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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第六十八話 2人は笑い、1人は猛る


「アタシも洗うから、浸かってなさい」

 誤魔化しを含めてそう言う。

「なら私が背中を洗いましょうか?」

 悪戯っぽく苦笑しながら尋ねると、先の紅潮より多少赤みの減った顔を見せて「いいわよ、別に」と拒否した。

 ノアも見えていた未来なのでもう一度小さく笑うと唯の指示に従って湯船に足をつけ、ゆっくりと肩まで浸かった。

 ノアの入浴で浴槽の湯が波打って揺れる。

 その波が収まるまでは水面に写る自分を見ていたが、自分の表情が鮮明になった途端、風呂場内に唯一存在する窓に視線を移動させた。


 何を思うでもなく、ただ静かにボーッとしていると横から水を流す音が聞こえて来た。その音に鈍感そうに反応すると、首を小さく半周させた。

 無意識の時間を漂っているうちにどうやら唯が体を洗い終えたらしい。

 全ての泡立った石鹸を流す。

 間もなく唯も湯船に入ると推察できる状況。ノアは伸ばしていた足を折り、身を小さくして唯の入浴するスペースを作った。

 が、唯は立て続けに頭にシャワーを浴びせ始める。


「浸からないんですか?」

 体を端へ寄せたノアが小さな体勢のまま問う。

「めんどいからこのまま洗う」

 そう言ってシャンプーをワンプッシュすると髪に塗りたくるように泡だて始める。

 そこで会話が途切れ、再び静寂に近い時間が訪れる。

 ノアももう一度足を伸ばしてリラックスしている様子。


「…………」

「――――」


「…………あんさ……」

「え、はい」


 そこそこに泡だった髪から手を下ろし、ノアの方を向き、正面から目を見る。

 ボサボサになっている髪が面白かったが、唯の真剣な雰囲気がそれに対する感情を殺した。

「……っ!」

 突然、唯がハッとして赤面するともう一度鏡の方を向いて髪をいじり始めた。が、そのまま言葉は続く。

「……アンタさ、さっき、その……なんで泣いてたワケ?」

 相当触れ難かったのか、躊躇の回数が多かった。

 その葛藤を乗り越え紡ぎ出される質問の言葉。それは少し時間差のある内容だった。

 その時間差と詮索してくる唯に数秒口が開いたが、あー、と喉を鳴らして思い出す風を装う。


「いえ、まぁその、はい……。色々思い出したんですよ」


 そう誤魔化す。

 唯視点から見れば話したくない内容なのだと解釈できるが、ノア視点から言えばそれは少し間違っている。

 何故ノアが語らないのか。

 それは、泣いた理由の問題ではなく、涙と関連のある過去のその状況を話したくないからだ。いや、正確には話しても良いが、話した後の唯のキツイ反応がなんとなく想像つくからだ。

 悠斗と風呂で話し合った事、それ自体は語ったところでな問題だが「風呂場で」の部分はまずい。きっと赤面して大声で叫び、罵倒してくるだろう。もしそうならないとすれば、きっと唯と司はそういう関係である裏付けにもなる。できる事ならそんな事は知りたくない。

 プライベートな事案はどうか推測できないように心にしまっておいて欲しいのだ。


「……色々ってのは――」

「はい、お兄ちゃんの事です」

「……そう」


 悪い事を聞いた。そんな意味を含んだ声音だった。

 唯たちは、何一つ悪くないのに、だ。

 こここそまさにこの少女の魅力。表では悠斗にああだこうだと文句言ったりしているが、裏では常に自分に責任を押し付けるように反省する。

 まるで似合わない。


 けれど、そんな事をノアが口にしても何も変わらない。

 唯は悪くないと教えたところで、彼女の思考に変化は起きない。だから、受け流すようにこの話を切ろうと努力する。

 ふと気がつけば、唯は既に頭を洗い終えタオルで顔を拭いていた。


「……ごめん」


「――ぇ、どうしたんですか?」


 急な展開に目を見開いてあたふたと動揺する。

 バシャバシャと水音がなっているが、2人とも構う様子はなかった。

 顔に暗い影を差し込ませ、俯いた状態でノアの方も向かずに謝罪を重ねる。

「ホントにごめん」

 自分を濡らしていた水分が染み込んだタオルを少し強く握ると、ポタポタと絞られた水が床に垂れる。それは、唯が視線を落としていた足先の辺りに落下していた。

「ど、どうして? 何を謝っているんですか?」

 謝罪を取り消しにしてくれと言わんばかりに尋ねる。

 昼間とは正反対の光景にも関わらず、なんとも感じなかったのは非常に不思議であった。


「アタシたち……役立たずだった」


 悔しそうな声が反響する。

 まるで、床に垂れる水が涙かのように見える光景。

 役、というのが今回の騒動に関連することかは定かではないが、唯には唯なりの苦悩があったようだ。

 そして、「アタシたち」という言い回しから、恐らく司もそうなのだろう。強く気高く見えた兄妹だが……どうしてなかなかこんな一面もあるではないか。

 そんな空気に合わない喜びがノアの心に湧き上がった。

 が、自己評価による弱さと事実の弱さは別の話。

 2人が自分たちを役立たずだと低評価していても、探偵団の中の他の誰もがそれを否定するだろう。

 結局は全て当人の主観的な意見や思想でしかない。

 だからノアは言葉に詰まる。

 唯のように、人を励ます力がない自分が何かを言ったところで、その主観的な思考に変化をもたらす事は無いと理解しているから。


 ……先と同じ状況だった。


 今も、ついさっきも、言いたい事はあった。

 唯と司が役立たずではないという事だ。

 しかし、もしそれを口にして互いの感情の押し付け合いの応酬合戦になった時は取り返しがつかない。

 ……それでもやはり、教えてあげたい。


「……」


 唯の俯く横顔を見つめ、葛藤する。


「アタシも、兄さんも……特に兄さんは……アンタたちのこと、凄く気にしてる」

「――」

 その告白にノアのある感情と衝動が勢いを増した。

「やっぱり……今回のこと、なんですね」

 抑えきれなくなった勢力が、堰を突き破って口が開いた。

 初めはこんな分かったような言葉だった。

「うん……」

 申し訳なさそうに頷く。

 普段の様子からは全く測ることのできない唯の弱さ。

 似合わない、落胆と後悔に滲んだ目が揺れている。陰って見え難いが、その事実だけは分かった。

「2人は十分に役立ってるじゃないですか」

 言い方が、物のような扱いで少し言葉にするのに逡巡したが、そのままの言葉で答えるためにこの単語を使った。

「そう……? 例えば……?」

 不安げにノアと同じ蒼い眼を揺らがせる。

 ぎこちなく動いた首、まるで機械のように。それは何かの言葉をノアから貰うために動かした。

 きちんと応えなくては!


「前置きするのも変ですけど、これは詭弁ではなく事実ですから、悲観せずにちゃんと聞いてくださいね」

 自ら怪しまれる方向に話題を持っていき、逆にそうでない事を強く暗示させる。人間の心理現象ではなく、意識的にノアがそうした結果だ。

 四肢や身体を動かして話しやすい体勢を取ると唯の目を見てこう述べる。

「2人は、こうして私とエリカさんに家を貸してくれています。これが何より感謝したい事です」

 大層な事のように、大袈裟な評価をしてみせる。

 だが、唯からすればそれは都合よく欺かれ、誤魔化されているとしか感じられない、気分的には余り心地いい物ではなかった。

「そんなこと……」

「それに」

 勿論これだけでは無い。加えてこの後に続くものだけでも無い。むしろ一週間も経たない間に伝えたい「ありがとう」が増えすぎていて困る。

「……」

 ノアが突然立ち上がるので、流石に驚いてその高い位置にある眼を見上げた。立ち上がる際に飛散した水滴が瞼の上に付いた時は、一瞬反射が起きた。

 しかし、本当に何もかもが先程と逆転している。

 ノアは、自分の全裸丸見えな状況を一切気に留めずどう励まし、どう前を向かせるかだけを考えていた。


「私を励ましてくれたのは疑うことなく唯ちゃんです」


 何故かそんな最近の過去のことを惜し気もなく、恥ずかし気も無く誇るように宣言する。

「別に……あんなこと」

「気にし過ぎですよ」

 即座に否定を始める唯に忠告する。


「唯ちゃんや司先輩は自分がダメな人って思ってるかもしれませんが、私たちは感謝してるんです」


「……でも、さ……アタシも魔界にいたら、きっと何か違う結果になってたんじゃ……」


「それは仮定です。そんなifは存在しませんでしたし、私は今に満足しています」


「……」


 唯が言葉に詰まる。

 小さな口論でふざけた発想かもしれないが、確実に唯に効いていて且つ、少しずつ蓄積されている。


「それに、もし2人が満足できる『役割』とやらを果たせたと思っていても、結局それを評価して決定するのは第三者。私たちが満足しなければ『役立たず』です」


 そう、感情という不確定要素が入り込んだ時点で全ての人間の思考や行動、その他諸々は自己満足でしかない。


「まあ……変だけど……そうかも……?」


 適当に考えた即席の理論でなんとか唯を負のスパイラルから解放する。

 第一ステップを乗り越えた。

 山場は第一、それ以降はきっと単純な作業。


「ですから、私たちが満足している今、2人は私たちの役に立っています。勿論、現在進行形だけじゃなく、です」


「…………そう、なんだ」

 簡単に呪縛は解けたりしないが、一定時間気分を紛らす事は可能だ。ノアの言葉が唯の心に刺さったことが原因となって、思わず笑みがこぼれた。

 嬉しかった。

 今まで、兄以外と近くで話し合ったことなど無かったから。こんな関係はむず痒いが、清々しく、晴れ晴れする。

「そうなんです」

「なら、まあ……良かった、かな?」

 曖昧に締め括ろうとする。

 珍妙な体験だったが、これもこれでアリだろう。


「じゃあ次は私が頭を洗っても?」

 まだ身体しか洗っていないノアが高みから尋ねる。

 そこで「そういえば」と思い出す唯である。

 ノアと唯が場所を交代し、ノアも自分の青い髪にシャンプーを塗り付けていく。

 今度は自爆するようなヘマはしない。

 わしゃわしゃと泡をたたせると、丁寧に髪を梳かすように毛並みに合わせてなぞったりして細かく洗っていく。勿論、髪だけで無く頭皮を洗わなければ汚れは残るので、爪を立てるようにして、そちらも綺麗にしておいた。

 やがて擦り終わり、シャワーで洗い落とすとタオルで顔を拭いた。


「唯ちゃん、私も入れてください」

「……ん」

「ありがとうございます」


 今日……否、史上初、やっと2人一緒に入浴した。

 向き合うと落ち着かないので背中合わせ。

 それでも広くないので背中は密着している。そのため、互いの鼓動が背を介して届いてくるので余計に律動が早くなる。


「ノア」

「――? はい?」


「次は、自分も満足できるように、役に立つから」


「……はい――――、はい!」



 訂正。

 2人はとても、「馬が合う」。





           *****





 朝8時。

 エリカがある言葉を残して宮園宅を出た。


 昨日は、ノアと唯の入浴後、司とエリカも入浴して早めに就寝した。疲れているからと、宮園兄妹に配慮された結果だ。


 そして朝になって朝食を済ませると、

「ごめんね、私ちょっと用事があるんだー」

 と言って、エリカが家を出た。

 詮索する間無く外出したエリカの目的地は謎。足取りも不明だった。



 そのエリカが今、焦らずも急いで歩いていた。

「いやー、抜け駆けや駆け落ちみたいだねー」

 独り言を呟き朝早くに住宅街を歩く少女は、どう見ても普通ではなかった。まるで遠足のような気分かと思われる言葉。足取りはしっかりしていながらも震える脚と腕。

 歩いて、歩いて、歩いて、次第に歩行速度が上がっていく。それを自覚しては速度を落として平常を装う。

 朝の春風に追い越される旅に気持ちが逸って落ち着かない。

 表情以上にソワソワとしていた。

 靴音も次第に耳に響き始め、益々緊張が高まる。

 やがて辿り着いた懐かしの建物。

 宅前で佇む少女の桃髪を春風が撫で付け、朝の日差しが光り輝く。


「もう気づいたかなー……?」


 その一件を前に怯む自分を奮い立たせる。

 この修羅場だけは、手を抜けない。



「気付いてるかなー……悠くんは――」



 一対一の、大勝負が始まる。



 さてさてさてさてさて。

 いつまで経ってもバルスは我々の心に強く刻まれていますねぇ〜。

 さすがです。


 さあ、本日もやって参りました後書きタイム。

 もしかして、この後書きない方がいい?

 最近見直して、「これ、作品の前後にあると雰囲気壊れるかなー」なんて思ってます。

 ですので、そこのところ、コメントで書いていただけると嬉しいです。


 ここまでの読了、本当に感謝しております。


 評価してくださった皆様には、感謝だけでは足りません。


 重ね重ねしつこいですが、本当に、有難うございます。

 それではまた次回。


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