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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第四十三話 五時間目、そして同刻


 体育は2クラス合同で行う。3組は4組とペアになる。

 男子は3組、女子は4組で更衣を済ませ各々がグラウンドもしくは体育館へと集合する。

 健祉の気迫に勝負を受けた悠斗はその時が近づくに連れて憂鬱な気分が増していた。

「うっし悠斗、行くぞ」

 そんな気も知らずに先導してグラウンドへ向かう健祉。いつも元気で健康的な奴だ。

 靴も見たところ軽量の運動靴ではなから勝負するつもりだったことが窺える。

 そのまま校庭へ出てチャイムを待つ。


 5時間目――体育。担当、体岡(たいおか)育雄(いくお)


 鐘の音を心に感じながら授業が開始する。

 当然のようにグラウンドを一周ジョギングし体操をする。

 グラウンドは一周200メートル。疲れるような距離では無い。男子は校舎側の直線コースに集められ、正反対の位置に女子が集められている。


 これから行われるは……

「それじゃあ告知したように1500メートル走をやるぞ」

 多くの者にとっては地獄以外の何物でもない持久走だ。

 威勢のいい体岡の声に文句に似た悲鳴があちこちから上がる。だがこれは新体力テスト、国の方針により行われるこのテストをサボる事は不可能だ。

 項目としては1500メートル走か20メートルシャトルランの選択だが、この学校は前者を採用している。高校ともなればシャトルランでは時間の無駄になるので殆どの高校が持久走を採用しているだろう。

 ちなみに女子は1500メートルではなく1000メートルだ。


 そして、悠斗たちの勝負内容も勿論これである。

 健祉は県総体出場経験のある陸上部で、得意種目は3000と5000の長距離型。対するは中学からの帰宅部、悠斗。得意種目は無く真面目に走ることすら久々なものである。

「なあ……やっぱり辞めていいか?」

「ダメに決まってんだろ。責めてついて来るだけでもしてくれよ」

 怖気付いた訳でも無く、純粋に気が乗らない悠斗。辞退の申し出には当然否認が下りる。

「はあ……わあったよ」

 気怠そうにため息をつくとスタートラインに立たされに行く。反対側では女子たちも並ばされて大変そうだ。

 一度に全員が走ると押し合いになるので男女共に半分ずつに分かれて走る。

 女子の方の見知った顔は3人。エリカと夏花と柚子。全員が後半組で悠斗と健祉とは一緒に走らないらしい。

 悠斗の背後に立ちペースメーカーを依頼する。

 周りの人間を見回すとやる気のない者で溢れかえっていた。

 ああ、いいなあ。俺もゆっくり走りたいなぁ。


「位置についてー」

 もうついてますよ。


「よーい」

 はいはい。


「ドン‼︎」

 はあああぁぁぁぁぁ。


 教師の大きな大きな掛け声とともに心で盛大にため息をつき足を動かし始める。

 最初は人混みに紛れて表情など見えないのでいつもの根暗な顔でいたが、さすがは健祉と言うべきか。あっさりと前へ抜き出て独走状態を形成しようと試みている。躍り出る健祉の背を前に表情と心情を引き締めその後ろに付く。


「ははは、見ろよ」

「マジか、遊んでやがる」


 走者でないお気楽な連中の笑い声が聞こえた。それは男子からだけでなく女子からも例外なかった。

 この中で悠斗を笑わずにはいられないのが普通。彼の実力を知らない者からすれば不可能に思える構図だからだ。

 県総体でも好成績を残している陸上少年と凡人未満が戦って見えるのだから。


 まず一周、デジタルな計測機を見ると36秒。このペースを保ち続ければジャスト4分30秒。

 だが、現実的に考えれば不可能だ。同じペースを保ち続ける事は至難の技である上にこのフィールドは陸上に適したものでない。こんな時は毎周1秒ずつ早めて行く意気込みで走る事がいいだろう。呼吸は吸う、吸う、吐くをループして行う事が基本とされ、吸うときは鼻、吐くときは口で処理する。


 ここまで健祉と悠斗に差が見られない。強いて言うなら健祉がペースメーカーとして前に立っているのみ。観客は間もなく悠斗はペースがガタ落ちし最終的には最後尾の集団に紛れる形になる、などと思いを巡らせ未来を描いている。

 残り200まではこのまま健祉にくっ付いてラストのスパートで軽く抜いてやろう、と勝負的には卑怯だが効果的で、陸上部からすればやる気の無い奴と思える作戦に決定する。

 やがて400メートル、800メートルと周回を増やして行く。既に最後尾とは2周分の差が開いており先頭を見失う勢いだ。

 観衆は悠斗の粘りに驚愕し走者でさえも呆気に取られている。ただ3人を除いて。

 1人は勝負申請者である健祉。

 もう1人は悠斗の異世界的実力を知るエリカ。

 そしてもう1人……どこで知ったのか悠斗の学力と運動能力を知っている夏花。

 そしてついに三分の二が経過する。即ち1000メートルを通過したと言う事だ。

 健祉はもう1000メートルか、と切なく感じる。

 悠斗はまだ1000メートルか、と気が重くなる。

 陸上に限らずスポーツは各々の思考が異なって面白い。


「――」

「――」


 2人の息は若干上がっている程度で大した疲労感はない。

 それどころか余裕ありありとした雰囲気。

 そのまま1100、1200と通過する。

 タイムは4分05秒……。


 待て、何かおかしい。コンディションが揃っていないにしてもこれだと遅すぎる。健祉なりの配慮か、もしくは手加減? わざわざ申し込んでおいてそれはあり得ない。若干手を抜いて余力を残しているのか……。


「――!」

「――な!」


 気がつくのが遅過ぎた。考えが甘かった。

 悠斗の思考など彼はお見通しだったのだ。

 残り300メートルでまさかのスパートをかける。

 走中にも関わらず漏れる小さな驚きの声。健祉は一度小さく笑む。


 してやられた!


 突然の速度上昇に必死に速度を上げ再び、いや次は横並びの構図を造り出そうとする。だが、健祉はそのまま悠斗を振り落とすように速度を上げ最後のカーブを全力で駆け抜けて行く。

 ムキになった悠斗が必死に追いかけるも結局届かず2秒差でのゴール。


 多くの観客から声が上がる中健祉が両手を脇腹に当てながら歩み寄って来た。

「どうよ、俺の作戦は」

 ラストの全力疾走で振り切れた心拍を露わにしながら勝ち誇る。久しぶりに熱くなった試合に思わず苦笑いが浮かび上がる。

「ああ、最低だな」

「そうだろそうだろ」

 低評をしてやっても喜しげに笑っていた。


「でも――」

「――?」

「――次は本気で、な」

「……だな」


 この後の授業については悠斗にはあまり記憶がない。

 この試合が彼の心を大きく動かした事は、言うまでもないかも知れない。




           *****




 悠斗と健祉の勝負が幕を開けた頃、とある学校付近の住宅街。

 日が高い位置にある中、1人の青髪少女がふらふらと道を彷徨っていた。

 首に勾玉のついたネックレスをぶら下げた短髪のその少女は紛れもなく、ノアだった。


 学校で授業を受けている彼女が何故……そんな疑問を持つものは誰1人としていない。この場には彼女を知るものが存在しないのだから。

 一定の範囲からはみ出る事もなく目的地を特定せずにゆったりと歩き続ける。


「――来たわねぇ」

 何者かの気配を感じその方向へ向かってそれとなく歩みを進めた。その気配へ近づくに連れて他の人間の気配が薄れて行くのを肌で感じ取る。この辺り一面に結界が張ってあるのか。

「お嬢さん、少しいいですか?」

 ある角を曲がった先に1人の男がいた。

 その男はノアの前に立ちはだかるように佇むと紳士的に声を掛け、イケたその面の口角を小さく上げる。

 左の胸ポケットに右手を入れ小さな紙を取り出す。名刺でも差し出すのかと思えば突然左手に隠し持っていた小さな球体を地に叩きつけ爆発させる。

 そこからは眩く、眼が眩むほどの光が溢れ出しノアの視界を一瞬にして塞ぐ。

 そんなアクシデントに見舞われた少女は右腕で両眼を覆い反射的に防衛手段を取る他無かった。

 だが、男がその隙に少女を抱えて右手を胸ではないポケットに突っ込みテレポーターを弄り出してきた。

「テレ――」


「はい、ストップよぉ」


 その一言とともに男の右手に激痛が走る。

「がああっっ!!」

 衝撃に手が震え、手にしていたテレポーターもコンクリートに落ち硬い音が鳴る。

 間もなく光が晴れ黒いサングラスをかけた男が右手を左手で押さえ身悶える様子がノアの目にも映った。その男の右腕は焼き爛れたような醜く残酷な形容をしていた。

「がああっ、ぐうぅ、おのれ何を……」

 悶える男は右手に走る激痛をその身に味わいながらふらふらと立ち上がろうとする。

「んー? ちょっとだけ手の作りをいじってぇ、で、まぁ破壊してあげたってところかしらぁ」

 その意味不明な発言に歯軋りして一つの結論に至る男。

「ぐっ、キサマ……ぐうっ、偽物か……がっ」

 痛みを堪えながら唇を震わせるが、所々で耐えられるずに声が溢れている。

 振り絞って出した声に加え、眼はギラギラと輝かせており怒り以上の感情が動いているようだ。


「そうよぉ。このネックレスも朝のうちに買ってきた安物だしぃ。まぁ色々お話があるから、このおもちゃ借りるわねぇ」

 独特な口調で告げると、コンクリートに転がったテレポーターをがっと鷲掴みにし男に歩み寄る。

「クソッ!」

 憎まれ口に似た捨てゼリフを残し男が羽を広げて飛び立った。黒々とし、カラスよりも縁起が悪そうなその翼は悪魔の翼。それを快晴の空へ広げ腕を手で抑えながら地上を離れた。

 その動きを見れば既に手持ちのテレポーターは切れたと思われる。ならば後を追い続ければ必ず捕まえられるはずだ。

 勿論逃げ続けられないように出来るなら、そちらを優先する。


「ちょっと待ちなさいよぉ」

「はああ⁉︎」


 相手は飛べるはずがない、そんな勝手な結論に至り翼を広げた男だがそれはただの甘えであり、見当違いだ。

 後ろから天使でも悪魔でもない、そう、そもそもどの生物にも該当しないような翼を広げたノアの偽物が超速で迫ってきていた。そんな異様な動きと形に仰天の声を抑えられようか。

 腕を抱え、必死に距離を置こうとするもあり得ないスピードに、追い風を加えても逃げられない。

「はい、タッチ」

「ぐっ、があああァァッッ」

 少女の声と同時についさっきの腕に来た衝撃が次は左翼に走った。左翼の羽がいくつも消失し空を駆ける資格を剥奪された。

 そうなれば当然この世界の掟とも呼べる法則に従い次第に地が近づいてくる。反射的に痛みを抑えていた両腕を目前に構え自衛を行う。


「ちゃんと捕まえてあげるわよぉ。じゃぁテレポート」


 男とニセモノは何処かへと消え去った。



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