第七十七話 入れ違い
それにしても相変わらず談義が進行しない。
話の腰を折るのは悠斗だが、脱線を始めるのは毎度別人だ。どうにか安定して進行できないものか。
「で、結局なんだっけ?」
話が脱線して本題を見失った悠斗が呑気そうなエリカに視線を戻す。
「ん? ああ、結局、私の能力は恐らく不完全状態ってことと、私は大抵の人の場合は対峙するだけで能力が分析できるってこと」
ややこしく絡まった内容を簡潔に纏めると、両手をパンと叩き一区切りつけようとする。
「おけ、考えても分からんことが分かった」
そんな雑なまとめに悠斗は真面目に取り合わず、適当に遇らって終わらせた。
そもそも、重要なのはそこではない。
もっとこう、エリカという存在の根幹から世界の関係性についてなどが要点となるべきである。
「それでさ……」
ぐぅぅ……。
「…………」
「……お腹すいたー」
「自由だな」
「えへへー、フリーダム最高」
何度転換されればいいのか。
ついにはエリカの腹の虫を理由に話が中断する。
お腹を押さえて空腹をアピールする彼女に、曖昧な皮肉をぶつけると笑いながら握りしめた右の拳を天井に突き上げた。
いつか渾名が自由の女神になってしまうのではないか。
そんな低脳なボケを独りでかましたあと、倦怠感をあらわに全員に尋ねた。
「お前ら朝食は摂ったのか?」
ぐるりと見回してみると、見事に全員首を横に振った。
悠斗自身も朝は食べていないので、この場の全員が朝に何も口にせずここに集ったことになる。
そう考えた時、自然と目が潤んだ。
「……んじゃぁ、なんか買ってくるか」
揺れる視界を正し、目元の艶をひた隠しにしながら言う。
健祉とエリカ以外、悠斗の感情を理解できないまま話が進行していく。
「……ならオレも行く」
「――なっ、ならっ、わっ……私、も」
「でしたら私も」
「えー、なら私も一緒がい〜」
白翼を筆頭に連鎖が始まり、エリカで終了する。
唯がその光景を前に「あほくさ」と5人を罵倒する。
何故悠斗まで対象に入っているのか少々納得がいかないが……まあ、寛大な心が許してやれと言っているわけだし。
しかしまあ安定のパターンだ。
これからはどんな時でも彼女らに付き纏われることとなるだろう。
賑やかにはなると思うが、女三人寄れば姦しい。
四人なら尚のこと。
哀しきかな、我が平穏の日常の消失よ。
「分かったよ、なら――」
「だったらファミレスで食ったらよくね?」
準備しろ、そう言いかけた悠斗に新たなアイデアを提供する健祉。
「どうせこの家在住の5人が外出するなら俺たちも出てってそのまま飯食えばいいじゃん」
「おおおお! みんなで食事! 会食!」
「いいですね、楽しそうです」
その提案にエリカとノアは強く賛成し興味を示す。
非常に乗り気なのは2人だけだが、白翼とあーちゃんも多少興味はあるようだ。
「いや……でもな」
柔らかく円滑に断るため、悠斗の意思を理解し尊重してくれそうな司をチラとみる。
当然それには気がつく。
視線が重なり、意思疎通が完了すると、司は親切にも言葉を繋げてくれた。
「この人数だと……ね?」
さすがだ。やはり頼れる男は違う。
悠斗ではなく司が言うことによって、自然な流れで拒否することができる。
周りが「確かに」と同調して、必然ファミレス案が選択肢から外れる。
これができる男の強みだ。
「えー、でもアタシは兄さんと行きたいけど……」
と水を差すように唯が文句を垂れた。
「…………悠斗くん」
「――?」
一度躊躇いがちに小さく名前を呼ぶ司。
悠斗は意図も感情も読み取れずに訝しむだけだ。
「人は誰しも優先順位というものがあるんだ」
真剣な眼差しで告げる。
それが意味すること……つまり……、
「でも4人席を二つ取って騒がなければ問題ないし、行こうか」
賛成側へ寝返った。
「おいぃぃぃーーー、俺の頼れる反対派ーー」
司に手を伸ばして泣き叫ぶ。
これで一対七だ。
「やっぱり! じゃあ悠くん、行こっ」
エリカが司の自問自答?にはしゃぐ。
いや、まだだ!
まだ覆せる!
「待て待て、食事に行って誰かに見られたらどうする、困るだろ? な?」
宥めるように言い聞かせて説得を試みる。
だが、誰一人悠斗の説得には同意しない。
その異議は既に唱えても無意味なものであるから。
何故なら悠斗たちの関係は、もう「そう言うもの」とされているからだ。
「悠斗ー、諦めろー」
健祉が煽りながら6人が固まる方へ寄る。
これで配置的にも一対七の構図が完成した。
「悠斗くん、男は妥協と従属だよ」
「聞いた事ねえ!」
司の主張に吠える。
あれ、日本社会って、男女格差的に男性が有利だったような……女性の方が強くね?
あ、無理だ、終わった。
連行される。
「……そっか、まあ悠くんが嫌ならいいや」
葛藤を続け、渋る悠斗にエリカが苦笑してそういった。
「へ?」
「悠くんの意思尊重については話したしね」
唖然として口を開けたままの悠斗に言葉が並ぶ。
彼女の言う「話したこと」とは、悠斗の幸せを優先するという話のこと。それは即ち、悠斗の意志を尊重し、自分の意思を強要しないという意味でもある。
遅れて面構えを直し、そのエリカらしからぬ発言に戸惑いを見せる。
「ぇぁ、いや、まあ、別にそこまで嫌ってわけじゃ……」
妥協点をここに決め、顔を赤らめながらエリカの引き気味な態度を静止させる。
その赤面する悠斗を生暖かい複数の目と冷たい目一つが見ている。
そして彼ら彼女らは無意識に心でシンクロさせた。
「「デレた」」
と。
「いいの?」
「――いいって、別に」
「やった!」
妥協した悠斗が無理をしていないか確認を取る。
無理なんて様子ではなく、むしろそう望んだ顔だった。
それに対し、エリカは騒ぎ立てることもなく一言喜びを口にして「ひひっ」と咲った。
羞恥心から赤くなる悠斗と、喜びから顔が火照るエリカ。
それぞれの鮮やかな表情を前に一同は静かに出発準備を始める。
とは言っても、持つものもなければ着替えることもない。
準備という準備は、悠斗が財布を持つ程度だった。
全員が玄関から出て施錠したのち、一応聞いてみる。
「なあ、支払いって……」
「「「悠斗」」」「悠斗くん」「悠斗さん」「悠くん」「お兄ちゃん」
「ですよねー……」
全員の声が一緒くたになって押し寄せてきた。
手痛い出費の未来に肩を落としながらレストランへと向かった。ただその前に、現金払いするために必要な量の金を引き出しに銀行へとよった。
大所帯での移動は久しぶりで新鮮な感じだった。
悠斗たちが家を出て10分ほどした時――
ピンポーン
神本宅にインターフォンの音色が響いた。
「…………」
当然外出中なので応答はない。
ピンポーン
一応もう一度、緊張しながらインターフォンのボタンに手を当て、強く押し込んだ。が、やはり返答がない。
なんとなく辺りをキョロキョロと見回して再び正面の玄関と向き合う。
「……いないのかな」
残念そうな、安心したような、定まらない感情でため息をつく。
弱い風が軽く吹き、その少女の長くも短くもない髪が静かに揺らされた。
帰宅を待っていても時間の無駄になる可能性があるので、ここは一旦退却することとした。
ゆっくりと門を出て、神本の表札を確認した後静かに本来の目的地へと向かった。
「…………」
そして更にその背後を見つめる二人の男がいた。
「……どうやらいないようですね」
自分の身長より低い年下に対して敬語を使用する男。
立派に眼鏡をかけていて、それだけで頭良さげな雰囲気を醸し出している。
胸ポケットには手帳とペンまで装備してあり、知能に加えて誠実性もまた見て取れた。
「ハッ、わざわざ俺様が足を運んでやったってのに、あのクソ野郎共が」
主の不在に悪態をつく男は両手を寒くもないのにポケットに突っ込んでる。
「どうします?」
「帰るに決まってんだろ、行くぞ」
「はい」
そしてまた2人も、居留守でないことを承知した上でどこかへと姿を消した。




