『第七部』 第六十九話 2度目の来訪
ちょっと真剣モード。
みなさん、どうも麒麟燐です。
遂にエリカの大きな見せ場。是非文字を目に、空想世界のエリカを頭に刻んでいってください。
読了後の評価もお忘れなく!
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「…………」「――――」「…………」「――――」
「…………」「――――」「…………」「――――」
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「…………と?」
「…………ん?」
「……うと?」
「……さん!」
「……ゆうと?」
「……おかあさん!」
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「ぉがぁざん‼︎」
「……ぅと?」
「……おかぁざん! おれ……っ!」
「ゆうと?……どうしたの?」
「……ぇん!……ほんどにごめん‼︎」
………………。
「……みて……。……だいじょぅぶよ?」
「……………………っ‼︎」
「……ゆうと……?……だいじょぅぶ………………おかあさんおこってないよ? いい……?」
「おかあざんっ……!……。 もぅ……ぃょ…………‼︎」
「……こわいの?」
「………………」
…………………………。
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「……………………っ‼︎」
「…………」
「……おかあさん?」
「…………」
「――おかあさん!」「――おかあさん!」「――おかあさん!」
「――さん‼︎」「――さん‼︎」「――さん‼︎」「――さん‼︎」「――さん‼︎」
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「――‼︎」
「――‼︎」
「――――――‼︎」
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ピーーン、ポーーーーーーン…………。
朝を知らせる鐘の音が薄暗い一階の一部屋と二階の廊下から家全体に広がる。
拡散された音は、静寂の家を駆け回り、一度通った道を何度も行き来する。
それなりの広さがある家には一つのインターホンに対して、二つの応答用のモニターがあったりする。この家もそうであった。
その不快な音に強引に目覚めを促され、沈んだ身体をゆっくりと持ち上げる。
しかし、既にインターホンからの音は消え失せており、何によって覚醒したのか理解できないまま辺りを見回す。
カーテンが閉まっており光の遮られた室内は薄暗く、目に入ってくるものの殆どが色を持っていない。いや、色がない理由の半分は、見るものの目にも問題がある。
暗く沈んだ瞳の下にはクマのような影があり、寝不足でもないのに怠そうに身体の力を抜いていた。
「…………夢」
目覚めた理由や現状よりも頭に強く印象に残っているモノは、つい先程まで自分の隔離されていたセカイ。
そのセカイのジブンはとても弱虫で、泣き喚いていて、どうしようもない姿をありのまま曝け出していた。空想世界で枯らした涙は現実世界で溢れる事を知らず、乾き切った目がゆらゆらと揺らぎながら辺りを見回し続ける。
この数日間記憶にすら残らない――それこそ夢の中の事実が、現実世界に引き戻された途端、その一切を切り取られたように不鮮明なものを目の当たりにしてきた。
だが、今日ここでその大部分を持ち帰ることに成功した。
夢想世界でジブンと相対する、心安らぐ存在を、思い出した。
――――母だ。
数年ぶりの叶わないはずの再会――否、夢は妄想、即ち非現実……実際に叶ってなどいない。
相手の応答、反応、挙動、声音、表情にその優しさ。
どれもこれもがジブン勝手に構築した理想の存在。
それでも、人々は夢をただの空想としては認識しない。
だからこそ、懐かしい。
「…………」
ピーーン、ポーーーーーーン。
「――――ぁ?」
突然の音響に少し耳が痛む。
細めた目は、視界が狭まり更に目前が霞む。
その空な風景を「いつも通り」に戻すとインターホンと接続されているモニターに歩み寄るために立ち上がった。
「……ぁぁ」
怠く重い身体を上げた時、普段と感触が違い違和感を覚えた。そしてそこで現状を把握して思わず声が漏れた。
キシッと音を立てたのは、丁度今まで自分が寝ていたソファ。いつもよりも寝起きの体温が高い理由はそこにあった。
昨日は、ほぼずっと放心状態だったためいつ眠りについたのかすら定かではない。
ただ、一つだけ断言できることはあった。
それは、自分が「あるもの」を食べ、そのままいつの間にか眠りについた、と言うことだ。
もしそうでなければ、自分が右手に握りしめているものが不自然で仕方ない。
その「あるもの」にかけてあったラップをゴミ箱に捨てると、ゆらゆらと身体を揺らしながらモニターへと近づく。
その間、返答の遅さに、もう一度だけピン、ポーンと、短く響いた。
「――――」
モニターに映る少女を見て感情が渦巻いた。
その少女は周りを見回したり後ろに下がって家の二階の窓を見たりして様子を伺っている。三度のチャイムに応答がなければ動揺するのは当然。何故なら家の主が家を離れるはずがないと確信しているから。
事実その主は今現在、図らずもコッソリとその様子を見ていた。
「――――」
『あっ、ちょっと、いい……かな?』
通話ボタンを押すと、インターホンから音が聞こえたのか、相手から切り出してくる。
「――――」
『話したいことが、あるんだけど……』
沈黙に震える手を隠しながら言葉を続ける。
見えない相手との対話は会話の要素の半分以上となる表情が見えないため、非常に話し辛くなる。
まだ朝の8時。陽も昇りかけたところで暑くもなく寒くもない。
生温い春風を肌に強く感じながら返答を待機している。
その様子はモニター越しに揺れる髪を見れば当然伝わる。
が、今の少年――神本悠斗にはどうでもいいこと。
『入れてもらっても……いい、かな?』
「――――」
ここまで一度も言葉を発さず、呼吸音すら通話口から聞こえない。それでもその少女は迷わず断言できた。
そこには「神本悠斗」がいると。
それを感じるのだと。
「――――」
しかし、少女の訴えも虚しく、無言のままピッというノイズのような電子音とともに通話が途切れる。
期待を込めて解鍵を待ったが、無情に影が差すだけだった。
悠斗は、通話切断以降の様子を気に留めず……。
否、気に留めているから、そんな風に装って自室に篭りベッドに深く腰を下ろした。
時間帯悪く日当たりの良くないこの部屋は、先まで悠斗のいた居間よりも暗さが増している。
頭を抱え、あらゆるものを拒み、全てから逃避するかのように腰を深く折って行く。
蹲り、体勢も心情も沈んでいる悠斗からは黒々としたオーラまでも感じ取れそうで、そのオーラが室内に充満していくのも目に見えるように想像できた。
疲れが溜まり、その貯蔵量は過去最大級。
既に押し潰されており、その圧迫感の中で必死に生きている。今まで数度心に浮かんだ感情――「死にたい」という悪魔の囁きが、とても強く耳に響く。
本当に死にたい。
もう疲れた。
本気でそう思う。
まだ実行に移せたことのない、人生にたった一度の機会。
死とは本来、一度しか訪れない確定要素。
それを今すぐに呼び寄せるだけ。
「…………」
手に刃物も握れず。
首に紐を巻くこともできず。
高所に立つ度胸もなく。
線路に跨がる勇気も絞り出せない。
「…………っ」
押し殺した声が涙となり、瞑った両眼から流れる。
静かな室内に気味悪く反響する啜り泣く声。
丁度絨毯がかかっていないフローリングの部分に溢れた涙が音を立てて静かに溜まりゆく。
ポタポタ……
ペタペタ……
と。
ポタポタ……ペタペタ……ポタポタ……ペタペタ……ポタポタ……ペタペタ……ペタペタ……ペタペタペタペタ……。




