?」
人生初のファミレス、それを証明するかのような可愛い目がエリカを不思議そうに見ていた。
「飲み物です。さっきドリンクバーを注文したので自由に調達できるんです」
「すごいの」
ノアの簡単な説明に簡単な感嘆で応えた後、あーちゃんも通路に出る。
最後に一度しか言葉を発していない白翼も出て来て、4人揃って飲み物を取りに行った。
黒金姉妹の常識のなさを見るとやはり不自然だ。
そう感じてふと理解した。
恐らく異世界常識のあるものからすれば悠斗は非常識。端から見れば今の2人のように見えるのだろう。
そう思えば、異世界常識を身につけることも必須事項だと俄然やる気が出てくる。
「なあ悠斗」
また唐突に健祉が名前を呼んだ。
いつもいつも突然で少し戸惑う。
まあそれが彼の気の配り方だと知っていれば、とても暖かく感じるが。
「今晩パーティー開かないか?」
内容もぶっ飛んでいて急なものだ。
なんとも相変わらずな性格だ。
「はあ……何でまた……」
目の前でイチャイチャするカップル兄妹を横目に尋ねた。
「悠斗の復活祭と交流会、兼作戦会議だ」
二つほど建前にもならないものがある。恐らく最後の一つが本命だろう。
交流会はともかく、復活祭は悠斗を敬い過ぎだ。イエス・キリストでもあるまい。いや、キリストと重ねるなら悠斗は一回死ぬ必要があるな……。
「別に問題はないが……どこでやるんだよ。それに作戦会議ってなんのだよ」
重なる疑問に押し潰されそうになるがなんとか凌ぐ。
この程度の圧迫に屈したりはしない。
「会場は俺か悠斗の家だな。作戦会議ってのは帰ったらエリカちゃんに聞いてくれ」
と後者については完全に丸投げする。
いや、それともその作戦の首謀者がエリカなのだろうか?
もしそうだとすれば、まさか王政関連の……。
「御明察、って感じだな。まあ俺から言う話じゃないしな」
悠斗の考察を見て心中を察する。
能力があると言えど、やはり健祉の洞察力は優秀だ。
悠斗には到底及ばない領域にいて羨ましい。
「……俺の家使うのはいいけど……、パーティーってことは夕食も含むんだろ、どうせ」
先は言わずとも理解しろという意図で切る。
悠斗の満更でもない顔に口元を緩めると、
「ああ、勿論みんなで割前勘定で」
と言って出されていた水を口に含んだ。
「はいはい、割り勘な」
冗談まじりのセリフの冗談の部分を軽くあしらって健祉から視線を外す。
必然その視線は正面を向くため、楽しそうな談笑で関係を深めるカップルが目に映る。
「あ、僕たちも出すから気にしないで」
悠斗の視線に勝手な当たりをつけて司が笑った。
いや、別に何も聞いてないけどね。
「おう、そりゃどうも」
再び兄妹で交流に励む。
大変睦まじいようで。
「いや〜大漁大漁〜」
しばらく戻ってこないと思っていると、エリカが意味不明なことを言って帰ってきた。
その片手には謎のドリンク入りのコップが握られていた。
「お前はいつ魚を採りに行ったんだ」
「お〜、よく言葉で分かったね〜。やっぱり以心伝心しちゃう仲?」
悠斗の的確すぎるツッコミにエリカが近づいて来た。
通路側にいる悠斗は奥へズレようとしたが、健祉がいるので腰の位置は不動のままエリカの顔を片手で押さえてなんとか凌いだ。
相も変わらず暑苦しい。
「そんなことよりそれ、何混ぜたんだよ」
悠斗はエリカの愛情表現を完璧にシカトしてグラスの気色悪い色の液体を指して言った。
「これ? 何だと思う? 当てたら景品に私をあげる」
「なら無回答で」
「え〜、なんでなんで」
客足が増えないか注意する悠斗に対し、エリカは周りを一切気にせずマイペースな行動を取り続ける。
今回も声量がそれなりにあって目立っていた。
「うっさいな、貸してみ……」
その口を塞ぐ……ことは出来ずとも、せめてボリュームダウンさせるため仕方なく挑戦を受ける。
エリカの握っていたコップを溢れない程度でぶんどり、口元に近づけた。
「ちょっと悠くん……」
味見するのか、と緊張の面持ちで悠斗の横顔を見たエリカ。だが残念ながら、悠斗は口ではなく鼻先にコップの縁を近づけ匂いを嗅ぐだけだった。
案外緊張や落胆よりも安堵の様子の方が強く出ているエリカである。
「メロンソーダ、グレープジュース、ホワイトソーダ、ジンジャーエール……あと色的に炭酸水ってとこか」
「悠斗、この店に炭酸水はないぞ」
「そっか、なら水かサイダーだな」
「…………」
悠斗のソムリエ級の嗅覚、色覚に加え、健祉の店舗知識。この二刀流で容易く見破られてしまう。
「せ、正解」
悠斗を過信しリスペクトするエリカでさえも唖然としている。
「ほら、席付け邪魔になるぞ」
「う、うん」
悠斗の異常性に呆然と立ち尽くすエリカにコップを押し付け着席を促す。
エリカとは少し遅れて3人が戻って来たのだ。
大方ノアがドリンクバーについてを軽く2人に説明していたのだろう。
席決めで揉めた時、エリカはできる限り悠斗の近くに、と通路を挟んで悠斗の隣(隣というには距離があるが)に座っていた。がそんなことも正解報酬のことも忘れて奥側の席へ座った。その隣に腰を下ろしたノアが親切に水の配置を入れ替えていた。
そのシーンを切り取れば純粋に、恋する可愛い女の子、として悠斗からの評判も相当良かったはずだ。エリカはある種の宝の持ち腐れをしている。
その後、悠斗陣もドリンクを取り、戻ってしばらくすると食事が運ばれて来た。
特に変わったことも面白いこともなく食事が進んだ。
ただ一つ悠斗が気になった点といえば、司と唯の仲が良すぎて司の依頼が不要だったのでは?と思う程度だった。
そして、滞りなく悠斗の財布に多大なるダメージを与え、一旦全員解散するとそれぞれの自宅へと戻った。




