第六十三話 護られ役とは
「なるほど、話は理解したよ」
エリカからの説明を受け、一件について状況を早くも飲み込んだ司が強く頷く。その傍らでは呆れたような表情の唯がため息をついていた。
家を追い出された4人は、仮の宿として二つの候補を挙げ、そのうちの一つが宮園家だ。
ただ、この家はあまり広くないので4人が居候する事は不可能。たがら、今この場にいるのはエリカとノアだけ。
「それで、あの姉妹はどこへ?」
「うん、あの2人は悠くんの友達の福田くんの家。なんでもあの人、アルテラード・ミカエル本人らしくて」
そう、そこでもう1人あてにしたのが福田健祉だ。
彼の家は昨日の帰宅後、何かあったらここにと言って連絡先をもらっていた。何かが起こると予感していたらしい。
なので、その好意に甘えてまずアポを取り保護のためにハーフ姉妹を福田家に居候させたのだ。
流石の司もミカエルの存在は認識の範囲外だったのか、相当な動揺を見せていた。隣の唯は「うっそ、マジ⁉︎」と、どこか話のノリが違っていた。
「にしても悠斗も悠斗だしノアもいつまで泣いてるワケ?」
部屋の隅に体育座りして大声で泣き続けるノアを見てひらひらと手を振り呆れながら愚痴った。
悠斗たちのことよりも、自分たちの憩いの場に邪魔者が乱入してきたことがあまり気にくわないらしい。
が、事態が事態なのでそんな事は口に出さず、周りくどく愚痴を零す。
ノアは涙も声も沈める様子なく、唯の文句に膝に埋めた頭を数度横に振った。
「はぁ……」
「唯」
「……」
さらに深くため息をつき、不満を露わにする唯を嗜めるように小さく名前を呼んだ司。その声に顔をあげた唯は司と目を合わせた途端バツが悪そうに黙って視線を逸らした。
彼女なりに反省したという事だろう。
その仕草に苦笑いして息をついた司がその小さな笑い顔を変える事なくエリカに向けた。
「それにしても君は、この状況下で結構活発だね。逆に不思議なんだけど」
司の感心する物言いは珍しく、実際のエリカと空想上のエリカでは大きな差異があったと思える。
「ま、確かに。悠斗がどうにかなった時、エリカが一番扱いにくいとは思ってたし」
唯も意外だったと兄に共感する。
何故かその2人の反応にきょとんとしたエリカは「ん〜」となどを鳴らした後、
「まあ、今かは分からないけど……私が悠くんの力になれるって事は、知ってるからね」
と、苦笑した。
苦し紛れの冗談でもなく、本気でそう思っている。
それはつまり、心当たりがあるという事で……。
「まるで未来から来たみたいなことを言うね」
司が最もらしい可能性を冗談めかして言う。
「いやいや、私もちゃんと今を生きる人だよ」
手をハタハタと上下に振っておばちゃんのように笑った。
「まあとにかく、どうにか作戦考えるから」
決意の眼差しで2人を見つめニコッと笑う。
それに対して、司はふふっと美男子の笑いを、唯はふーんとそっけない態度で応答した。
「それじゃあ唯、ノアちゃんと一緒に昼と夜のご飯、買ってきてくれる?」
「えっ……でも今日は兄さんがハンバーグって――」
「うん、でも2人に分けられるほど具材がないし、それに調理器具も2人用のサイズしかないから作るのに時間がかかるんだよ。だから、ハンバーグはまた今度ね」
「むぅ……。まぁ、確かに仕方ないけど、さ……」
兄からの頼みと一応友人の非常事態、天秤の傾きは乗せるまでもなく決まっている。渋々頰を膨らませて同意するが、一点理解できないのは――
「何でノアと……?」
「あのまま放置はできないでしょ? 気分転換に外でも歩いてくると良いかなって。妹同士話し合いもできるでしょ?」
ダメかな?と爽やかな顔を妹に見せつける。
普通の兄妹間でこのやり取りは何の効果も発揮されないが、この兄妹では話が別。唯が朱色に染まった顔をノアの方へ逸らせて首肯する。
その尖った口を喜ばしげに見ながらエリカに向き直る。
「僕はこれからミカエル様の所へ行ってみようと思うんだけど、エリカちゃんに道案内を頼んでも良いかな?」
と断りを入れてきた。
司の申し出は予想外だったが、彼女も丁度向かおうとしていた所だ。その奇遇な展開を吉と見るか凶と見るかを別とすれば、一緒に行く方が楽だろう。
「いいよ」
と屈託無い表情で頷くと2人は同時に立ち上がる。
「そう言うことだから唯、お願いね」
「……うん」
唯はノアを放ったまま玄関口まで2人を送る。
扉を開くと春の生温い風と遥か真上で輝く太陽光が直接では無いが、家に入り込んでくる。
靴を履き終わり、司がじゃあねと手を振ると扉が閉まるまでその手を見続けた。
「まったく……お礼か謝罪くらいしなさいよね……」
ボソッとエリカに愚痴った後尖らせた口を緩ませてため息をつくと、居間の隅っこの影で小さくなっているノアに接近する。
既に大声を上げすぎて喉を枯らしているため慟哭へと変わっていた。少し大袈裟な表現とも思えるが、割と妥当かもしれない。
唯はその青髪を上から見つめた後、冷蔵庫の方へ向かい、お茶を一杯注ぐとコップを持って戻ってくる。
「ほら、泣きすぎて水分残ってないんじゃないの」
と、適当な理由を付けて突きつける。
涙の流しすぎで水分不足などまずあり得ないが、現状問題はそこに無い。
しかし、そんな唯の貴重な気遣いも、ノアは首を振って拒否した。
唯は神本宅での小さな言い合いを知らない。つまり、ノアに同情することすらもできない。もともとそんな事をするキャラでは無いが、一応感情移入程度はできる。
ノアは今まで自分なりに悠斗に寄り添っていた。
両親を失ったあの日、泣きじゃくるノアを意味不明な言葉で慰めてくれた悠斗。よく分からないけど、嬉しかった。
優しい人なのだと、知った。
そんな悠斗を兄と慕い、寄り添ってもらっていた。
虚夢を現実のように創り上げてくれた偽兄にも、きっと弱みがあるはずだ。その脆さを見せつけられた時、一番でなくても頼られる人になりたかった。
そのために、悠斗を心から信頼し小さな事から重大な事実を全て兄に打ち明け信用を得て来た――はずだった。
悠斗の家事等の手伝いをした。
問われた質問には分かる範囲で応答した。
いつからか付与された「透明化魔法」を明かした。
困ったら頼って欲しいと願った。
自分の信頼を預けていると、言葉にした。
そして何より、本来なら恥ずかしくて言えないような『好き』と言う言葉を、正面からぶつけた。
たったこれだけしか無いが、こんなにも偽兄として慕い、尊敬し、寄り添ってきた。
信頼は勝ち取れたと思っていた。勝手ながら日々に陶酔していた。
だが実際はどうだ。
頼ってもらうどころか……、疑われ、拒絶されるではないか。
だから、思い知った。
私は……愚か者だと。
「ノア」
突如視界が揺らぎ、頭がグイッと起こされた。
ノアの乱れた青い髪が乱雑に照明を反射する。
唯が両手で頰を挟み無理やり持ち上げたのだ。
朱い瞳が、色を喪失し始めた蒼色の瞳を凝視する。脅しながら、目を背けるなと言われたように錯覚して顔が動かない。ノアの表情は怯えず、哀しまず、当然楽しまず……。無、であった。
「あんまり兄さんの悪口っぽい事言いたくないけど!」
謎にそう前置きして苛立ったように立て続けに怒鳴った。
「兄ってのは妹に対して過保護なの!」
罵声を浴びせるように言い放ち、意識の無さそうな少女の耳の奥に確実に響かせる。
「エリカの話からある程度推測できても、正確に何があったか知んない。でも、妹同士なら分かることもあんのよ!」
偉そうに叫び散らし怒号を浴びせるが、これは別の妹さんからの貰い文句だった。
唯が悩んでいる時、その隠し事に唯一気がつけた存在があーちゃん。彼女は妹だから直感でわかると言っていた。
確かにノアを前にして、何となく思考や状況を分析する事はできた。
これこそまさに、科学的にも魔法学的にも説明のつかないもの。もし面白おかしく名付けるなら、妹(弟)学的な世界だ。年下には年下同士で分かり合える波長がある。兄や姉においてもまた然り。
ノアはまだ本当の兄妹を知らないから、唯とあーちゃんの思考を読み取れない。だが、この逆は可能だ。
この不可逆状態を可逆的なものにするためには、ノアと悠斗がもっと兄妹らしく近づかなければならない。
妹仲間として、その背を押すくらいは手伝ってもいい。
唯は、そう思えた。
「護らなきゃって思ってる人に弱いとこ見せてまで何かを頼んだり頼ったりすると思う?」
ノアの表情が優れてこないので疑問形式にしてみる。
唯は人との関わりがなかったため、人の励まし方など知らない。だからドラマやアニメで目にするやり方をそのままパクる。
「アタシたちが兄さんたちに信頼してもらうには、まず過保護枠から外れないといけない」
ノアが自分で姿勢を保ってくれるようなので、両手を頰から離し、その濡れた手の人差し指を一歩立てた。
いーい?と言い聞かせるように。
「そのために、アタシたちが自立できることを証明するの」
その言葉を少し鼻息荒く自慢げに言った後、立てていた人差し指を今度はビシッとノアの鼻先に突きつけて、
「もしアンタがそんなにみっともなく泣いてたら、いつまで経っても悠斗に信頼してもらえないわよ!」
唯のその迫力がノアの身を震わせた。
途端に涙をポロポロと流していた自分が恥ずかしくなり、羞恥の赤面を隠すためにもう一度顔を膝の中に埋める。
「みっともなぐ……なんて……!」
見せれない顔を必死に作り直し、面を上げられるようにするために両腕で一生懸命擦る。
「悠斗と強い信頼関係で結ばれたいんなら、まずそのダサいのどうにかしなさいよ」
そう言って、次は泣きっ面だけでなく蹲る小さな体勢、涙を必死に誤魔化そうとする行為(とっくに手遅れだが)、進歩しようとせずに停滞した状態。ノアの無防備すぎる側面に攻撃を仕掛ける。
「っ、ダサく……ないです」
涙を拭い終え、赤く泣き腫らした顔を唯に晒す。
その赤い眼元と頰が勇壮な表情と融合し、より一層勇しく見える。怒ったように膨れた頬っぺたが唯一可愛らしく、折角の勇敢な改心を微笑ましいものに変化させる。
「もう、平気です……」
「ほんとにぃー?」
「……本当、です!」
疑念が晴れず疑惑の眼差しでノアを覗き込んだ唯。
それを証明するために、赤く成り果てた顔(頰)を両手でパシッと叩き、心の入れ替えをアピールした。
じんわりと衝撃が顔に響いて、最後に溢れ残っていた涙が丁度、光となって蒸発していった。
「ふぅーん。じゃあさっさとおつかい行くわよ」
疑うような音を鳴らしたが、その件には何も言わず自室からサイフ、スマホ、カギを手にすると玄関へと向かった。
ノアもその後ろに従うような形で付いていく。
唯がいつも通り扉を開けると先程よりも強くなっていた風が室内に吹き込んでいく。
太陽がまだまだ明るい。
「ほら、早く」
「あ、はい」
靴を履かずに立ち尽くすノアを催促する。
履き終えた後、鍵を閉め、アパートを出て、無言で店へ続く道を行った。




