第七十二話 既視感に背を押され
「遅すぎ」
「はぁ、はぁ……っ、普通に考えたら、早すぎだろ」
玄関で待ち伏せていた唯との対面。
彼女の一言目はそんな愚痴だった。
しかし、能力を極力活用したので人間離れ――否、生物離れした速度だったはずだ。
恐らく、司が目の前のこの家を出てから10分も経っていない。本来なら走って片道5分はかかる道を通って、だ。
それなのに遅いとは……唯の中での悠斗はさらに俊足らしい。
「足の速さじゃなくて、復活の話」
「ああ……そっちね」
どうやら話の線が食い違っていたようだ。
確かにその線で見れば1日かけての復活、幾らなんでも遅すぎだろう。
「……悪いな、手間かけて」
「アタシは別にいい……それよりも、ノアよ」
司と同じように早めに再会の挨拶を済ませると、中に入るように促される。
一度軽く礼を言って靴を足で脱いでそのまま放り捨てると二度目となる宮園家のリビングに駆け入る。
リビングに入ると布団が二つ敷いてあり、そのうちの一つに半分ほど消えたノアが横たわっていた。
さらに俊敏な動きでその元へ飛んでいき、容体を確認する。薄く透け始めている右腕をそっと取るととても冷たく、力が入っていなかった。今にも壊れそうに思えるそれから一応脈を取ると何故か血は通っていた。
「冷たい体に血が通ってるって……どういうことだよ」
その怪現象に悪態をつきながらそっと手を下ろした。
ノアの表情に苦痛の色はなく、逆に安寧に包まれていた。
天の神様に誘われているように穏やかな顔だ。
明らかに今のノアにはエネルギーが不足している。
コアの調整が必須だった。
咄嗟に回想し、最後のコア調整を思い出す。
確か最後は……ヴァラグと一戦交える前日の夜。
日数にして1日半。
やはりエネルギーの消費速度が著しく速い。
悠斗の力不足も原因の一つだろうが、それにしても速すぎる。前々日までは毎日調整をしていたほどだ。他に原因があるとしか考えられない。
「……」
しかし、考えても出ない答えは考えても仕方がない。
とにかく今は優先事項から。
そう心を雑に整頓した後、両手を彼女に向けて構え、魔力を送り、半蘇生を行う。
後ろでは唯が不安とも安堵とも取れない中途半端な様子で見守っている。
ただ念じてエネルギーを注入するだけの作業。無駄に緊張が走る。
室内の温度が低下していくのは、ノアの体から出てきた冷気による物だろう。
しかし、その冷気も間もなく薄れていく。
彼女に熱が戻り、色が戻り、いつもの心拍が戻り、生命が戻ってくる。
淡い光でノアが包まれていく。
いつもより眩しく発光し、生命の吹き返しを強調しているようだった。
そしてその瞬間、縁起でもないことを悠斗は妄想してしまった。
それは、もしまたノアが死んだ時、「彼女を蘇生できるのか」という問題だ。
一度蘇生した人間が再度死んだ時、二度目の蘇生は許されるのだろうか?
身の震える想像に悪寒が走る。
「…………」
「…………」
1分ほど続いただろうか。
やがて光に包まれていた部屋が、その青白い色を何処かへと吐き出していく。
能力を使い終わって、悠斗はノアの表情確認する。
顔色、良好。
透明度、良好。
脈拍、良好。
体温、良好。
ただ眠っているだけの少女だ。
「…………」
そう思った時、今までのコア調整について納得したことがあった。
それは、医者に言われた「睡眠時が一番調整に向いている」という助言だ。
当てもなかったので、従っていたが、今思えばあれは睡眠状態が人の死の状態に近いからなのかもしれない。
仕組みこそ全く不明だが、その理論は何となく成立する気がする。無論、根拠のない勘だ。
「おわった?」
「……ん? ああ、問題ない」
唯は落ち着いた光景を前にそう判断したらしい。
どうやら心配してくれていたようだ。
「そう」
その割には素っ気ない態度だが……。
ここは、「流石ツンデレとしてのキャラ割に応えてるな」としか言いようがない。
少し無愛想な態度にため息をつきつつも、それが彼女らしくて面白いと思う悠斗。
唯は誰もいない方角を向いて無関心を装っている。
ノアの問題は解決した。
未だ夢の中にいる彼女をこちらへ引き戻してもいいのか少々悩み、結局彼女を揺さぶった。
「ノア、ノア、起きれるか」
自分側にある肩に静かに手を乗せゆっくりと体を揺らす。
「ぅ〜、ん……ぁぇ?」
ノアが薄っすらと目を開け、ぼやける視界の中に見つけた存在に呆けた声を出す。
「ノア、俺だよ」
「んん〜……うー……あえ?」
まだよく見えず誰か定まらない。
定まらない視界が定まって来た。
定まって来たら、分かってきた。
分かってきたら、何だか嬉しくなってきた。
「ぇ……お、にぃ、ちゃん…………」
「ああ、俺だ」
「あ……ぁあ……!」
寝起きの人間は感情が現れにくい。そんな中でも潤み出す目から、彼女にとって悠斗復活の事実がどれだけの重大さを誇っているかが一目瞭然だった。
寝起きのノアの髪は所々が跳ねていて妙な輝きを見せてくる。
意識がしっかりと固まり始めると、感情、特に歓喜の波が押し寄せてきて、どうにも止められない。
声を漏らし、喉と唇を震わせ、次第に目から溢れる水滴の量も増す。
「ああぁっ、おにいぢゃぁっんっ!」
とうとう兄に泣きついた。
それが申し訳なくて……でもやっぱり嬉しくて。
「……泣くなよ」
行き場を失った感情は小さな言葉として具現化された。
「ほんどぉに、いなぐなっぢゃうかど……おぼっだんでず」
気が付けば、涙も鼻水もダラダラで、悠斗の服がびしょびしょだ。
この服は、あと何度、誰によって濡らされるだろうか?
それもまた、一つの見どころだ。
後方にいた唯が、こっそりと部屋を移動した。
彼女の大きな配慮はノアには伝わっていなかったが。
その後数分、泣き続けて声が出ないノアを慰め続けた。
そしてやがて慟哭も終わり、偽兄妹の一幕が終幕する。
「ごめんなノア」
「……」
言葉を出さずに頷くだけ。
その頭を優しく撫でると寝癖がいくつか元通りになった。
「色々あるし、色々あるだろうけど、一旦場所を変えよう」
「……はい」
場所移動の提案に、やっと声が返ってきた。
服の袖をつかんで離れないノアを傍らに従えたまま、隣の部屋へ消えた唯を呼びに立ち上がる。
「唯、ありがとう、でありがとうついでに一旦俺んちに来てくれ」
「……は? 何で?」
少し開いた間はツンデレか、それとも純粋な疑問か。
「多分司もそっちで待ってる」
「……分かった」
それだけで決断し、隣室から顔を出す。何とも単純なやつだ。
まあしかし事実ではある。
この場に到着して10分ほど経ったが誰一人足を運んでこない。司も悠斗の家で待っている証拠だ。
彼は悠斗に「また後で」と言ったのだから。
「一旦俺んち戻って、そして……福田の家だな」
残りの二人の顔を浮かべながらそう決意を表明する。
「じゃあ行くか」
悠斗が先導し、宮園家を後にする。
家を出てからもノアが離れないので、くっつけたまま歩いたら少し時間がかかった。
唯は少し寒そうにポケットに手を突っ込んで静かについてきていた。
そのままほぼ無言で自宅まで到着した。
「……人が多いな」
ふと悠斗が呟いた。
何となく感じ取った気配の数は全部で4つ。白翼が対象に入っていないと仮定すると、五人は家にいる。
悠斗の隣と後ろには花とも言える者が二人。
とすると、今この家の中にいるのは、エリカ、司、白翼、あーちゃん、福田の5人だろうと推測できる。
「誰が呼んだのか……気が利くな」
小さく苦笑し、玄関の取手を強く掴み引く。
音を立てて玄関が開き、それと同時に風の移動が起こる。
靴が6つほど並べてあった。
一つは自分の予備用なので、来客は全部で5人、悠斗の想定通りだ。
少し先に見える扉の先から4人の気配。
重暗い様子はなかった。
「…………」
靴を適当に脱ぐ悠斗に対し、ノアと唯は案外丁寧に揃えていたため、悠斗の靴だけが見栄え悪く転がった。
扉の奥が突然静かになったことを感じる。どうやら帰宅に気がついたようだ。
鼓動を高鳴らせながら悠斗の服の裾を引くノアと、その後ろに着く唯と一緒に、少しずつフローリングの廊下を進む。
時折軋む音が悠斗の緊張感をより一層掻き立てる。
扉までの距離と反比例して高まる鼓動。
最終的には開かなければならない扉。
その前に立ち、ドアノブに手をかけ、一度深呼吸。
後ろでは面倒臭そうに唯がため息をついて、無言の催促をかけて来る。
それに後押しされながらノブを下に下げ、前に押し開くと視界が一気に開けた。




