第六十五話 知り合い
今回の事件に関する雑談をそこそこにエリカと司はハーフ姉妹を預けた福田健祉の家へと行き着いた。
「悠斗くんの幼馴染みって聞いたけど……案外家は近くないんだね」
インターフォンを鳴らしかけたエリカの指が司の言葉に反応して空中に停滞する。
司を見て、インターフォンを見て、そして指を静かに下ろしながらその家を見上げる。
健祉本人に案内された時はそんなことを意識できる事態ではなかったため、今まで気が付かなかった。しかし、言われてみれば遠くはないが近くもない。近所の好で知り合ったでは通じないだろう。
「親の仲が良かったのかもね」
エリカが有力な意見を口にしながら下ろした左の人差し指でインターフォンを鳴らした。
家の中からバタバタと階段を駆け下りる音がした後、二度の解錠音が目前から聞こえ、そしてドアが開く。
そこから顔を出すのはその家の主であり、2人が目的とする少年だ。
「よっす、どした?」
非常事態である事はエリカから通達してあるにもかかわらず、穏やかに迎えてくれる。
司もその態度にさすがという顔でふっ、と苦笑した。
「ちょっと聞きたいことが色々あって、それでまた来たの」
『ちょっと』なのか『色々』なのか分からないが、とにかく質問があるということだ。エリカの後に続いて司は丁寧に名乗る。
「僕は悠斗くんの友達の宮園司と言います。僕もいくつか聞きたいことが」
司は初対面だが、互いに軽い挨拶だけ済ますと家に招き入れられた。
健祉は施錠して2人をリビングまで案内する。
その居間にはハーフ姉妹が微妙な空気を醸し出していた。
「あ、エリカちゃん」
「やっぱエリカか」
2人とも見当がついていたらしく驚いた様子もなくエリカを見るが、続けて現れた司には驚きを隠せていなかった。
「んで? 聞きたいことってのは?」
健祉は急ぐ様子なくエリカと司を交互に見る。
そのエリカと司は、一度目を合わせ話の順番を決めている様子。
「私は後でいいよ。と言うか、後がいいかな」
と主張するので司が一番手として切り出す。
その前に、
「司先輩が先なら一つ」
健祉が格下のものに対して敬称をつけながら、一つ忠告するように目を向けて指を一本立てた。
「悠斗に友達は1人もいない。簡単に口にしない方がいいですよ」
そう堂々と宣告して、先の友達宣言を以後慎むように促す。言葉の意味が理解できない司は顔を顰め、真意を問う。
「それはどう言う意味ですか?」
少し怒ったような、困ったような、変に歪んだ顔だった。
「そのままの意味でです。エリカちゃん達にはもう言いましたが、アイツに友達はいません。司先輩も、エリカちゃんも、そっちの2人も、ここにいない2人も、悠斗の昔の友達も、そして当然俺も……誰も彼も、友達じゃない」
理解不能だった。
何を根拠にそんな法螺を吹けるのか。
「いくら大天使様と言っても、そのような言葉は――!」
「司くん!」
友人を侮辱する発言に怒った司が敵対意識を見せ始めた。
が、大声で注目を集め、空気の爆発を抑えたのは――他でもない、エリカだ。
「ダメだよ、無責任に罵倒するのは」
「罵倒しているのは――!」
司が血走る目で健祉を睨むが、再びエリカに向き直った時、その目は悲哀に揺れる瞳を捕らえた。
首を小さくゆるゆると左右に振り冷静になるよう促し沈静化を図る。
悠斗を深く知るであろうエリカが止めるのだ、司には従う他ない。いや、健祉の言葉だって大きな意味を孕んだものだった。人と気軽に話すことができ、様々な人と交流を深め合う司にとって友人の侮辱は許されざる行為。
例えその相手が……自分のことを友達と認めていなくても。
「これじゃあまともに話せないな。エリカちゃん、先に話して」
お互いの精神状態から平穏な講義は成立しないと判断した健祉は、司を後回しにしエリカから質問を受けることにする。
「あー、えっとね、私は福田くんと1対1で話したいんだけど……いいかな?」
どこかぎこちなく悪びれた様子で司と健祉を交互に見る。
お互いに目を合わせると、司は珍しくお子様な態度を取り、健祉は誰にも聞こえないため息をついた。
どうやら許可されたらしい。
最後に水を差しそうもない姉妹に視線を向けると、どうぞと言う笑みと、ご自由にを意味する手がひらひらと返ってくる。
親切心と状況の安定性に安堵の吐息を漏らす。
「それなら僕は失礼するよ」
いつもと変わらない口調で、しかしやや幼さを感じる司の一言。怒り方が何とも幼稚なのだ。
「さっきの言葉、俺は悪いとは思ってない」
と、安定しかけた空間に再び怪しい雲が立ち込める。
「が……。その上で、アイツの友達を名乗るなら……」
バチバチと散らしていた火花は収まり、どこか穏やかな雰囲気が戻り始めていた。
「名乗るなら?」
「……頼む――!」
誇りも威厳も醜態も、何もかもを捨てて福田健祉は丁寧に礼儀正しく頭を下げる。深く腰を折り額すら見えないほど頭を下げている。
「…………」
司は、「頼む」の後に続く言葉を待機するが先が無い。
どうやら「頼む」の一言で全てを伝えたらしい。
司は笑う。
静かにフローリングの床を歩き靴を雑に履くと、鍵を開けて福田宅を出た。
門前に立ち振り返って家を見上げると、もう一度笑う。
「頼む、か」
心の底で、強く叫ぶ。
「引き受けた」
と。
司の立ち去りを肌で感じた――ではなく、能力で理解した健祉はやっとのことで下げていた頭を上げ、エリカに笑う。
「よっし、じゃあ二階で話そうか」
長い礼には一切触れずエリカも首肯して健祉の後を追った。
結果、一階リビングに残された2人。
「……」
「……」
「お姉ちゃん……」
「……ああ、分かってる……けど」
全員に謝罪するべきことがある。
けれど、その踏ん切りがつかない上にタイミングまでも訪れて来ない。そのことについて悩む姉妹。
「あーちゃんも本当にごめん。置いて行こうとして……」
その悩み事の穴埋めのように数度重ねた謝罪をもう一度妹にする。
「ホントに気にしてないの、今ちゃんといるからいいの」
執拗に謝り続ける姉に困り顔のあーちゃんがそれを取り繕うように宥める。
そう、白翼が気にかけているのは、数日前に家を出ようとした件だ。
無言で立ち去ろうとした白翼を、悠斗が格好悪く泣きながら引き留めた。だから今この場所に自分がいる。
今朝、悠斗の文句の中にそれが含まれていた。
あーちゃん以外気にする暇もなかったので、誰も何も言って来ない。が、自分の行動一つによって悠斗の心を痛めつけた可能性は十分にあった。だからこそ、全員に謝り、そして最後には悠斗にも…………。
「ぐっ……!」
馬鹿か。
悠斗が最初だろう!
何故最も被害を受けたはずの悠斗が最後の謝罪相手なのだ。それは、単なる「逃げ」でしかない。
白翼はおもった。
「オレは臆病者だ」
こんな様では、悠斗の隣に、近くに、家に、残った意味がない。
このザマではあそこで引き留めてくれた悠斗に合わせる顔がない。
そうだ。
「……タイミング探してみんなに謝っとくよ」
と、あーちゃんには話をつけておく。
「うん」
と快い返事が返ってくる。
可愛らしい妹だ。
どうやらこれだけで話はケリがついたらしい。
だが白翼の本心はこうだ。
「悠斗に謝るまで、他の誰にも話さねぇ」
さっさと悠斗と仲直りして、赦しを請う。
今日はまだ互いに頭が冷え切っていない。
だから明日、朝のうちから悠斗の家へ向かい、直接対面で話し合い、場合によっては殴り合いをする。
そして絶対に、仲を取り戻してやる!
一つだけ言っておきたいことがあるから。




