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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第六十一話 悠斗の正体


 前日。

 エリカ、白翼、あーちゃんが密閉空間に隔離されている。

 その隔絶空間の中で口を開き始める少年は、大天使だ。


 そう、これは魔界での小競り合いの際、少女たちがとある少年の話を聞いた、その一部始終。


「まず、悠斗の正体からだ」


 そう切り出すのは、当然ミカエル。

 いつ決着がつくか分からない悠斗とヴァラグの衝突。ミカエルは決着と同時にその場へ突入する必要性があるため、会話に多くの時間は裂けられない。

 万が一、今すぐにでも一方から白旗が上がれば、即話を中断して奥の間へ突撃する予定だ。


「あいつはさっきも言った通り、人界の長――つまり、世界の創造神の直系の子孫にあたる」


 初耳の少女たちは息を呑み、到底信用できないと言った眼でミカエルを見る。けれど、その視線はどこか浮ついたようで、天使の奥を捉えているようだった。

 ついさっきまで涙を溢していたエリカでさえ、その言葉に全ての感情が支配されていた。


 悠斗が人界軍の総司令官。

 しかも恐らくその事実を彼本人は知らない。

 何故、そんな大きな現実を……。


「悠斗のお父さん、つまり先代の創造神が丁度7年前に亡くなって、次世代の神として悠斗が受け継いだんだ。勿論悠斗は知らないけどな」


 不完全燃焼のまま言葉が流れて来て処理が追いつかなくなりそうだ。どこかで一度口を挟んで脳を整理する必要性がある。ただ一つ、悠斗は認識していないと言う事実は推測通りで、的中していた。


「悠くんは……悠くんには、誰も教えてあげなかったの?」


 同情を超えた涙が時折目元から零れ落ちるエリカ。その酸で赤らんだ目をしばしば拭いつつそう問いかけた。

 その疑問は彼女だけでなく、他2人も不思議だったはずだ。

 本人に知らせておけば、自分の立場や存在意義を理解し、確実にあらゆる任務を忠実にこなしただろう。

 早めに認知させて、早めに異世界を知り、早めに体を鍛えれば、彼はこうも苦労しなかったのではないのか?

 そんな怒りとも悲しみとも言えない気持ちの悪い感情が彼女たちの心を侵食して行く。

 事実悠斗は苦悩しているし、苦悩していた。

 きっとこの先もそれは続く。

 その苦しみから、開放してあげようと、思わないのか。


 なんて非道なことか。


「ああ。悠斗の父さんは、悠斗を異世界側に引き込みたくなかったらしい」


 1人だけ生まれた子。異世界なんて馬鹿げた世界に関わらせる事もなく、平和な世界に居させたかった。

 身勝手な話だが、子供の身を案ずる親としては当然の心理。我が子は大切な宝物。


「でも、死ぬ直前に伝承するのが分かってたんなら……教えられただろ」


 最もらしい意見でも、やはり腑に落ちない部分はある。

 そもそも悠斗に継承されている時点で、次の継承者が悠斗であることはいつからか決まっていたことになる。

 ならば少し、おかしいではないか。

 そんな白翼の考え。


「継承者は直系の一族の中で最も若い奴に自動的に決まるんだ。だから当時最も年齢の小さい悠斗、ついでに俺とヴァラグに受け継がれたんだ」


 それをミカエルは簡単に封殺する。

 これは誤魔化しているのではなく、本当に、偶然起きてしまった想定外の悲劇。悠斗の父の計算では、悠斗が継承対象から外れて以降に死を迎える予定だった。そこに訪れた計算外のアクシデント。


「悠斗さんのお母さんは、知らなかったの?」

「悠斗の母さんはもう3年前に亡くなってる」

「「「…………」」」


 知らなかった、と。

 そう、現実から目を背けるように、視線を逸らす。

 悠斗が、どれほど過酷な孤独生活を送って来たか……誰かに想像できようか?

 予想外の言葉が連なり、部外者的位置にいる3人はどんな反応をしたら良いのか……どんな反応なら、しても許されるのか、全く分からなかった。


「人界軍、天界軍、魔界軍、それぞれのトップはさっきから言ってるように俺たちだ」


 事実を再確認し、これから話すことがそのことと関連していることを暗示する。そして、周りがそれを理解し始めた頃、ミカエルはさらに言葉を続けた。



「だがこの3人――一心同体で、1人が死ねば全員死ぬ」



 一瞬、一秒――否、もう数秒、意味が理解できなかった。

 理解、できるはずもない。

 そもそも、一体どんな仕組みでその一蓮托生の関係が構成されたのか。何のメリットがあって、そんな危険な繋がりを持つのか。

「……ちょっと、待って。意味が、分からないよ……」

 エリカが唇と目元を震わせて戦慄する。

 震わせた口からは水分が失われ、震わせた目元からは水分が数滴溢れる。

 光の少ない小さな空間の中、滴り落ちたその涙と言えない液体が、ミカエルの放つ光を受けて輝きながら舞った。

「意味、ないだろ。そんな賭けみたいな……」

 白翼もエリカに同調し、更にあーちゃんも口数少なく首を縦に振る。


 普通のものが分析してみても、このシステムは不可解である。どの方面から見ても利点がないように見える。むしろ難点を複数抱えているため不利益を(こうむ)る。

 神に与えられた力の代償と言われた方が納得できる。

 それほど重すぎる関係。


「きっと独裁政権の防止だろうな」


 そんな考えを一蹴するかのように応えた。

 そう、ミカエルが。


 そう、だ……彼は知っている。


「独裁政権の、防止?」


 何となく疎遠と思えない発言にエリカの眉と声のトーンが上がる。その声に小さく首肯すると、先を待機するエリカにこうつなげた。

「神としての力を授かった者が他の神たちを殺して世界全てを独占する、そんな未来を想定したんだろ」

「そう、か……」

 まるで心当たりがあるかのように納得の色を見せる。

 しかし、独占欲、か。

 なるほど確かにそれなら友好的な手段かもしれない。

 独立するために他の神を1人でも殺害すれば、自分も共に命が散りゆく。それでは本末転倒。神様同士の世界滅亡的な争いは起こるまい。

 が、逆に神以外のものからは狙われ易くなるのではないかと、やはり疑問は残る。


「勿論、これは機密事項だから知る者は指折りで数える程度しかいない」


 らしい。

 もし期待通り内密にできているなら安心安全だ。

 その内部に反逆者がいなければ。


「いや……もう少しいるか。俺たち当人に加えて、それぞれの幹部の数名、そして――君たちだ」


 最後、トーンを下げ気味に言われ、その重要性と深刻さ、また予想外であると脳が感じ取る。

 本来知ることは許されない。持ち得ない権利を無理やり手に入れたために入手した極秘情報。そのある種の非常事態に彼女らは、どんな感情を抱いたろうか。

「……なら、先代は……前の3人は、誰が死んだの……?」

 エリカが口にした疑問は少々特殊なものだった。

 その思考に至る者は少なからずいるだろうが、まさか彼女がその核心に手を突っ込むとは、思いもよらない。

 その不安げな顔。もしや、悠斗の父が戦死したせいで……だから悠斗の父の死は想定外で、悠斗に申告する暇もなかったのかも、と、そんな疑念が……。


「…………悪いが、それは……今は答えられない」


 そうはぐらかされた。

「「「…………」」」

 その言葉に目を伏せ、各々足元を見つめる少女たちは勝手な解釈をした。


 ――先代の3人の神で死んだのは、ミカエルだ、と。


 そこから連鎖して、デスサタンと、神本が……それこそ、一心同体のクソシステムによって……。


 しかし、それが分かったとしてどうする?

 3人の少女に、目の前の少年を責める権利はない。それはいくら何でも筋違い。死の原因こそわからないが、恐らくミカエルの親子間での諍いではない。そうとすればアルテラード・ミカエルと、先代ミカエルは、全くの無関係。

 だからこそ、押し黙るのみ。

 沈黙を貫き、言葉を待つ。

 互いに言葉を待ち続け、無用な時を刻んだ。


 その中、最も長い間沈黙していた男、ジェヴァニ。

 彼は静かにミカエルの横顔に視点を合わせ、何か含みのあるため息をつくと、また静寂に帰り、塞がれてしまった壁外を臨む。


「エリカちゃん、今日の体育、見ただろ?」


 空気の流れはそこから変化を始めた。

 突然の話題転換。内容も内容でどんな意図があるとも見抜けなかった。だからこそ事実であるため「うん」と首肯した。

「アレ、さっきそこの2人を襲ったバルドのためにやったんだ」

「……へ? おそった? ばるどのため? え、誰?」

 急な転換に加え、身に覚えのない話。ミカエルの指す2人が黒金姉妹であることを視線で理解し、少なくともあーちゃんの目の負傷は、ケルベロスではないその『バルド』にやられたと直感した。

 そんな推察をされたことも、当人2人は理解した。

 当人たちにとってあーちゃんの片目の怪我は別枠と考えているが、わざわざ口にして訂正するほどでもないのでそう勘違いしてもらっておく。

 エリカの無理解の表情に苦笑して白翼が補足した。

「ケルベロスを倒したと思ったら天使軍幹部の2人に奇襲されたんだよ。そのうちの1人が『バルド』とか言う奴だ」

 な?と、その組織のトップに確認を取る。


「……ああ、本名はウェザーバルド、君たちには良い印象は無かったろうけど良い奴だ」


 刹那の沈黙に訝しんだ白翼だが、詮索することもなく適当に頷いておいた。


「その人と悠くんって、どういう繋がりなの?」


 やはりリンクしないそれぞれの人物名を挙げ、詳細を尋ねる。


「ああ、バルドは悠斗のこと知らなかったんだ。だからまあある程度の力量推察的な意味でな」


 よく分からない説明をされた。

 そもそも、あの程度の競争で悠斗の異世界的な力を推し量ることなど到底不可能に思える。

「えっと……?」

 やはり関連性が皆無では?と疑問符を浮かべる。


「あの時悠斗は突然の速度上昇に驚いて咄嗟に全力を出そうとした。その際に僅かながら魔法が使用されて、魔力が漏れたんだ」

「……そっか……その魔力の濃さや波長、種類を見た、ってことだね?」

「ああ、そういう事だ」


 ここには悠斗が居ないので魔法学的な会話をしていても、愚痴ってくるものはいない。その事を残念に思いながら、エリカは首肯して話の意図を察した事を伝える。


 白翼とあーちゃんも今の会話から、ミカエルとバルドの小さな口論を思い出し、意味を理解した。


 …………。


 やがて、会話のネタに尽きたかのように静寂が訪れる。


「…………」


 そんな中、ミカエルはたった1人葛藤していた。

 が、やがて意を決した面で少女3人を一眸するように視線をぐるっと回すと重たい口を上げた。

 ミカエルの放つ白々とした光がそれぞれの特徴的な髪や眼の色を塗り潰している。


「凄く突然でアレな話だが……いいか?」

 ひとまず会話の許可をもらう。

 内容すら分からずとも、重大さは十分に伝播する。その肌で感じ取った『もの』からそれぞれの答えを決定する。

「――? なんでだめなの?」

 ふとあーちゃんがそんな疑問を返した。

 深刻さは重々承知、それでも「悠斗のためだ」と、そう言ったミカエルを信じて聞いてきたここまでの機密事項。今更何を躊躇うのかと純粋に不思議だったらしい。

 彼女の貴重な反応に白翼が苦笑し、つられたエリカも口元を綻ばせていた。

「うん、何がきても今更だよ」

 そう言って、続く言葉を待ち構えた。

 目には純粋な色眼鏡が光っている。


 ミカエルは胸の奥で静かに感謝しながら言葉を繋げた。

「2030年、つまり今年だ。この年に異世界は急変すると、ある預言者が何年か前に予知した」

 ある預言者――。

 果たしてその信憑性は――

「正確には占い師だが……予想の的中率は、ほぼ100%だ」

 ほぼ100%、なんて恐ろしい表現だろう。

 一の位を四捨五入したと仮定すると、確率の範囲は95%以上100%以下。

 最低確率の95%とすると5%の確率で予知が外れる。

 分数に直して20分の1。20回に1回外れる。

 そうそう起こりそうにないように見えるが、実際に起こるからこそ、これは確率なのだ。

 例えばゲームでのガチャ、最高レアリティの出現率は5%であるとする。

 我々はそれを一度引くだけで当てられることもあれば、100回、200回引いても当たらないこともある。

 これこそ確率。

 ニンゲンに操作、計算のできない未知の領域。

 確率を計算式で求めたとしても、それは所詮確率でしかなく、その一つで物事は確立しない。


 勿論、外れる可能性があるからと楽観視はできない。

 むしろ当たる確率が5%だったとしても何かしらの『対策』を練るだろう。

 しかし……「急変」とは、これもまた内容が不確定すぎる。全ての事象において100%こうなると予測することは不可能に近い。それこそ、この世に存在する法則が適用できないものは。

 いくら異世界人だとしても、例えば、「魔法が科学的に証明できないことを証明しなさい」などと言う命題をかされれば、ほとんどのものが答えられない。

 一般人が1+1=2を証明できないことと同じで、日頃使うものすら詳細を知らない。

 そんな予測不能、計算不可な世界で、確実性を求めることはあまりにも馬鹿げており、愚かなことだ。

 それでも、やはり「急変」と言われたところで心に響かない。


「悪い、その占い師も万能じゃないんだ。もっと鮮明にとなると命を削ることになる。不審感は察するが、頭の片隅には置いといてくれ」


 背景の見えない状況に不満な顔を見せる少女たちに謝罪すると、それだけを切に頼んだ。

 固より即信用なんてなるとは考えていない。

 そんな結果があった、それだけを知ってもらえればいい。


「悠斗に関する話は、大雑把にしてこんな感じだな」


 「悠斗に関する話は」の言い回しに、接続される話題があるのかと更に顔を引き締めたが、どうやら他意はないらしい。が、全員が緊張を緩め、張り詰めた空気が壊れた頃、

「ただ、あと、たった一つだけ」

 と最重要とまで言いたげな強烈な眼差しで少女たち、とりわけエリカを見つめた。

「――?」「――?」「――?」

 3人で顔を見合わせて感情を一定量共有、そして最後となるその眼をしかと己の目に焼き付けた。


「――悠斗を、救ってやってくれ」


 たった、それだけ。


 ガラガラと崩れ、光が差し込む暗室。

 そこで初めて少女たちは嵌められていたことに気づく。

 しかし、そんな憤慨や屈辱など、もはや彼女たちには無かった。

 ただ一つ、一言が、繰り返し響くだけで……。


「あっ……」


 エリカが声を上げた時、既に福田健祉(ミカエル)は突撃していた。



 これが、彼女たちが魔界で最後に交わした言葉。

 その後、気絶したノアと悠斗を発見し、そこに供えてあったテレポーターを使い『家』へと帰った。


 ノアの首元には勾玉が煌めいていたから。



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