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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第五十話 エリカの失敗


 開けた部屋、中央に座り込む男性。

 ここは最奥の部屋ではない。

 ついさっき白翼に預けたあの部屋、あそことほぼ同じ構造になっているが、さっきの空間ほど暑くはなかった。

 ただ、それは今は関係ない。

 悠斗たちの目的の人物は目の前の男で間違いないはずだ。

「これはどうも失礼。しかしながら、今丁度いいところなのでもう暫しお待ちいただけますか」

 挑発じみた言葉で待機を促す。

 しかし、被害者側の悠斗たち(特に悠斗)がその一言に我慢し切れることもなく……

「待てるか!」

「だめっ、悠くっ!」

 エリカの静止すらも聞き入れず、能力を駆使して男に急接近する。

 本を眺めながら椅子に腰掛ける余裕の態度が半端なくムカついた。

 拳を握り眼鏡を叩き割る勢いで殴り飛ばそうとする。


 だが男はその拳を顔の角度を傾けるだけで易々と交わした。

「なっ!」

「落ち着いて下さい」

 嘆息しながら立ち上がり、左耳スレスレに位置する悠斗の拳を掴んだ手をゆっくりと下げようとする。

 それを力で捻じ伏せ、拳を左側に高速で動かし、その男性の横っ面をぶち抜いた。

 男が横に吹っ飛び、手にした一冊の本と、メガネがさらに遠くにスライドする。突っ伏した状態の男の下へ歩み寄ろうと足を動かし始めた悠斗。

 しかし――

「――痛いですね。人が待ちなさいと言うのですから一度は従うべきです。もう少し社会性を身につけなくては将来困りますよ」

 ある程度は理にかなったことを言われる。

 その言葉に文句があったが、あまりの男性の頑丈さに進めていた足を止め一歩後ずさった。


「神本悠斗さんでしたか……? 私が盗った物でしたらこの奥に行けば有りますよ」

 名前を呼び、悠斗を正気に戻すと盗品の在り処を暴露する。当然その言葉が本当かどうか定かではないし、そもそも簡単に通してはくれまい。

 再び構えを取る悠斗。

 今度は後ろで待機していた2人も戦闘態勢に入った。

 しかし当の男は……

「私はあまり殴り合いを好まないもので」

 その構えを否定し、争奪戦を拒否するかのような発言をした。

 もしやこの男のすべての発言は嘘なのか。

 そう思える人間性をしていた。

「2人は通しますよ。とは言えその2人は私が指名しますが」

 そんな意味不明な方向に勝手に会話が進んでいた。

 しかし、2人もこの場を通してくれるのなら、それに従い本当に奥の間にノアのネックレスがあるのかを確認してくるのも悪くはない。

 悠斗が懐疑的な視線で先を促すと予想外の人選を提案された。


「神本悠斗さん、セラスティン・ノアさん、お二方はどうぞ奥の間へ――ですが、ミスティア・エリキャス・スィースターさん、貴方は残って下さい」


 指名のあったエリカは「えっ」と声を漏らした。

 遅れてノアからも「え?」と疑問の音が聞こえた。

 てっきりノアの残留指示と想定していたのに、まるで裏切られた気分だ。

「ご検討をどうぞ」

 丁寧に掌を向けると会議の時間を渡す。

 一体何が目的でこんな事をしているのか、混乱していた頭が余計に乱れていく。

「どうする、嘘とは思えない」

 小声での悠斗の問いかけ。

 まず信頼度に関してだが、そこは悠斗の感覚で太鼓判を押す。これで2人は真実だと理解する。

 できればエリカとノアの助言を参考に決定したい。果たして危機に瀕したノアは、指名を受けたエリカは、どんな決定を――


「私はいいよ」

「……私も、エリカさんさえ宜しければ」


 そう決断する。

 むしろエリカはそうしたいように見える。

「分かった」

 顎を引きそれで決定する。

「話が纏まったようなので、どうぞお通り下さい」

 男は一度吹き飛ばされたため、通路の正面にはいない。故に、左手で斜め方向に進路を示して通行を許可する。

 悠斗もノアも決して言葉を発さずに走っていった。


 2人の背は暗闇に紛れて早々に見えなくなるが、足音はよく響いてきた。

 エリカも、相対する男もその足音が耳に届かなくなるまで待機し、何一つとして言葉を交わさなかった。

 だが、やがてその足音が止むと、男が足をカタカタと鳴らし始めた。

「残念ですが貴方の予想は的中していますよ」

 不意にそんな言葉を浴びせられる。

 しかしそれは、端から予想していた事。極めて冷静に、いつも通りの能天気な表情で。

「何のことかな〜?」

「そうやって彼をも欺いてるんですか?」

「…………」

 初手から挫かれて言葉と表情が詰まる。

 エリカは理解した――目の前の男は、自分の事を知っている。それは、顔を知っている程度ではなく、どんな人間なのかと言うもっと個人的な情報。

 とは言え、流石にエリカが悠斗に寄せる好意までは知らない。今の言葉は、そんな意味で言ったわけではないだろう。

「……」

「もう会話に行き詰まりましたか?」

 情報を引き出そうとするように挑発をかける。

 相手が何を引き出そうとしているのかは理解できないが、変わりにこちらも情報を盗めるかもしれない。

「どうして知ってるの?」

「それは私が幹部だからですよ」

 未来を予期したように淡々と答える。

 何とも簡潔な理由に詳細が掴めない。幹部と言っても、一体何の幹部なのか。

「幹部って?」

「悪魔軍ですよ。私は悪魔軍幹部、ジェヴァニ、『多彩の精霊術師(スピリットマジシャン)』と言う異名があるそうです」

 またしても質問内容を推測されたため、返答が早い。

 しかし、その速度よりも二つの単語に耳を疑う。

「悪魔軍……しかも『多彩の精霊術師』……」

 どうやら名前程度は記憶している様子。

 当の男は、自分で名乗りつつその異名には全く興味がないらしい。


 いや待て、そうではない。

 悪魔軍……悪魔軍……?悪魔軍……。

「――! まさかっ!」

 脳に、閃きとは言えない閃光が過る。

 大きな感嘆の声を出し、悠斗とノアの消えていった通路を見つめる。その瞳孔は大きく開き、焦燥と不安を心に秘めながら、後悔の念を同時に抱いていた。

 これはミスだった。重大な見落としだったのだ。

「あの奥にいるのは、私たちの首領であり魔界・冥界の頂点に立つお方――ヴァラグ・デスサタン様です」

 その不安を更に増幅させ、衝動的な行動をさせようとゆっくり詳細を話す。

「悠くん……!」

 案の定、急き立てられたエリカは通路に向かい一直線に駆け出す。

「貴方はここにお残り頂きますよう申し上げましたが?」

 エリカと通路の間に割って入りそう忠告する。

 早急に悠斗の元へ駆けつけて撤退を求めたいが、目の前の男をどうにかする必要がある。通してくれないなら無理矢理通るのが基本、しかし、コイツとは戦ってはいけないと心が警鐘を鳴らしている。


 この男とはまともにやり合えない。


「…………」

「怖い顔をしないで下さい」

 冷静になるように促すジェヴァニ。

 しかし、冷静になるどころか立ち塞がってくる障害物に剥き出しの敵意を押し付ける。

 威嚇の意味を込めて睨みを効かせるが、動じることもなく話の歩調も変化しない。


「ヴァラグ様は人が思っているほど悪い方ではありません。むしろその逆。偏見だけで悪魔=悪人という構図を作らないで下さい」

「だからって――!」

「ヴァラグ様は容易く人を殺せますが、簡単に人を殺したりはしません。まあ今回はそれ以前の話ですが」

「とにかくどいて」

「とにかくできません。それは私が叱られますので」

 両者とも引く様子は無い。

 言い争いで決着はつきそうにない、そんな時に生き物が駆使するもの。いつの時代にも起こる争いは、その殆どを暴力によって解決してきた。

「だったら――」

「だったら何ですか? まさか私を倒して無理矢理通ろうとでも言うのですか?」

 初対面からずっと煽り続けるジェヴァニは、ここまで来てもその挑発をやめない。

 しかしそれは、ただの挑発や煽りとはまた異なる。

「私は精霊術師。固有魔法とは別種の能力者を相手に貴方は対等に戦えるのですか? いえ、対等では先に進めません、私を超えられますか?」

「……」

 ある種の警告だった。

 無駄な戦闘を避け、この場を引くように促している。

 ここで引けば自分は安全に撤退して悠斗の帰りを待つだけ。事実この男には万に一つも勝てることはない。

 ならばそれが最善か。


「それでも悠くんのとこへ行くから」


 強く意気込み、魔法を展開する。

「そうですか」

 それに対し、呆れた声でエリカを見透かすジェヴァニ。

 いつの間にか彼はメガネと本を回収しており、メガネは鼻の上へ、本はポケットへとしまっていた。

 エリカが魔法を起動した事を承知の上で、何故か動作を見せない男に一定の不審感を抱く。余裕や油断では無く、端から勝負の意思がないように見える。

 ならば、と男に駆け出した足に方向転換を指示する。僅かに角度をずらし男の真横を通り抜けれる位置取りをする。

 ある程度接近し、ギリギリ近接攻撃ができない辺りで液体を手先から放出する。

 反射反応を起こさせようとしたが、全く動じずにそのまま純水を浴びた。

 想定では本来、今の奇襲に反射を起こした男の横を素通りして裏の通路へ突っ込むはずだった。しかし、ただ目潰しをしただけになる。それでも問題はないのでそのまま素通りして等間隔で灯りの灯る通路を目指す。

 だが、突如激しい轟音と共にエリカの目前を塞ぐ巨大な壁が現れた。その壁は、今の一瞬で地が隆起したもの。仕掛け人は間違いなく不動の男だ。

 衝突を避けるために思わずブレーキをかけたため、勢いが無くなり足が止まってしまった。

「ぐっ……まだ……!」

 道を阻まれたエリカは縦に長く横に小さいその壁を避けるために脇を通ろうとする。

 しかしそこでも地が隆起し、最後には四方を壁に囲まれ、進路や退路どころか全方位を閉ざされてしまった。

「そこでジッとしていて下さい」

 壁を貫通して聞こえる声。

 しかし、四方を閉ざされた時、多くの人間は上下を確認する。そしてエリカも気がつく、隆起した土の壁は天井まで届いていないと言う事を。エリカ1人が丁度収まるこの壁の配置、中の者が攀じ登ることは相当楽だろう。

「……よしっ」

 自分に気合を入れ壁を登る事を決意する。

 出来る限り音を立てないよう細心の注意を払い、呼吸音さえも制御する。

「壁は登らないでいただけると助かります、色々と面倒なので」

 具体的に何が面倒なのかには触れず、エリカに釘を刺す。まるで監視しているかのような無駄な要望、一瞬肩を跳ねさせ転落しそうになったが何とか持ち堪えた。

 漏れそうになった悲鳴をグッと引っ込めて大きく息を吐く。そして静かに頂上を目指した。



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