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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第六十四話 分かり合う


 やがてコンビニの前の信号機のある横断歩道に近づく。

 それなりに大通りに近いので、車が数台道路を行き交っていて、その勢いの強さで時々風が起きる。

 その横断歩道が赤なのでノアが角度を90度ほど変えて一旦立ち止まろうとしたが、唯はそのまま直進した。

「唯ちゃん、コンビニ……」

「スーパーまで行く」

 止まらず左手を上げて返事をするとそのままどんどん離れていく。理解できないまま唯の真横まで駆けて行き、歩調を合わせた。いや、正確には合わせられていた、と表現すべきかもしれない。ノアが近づいて駆け足から歩行に変更する瞬間、歩行ペースが一瞬落ちたように感じられたからだ。

「どうしてスーパー?」

 歩調に関しては何も触れずにコンビニに寄らなかった事を聞いた。昼と夜の食事ならノアとエリカはおにぎり程度で十分であるし、それなりに惣菜や弁当の種類も豊富だ。わざわざ遠出する必要性はなく見える。

「気分転換」

 素っ気なく答えるが彼女なりの気遣いだ。それが分からないノアではない。


「……」

 またしばらく歩いた。


「唯ちゃん……」

「何?」

「……ありがとう」

「別に」


 ノアからの小さなお礼にまたしても素っ気なく答えるが、その唯の表情は満更でもない様子だった。

 「ありがとう」に対する返答としておかしいのでは?と内心でツッコミながらやんわりと微笑んだ。


 ここで笑いが出るとは……。

 ノア自身相当驚いている。


 そういえば!とあることを思い出す。

 勿論自分だけが知る過去なので言葉にはしないが。


 悠斗が慰めてくれた時に言っていた。

 「涙にはある程度感情を統率する力がある」と。

 あの時は悲しみに打ち拉がれてまともに脳に届いてなかったが、今はしっかりと処理できる。そして、あの時もこの時もそれは事実だと分からされた。

 ついさっきまで容赦なく押し寄せてきた恐怖に近い哀しみが、今では先程の自分のように心の隅に追いやられている。

 悠斗の言った通りだ。

 涙は強い。


「唯ちゃん」

「何?」

「怒ってる?」

「当たり前でしょ」

「ハンバーグ?」

「うっさい」

 ずっと変化しない唯の態度が嬉しくて、ついクスッと笑ってしまった。

 元気が戻った事は喜ばしいが、揶揄われた事が不満だったのかこんな文句を言い始める。

「悠斗の機嫌が直ったら100倍にして返してもらうから」

「……」

 無理難題へのノアのちんけな反論を期待したが、何やら黙って立ち止まった。後ろから金髪を眺める視線が少し不愉快だったので唯も足を止め、体を回すと変わらぬ表情で質問する。

「何?」

「……いや、今の言い方……」

「気に入んなかった?」

「う、ううん、そうじゃなくて、その……」

 中々言葉にしない焦ったい態度。短気な唯が少しだけ大人ぶって続きを待つ事数秒。

「その……お兄ちゃんが戻ってくれる事……信じてるんだなって思って」

「ぁ……はっ、ま、まあね!」

 初めて照れてくれた。


 照れ隠しに歩行速度を早めて先を急ぐ。

 その後ろをノアが追う。

 唯はツンツンとしながら、ノアはクスクスと上機嫌にスーパーまで歩いた。

 土曜日の昼前ということもあって、人は大勢来ている。駐車場も4分の3ほどが埋まっているので、自転車や歩行、バイクでの人を考えると来店者数は相当だろう。大きくはない中型スーパーにしては多いと言える。

 そんな思考の最中も、車が出入りしていた。


 店内に入り品物を見て回る中でも会話は展開される。

 カートを使うほど買い込まないので唯が片手にカゴを持って店内を歩く。

 唯が寿司を目にすると、少しだけ近寄って眺めていた。

 冷蔵保存なので、近寄ると冷気が肌を冷やして来て、暑くなり始めた体に丁度よかった。

「お、お寿司買うんですか? そんな高いものは私いいですよ」

 と、先に断っておく。

 だが、唯は買うために来たのではない。揶揄うために来たのだ。

「さっき言ったでしょ、後から悠斗に100倍にして返してもらうからアタシ的には得なの」

 つまり悠斗の100倍の利子つきの借金返済を念頭に置いた買い物という事だ。本人の知らない間に借金が積まれて行き、挙げ句の果てにはそれを100倍にして返せなど、なんと恐ろしい話だろう。


「唯ちゃんは優しいですね」

「は?」

 そんな唯の冗談をどう聞き間違えたら優しく思うのか。

「アンタ人の話聞いてた? アタシ、結構論外なこと言ってたと思うんだけど」

 まるで唯が冗談に付き合わされているかの様に呆れた顔でため息をつく。どうやら本人も自分の言葉の非を理解しているらしい。

「確かに言った内容はすごくおかしいけど、やってる事は優しいですよね。私を元気付けようと、さっきから必死ですし」

「……」

 その返答に言葉が詰まる。

 全くその通りだから。

 兄に言われたこととして任務は果たしたい。ノアの気分転換に散歩に行くと言う任務。

 だがそれと同等かそれ以上に、この1人の少女を友達として励ましてあげたい。

 自分で言うのもなんだが、初めて友達のように会話してくれた人たちが悠斗たちだから、その人たちの力になる事をしたい。そして、支えになれていると信じている。

 またしても照れ隠しに歩行速度を上げる。

 せっせと商品をカゴの中に入れて行き、早々に会計を済ませた。



 買い物を終え、荷物を均等に分け合って持ち帰る道中。

 まだまだ会話は続く。

「お兄ちゃん……元気になってくれるでしょうか……?」

 ノアが弱気な発言をした。

 それなりに気は取り直したが、やはり心配は消えない。

 あれだけの事を言われ、寂しそうな目を見ても何も言えず泣きじゃくった自分に一体何ができるのか、ただそれだけが不安で仕方ない。

「それならさっき遠回しに言ったでしょ」

 その言葉を聞きつけた唯が疲れたように息をつく。

「悠斗は戻ってくるって」

 それが必然であると、唯は迷わず言い切る。

 本心だとしたら、彼女はどこまで悠斗を信じているのだろうか。


「お兄ちゃんのこと……信頼してるんですか?」


 てっきりそうだと勘違いして不思議そうに首を傾げたノア。だが、唯は「はあ!?」と大声を上げて必死に否定する。

「ないないないない! あり得ない! そんな事絶対あり得ないから!」

 その拒絶反応に悠斗を慕って愛するノアは良い気持ちはしない。少し沈んだように苦笑いし「そうですよね」と隣に並ぶ唯から顔を背けた。

 ノアの落ち込みにハッとし熱くなった心を沈めるが、既に言葉にした後なので手遅れだ。

 誤魔化す事はできなくないが、失敗した時はノアの反感を買い余計に事態が悪化する。

 反対方向に視線を落とすノアの後ろ髪を見ながら少しだけ口先を尖らせる。

 本心を……いってやろうか。

 でも、恥ずかしい。

 どうせ自分の柄じゃないと小馬鹿にされるのが目に見えている。ならやっぱり……いや、「友達」として、きちんと本音をぶつけるべきか。


「あーもう!」


 苛立ち紛れに頭を掻き乱し、綺麗に整っていた金髪を跳ねさせる。ポニーテールが数度揺れるのと同時にノアが驚き唯の様子を伺う。

「ど、どうしたんですか?」

 突然の怒りの発狂に心拍数が少しだけ上昇していた。


「あんねー! アタシは別に悠斗の事はどうとも思ってないのよ!」

「う、うん……」

「だから悠斗を信頼してるってわけじゃない」

「うん……」

「もちろんキライってわけでも……んー……多分ない」

「う、うん……」


 最後の微妙な躊躇いはなんだろうか。

 キッパリと言ってくれる事は嬉しいし、それが彼女らしくていいが少しは気にして欲しいかも。


「だからアタシが悠斗が戻るって言うのは別の理由」

「べつ、の……?」

「そ、別の」

 ノアの浮かべた疑問符に対し肯定の動作を見せる。

 道も大通りから住宅街へと入り、車やバイクの騒音も遠のいていく。


「だって、悠斗がどんな大変なことになっても、アンタたちがどうにかするんでしょ」


 ノアではなく、真っ直ぐと進行方向を向き悠々とした含み笑いで見解を述べる。

 その無駄な自信と薄く張った胸が、それは大層心強いもので……。開いた口が塞がらなくて……。それでもって、いつの間にか立ち止まっていて……。


 ノアの停滞に瞬時に気が付き、唯も立ち止まると、行きの時のように金髪のポニーテールを靡かせて振り向く。

 その口からは、続けてこんな言葉が飛び出してきた。

「ノアがダメならエリカが、それでもダメなら白翼が、それでもダメならあーが、それでもダメならどうせ懲りずにまたノアが……って感じで、悠斗の根気を折るまで続けんのよ」

 まるで未来を見据えるように平然と言う。

 何故、そんな事が、彼女に分かるのか……


「何となく分かるのよ」


 ノアの心の声を盗み聞きして先回りする。

 不思議といい気分だった。


「だってアンタら、悠斗にぞっこんなんでしょ? アタシの兄さんへの思いぐらいさ」


「…………」


 ノアが呆けて口を大きくポカンと開いたまま停止している。


「……何よその目は。何とか言いなさいよ」

 唯が終わらない独り言に勝手に焦れて文句を垂れる。

 その一言にやっと意識を取り戻したノアは、短い青髪を揺らして肩を跳ねさせた。それと同時に手にした商品の詰まった袋がガサッと音を立てる。

「あ、ごめん、なさい。えっと、その、唯ちゃんが、思ってたのと全然違くて……それで、ビックリして」

 ショックを受けたように言葉が切れ切れでまともに話せていない。「そんな大袈裟なことか?」と自分の評価に少し落胆した唯は、自分にもノアにも苦笑した。

「あの、唯ちゃん」

「何?」

 ノアが改まった表情で唯の目を見つめる。

 何かを決意し、その胸に秘めた意志を貫くといった曇りなき眼で、笑う。


「ありがとうございます」


「……ふっ、どういたしまして」


 今日はまだまだある。

 今日のうちに全ての方針を固めなくては。

 善は急ぐが急ぐには回らなければならない。


「ほら、家近いんだからさっさと帰るわよ」

「はい」



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