第五十五話 姉妹の共闘3
やがて白翼の視界が固定され始め、彼女は敵の状況を知るために後方の竜巻の状態を確認した。
すると、みるみるうちに猛威を振るっていた暴風が鎮まり砂塵も飛ばない風なき空洞へと早変わりする。ただ、その代わりと言わんばかりに、密集した岩の隙間から溶岩を含んだ煤のようなものが赤く跳ねていた。
「あーあ、やっぱり当たってないと思ったんだよね。困るなー、避けられちゃさ」
少年が額に片手を当てながらやれやれとため息をつく。
「あーちゃん、うっ……ぅ……」
「お、姉ちゃ――」
「お前は逃げろ」
白翼が痛む肩を押さえ、その痛みに表情を変える。
しかし、それを押さえ付けながらあーちゃんに逃亡を促す。
「で、でも! お姉ちゃんが……」
「だいじょぶだ、オレには能力が――」
「それは私も――」
「今回は部が悪い。オレの方がまだ相性がいい、だから行け、早く!」
後方の……数分前に悠斗たちが消えた通路に向かい腕を振る。その振動が痛めた肩に強く響いた。
その時の姉の苦しげな顔を見たあーちゃんは、どうする事もできず哀しそうに小さく頷くと通路へと走った。
しかし――
「これ以上の時間は取れん」
怒気を含んだ勇ましい声に身構えた白翼は次の瞬間、咄嗟に右方へと身を投げ、地を滑らせた。
反射的に起きたこの判断は、自身が地面の熱さを感じる前に失敗であったことに気付く。
ミスに顔を強張らせ通路へ振り返る。
受け身なども取れずに地を滑ったが、摩擦の熱さも、地面の熱も既にどうでもよかった。
「あーちゃ――!」
次に繋がるはずの「ん」の文字は瓦礫が崩落する轟音に沈んでいった。
激しい爆音の原因は白翼が咄嗟に躱した「それ」にある。
だが、「それ」が何なのか、光以外は見えなかった。
「あーちゃん!」
通路は岩屑で塞がれてしまい、その下の付近を走っていた少女は下敷きになってしまった。上手く凌いでいることを願って妹の仮の渾名を強く叫ぶ。
天井の崩壊は一旦鎮まり、崩れ落ちたところから舞う砂埃も薄れてその惨状が明らかになる。
「キミさ、自分も処分対象って分かってる?」
幼い顏で笑う少年が己の周囲に無数の光の矢を幻出させる。
その数え切れない矢を自在に操り、白翼を襲わせるように指示を下すと、次々と矢の先端が煌めきながら1人の少女へと襲いかかる。
不安と焦燥を噛み殺し、弱い妹を信じて無数の襲撃者と対峙する。
「ァッッ!」
枯れた喉を激しく震わせて音を鳴らす。
嗚咽のような音に合わせて右腕を振い、飛びかかって来る光の矢を薙ぎ払うように能力を駆使した。
数本の矢が、白翼の起こした風により影に落ちていくように跡形もなく霧散していく。しかし、全ての光を闇に葬ることなど叶わず、残った数本は無理矢理体を動かして後方へ流す。
その防衛劇の途中――
「お……姉、ちゃん……」
ガラガラと山積みになっていた瓦礫が滑り落ち、土砂の中から銀髪を揺らした少女が片目を閉じて出てきた。
「あーちゃん!」
その声に声を震わせ、後ろを振り向く。
そして目に映る妹、彼女は体のほとんどに負傷が無く見事にバリアを展開させられたことが窺えた。
が――、一箇所だけ、割りに合わない負傷をしていた。
それは左目。
左側の目が潰れたように閉ざされ、そこから赤く流れる鮮血はやけに生々しかった。
「お、おい……それ」
白翼が天使からの猛攻も忘れあーちゃんに気を取られていると、
「背中がガラ空きだよ、大チャーンス」
少年が悪戯っ子のようにニヤケて高速の矢を撃ち放った。
少年が意味もなく出した声に振り返り、自身の未熟さを呪ったが既に手遅れで腕を振る間も有りはしなかった。
もう、ダメかと思った。
そんな不甲斐無い姉を片目で見つめるあーちゃん。
その右目が今までになく真っ赤に染まり、左眼と同様に流血する。ただ、なんとか失明は防げた。
それと同時――
白翼の反射の動作が起こる。両腕で眼前を覆い、両眼を刹那の隙に閉じ、更には失命を覚悟した。
……………………。
「……………………」
覚悟した痛みが訪れない。
不思議だ。
痛みも感じずに消失したのだろうか?
不思議だ。
強く地を踏み締めると脚に力が籠る。
不思議――否、不自然だ。
「うわっ、何それ聞いてないけど」
少年の、呆れた声が、聞こえた。
不自然だ。
まさかと思い、薄っすらと片目を開け、自己の生存を確認。そのまま急いで両腕で遮っていた視界を開ける。
自分の呼吸音に、疲れた目を見張りぐるりと半周。
初めの方に視界に映ったのは少し怒りかけた少年と、確実に怒っている男だった。
その2人が忌々しげに注視する「もの」。
それは白翼の真後ろにいる存在。
それは白翼の視界に最後に映った存在。
それは右眼から鮮血を溢れさせる存在。
それは、白翼を――守って見せた存在。
それは、白翼の――妹。
その距離約10メートル。
防衛方法は、彼女の所持する固有魔法――バリア。
自身を中心として円形に展開するバリアが、10メートル先の白翼まで届くということは、直径20メートルに及ぶバリアを展開させた、と言うことになる。
そんな距離、過去に一度も展開できた試しが無い。
だからこそ、白翼は自分の死を覚悟し、そしてこの状況に愕然としていた。
目の充血と流血から、体を代償として能力を行使していると推測できる。
「オレの……ために」
妹の愛にピリッと感情が流れた。
一滴の雫が地に滴り、高温により瞬時に蒸発した。
袖で目元を拭い、再び世界を見ると、バリアは消滅していた。
「折角……いい人に出会えたの……」
室内に響き渡る声音。
哀しそうに震えるそれはとても綺麗な声だった。
「だから今は……今は――生きてみたいって思ったの」
珍しいあーちゃんの叫び声。
白翼にも、活力が湧いて来るのが分かった。
殴られて、振り回されて、死にそうだったのに……この戦いに異議を見出せて、笑いが出た。
今まで見出せなかった生きる意味。
2人はずっと生きる辛さだけを味わってきた。
死んでもいいと思い、挙げ句の果てには死にたいとも思えた。そんな2人も、それぞれ、せめて、せめて一つだけ守りたいものがあった。
姉は愛する妹を。
妹は大好きな姉を。
互いに庇い、互いに助け、互いに命を張り合った結果、2人はこの時を生きている。
妹を庇って白翼が囚われれば、姉を生かすためにあーちゃんが救出に来る。こんな連鎖は永遠に続くに決まっている。
その2人の願いを同時に引き受けた存在、それこそが彼女たちにとっての希望の光――一縷の望みだった。
「なら俺が、お前たちの古い望みを今叶えてやる。昔死にたいと願ったそれを、今実現させてやる」
「ごめんね、僕も女の子の恋は応援してあげたいんだけど、ハーフちゃんはどうしようもないね。自分を呪って許して」
2人の決意も感情も知らず、幹部級の天使がそれぞれの心の内を喋る。
2人の台詞が続いている僅かの時間で手の届く位置まで近寄った黒金姉妹。
互いに頷き合い、共闘の構えをとる。
「ライトスピード」
先手必勝の少年の掛け声で圧倒的物量の光の矢が、光速まではないが、高速で飛翔してくる。
それに対してあーちゃんが小さな円形のバリアを展開、これで2人はこの圧倒的物量を凌ぐ事が可能だ――本来であれば。
「ハリケーン」
もう1人の男の一声で今度は圧倒的風力が2人を襲う。
バリアを張って体に力を込められないあーちゃんは瞬く間に後方へ吹き飛ばされ、それと同時に集中力が切れたためバリアが解除された。
「あっ!」
そのまま壁まで吹き飛ばされたあーちゃんが苦悶の声を上げ、その場にガクッと崩れる。
「ぐっ」
妹の度重なる負傷に奥歯を強く噛む。
歯を食いしばり後ろの子を守るために全力で防衛に徹する。
無数に襲い掛かる光、その中でも自分か妹に当たるものを見極めて消滅させていく。後方からは激しい爆音がいくつも響いて来るが、もはやどうでも良かった。
これまでの蓄積されたダメージが大きく、未だに体を動かせず悶えるあーちゃん、それを見かねた男が仕掛けた。
己の腕を胸の前で広げ、その上に一般的に見て小さな雲を生成する。
その水蒸気の塊が、バチバチと音を鳴らして――
「あーちゃん!」
謎の危険信号を受信した白翼があーちゃんに疾呼の声をあげる。汗と血を散らして体を大きく反転させて妹を援護するために飛び出す。
全力で走って、妹を狙った一筋の光に右手を伸ばす。
バチっ!
そんな音がして気付いた。
その光に触れられた。
「グァッ! イッっっっっっっっデェぇぇぇっっ!」
「ッ! ナニっ⁉︎」
白翼の悲鳴に近い絶叫に目を見開き、男が有り得ないと酷く動揺する。
いや、白翼が悶絶している折角のチャンスも見逃すほど動揺し続けていた。
それも当然。
白翼が手に触れたのは、男が能力を駆使して造り出した雷だからだ。電気の流れる方向こそ、天から地ではなく空間から空間だが、日頃から喧しく耳に轟くその雷と同じモノなのだ。
触れれば意識不明どころか、命はまず助からない。
最悪跡形も残らず焼き消える可能性がある。
そのつもりで男も雷撃を放った。
――それを、
――彼女は、
――地面へと叩き落としたのだ。
「まさか、電波や磁波も操るのか……!」
絶句し、言葉を口にして、再び言葉に詰まる。
それに、涙を浮かべた白翼が麻痺して機能しない右手を左手で押さえ付けながらニヤッと白い歯を光らせた。
「ああ……っ、オレの、操作対象は……っ、波動全てだ」
指名手配者の能力は基本的に実体験を基に推定として公表される。そして、彼女らが電撃等を操った過去がないため、誰も知り得ない事だったのだ。
「はっ、だが、それでもダメージは少なからずあるし、操作できる波動数も限られるだろ。それさえ分かれば関係ない」
人体を焼くはずだった雷撃は地面へと流電して霧散すると、もはや殺傷能力はない。
だから男はもう一度、今度は先程と比較にならない、10を超える数の水蒸気の塊――即ち雨雲を生成する。
そのそれぞれの雲でパチパチと放電現象が起きている事は音だけでなく、目で見ても明らかだった。
自身の腕を強く握る白翼も、流石に大量の電波は操れない。後方のあーちゃんは未だに……いや、立っていた。
白翼が振り返り気がつくと同時、天使の2人もその事実に遅れて気がつく。いや、気が付かれた、と言うべきか。
「おのれ、しぶとい奴等め……!」
嫌悪と侮辱の愚痴を大きな声で溢し、男が左手を振るう。
そこに少年も光の矢の発射を加える。
あーちゃんを狙った大風と矢の嵐が無情にも音を立てて近づいて来る。
「んんっ!――っ!」
強風に煽られながらも底力を見せて踏ん張り、バリアを展開する。
今回は白翼を狙った攻撃がないため自衛のための展開、目から流血する事はなかった。勿論、それに関わらず開いた片目は真紅に染まっていたが。
「どこまでも……っ!」
「ほんと、すごくめんどくさいよね」
怒れる男と呆れる少年。
男が再び雷撃を放つ。
少年も再三放ち続けてきた光の槍を発射する。
「あーちゃん、自分だけ守れぇっ!」
激痛から解放された白翼の叫びに、行動で応える。
護身のためだけに小さな円形の空間を構築、全ての攻撃を受け付けなくなる。
それに対し白翼は……
………………。
刹那――
ドゴォォッッッ‼︎‼︎
と、爆音がその場の全員の聴覚を暴力的に掻き乱した。
煩雑で乱暴な爆発。直撃を受けた者は跡形も残らず消炭になるだろう。実体験などなくても全ての人間が理解できる凶暴さだった。
この小競り合いの中で最も長い間砂塵が漂っていた。
――――――――――。
…………………………。
どれほど待ち続けたか。
誰にも分からなかった。
天使の少年――ニコニコと健在。
天使の青年――冷静に健在。
天魔の少女(妹)――流血しながらもその他は健在。
天魔の少女(姉)――先の位置から微動だにせず、健在。
「ッ! バカなっ……直撃で無傷だと……っ!」
真っ向から電気の光線と光の鉄槌を受けたハーフが、悠然と服の汚れを払っている。
こんな扱い、天使軍幹部として屈辱を感じずにはいられない。……否、それ以前に、穢れた者に聖なる者が侮辱されていいはずがない。許されるはずもない。
許容できない、許可できない。
妥協も譲歩もクソもない。
「うーん、どんな作りしてるんだろうね」
少年の変化しない軽口。
「ステグ、そろそろ慎め」
今まで流して来た軽口を、怒り側へと臨界部を超えた男が苛立たしげに嗜める。
「はいはーい」




