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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第四十六話 エリカの豹変


「何で俺の分まで……」

 机に小分けした大量の鉄製の鍵を眺めながら呆れる。

 視線はそれぞれ分けられた一塊りずつを移動し最後に自分に最も近い集合で停止する。そこにはついさっき宮園宅で製造してもらった鍵が二つ。一つは宮園家の鍵、もう一つは既に所持している自宅の鍵。

 自分用の鍵は一つで事足りる。

 二つ持っていたら逆に片方無くしそうで怖い。

「お前ら、一セットずつ持っとけよ」

 自分用の二つを掴んでそれだけ言い一度部屋へ行ったかと思うとすぐに降りてきてキッチンで料理を始めた。意味なく上がるはずが無いので、当然使わない二つ目の自宅用の鍵を引き出しにしまって来たのだ。

 ちなみに宮園家の鍵はいつも使用する家の鍵と同じリングに通しておいた。


「う〜ん……今日も無かったな〜」


 エリカが玄関の方から顔を出してくると何やら困り顔で首を傾げていた。悠斗は料理、他の3名は各々自由に遊んでいて誰もエリカの声に聞き返すことは無かった。

 ノアは遊ぶ前に悠斗に料理の手伝いはないかと尋ねていたが、悠斗が遠慮して箸や湯飲み等の小物の配膳だけと言うのでそれだけを容易くこなしてしまった。


「う〜ん……今日も無かったな〜」


 さっきよりも声を大にして嘆くが、それがアピールであると誰もが理解できた。故に誰一人として口を挟むまいと口を固く結ぶ。


「ウ〜ン……キョウモナカッタナ〜」


「危ないからあっち行ってろ」


 次第に潤み出した目を向けながらゆっくりと悠斗の隣に歩み寄った。すると、包丁を使って野菜を切っていた悠斗からのお叱りの言葉を受けてしまう。

「もぉ〜、可愛い女の子がこんなに愛らしい目で訴えてるのにどうして何も言葉をかけてくれないの〜」

「はあぁぁ」

 エリカの自白と自画自賛にため息をつき包丁の動きを一度止める。切掛けの野菜をまな板に残して包丁を一旦手放すと、水道で手を洗い流しその指をエリカに突きつける。


 エリカの認識違いを自覚させてやるのだ。


「お前は確かに可愛い顔をしてる」

「んっふー、そうでしょっ!」

「でも性格とかの面で見たら4人の中で最下位な」

「ゔうぇーー」


 悠斗の割とキリッとした表情に謎の擬音を発して驚きを表現する。

 いつもの様にふざけているエリカだが、タイミングは本当に危なかった。

 彼女にとってはいつもの説教的なもので、構ってもらえると言う意味で逆に喜んでいる節はあるが、これは運がいい。

 帰宅直後の悠斗はまだ怒りが溜まっており冷え切っていなかった。もし冗談がもう少し早ければ悠斗は激怒していた。

 何も知らずに平和な奴か、それともタイミングを見計ったのか……恐らく前者だろう。


「んで、何が無かったんだよ」

 エリカにストレス発散台かの様な軽い口撃を行い、一応望み通り聞き返す。

「あ、そうそう、『グラスティル経済新聞』を頼んでるのに全然届かないんだよ〜」

 聞き返したはいいがその中に分からない単語があれば疑問は増えていくものである。

「お前はあれか、俺に知らない知識を押し付けるのが趣味なのか」

 今まで何度も何度も異次元の単語を吐いて来た、まるで悠斗が知らないことを前提とし、それについて詳細を尋ねてほしいかの様に。

「そんなことないよ〜、一般常識かな〜って思ってるから」

「俺にとってはお前らの存在から常識じゃないからな」

「ごめんって〜。グラスティル経済新聞ってのは、グラスティル王国の新聞だよ〜」

 無知を揶揄われた悠斗は包丁を持ち直してまな板と向き合った。左側から聞こえる彼女の声はきちんと堰き止めるが、真面目に取り合うつもりはない。


「んで」

 作業を続けながら先を促すといつもの様に嬉しそうな笑みを浮かべたあと、悠斗を中心として点対象に移動する。

 行動を大きくとって気を引きたい心理が読み取れる。

「ここに来て2日後以降の送付を発注したんだけど〜、今日まで1日分も届かないんだよ〜」

 野菜を切り終えた悠斗がコンロやら冷蔵庫やらと移動する後を極力邪魔にならない様に追いながら訴える。


「世界が違うからじゃねぇの」


 異世界知識が誰よりも劣る悠斗のテキトーな推測は本人すらそれは無いと思っている。その際たる理由は以前見た記事。エリカが悠斗や他3名に見せびらかした『三つ巴新聞』だ。あれも異世界製新聞であるはずだ、故にこの憶測は十中八九ハズレである。


「それはないよ〜。もうスマホで見ようかな〜」

「自己完結するなら俺に言わんでいいだろ」


 この場から去りなさい、という意味を込めて一言。

「でもさ〜、私って電子機器の文字より紙に羅列した文字を読む方が好でしょ〜?」

 残念ながら悠斗の誘導は通用しなかった。いや、そもそも暗示に気が付いていない。

「だから知らんって」

 相変わらずな疑問系に呆れ顔を見せる。

 だが、その1秒後にまたしても記憶が巡った。

 それは先の新聞に関連する。エリカの部屋に入った時足の踏み場がないほどに、論文に似た大量のプリントが散乱していた。

 アレは彼女のそんな少し古典的な部分を暗に示したいたのだと、今更理解して何となくホッとする。


「好きなんだよ〜」

「あーはいはい」


「ぶぅー」


 言い直した彼女の言葉に対し、流すような相槌を打つとエリカはが口を尖らせて拗ねた。その仕草を無視して、キッチンに佇む邪魔な存在を器用に避けながら準備を進める。

 冷蔵庫を勢いよく開いて強く締めたり、電子レンジを開いて強く締めたり、フライパンを電子コンロに叩きつけたり。

 荒々しくもテキパキとした行動はまるで戦士のよう。キッチンという戦場で料理という戦をしている。

「ほらほら、ニュースを見るんならあっちで見てこい」

 エリカを立ち退かせるためにそう促すとフライパンに油を敷き、生の豚肉を放った。油が音を立てて撥ね、豚肉に焼き色がつき、微量の肉汁が油と混ざる。

 忘れていた換気扇を急いで回し調理に集中する。


 その熱心さにエリカは渋々口を曲げたまま居間へと去って行く。スマホを手に取りソファーに寝転がるとスイスイと操作を始めた。きっと最新のニュースを眺めているのだろう。

 その様子に悠斗も安心して気兼ねなく作業に熱中できた。

 そのまま何事も起こらずに食事に入った……と、思っていた。全員が席につきいざ合掌という場面になったというのにエリカの表情が至上に暗い。

 食事中もまるで会話しようとしない、それどころか箸を動かそうともしない。


 悠斗は、料理中とは言えテキトーにあしらったことが影響しているのかと思い申し訳なさそうに切り出してみる。

「エリカ、どうかしたか……?」

 他の3名も意識していたのか、箸の動きを緩めながらエリカに視線を送った。


「………………」


「……」


 恐ろしい沈黙にエリカ以外が困惑の表情を見合わせる。やがて咀嚼音すらも止まり、真の静寂が訪れた。


「……ごめんね、ご飯は後で食べるよ……」


 顔に影を落としたまま席を立つ。ご飯以外に全く手をつけていない食事を食卓に放置してゆっくりと自室へ上がっていった。

 その信じ難い背中を目で追ったが振り向くことは無かった。

 悠斗が他の3人に目配せすると、全員がコクッと頷き一瞬で食事を喉の奥に流し込んだ。

 エリカが置き去りにした食品にラップをかけると、他の食器全てを台所に下げる。


「ノア、ここ一週間以内で起こった大きな事件、もしくはトップになるようなニュースは?」


 エリカのいるべき空席を見た後ノアに視線を移す。


「ちょっと待って下さいね……」

 充電中だったスマホをすぐそこの居間から持って来て、ぱぱぱっと検索をかける。今は関係ないことだが、こっち側から異世界のネットに繋げることが可能なのだろうか。その問題は今度別で聞くことにしてノアを待つこと僅か10秒。


「そうですね……大天使ミカエルの宣言……住宅がほぼ全焼の原因不明火災……」


 悠斗の知る出来事を筆頭にまだまだ列挙する。


「グラスティル王国の政権交代……月下の仮面怪盗コード110がレッドクリスタルを強奪……反逆者を一人王城に幽閉……貧民街で暴動……奴隷事件調査に向かった記者の数名が処罰対象に……ヴェスター共和国とレイスが戦争期に突入……忍者の里の首領、逝去……」

「オーケー、もういいよ」


 述べられる事件を聞いてもまるでしっくりこない。知らない単語が多く、これは国の名前かな?これは何だ?と言う風に形の分かるものと、根本から分からないものとが多すぎる。


 そもそも今聞いた中……


「どれもエリカが関係してるとは思えんが……」

「私も同感です」


 無理矢理関係を繋ぐとしたらどうなるか。


「エリカが国王の娘とか……レッドクリスタル?がエリカのものとか……反逆者や奴隷調査に行った記者ってのが知り合いとか……忍者の里の元首領の娘とか…………」


「…………」


「無いな」

 自分で言っていて馬鹿らしくなって来た。


 しかし……

「……とか言ってるとフラグになるし……。それともその裏をかいて全部無関係……いや、更にその裏で全部関連あり……」


「お兄ちゃん、それだとキリがないです」

 悠斗が迷宮にハマって悩んでいる所へノアが手を差し伸べる。悠斗を迷路から釣り上げて一本道に復帰させる。

「そもそもニュース関係じゃないかもしれないの」

 そこへあーちゃんが可能性と言う恐ろしい攻撃を放つ。

 一本道はたちまち枝分かれし、通路は30や50を超えていく。

「そうなんだよなぁ」

 このように全ての可能性を引っ張り出していては永遠に答えに辿り着けない。エリカの様子からただ事でない事は察しが付く、そして彼女がそれを少しも語ってくれない事もまた想像できる。


 時計を見るとまもなく8時。


 いつもの流れから行けば悠斗が入浴タイムに入る頃だ。

 エリカやノアが必死こいてアピールするその悉くを弾く光景は今日は見られないだろう。

「もっと迫ってみたらいいんじゃねぇの? 悠斗得意だろ」

 直球で聞くことを推奨する白翼。それを推す理由は実体験よりだ。悠斗に迫られて……結果的には少し卑怯な形になったが、とにかく踏み込んでくれると言うのはかなり有難い、そう思えたからだ。

「いやいや、得意だったらもっと沢山の友達がいるから」

 自分の積極性の無さと、何故か無駄に交友関係の狭さをアピールすると同時にその作戦を拒否する。

「お前は変な所で訳分かんない謙遜するよな」

 白翼の勝手な解釈で悠斗の発言が謙遜ということで確定する。当然悠斗にそんなつもりはないが。


「しかしほんとにどうしたもんか……」

「…………」


 ……………………。


「「「「……うーん」」」」


 全員で唸る。


 そして無駄に数分過ごした後、時が正常に動いた。

「やっほー、さっきはごめんねー。ご飯まだあるかなー?」

 いつものエリカがドアを勢いよく開け放って飛び入って来た。ド派手な襲来に全員が驚く。あーちゃんは特にビックリしており、椅子をガタッと響かせながら勢いよく姉に飛び付いていた。

「おまっ……大丈夫なのか」

 数分での豹変に驚きを隠しきれない悠斗が心配げな顔を作る。

「ん? ああー、さっきのはホントに私が馬鹿だったんだよねー。勘違いっぽかったしー」

 右手を後頭部に回し軽く掻くとほわほわとした笑みを浮かべる。

「お前がバカなのはいつもだが……ほんとに、大丈夫か?」

「ダイジョブダイジョブ! ほら、元気過ぎて悠くんに愛を捧げちゃう」


 健康体を主張し、両手を大きく広げると悠斗に飛びつく。

 それを易々と躱しエリカの右手をパシッと捕まえる。

 一瞬その行動に肩を跳ねさせたが、よく分からずに悠斗の真顔を見つめた。その悠斗は手首の付け根辺りをぐっと掴んだまま、華奢で日本人より少しばかり白いその手を凝視していた。

 何を感じたのか、顔をゆっくり上げてエリカの揺れる眼を交差させる。


「……な、何かな……?」


 緊張に心拍が上がり、顔面の至る所が赤々と変色していく。耳まで紅に染まった所で暑さを感じ、左手で自分を仰ぎながら視線を逸らすと、

「あー、暑いなー」

 逃げる視線を追ってみたが、以降は焦点を合わせてくれなかったのでそこで断念する。

「……ま、大丈夫ならいいな。じゃあ飯食えよ、俺は風呂入ってくる」

「私も入ろっか?」

「食えよ?」

 エリカの常識と化した冗談を三文字で防いで浴室へ向かった。ノアがふざけなかったのはきっと気を使っていたからだろう。

 しかし、エリカ本人がこうも平然としているので、他3人も特に言うことなく各々が自由に過ごした。




「私も悠くんと寝たいなー」

「それは無理だって」

「むぅー」


 就寝時間。


 久しぶりの強請りも悠斗は迷わずに断る。エリカは何もなかったように悠斗にすり寄ってくる。一体食事の際の落ち込みは何だったのか。

「……ノア、お前も最近安定して来たし調整の日数減らそう」

「ええっ!」

 エリカの不機嫌を紛らすためにノアにそう振る。

 突然の提案、しかもノア的には好ましくない物を出されてガッカリしながら驚く。

「毎日は俺も疲れるんだよ」

 少し膨れて拗ねたノアを宥めるように取り繕う。とは言え疲労が溜まる事もまた事実、彼女も、そしてエリカもそれは承知だろう。

「お兄ちゃんが困るって言うなら従いますけど……。毎日一緒がよかったです」

 いつもなら勝ち誇った顔をするはずのエリカは悠斗の横顔見つめて表情を変えない。


「ん、ありがと……。で、なんだ?」

 悠斗程度なら当然視線は察知する。普通以上に敏感な五感は様々な物を感知する。


「……悠くんは優しいよね」


 謎発言が出る。

 不意に耳にしたそれはここまでの筋的に意味不明で、いつのことを指しているのかあやふやだ。

「何が?」

 当然そう返す。

 その返答は誰でも予測できる、だからこそエリカの続く言葉は間が短い。

「私たちに家を貸したりしてるように、困った人を助けようとする所」

「……お前は押しかけて来たろ」

 二人の出会いを忘れたみたいな言い方で自分のことを棚に上げる。そもそも悠斗がこんな苦労しているのは目前の桃髪少女が不法侵入したからである。

「そうだねー」

 約一週間前の出来事だが、遠い昔を懐かしむように感慨深く眼を細める。風もない廊下で何故か髪が揺れ彼女の美しさを引き立てた。

「どうしたんですか、突然」

 ノアも対応に困惑して直球で勝負に出た。


「ん? いやー、悠くんなら誰に何があっても助けてくれそうだなーって」


 一層深く笑い、笑みから涙を零しそうな顔になる。


 その瞬間、悠斗に悪寒が走った。可愛さにも惹かれたが、それを凌ぐほど背筋を駆け抜ける、『フラグ』または『伏線』と言う悪寒がした。

「お前……どうしたんだよ」

「いやいや、ほんとに突然思っただけだって。じゃあおやすみー」

 震える瞳孔でエリカの全体を強く見張るが、優しく可愛らしい微笑みを残して自室に消えていった。

 後を追って追求する事もできる。できるけれど……、悠斗はしない。


「……おにいちゃん、今日は……」

「……ごめ、今日は調整なしで」

 弱々しく落ちた両腕のうち一方を軽く上げて拒否する。

「はい……。じゃあ、おやすみなさい……」

「……ん」


 ノアも暗雲に包まれて自室へと入っていった。

 残された悠斗……否、残った悠斗は右手で強く拳を握り勢いよく側面にある壁に……、いや、そんなことはしない。できたもんじゃない。

「…………」

 悠斗も自室に潜り、ベッドの上に転がった。

 怒りで興奮していたにも関わらず、直ぐに眠りにつくことができた。


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