第四十一話 こんな登校風景
全室の戸締りを確認し玄関を出る。面子が揃っている事を視認すると家の鍵を掛ける。家に誰も残さない時は上下ある鍵のどちらも施錠すると決めている。
その短い間でノアとエリカは何やら睨み合っていたが悠斗の知った事ではない。
「行ってきます」
家に向かい、誰と指定する事なく告げる。
そのまま悠斗を先頭に一同は歩き始めた。
そして徒歩数秒、
「悠くん、疲れたでしょ? 荷物持ったげる」
そう言ってエリカがにこやかに悠斗の前へと飛び出る。
「お前バカにしてんのか」
「い、いやいや、冗談だよ〜」
悠斗の一睨みでエリカは萎縮しするすると引っ込んで行く。
「お兄ちゃん、今日は少し寒いですね」
今度はノアが気を引くために仕掛ける。
「いや、別に」
そんな気遣いじみた誘惑をあっさり蹴り飛ばし通常通り歩みを進める。
ノアもしゅんとしてエリカに並ぶ。
その二人を一瞥した悠斗だったが、特に何かを言うでもなくすぐに前を向いた。
「――あぁ、白翼、ちょっといいか」
突然何か閃いた様に白翼を呼び寄せる。
正式には回想しているうちに思い出したのだが、それについて気になる点があった。
白翼は訝しげな顔と紅潮した顔を混ぜ合わせて悠斗の隣まで小さく駆けた。
「……何だよ」
口を尖らせて躊躇いがちに聞き返すと悠斗は僅かに顔を寄せ声を潜めた。
「昨日……厳密には今日の朝だが、お前どうやって玄関から出たんだ」
「……」
質問内容を耳にした途端、白翼は渋い顔をする。
あの時に音がしなかったのは悠斗にも分かった。だが、その方法がどうしても分からない。どれだけ静かに、丁重に鍵を開けドアを開閉したとしても悠斗に届く程度の微音は響くはずだ。白翼を上手く呼び止めて家に戻る際尋ねようとしていたが、あの有様で結局確認できていない。
少なくとも魔法の類のカラクリがあるに違いない、悠斗はそう読んでいる。
「……オレのもう一つの能力だ」
周りの目と耳に注意を払い小声で小さくそう返したのだった。
悠斗も何となく後ろを振り向き残りの3人の様子を眺める。
ノアとエリカは何かしら言い争っており、あーちゃんは悠斗の視線に首を可愛らしく傾げていた。
「その事、あーちゃんは――」
「知ってる」
悠斗の確認の言葉を遮り事実を伝える。それに多少安堵しもう一度あーちゃんを見直す。
またしてもちょこんと首を倒していた。
二度も彼女のつぶらな瞳を目にし、理性の保てなかった悠斗はつい彼女の頭に手を乗せわしゃわしゃと手を動かした。
「お前は純粋で可愛いなぁっ!」
「うゆぅっ」
頭を振り回された当人はさらに可愛らしい悲鳴を上げる。
手を離すと彼女の髪がかなり乱れており銀髪が太陽光を乱反射していた。
「あぁ、髪がくしゃくしゃなの……」
「ああ、悪い悪い……っと、誰かクシあるか?」
瞳を上へと動かしまるで自分の髪を見ているかの様に素手でセットし直そうとする。
その困惑した仕草に悠斗は焦りを見せる。
他の3人にクシの提供を求めるが、
「オレは持ってない」
「私も持ってないです」
「私は持ってるけど貸したくない」
唯一所持しているエリカが非協力的だった。
理由など明白、自分はアピールしても得が帰ってこない。それに比べてあーちゃんはただ無意識に悠斗を見つめるだけで愛でられる。
経済格差(好感度格差)が圧倒的すぎてヘソを曲げてしまうのも当たり前だ。
腕を組んでそっぽを向いていたエリカは脳に閃光を受けパッと機嫌が戻る。
また何か卑怯な作戦でも思いついたのか、と悠斗は肩を落として息をついた。
「あのあの、私何か悪いことしちゃったの? ちゃんと謝るの、だからクシを貸して下さいなの……」
謎の怒りに責任感と罪悪感を感じたあーちゃんがその乱れた頭を倒してエリカに救いを求める。
悪いのは悠斗だがエリカは罪の無い純粋無垢なこの瞳を見て何も思わないのか、と心の中で非情者呼ばわりする。
「取り出すのめんどくさいからな〜。私の髪が乱れたら自分の為に取り出すし〜、ついでに貸してあげてもいいかな〜」
卑劣で心の狭き奴だった。
「な、なら私が出すの、どこにあるの?」
純真に震える声が実に不憫で気の毒だ。
これ以上彼女に悪い思いはさせられまいと、悠斗は出ていない涙を拭いながらエリカへと歩み寄る。
その瞬間、エリカは超興奮する。
そしてこう思った。
私ってば天才!流石の頭脳だね、と。
「ほら、これでいいか」
「ふわあぁぁ〜〜、幸しぇぇ〜〜」
別段嫌と言うわけではないのであーちゃんの為にエリカのその桃髪を癖毛ごとくしゃくしゃに掻き回す。当然片手で爪を立てず、そして何よりソフトに。
エリカはその行為と相手にご執心の様子で、そのまま少しずつ溶けていた。いっそこのまま溶かし切ってはどうだろうかと悠斗の悪魔が囁く。当然そんな邪念?は早々に振り払ったが。
しかし女の子の髪とはなんとも不思議なもので、悠斗の知る髪質とは全く異なるのだ。先ほどのあーちゃんと言い、もっと前のノアやエリカといい、いついかなる状況でもふわふわとしていて透き通るほど反射しているので乱すのが勿体なく思える。
「もう、乱れちゃったじゃん! クシを出して解かそうかな」
あざとくバッグに左手を突っ込みピンク色のクシを一本取り出す。
だが、ここで次の問題が発覚する。
「ああっ! 鏡が無い!」
ボサボサの髪型を残したままそう叫ぶ。
「はあ、誰か鏡持ってねぇか?」
クシを持っていない時点で無いだろうが、一応ダメ元で他の3人に尋ねてみる。
「私は無いの」
「オレも無い」
「私は持ってますが貸したくありません」
またか!
と言うか鏡だけ持参して何になるんだよ!
髪も結ばないクセにっ!
「でも、私もエリカさんと同じで――」
「ならお前ら二人で解き合えよ」
エリカと同作戦を決行するつもりのノアの言葉を墜落させ別の解法を唱える。
「それいいね!」
ナイスアイデアのポーズをノアに向かってキメる。
いつもの(今までの)報復であり、いつもの(いつもと同じ)挑発だ。
エリカはクシをあーちゃんに託すと此見よがしにノアに近づいて髪型をセットして貰っていた。
「お兄ちゃん、私も、私もです。私も撫でて下さい!」
もはや話題が逸れつつ……なのだろうか。まずあーちゃんの頭を撫で、クシの話に変わり、エリカの頭を撫で、鏡の話になり、ノアが頭を撫でてとせがんで……。
話題は逸れて……いない……のか?
そもそもそんな事は全く持って関係ない。
「お前らそんなに髪をぐしゃぐしゃにされたいのか? あれか、ドMなのか」
「わ、私は何もしてないの」
悠斗の嘆きにあーちゃんが鋭く抗議した。鋭くとは言ってもそこはあーちゃん、反応が過敏なだけで言葉に刺々しさは微塵もない。
「そうだな、始まりは俺だな、悪かった」
あーちゃんと眼を合わせ真面目に謝罪しながらノアのもとまで歩み寄る。先じて否定の様な台詞をもらったノアは悠斗の接近に身を固くする。叱られるまでは行かずとも何かを注意されると直感したのだろう。しかしそれは大外れ、正解は彼女の望んだものだった。
「ほら、これで落ち着け」
嫉妬の眼力でエリカに圧力を掛けていたノアの頭に手を置くと今度は髪を乱さぬように細心の注意を払いながら髪の流れに合わせて撫でる。
「はうぅわあぁぁ」
こちらもエリカと同様、気味の悪い声を上げて少しずつ溶けていく。
「ったく……始まりは俺だけどよ……」
3人の忙しい状況にため息をつき口を曲げた悠斗に妙な視線が突き刺さる。
まさか……まさか……まさかなのか。
「――」
白翼が奇妙に眼を光らせ悠斗を含めた全員を眺めている。
「白翼ー……お前もか?」
落胆する様な疲労困憊の様な薄暗い目で『もう一人』を呼ぶ。
指名された本人はハッ、と驚くと先頭に立った。
「オレはいい、それより時間はいいのか」
拒絶の後の指摘に腕時計の針を確認するとHR開始10分前だった。歩いてもギリギリ間に合うが少し危険な時間。トラブル一つで簡単にアウトとセーフが引っ繰り返るラインだ。
「ちょっと急ぐか」
「髪型は戻ったの」
悠斗の提言にあーちゃんが両腕で元気一杯ポーズをして応じる。
「よし、じゃあ学校まで競争だね」
「乗りました。では……よーい、スタート」
「あ、おい!」
エリカの提案にノアが便乗し無意味なレースが開幕する。悠斗の静止も聞かずして鳴らされたノアの号令で2人はその場から一瞬で前方へ駆け出す。先頭にいた白翼をも容易く追い抜きそのまま角を曲がる。
「お前ら! 待てコラ!」
残された3人は能力を使わず必死に2人を追いかける。悠斗と白翼の運動能力は団員のトップ2なので異常ないが、あーちゃんはあまり走れない。故に、悠斗と白翼は後方に気を配りながら足を動かすので中々スピードを出せない。
ノアとエリカは全てを跳ね飛ばす勢いでぐんぐんと道を進み少しずつ悠斗たちの視界から遠ざかって行く。
そしていくつ目か分からない曲がり道。
悠斗は角の先の気配を感じ取り咄嗟に叫ぶ。
「お前らっ! 止まれぇ!」
「「えっ⁉︎」」
不意の怒号に振り返り急ブレーキを踏むが既に手遅れだった。無駄な勝負魂を燃やす2人が試合途中にカーブミラーなどに眼をくれるはずも無く、曲がってくる一般人の姿を認識できない。その相手が幼女だと言うことにも。
インコースを走っていたノアは勢い余って飛び抜けると同時、その曲がってきた幼女と軽く接触する。
「わっ!」
「きゃっっ!」
否、軽くなどではなかった。少なくとも相手にとっては。
高校生と幼稚(保育)園生の体格差は歴然、ノアにとっては軽くとも園児からすれば非常に強い衝撃だ。後方へ吹き飛び両手を地につけて盛大に尻餅をついていた。
ノアは弾き飛ばした幼女のところまで急いで駆け寄り傷の具合を確認しようとする。
「ご、ごめんなさい、怪我とかありませんか?」
体に触れ転倒した幼女を起こそうとする。
「びっくりしたわぁ」
そんな皮肉じみた声を上げながらノアの手を借りて地に着いたお尻を上げて、そのままゆっくり立ち上がる。お尻に付いた汚れを両手でパンパンと払い「ふぅ」と息をつく。
何となく園児らしからぬ風貌だった。
「本当に大丈夫? どこか怪我とか……」
「ありがとぉお姉さん、でもだいじょぉぶよぉ」
悠斗たちが追い付くとすでに話は決着しそうであった。
「ったく、だから待てって言ったんだよ……。君、本当に大丈夫か?」
「問題ないわぁ、お兄さんもありがとぉ。それじゃあ急いでるから、またねぇ」
何事もないかの様にそのまま小走りに去って行った。
喋り方と礼儀がなんとも子供っぽく無く、お嬢様の風格があった。これは偏見だがお嬢様らしく金髪だった。
「お前らな、あんな子に気使わせてどうすんだよ」
「「うぅ、ごめんなさい」」
2人して縮こまり頭をペコっと下げる。この場では反省しているが果たして本当にこの先に活かしてくれるのか……恐らくないだろう。
「あっ、血がついてます」
ノアが左手に付着した血液を目視し悠斗に見せつける。ノアの血でない事は明らかなのでこの場合持ち主は1人だけだ。
「あの子、怪我してたんですね……」
「お前はホントに……。まぁ、大丈夫とは思うが……」
幼女のかけて行った通路を見つめ勝手に心配する。ただ、あの様子を見たところ気負う必要はないはずだ。杞憂であることを祈り今度こそ5人は学校へと急いだ。
勿論安全運転で。




