第三十七話 指名手配が
……
残るはエリカの部屋。
一番の問題児は油断ならない。ノックも掛け声もなしに突入する。
但し、突入とは言えどそれなりの配慮として勢いを殺し静かに戸を開ける。
室内は当然のようにカーテンが閉められているがそれに加えて消灯までされていた。7時を回っていて且つ外も日が落ちきったこの状況ではあり得ない光景。扉を閉めれば廊下からの明かりが閉ざされ一層闇に包まれる。
もしや彼女はここにいないのか、そう錯覚したがその誤りは即否定された。
「…………」
ベッドの上に転がり寝息を立てる少女を暗がりの中に発見できたからだ。
エリカが移住してから初めて入るこの一室は果てしないほどに散らかっていた。
原因のほとんどは謎の書類。論文の様な用紙が何百、何千枚と机に積まれており、乗り切らない分は床にばらまかれている。
まさに足の踏み場もない。紙の上を歩くほかなく下手をすれば足を取られ転倒しそうだ。
足元を注視しながらやっとの思いでエリカのもとまで辿り着く。
真横まで接近しても一向に起きる気配がない。既に闇に慣れた目は少女のフォルムを捉えている。
どう起こすのが自然かを考察するがそれに要した時間が長すぎた。時計の音と寝息の音だけが囁いていた室内から一つの音源が途切れ異なる音声に切り替わる。
「……んぅ…………うぅん……ふわあぁぁ……んん……?」
エリカの意識が夢から現に戻りかける。
小さな口で大きな欠伸をひとつ終えると次第に判断能力が正常に機能を始めた。
隣で睥睨する大男を下から見上げていき正体を確認する。
「……お、おはようエリカ」
悪印象を与えないために平然と挨拶する。
頰が引き攣っていたがそれは暗闇の中では判らない……筈だ。
「……んん?…………わわっっ! 悠くっ⁉︎ 何してるの⁉︎」
悠斗を真面に認識した瞬間、布団を吹き飛ばし壁側に身を寄せる。
無意識中にパーソナルスペースへと踏み込まれていたのだから当然の反応だがやはり少しショックだった。
「いや、飯できたから呼びにきたんだが……寝てたからどうしようかと……」
不審に見えないよう、慌てず堂々と答える。
「ど、どうしようって……はっ! まさか悠くん遂にその気に⁉︎」
照れを覆い隠すようにふざけているが悠斗の能力を持ってして容易く読み解けた。流石に頰の紅色の照りは見えなかったが。
その乗りに悠斗は全く付いて行かず純粋に疑問をかけた。ただ、その前に部屋の明かりを灯す。
「その手に持ってんのは新聞か?」
電気のスイッチ音と同時に悠斗の言葉が紡ぎ出される。
その指摘にハッとして右手を見ると確かに新聞紙が握られていた。彼女が寝落ちする寸前まで目を通していた物だ。
「この散らかってるのも気になるし……ん、どした?」
文句を言おうと辺りを見回し始めたがエリカが新聞に食い入っている様子を見て中断する。注目の仕方が通常と比較できないほどだったのだ。
「そう! 悠くん悠くんっ、これ見てよっ!」
興奮気味に、と言うより一大事件のように騒ぎ始める。宥めながら新聞を受け取ったが、悠斗の知る作りでは無かった。
これは異世界の新聞である、すぐに直感した。
まず内容の信憑性が決まる会社名を確認する。正式な会社が運営しているとは思うが異世界のものという時点で幾分か怪しい。
「あん? 三つ巴新聞だ?」
名前の由来が分からない。何を持って三つ巴なのか。
まだまともそうな新聞だったのでそこは安心した。
「そこはいいから表面の左側の記事見てよ!」
なおも息を荒げて迫るエリカ。その迫力に物怖じしながら新聞を閉じ裏表を確認する。裏面らしき側には日本と同じく番組表が掲載されていた。異世界のテレビで放映されている番組には多少興味が湧くが今はエリカの指示に従い表面に返す。
「ええっと、左……これか……えーっと、『全世界初 指名手配解除』?」
見出しを見たがイマイチしっくりこない。文章に視線を移しすらすらと文字を読んでいくと悠斗の顔面は驚愕で歪み、手にした新聞がガタガタと震え出した。
「コレって、まさか……」
「うん、多分そういうことなんだよ」
再度文末まで追ったがやはり内容は変わらなかった。
見開いた目をエリカの視線にぶつけて意思疎通する。エリカも一度だけ大きく頷く。
「おい! あーちゃん! 白翼! 大変だぞ!」
稲妻に打たれたように身を翻し3人の待つ食卓へと駆ける。
「あっ、ちょっと悠くん!」
置いていかれたエリカは丁寧に消灯した後悠斗の後ろを追った。そして、食事を終えたら急いで室内を片付けようと決意した。
エリカが食卓へと到着すると悠斗がこれから全員へ公開するところだった。
「この記事見ろ!」
先のエリカのように次は悠斗が鼻息荒く全員に迫る。
「あ? 何だ……?」
鬱陶しそうにしながら新聞記事に顔を近づける。
その内容は――
「ええっと、『天界の長、アルテラード・ミカエルにより2人の天魔のハーフの指名手配解除が発表された。この一件に関しては魔界の長、ヴァラグ・デスサタンも申請を受け入れ昨日のうちに決定しており、本日付で指名手配が解除された。以降の2人の扱いに関しては一般の天使、悪魔、また人間と同様とし、これを機にハーフによる差別の撤廃を宣言した。しかし、今までの風習、習わしを無視し文化を尊重しない宣言に一部の者からは批判の声も相次いでいる。なお、本日より指名手配免除とされた2名の手配書は下記に記載したものである。』……ですか?」
ノアが丁寧に噛むことなく読み上げる。そこまでで当人の2人もある程度理解が及んでいたが下部に示された手配書を見ればそれは確証へと変わる。
手配書はカラー印刷で分かりやすかった。
そこに当たる2人とは見間違えようもなく白翼とあーちゃんだ。アルバム写真のような写真ではなく戦場において汗や血を流す凛々しい姿で写っていた。
「う、うそ…………………………」
あーちゃんが一言呟き涙ぐむ。微かな光が一度頰を伝ったかと思うと大量の水分が両目から湧き出て滝を形成した。
当然だ。突如として報道されたモノは天地を揺るがす内容なのだから。
「……まさ、か……」
白翼も全く消化できずに戸惑っている。
室内の空気は僅か数秒で一変していた。
「これ……ホント、なの……?」
あーちゃんが記事の信頼度を尋ねてくる。そこに関しては悠斗の知能では判断できないのでエリカを見る。
「記事の内容は事実と認識してもらっていいと思うよ」
肯定的な一言にあーちゃんが崩れた。
隣にいたノアが手を添えサポートする。
「……よかった…………よがったよぉ…………!」
ノアの両肩にしがみ付き嗚咽する。
そのあーちゃんを柔らかく抱擁し背を、そして頭を摩るノア。
その絵図に悠斗は感涙を眼元に光らせる。
白翼は未だに納得いかず動揺を見せていた。
だが、それでも事実を認識して目尻から瞼まで少しずつ赤らんでいった。
「良かったじゃねえか、な、白翼」
顔が優れない白翼の背をバシバシと叩き激励する。
こんな時は歓喜に騒いでいい筈だ。
「あ、ああ ……」
痛みにもツッコミを入れずただただそう答えるのみである。
「みんな、ちょっと待って」
この感動の渦に待ったをかける人物がいた。
個々の感情を沈め全員の注目を自分に集める。
「どうした」
「この宣言は問題があるよ」
敢えて一部分ではなく宣言自体を批判する。
「この一文にもあるでしょ、『今までの風習、習わしを無視し文化を尊重しない宣言に一部の者からは批判の声も相次いでいる』って」
自身に感づかせようと訴えるエリカ。それが届いたのかは定かではないが白翼とあーちゃんだけは理解する。
「オレたちにとっては逆に危険……ってことだな」
あーちゃんも涙を止め身の危険を改めて認識し、ノアも今の一言で全てを理解する。
「どういうことだよ」
悠斗のわかる次元の話ではなく1人置いてきぼりにされていきイライラが募り始める。
「公民の授業とかで法律の適用は習うでしょ?」
「あ? ああ、まあ習ったけど……」
直接的には関係なさそうな話に一瞬疑問が出たが素直に首肯する。
「法が施行されてもそれ以前の違法は犯罪扱いにはならない、それと同じような状態が起こるかもしれないってこと」
「だからっ――」
「天使と悪魔のハーフの殺処分に関しては現状法律の規定外なんだよ。文化の尊重として認められてたの。だけど今回のこの宣言を機に法律で縛られるようになるはず、それは想像がつくでしょ?」
「まあ」
悠斗を宥めるためにエリカは疑問を投げかけ詳細の説明を続ける。
「政治上天使も悪魔も一枚岩じゃない、伝統を守るために2人を消そうとする人は上層部にも何人かいるんだよ。もし悠くんが殺害する側だったら法律が適用されない今の内がいいと思わない?」
「そう……だな……」
やっと思考回路が追い付いた。顔面蒼白になりぎこちなく頷いた悠斗を見て白翼が苦笑いする。
「オレよりもビビってんな」
バカにしてくる白翼に瞠目する。
「意外と……落ち着いてんだな……」
この数分で多量の情報と多種の感情を押し込んだ悠斗は精神の管理が上手くできていない。
それに対して当事者である白翼はいつも以上に冷静だ。
「まあ、な。それより飯食っていいか? 腹減った」
悠斗を正常に戻すために想像の一般家庭を実演しようと試みる。
「そう、だな…………いただきます」
その後も食事と共に会話は弾み続けた。
暗い室内で淡い光を放つ。
白であり緑であり青である不可思議且つ軽薄な光。
時刻は深夜12時を過ぎ宅内は静まり返っている。
「はうぅ〜」
「変な声出すな」
ノアの発した声を注意する。
「だって気持ちいいんですよ、ホントに」
自分の非を認めずその後も時折イヤらしい声を漏らす。
「いいから寝てくれ」
「はーい」
この悠斗の促しは素直に聞き受け瞼を閉じると夢の世界の流れへと意識を任せようと試みる。
悠斗のコアの調整の心地よさもありすぐに眠れそうだった。
だが、扉に二度のノックがかかり意識は現実へと一瞬にして引き戻された。
「あの、悠斗さん……中々眠れなくて」
あーちゃんが枕らしきものを手に入室してくる。その背後には白翼のシルエットもある。
「い、一回電気つけてくれ」
この空間での会話は困難と判断しあーちゃんにそう要請する。
「はいなの」
パチっとスイッチを押すと天井の電灯が発光し室内に光が与えられる。
「そ、それでええぇぇーー、ののののノアちゃん⁉︎ ななな何してるの⁉︎」
あーちゃんが初めて目にしたシチュエーションに赤面し枕で顔を隠す。白翼も一緒になって顔を赤らめ目を逸らす。
これは何かを誤解している。しかし、2人の状況との初対面ならば普通の反応ではあるが。
「夜の秘密のお仕事です」
「やめんか」
悪ふざけしてくっ付いて来るノアの頭をペシっと叩き布団から抜ける。
「夜の……お仕事? よく分からないけど一緒に寝てたわけじゃなくて良かったの」
「「ええ⁉︎ そう来る⁉︎」」
あーちゃんの返しに驚愕する2人。予想の斜め上を行く返答は逆に戸惑う。
「そう来る?」
白翼とあーちゃんも顔を見合わせこちらも逆に驚く。
悠斗は超速でノアを部屋の隅へ連行し小声で会話を始める。内緒話のように(事実そうだが)耳元で囁く。
「あの2人、中学からまともな教育受けてないって言ってたからそういうこと知らねえんじゃねえか?」
「え、でもあーちゃんの動揺ぶり見ましたか?」
「アレは小学生が考える方面の破廉恥な感じなのを言ったんじゃ……」
例えばキスとか。
「ど、どうしますか。このまま純粋な子でいてもらうんですか?」
「少なくとも今は黙っとこう、な?」
「は、はい」
2人の心の美しさを汚すまいと意気投合する2人。内緒話を終えると2人の下へ平然と歩み寄る。
「悪い悪い、ノアのコアの調整してたんだよ。ほら唯と司の事件の時みたいにさ」
「そうですそうです。別に他意は無いですよ」
悠斗の会心の演技に対してノアは下手だった。何が下手かというと無駄なことを口走ることだ。この場合は相槌を打つだけで充分であり「他意は無いですよ」なんて付け加える必要性が皆無なのだ。誰だって怪しむ。
「それで、さっき眠れないとか言ってたが……どうした?」
2人が慧眼の可能性を恐れて速攻で話題を振り出しの物へとすり替える。
ただ、手に持った枕と眠れないの一言で大体察しはつく。
「ぁ、ぁあ、あのっ……いっ、一緒に寝たいの……って」
それ以外に想像できなかった。
西日を浴びたように耳を赤く光らせながら枕で顔を隠す。
「白翼は?」
あーちゃんとは異なり枕を手にしていない。ここで寝るつもりはないらしい。
「あーちゃんの付き添い。1人が恥ずかしいって言うからな」
あーちゃんの背を軽く押しアシスト役をアピール。あーちゃんは一度チラと姉を見上げるがすぐに悠斗に向き直る。
「じゃあオレは下で寝るから」
それだけ残して一階の自室へとUターンして行った。
「……ったく白翼は……」
2人にも聞こえる声で呟く独り言。それを果てしない程のマイナスの意に捉えたあーちゃんの顔に影が刺す。
「め、迷惑だったの……?」
上目遣いでもじもじしながら心配そうに見つめる。
その可愛さに心打たれた悠斗は――
「いや、そう言う意味じゃない。俺は問題ない」
欲が出てしまう。
だがこの年齢にして異性同士が添い寝なんて許されるのだろうか。ノアだけでも緊張すると言うのに。
「私も賛成です」
ノアも賛同を示し三人の意思の一致が確認される。
しかしベッドに3人詰めて入ることは不可能に近い。よって、床に来客用の布団を敷いて寝ることになった。近隣の部屋からエリカにバレないように寝具を掻き集め三つ並べる。
狭い部屋ではないが、さすがに家具が複数配置された部屋の中では狭苦しく感じる。
当然の如く悠斗がセンターに捕らえられ、その両脇に花を抱える形となった。まさしく両手に花というやつだ。
「電気消すぞー」
宣告した後、2人の意思を聞く前に電源を切る。
刹那の間に目前が暗くなりシルエットすら判断ならなくなった。
そんな暗黒を物ともせずに悠斗はセンターの布団へと潜り込み両サイドを見る。
まずはあーちゃん。
「あーちゃん、ノアの調整がまだ残ってるからそれまで発光し続けるんだけど、いいか?」
「それは勿論。そこまで注文はつけないの」
布団の擦れる音がする。
それを首肯と判断し悠斗はノアの方へ向きを変える。両手をノアに翳していつも通り魔法の流れをイメージする。
「はあぁぁ、これですうぅぅ」
相変わらずのイヤらしい声を上げながら快感を表現する。
懲りないノアに注意する気の失せた悠斗は黙って作業に集中する。
そうして仕事に勤しむ悠斗の背に柔らかい感触が触れ、続けて腹回りを何か細いもので囲われる。
振り向かずとて脳が理解する。
あーちゃんが悠斗に抱きついたのだ。
腹回りにあるのは彼女の華奢な腕、背中に接触しているのは彼女の発展途上の胸。
「……まったく……ハーレムかよ」
喜ぶに喜べない状態にため息をつく悠斗。
以後は魔法の音と時計の音が順に聞こえていたが、しばらく時が経つとそこに2人の呼吸音が加わった。
「…………やっと寝てくれたか……」
頬をツンツンとつつき2人の寝落ちを確認すると悠斗はこっそり部屋を出る。ベランダのある部屋へと移動すると、1時へと近づこうとする時計の針を横目にベランダを通じて家の屋根へとよじ登った。
「……そろそろ、決着つけないとな……」
夜風を浴びる悠斗は雲に覆われた月を見上げると、ただただその雲の流れを待ち続けた。




