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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第五十二話 魔王様


 最奥の間、少年少女は1人の『悪』と対峙していた。


 『悪』は、2人を大歓迎するように両手を広げ、盛大にもてなしの言葉を贈る。


「よく来たな雑魚ども。ここへ突っ込んでくる勇気は認めてやるが、『無力と無知』の忘却は称賛できねぇな」


 上がった口角が恐ろしく嗤い、肌で多くを感じる。

 まず、圧倒的な実力差による威圧感。悠斗と対峙する相手は一般人では到底相手にならない力を秘めている。

 次に、『闇』に染まらない『悪』のオーラ。登場や対面のタイミング、歓迎の仕方、鋭く獲物を睨む赤眼に宿る『悪』からは闇しか感じ取れない。魔界に住む、そう、魔王のような雰囲気。

 だが、その中に垣間見える善良に澄んだ淡く火照る白。

 今まで数々の悪に触れてきても、何か一つの信念の下に闇へと踏み込む一線を超えていない。

 …………。

 という勝手な悠斗の想像。


「お前は――」

「俺様はヴァラグ・デスサタン――」

 悠斗の震える声を遮り名乗る『悪』。

 敢えて一旦切り、己の名前と次に繋がる言葉を強制的にリンクさせ、自身の絶対的力を誇示する。

「――悪魔軍統領だ」


 ヴァラグの嗤いに場が凍り、悠斗とノアの時間が停止する。


 ヴァラグ・デスサタン――

 その名前は聞き覚えがある。

 エリカが提示した『三つ巴新聞』などと言う意味不明な新聞に掲載されていた。

 天界の長がアルテラード・ミカエル、魔界の長がヴァラグ・デスサタン。後からエリカたちに聞いた話によるとその2人は天使軍と悪魔軍の統領も務めているらしい。この二軍に加え人界軍もあるらしいが、そこに関しては説明を受けてない。そもそも興味がない。


 まずは穏便に事が運べるのか、冷静にその確認を。

「……ノアのネックレス、持ってるだろ」

 ノアより一歩前へ踏み出ると恐る恐る事実確認をとる。

「あ? そりゃぁコレのことか?」

 ポケットに右手を突っ込むと一つの勾玉を引っ張り出して見せつける。だが、ヴァラグは顔を顰めて悠斗の言葉を訝しんでいる様子だった。


「ああ、それはノアが――」

「テメェそれ本気で言ってんのか」

「……ぁ?」


 ヴァラグの不可解な指摘に微かに声を漏らす。全く理解不能な確認だった。

 それ……それ、とは?

 『それ』とは一体何の代名詞だろうか?


「そこのガキのとか言ったか?」

 …………。

「……あ、あぁ……言ったが……」

「オイオイ、今時は教育も無しに政権交代してんのか? クソ天使も大概だが、ニンゲンの方は余計に終わってんじゃねぇか」

 まるで何かに酔い狂ったかのように頭を抱え、腹を抱え、悠斗に嘲笑を浴びせる。

 言葉一つ一つが脳内で処理できない悠斗は、嗤われることにただただ腹が立っていた。

「何がそんなに――!」

「あ……? ああ、そうだったナァ、テメェは無能なゴミ以下とか言ってたな、あのクソ天使の野郎は」

「ちっ……ノア、あいつの言ってること分かるか?」

 意味もわからずバカにされ続ける悠斗は腹立たしげに舌打ちすると通訳的なものをノアに頼む。

「ううん、分かりません……」

 どうやら彼女も言葉に頭を悩ませているらしい。

「クク……いいか? これは何十年か前に盗まれた『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』のうちの一つだ」

「え……!……え……え? さ、三種の、神器?」

「どうしたノア? 何の話だよ」

 やがて1人だけ会話から置き去りにされる悠斗。

 敵陣に聞けないため、唯一味方陣営のノアに矢を立てる。

 しかし、ノアより先にヴァラグがまたしても大笑いした。

「カハハハハハッ、オモシレェなオメェ。三種の神器も知らネェのか、ああ?」

 意味もわからず、また、意味もなく詰られ続ける悠斗。


「…………」


 これ以上見下される事を避けるために自力で答えに辿り着こうとする。そのためにまず沈黙、そして、瞑想。


 ………………。

 …………。


 三種の神器――

 皇位の標識として歴代の天皇が代々受け継いできたと言う(一時期の例外を除く)三つの宝物のことである。

 一つ――八咫鏡(やたのかがみ)

 二つ――天叢雲(あめのむらくもの)(つるぎ)

 そして三つ――八尺瓊勾玉。


 八咫鏡――

 記紀神話で天照大神(あまてらすおおみかみ)(アマテラス)が天の岩屋戸に身を潜めた際に、石凝姥命(いしこりどめのみこと)によって作られたとされる鏡。現在は伊勢神宮の内宮に天照大神の御魂代として奉斎されているはずだ。

 巨大な鏡という意味を持っているらしい。


 天叢雲剣――

 天叢雲剣、またの名を草薙剣(くさなぎのつるぎ)

 記紀で素戔嗚尊(すさのおのみこと)(スサノオ)が討伐した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から発見されたと伝承される剣。昔に熱田神宮に祀られたが、平氏滅亡に際し海の底へと水没したとされている。


 八尺瓊勾玉――

 …………。

 大きな玉で作られた勾玉。


 それ以外には知らなかった。

 神話内ではそれぞれに役割などが有りそうだが、神話の内容に関しては全く持って知識がなかった。

 仕方なくギブアップだ。

 ……。

 そもそも、ヴァラグの言葉は理解に苦しむ点が多々あった。

 まず何より――

「おい……勾玉の内の一つとか言ったか?」

 多方面から見て格上の相手に対しても物怖じすることなく事実確認を取る。

 …………。

 畏怖がないとはいえ、躊躇をする・しない、はまた別の問題。僅かな逡巡にノアが密かに眉を潜めた。

「言ったが?」

「…………」

 心を見透かした微笑に悠斗の危険信号が警鐘を鳴らす。

 ここでは様々な疑問を手に入れたが、それの解決よりも優先順位の高いものがある。

 そう、何がどうであれ、あの勾玉は返品してもらう。


「いや……、とにかく、それを返せ」

 息を深く飲み、手に汗を握ると弱々しい睨みを利かせる。

 その軽薄な眼光を鼻先で笑って流すと、ヴァラグはゆっくりと口を動かした。


「ムリだな」

 試すような顔で当然の如く拒否した。

 それを行動で強調するために見せびらかしていた勾玉を自身のズボンのポケットに押し込んだ。

 自我を象徴する行為が悠斗に激しい揺さぶりをかける。

 悠斗は短気だ……

「なら……」


「なら?」


「…………」

「なら、なんだよオイ」


 ケラケラと嗤い、堰を切らせようとする。まるで戦闘に突入することを望んでいるかのようだ。

 悠斗には無いが、ヴァラグにはとある確証があった。

 それは今ここで2人が激突すれば、確実に自分が勝利するということだ。この短時間の会話で悠斗の力量を凡そ読み取ってしまったのだ。

 しかし、悠斗は負ける気などなく、きっとなんとかなると楽観視していた。

 していた……。

 なのに何故……この躊躇が……。

 邪念――――か?


「力尽くで奪い取るのか?」

「……」

 読まれている。

 やはり取り繕う事は無意味だ。

「ノア……」

 小声で少女を呼び、手招きする。

 真剣な面持ちで悠斗に期待の眼差しを向ける。

 …………そんな、期待しないで欲しかった。

 作戦の旨を伝え、自分の悪質性を垣間見せる。効果は期待できるが、もし騎士や武闘家なら納得できないだろう。

「分かりました、頑張ります」

 そう意気込んで数歩下がった。従順な偽妹だ。

 罪悪感が募る一方で仕方がない。

 悠斗はいつか返さなければならない、この一方的な借りを。それはノアだけに言えることではない。

 …………。

 いや、今は――


「……それを渡してはくれないんだな?」

「ああ、言ったろ。テメェらが持てるもんじゃねぇ」

 そんな時間潰しの最終確認。

 先ほどとは言葉の表現が少しばかり異なっており齟齬が発生しているが、どちらもお構い無しに戦闘モードに切り替わる。


 刹那、悠斗の姿がヴァラグの眼前へと移動した。

 肉体を強化し、熱く重い空気を肌で強く感じながら瞬間移動する。瞬間移動と言ってもノアの能力ではなく、単にそう見えるだけの話。誰も悠斗の速度に追いつかず悠斗の握った拳は男の目前へと突き出される。

 固く固く握られた拳がその悪の笑みを撃ち抜くと思われたが、その腕は空中で停止しヴァラグへのダメージは無へと帰った。

 ヴァラグがニヤニヤと悪質な笑みを浮かべて自分に向けられた弱々しい拳を一瞥する。

「…………」

「何だ、まさか殴る度胸もなしに突っ込んできやがったのか」

 これは悠斗の脅し。

 悠斗なりの親切心。

 殴られたくなければ渡すものを渡せと言う本当に最後の警告――だったが、どうやら効力はゼロどころかマイナス値へと振り切っている。

「…………ッラァッ!」

 俊敏すぎる動きにも動じない敵にこれ以上情けはかけられない。

 拳をゆっくりと下ろしながら身体をぐるっと左向きに回して左足を高く上げる。そのまま対峙する男の左頬を狙い、半分ほどの力で足を遠心力に任せて勢いよく振り回す。

 今度こそ、この忌々しい悪魔の腹立たしい横っ面に強烈な一撃をぶち込む。


 パシッ――――


「……ぁ?」

 不意に耳元に響いた鈍い音の表す事が理解できず間の抜けた声が漏れる。

 それは悠斗の想定外、そしてヴァラグの計算内の光景だった。悠斗の回し蹴りを片手で易々と掴み動作を停止させる。

 超人級の圧倒的力量をも凌ぐヴァラグの力。

 その血管の浮きかけた手を見た瞬間、魔界に転移する前の記憶が蘇る。

 それは、2人の敵に挟まれた際、悠斗の攻撃がドラゴンの鱗によって無に帰されたあの出来事。

 同じだ――

「俺様にそんな陳腐で単調な一撃が届くと思ってんのか」

 呆れ、諦め、そして苛立ちを含んだ刺々しい眼で悠斗を睨み、掴んだ脚を後方へ投げ飛ばす。

「ぐぅわっ!」

 激しい風圧に些細な嘔吐感が込み上げたが、自身の能力を駆使して華麗に回転し、壁に足を立てると地に身体を下ろした。

「きッ――」

 奥歯を擦り鳴らし奇妙な音を鳴らす。まさか俺を投げるとは……と、恐怖や劣等感以上の感嘆が押し寄せる。

 …………。

 別に自分が強いなんて思った事は無いはずだ……。


 己の謎思考に、自身の論外な脳に苛立ちが蓄積する。


「俺様の能力も知らねえのか、ああ?」

 悠斗を軽視した傲慢な態度。

 自身の圧倒的優位性。

 力量の分析で見誤ることを知らない慧眼。

 全て自分信じ切った曇りなき眼。

 自己愛……自己陶酔とまではなくとも、己への絶対的信頼感。

 理解するのが遅かった、遅すぎた……。

 これぞ悠斗の怠惰。

 そして、何度も繰り返し繰り返し、自分がこの人生で何度も苦しめられた高慢だ。


 もっと自分を卑下し、より下位の存在と見做すべきだった。だって、事実そうなのだから。

 今頃認めて初めて脳で処理された。


 この男は――――――――強い。


 この男は……………………強敵だ。


「俺様はテメェと同じ能力――肉体強化魔法だ」

 そんな当然のような告白に悠斗とノアの2人が絶句する。

 音すらも漏れず本当に言葉を失っている。感情の寄せどころが無くどんな心情をどう吐き出せばいいのか迷っている。

 見開いた目はヴァラグの視線と交わることを拒んでいた。

 悠斗とヴァラグの能力が同種。それが表すことは一体何か、悠斗はエリカに半端な知識ながら習っていた。

 同じ能力者同士が対戦した時、その魔法は機能しない事が多く、機能したとしても基礎能力の高い者に軍配が上がる。

 たしかそう聞いた。そう教わった。

 つまり、この場において最も優勢なのはヴァラグだ。

 悠斗自身、運動神経は学年でも上位に食い込むと自画自賛している節はある。が、それと、戦闘経験とはまったくもって話が別。能力分析、行動パターン、純粋な知識、ましてや過去の戦闘経験、魔法戦闘におけるあらゆる点において悠斗が劣っているのは一歩二歩どころではない。

 まず、今の一瞬の激突で直感できた、基礎能力ですら負けていると。

 突然に押し寄せる負の感情。

 目に見えた敗北。

 ………………。

 いや、大丈夫だ……勝たなくていい。

 そうだ、目的物品だけ手にして帰ればいい。

 逃げろ!

 逃げるは恥だが役に立つのだ。

 作戦は変更なし。



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