第四十七話 波乱の幕開け
4月19日金曜日、放課後、2年3組の教室。
今日は探偵部の活動は無し。これは休憩時間中に伝達済みなため、まもなくいつも通り5人で集まって帰宅する予定だ。
「あ、あの……神本くん、ノートは……?」
変わらずに帰宅準備を進めていた悠斗の元に隣人の控えめな督促が飛んでくる。
途端、少年が「あっ!」と声を出し、ある種のアピールをする。
「あぁ、悪い、忘れてた……っと……これな、ありがとな」
夏花が返品を催促したものとは昨日貸した社会科(公民)のノートだ。いろいろあって結局書写を忘れていたが、返せなくなるのでそこは誤魔化すようにきちんと返品する。
バッグを探って青色のノートを丁寧に引っ張り出すと向きを整えて両手で返した。
いや、正しくは差し出しただ。何故なら――
「写せてないの?」
夏花に勘付かれた。
悠斗の偽装を看破し、受け取りを拒否したのだ。
「……ああ、悪い……色々あって忘れてたんだ」
これ以上取り繕うと逆に失礼なので渋々白状する。
「ならまだ貸しててあげるよ」
「いやいや、俺が悪いから気にしなくていいよ」
「ううん、神本くんこそ気にしないで、貸しててあげるから……あっ、じゃあ私部活行ってくるから!」
「あ、ちょっ!…………ありがとうございます」
結局作戦負けして連日ノートを借りることとなる。勿論悪いことではなく、逆に凄く有難いことだ。しかし、無駄に気を使わせたことは純粋に罪悪感が残る。
去った夏花の机を向き小さくお辞儀をするとわざわざ取り出した青いノートを鞄に仕舞う。
「はぁ」
「悠くんもお疲れだねー」
「……」
小さく息をついた少年に接近する影は最近は毎日のように見る影だった。
エリカの健やかな微笑みを見ると疲れが増す。
同時に倦怠感が襲って来て、まるで風邪にでもかかったかのような気分にさせられた。
「帰ろっか」
「……」
エリカから帰宅希望の言葉を聞いて一瞬動きが固まる。過去に一度も奨んで帰ろうとしたことのなかったエリカが……そう思って目を見開いた後、普段通りのつまらなそうな顔でエリカの後ろを付いて廊下に出た。
廊下では一足先に白翼が待っており、人も随分と散っていた。帰宅の号令から数分でここまで減ることには素直に驚いた。今考えてみれば、このタイミングでの下校は初めてだ。
今までは挨拶終了と同時にクラスを出て校門をくぐっていた。何故か妙に変な気分になる。
と、そんな無意味な感慨に浸りつつ3人で場所を移動する。
一年生の階に降りてノアとあーちゃんに合流すると、一緒に夕陽の傾く中、門の下を通った。
昨日から口数の少ないエリカはここでも珍しく黙って歩いていた。いつもは先頭を歩く悠斗の前を行き、全員を引っ張るような構図が出来上がっていた。
ただ、一見落ち込んだ様子は見られず、静かに空を見上げて歩いていた。前方不注意に関してはやや心配だが、それ以外は特に配慮すべき点はなかった。
順としては先頭から悠斗、エリカ、白翼、ノアとあーちゃんの形になっている。
エリカ以外は定位置で、いつもこんな風に並んで歩行している。
歩き続けて、半分ほど経ったろうか。
「…………?」
悠斗が何か違和感を覚え振り向くが、エリカを通り越して白翼と目が合うだけだった。どうした?と言う顔で白翼が返すが悠斗は首を傾げるだけして向き直る。流石に無口なエリカも悠斗を不思議そうに見ていた。
その謎の行為と仕草に白翼も首を斜めに倒した。
「…………ちょっとストップ!」
違和感を解消できない悠斗が全員に停止命令を下すと、悠斗に注目しながら立ち止まった。
「どう――」
「人の気配がなさすぎる……」
白翼の問いかけを遮って答える。何故だかわからないが、悠斗にはこの状況が非常事態であると理解できたのだ。
気配に関しての指摘を受け、全員が辺りを見回す。
あーちゃんとノアはわからないと首を傾けたが、エリカと白翼は一気に顔を強張らせる。その険しい表情に理解の追いつかない二人もみるみるうちに身を固くしていった。
「これは結界……」
ふとそう呟いた。
「結界ね……」
その単語は何となく吸収できる。
エリカたちの指す結界と、悠斗が想像する結界が果たして同類かはさておき、何故その結界があるかだ。
悠斗の妄想で行けば――人払い。
彼の頭の中にある結界とは、魔法などの存在を隠蔽する際に使用する見えない壁だ。結界の内外では一切干渉がなく、結界外からは中で何が起きていても気が付かない……そんな感じのものをよく見る。
「悠くんの想像であってるよ……。これは一波乱あるね」
悠斗の心を読み、それを完璧に肯定する。この世界の結界もアニメ等のものと同種と見ていいらしい。
「――っ! 誰か来ますっ!」
自分と同類の波長を感じたノアが忠告と同時に誰よりも身を固め、緊張感を強く持つ。
その警告に警戒心を一層に高めた一同。ノアが2点を集中して交互に見るので、自然とそこに誰かが現れると直感した。
そしてそれは悠斗たちの行手を妨害するように出現した。
一本道で一同を挟み込むように現れた二つの影。
次第に残像のような光はハッキリと容姿を映し出し、人として形を形成する。探偵部の中で最も身長が高い悠斗をも超える高さの男のフォルムに色付き、遂にその姿が完全体となる。
人は何事も第一印象から。登場から怪しい人間は全て不審者に見える。それは先入観や固定観念とは異なるものだ。
一人は真面目そうでシュッとした顔つき。まるで一般社会に出る極々普通の社会人のようだ。
もう一人は容姿から歪であった。
右腕は漆黒の鱗で覆われているにも関わらず、その腕は轟々と燃え盛る炎を思わせる。頭には二本の歪んだツノが付いていた。
だからこそ誰もが直感できた――知識のない悠斗ですらも……。これは正真正銘のドラゴン族だと。
「ノア……」
悠斗がノアの耳元で小さく声をかけると、驚かせてしまったのかバっと振り向いた。その目と目を交錯させて意思疎通を図る。
偽兄妹愛による以心伝心で正しく意思を伝達できたのか、二人とも頷いて脅威に向き直った。
ちなみに2人が交わした意思疎通と言うのはテレポートである。見るからに敵対勢力の2名。名前を始めとするあらゆる情報のない中で最も有効な手段は逃亡。
テレポートで姿を晦ますことが何よりも効果的だ。
それを伝え合っていたに過ぎない。
全員が両方向に仁王立ちする2人から目を離さない。しかし、それがここでは仇となった。
「――っ!」
「しまっ――!」
突然に目の前が真っ白になる。
見える世界が全て白い閃光に染まり、他のあらゆる色を認識出来なくなる。これは閃光弾。
相手はノアの能力を知っていたのだ。
敵には情報があり、こちらには情報が無い。今でも最悪な状況だが更に奇襲は続く。
「5名様、魔界へごあんな〜い」
目が眩む中、ドラゴン族の少年の方角からそんな声が聞こえた。
「――!」
魔界という単語。明らかに歓迎できない現状から脱出するために、悠斗は無意識に体を動かしていた。
眩んだ世界を見ないように両目を強く閉じたままで少年の声がする方へ駆け出す。能力を駆使し少年の位置を特定、反撃に出ようと右手を強く引き力一杯突き出す。
「ヘッ――!」
そんな悠斗の能力混じりの馬鹿げた一撃を少年は鼻で嗤いながら容易く竜の鱗付きの右腕で受け止める。かなりの火力にバシッと強く鈍い音が響いたが、どちらも痛覚を持たないかのように平然としていた。
いや、悠斗はその呆気なさに平常心を保てていなかった。
正直な事を言えば、大体の敵は殴れば吹っ飛ぶ、そう適当に結論付けていたのだ。だから、早々に壁に直撃した今どうしようもなく戸惑っている。
「今度こそご案内」
少年の言葉は悠斗の耳元で聞こえた。
強く歯軋りし顔があると思われる位置に左の拳をお見舞いしたが、空を切ってしまった。
しかしそんな歯痒い思いをしてばかりもいられなかった。
次第に目の眩みから解放されていく一同。全員は春だというのに無性に暑く感じ少しばかり汗も滲んでいた。
いち早く視界が開けたのは当然悠斗。辺りに広がる異世界の景色に驚愕し、いつもより多くの唾を飲む。
遅れて意識が定まり始めた他のメンバーも、その背景に汗を握った。
「ここ……は……」
姉の白翼にしがみ付き恐る恐る辺りを見渡すあーちゃんの震えた声。
辺り一面は黒々とした岩のようなもので覆われており、洞窟の内部のような作りになっている。黒い岩の中からは溶岩のような赤い液体がたまに流れ出てきて、その熱気が体を焼く……ほどではないにしろ、多少暑く感じる。
悠斗は数秒前の少年の声から魔界であると推測したが、それが事実かは彼にはわからない。
何故か手にしていた学校の荷物はこの空間に存在していなかった。
「え……魔界だよ? あーちゃんって悪魔じゃないの?」
5人の中で最も知識があり、この状況で最も取り乱していないエリカが驚き混じりに返す。
「そ、それはそうだけど――」
「そちらの方々!」
確認や情報共有の最中、誰かの声が全員を硬直させた。
一瞬だけ凍った体を全員が翻して声のする方角を向くと、通路を塞いでいたサラリーマン風の男性が眼鏡をくいっと上げていた。
「お前っ、何なんだよいきなり!」
不意打ちと理解不能な事態に怒号が出るのも仕方ない。悠斗の吠える声をまるで無視して要件だけを静かに告げる。
「そちらの青髪のお嬢さん」
「……私、ですか?」
「ええそうです」
男性の示す人が自分であるか不安なノアが確認をとると、小さく顎を引き肯定された。諸悪の根源ともなりうる状況に、熱を原因とする汗以外の水分が体の表面から蒸発していく。
「な、何でしょう……?」
変化しない空気に恐怖しながら要件を尋ねる。
この時はまだノアも、そして悠斗たち全員も気がついていなかった。
「これは戴きますので――」
細い紐を垂らし、そこにぶら下げた石のようなものを見せつける。悠斗は視力的に、ノアは直感からそれが何かを理解してとてつもない焦燥に駆られた。
「あっ、ダメっ――!」
「クッソっ――!」
ノアの叫びと共に悠斗はその『勾玉』の奪還に前方へ飛び出した。悠斗は能力を駆使した超スピードで、ノアは能力を駆使して瞬間移動で男の元へ接近したが、2人がその場に到達する瞬間――
「――っ! クソッ‼︎」
テレポーターを使用したのか、はたまた彼自身がその能力者か……どちらかは定かではないが、その場から姿を消していた。
メガネの男がいた赤黒い岩の上で一度だけ強く地団駄を踏む。
奥歯を強く噛んでいたが、隣で激しく落ち込んだノアを見ると申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
「…………」
「……」
「悠くん! ノアちゃん!」
感情を目まぐるしく変換させられる。
落ち込んでいた2人に警鐘の声を鳴らす少女がいた。
エリカの叫びを聞きつけ、その方へ振り向く。
そこへ後方から大きな影がさした。
岩から漏れ出る溶岩のような液体と所々に置かれた灯りから作られた影。その影は悠斗の頭上に物体がある事を示しており、まもなく悠斗もノアも粉々に粉砕されるというところで悠斗が大きく飛び退いた。
動物の手のように見えたそれを華麗に避け、ノアを抱えてエリカたちの下へ舞い戻り、その姿を正確に認識する。
「おいおい……魔界のお約束ってか……?」
その正面、一同の前に現る存在。
4足の先の強靭な爪、竜の鱗のようなものを纏った異形の尾、背で揺らめく鬣は馬やライオンのような毛でなく大量のヘビ、お墨付きは威嚇する犬に似た獅子の3つの首。
その吐き気を催す異様な姿は、まさしく神話に出てくるケルベロスそのものだった。
そしてこれを起点として悠斗は異世界の大渦に巻き込まれていくのであった。
皆様、ここまでのご愛読誠にありがとうございます。
やりました、遂に書けました、この一言。
どうも、感慨に浸る麒麟燐です。
いやー、ずっとずっとずーーっと書きたかった一言なんですよ。
そろそろいいかな?いや、でもまだ愛読ってレベルじゃ、いや、やっぱり書いちゃおっかな〜?
なんて葛藤を続けて第四部最終話にしてようやく書けました。
ここまでこの小説に付き合ってくださっている皆様は、きっと本当に愛読してくれていますよね?
よーし、少数だろうと多数だろうと、支えてくださっている読者のために頑張るぞ。
そうです、私は頑張りたいのです。
そのために、何卒、評価の方、よろしくお願いいたします。
評価やブクマが増えるたびに、ありがたやーって拝んでます。それくらい大事です。
どうかこれからもよろしくお願いします。




