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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
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第三十六話 帰宅後


「ただいまー」

 誰もいない家に小さく叫ぶ。これは相手が居ようと居まいと行うこと。返答者の有無にかかわらず挨拶は大切にすべきだからだ。

 当然今日も宅内から返事が来るはずなく、全員で靴を脱ぎ、手を洗い、自室へと向かう。まずは制服から私服へと着替える。学校が終わったというのに制服でいるなど息苦しくてたまらない。

 悠斗は引き出しを覗き最前に位置する服を掴むと早々と着替えを済ませる。

 本日は買い出しと言う面倒な仕事はないが、この人数の料理には多少時間がかかる。1人であろうと5人であろうと作る過程に差はないが、火が通り難くなったりーつ一つの作業に必要とする時間が延長したりする。


 誰よりも早くキッチンへ駆け込み献立を思案する。まず、冷凍庫や冷蔵庫を開き消費期限の近い食材を探る。最も近いもので4月18日のサンマがあった。旬は秋冬だがいつでも店に並べられている年中美味しい魚だ。手の込んだ料理は疲れるので今回は簡単な塩焼きに決まる。

 付け合わせは後に考えるとして今はご飯を優先する。最近の炊飯器には早炊き機能などと言う便利設定があるが、やはり普通に炊いたほうが僅かばかり美味しく感じる。そのため1番に米を研ぎ炊飯器にかけた。

 他にもサンマをグリルにかけたり、味噌汁を調理したり、付け合わせを探したりと忙しかったがどうにかひと段落ついた。


 時計の針は間も無く7時を回る。帰着が5時半と考えると実に完璧な手際だったと言える。

「無意識に能力使ったりしてないよな……」

 実力行使していないか不安になる。授かった恩恵を使い尽くすことは悪いことではない、だが日常生活には何となく使い難い。

「というか……あいつら何やってんだ」

 帰宅して以降悠斗は誰とも顔を合わせていない、誰も居間へと出てこないのだ。ノアには助力を期待したがそれは的外れだったらしい。

 火の気の安全を確認しそれぞれの部屋を見て回る事にする。まずは一階にあるあーちゃんと白翼の和室。

 どれだけ扉に近づいても音がしない。一般家庭に防音材などあり得るはずもないので勿論中が静寂に包まれているだけ…………とは限らない。

 白翼は波の制御ができる能力者、唯の声を拡声するのと同じ要領で音を掻き消している可能性もなくはない。

 ノアやエリカとは違うと信じながらも敢えて疑心暗鬼な目で見る。証拠隠滅を避けるためにノックも声掛けもせずに入る。


 スライド式のドアをいつものように移動させた。


 寝てるといいなぁ、なんて思っていた。


「あれ、白翼だけか」

「あ? 悠斗か」

 最高の状況『二人は仮眠中』を期待した悠斗の視界に飛び込んできたのは机と向かい合う意外な白翼の姿だった。一つ置かれた丸いテーブルに着き名前のない座り方をしていた。

「勉強か、偉いな」

 机に広がった教材を目視して素直に感心する。しかし白翼は少し赤くなり教材、取り分け中途半端に進めたプリントを隠そうとする。

「まあ、な、宿題みたいなの出されたし」

 少しずつプリントをずらして悠斗の視界から外そうとする。その態度が引っ掛かった悠斗は平然と歩み寄り取り上げるようにそのプリントを掴んだ。

「あっ、ちょっ、まっ……」

 これは「あっ、ちょっと、待って」の省略語だろうか。

 と、そんなことはどうでも良く、プリントに目を通すと内容は数学I・Aの復習だった。

 頑張って計算式を組み立て解を導こうとしているが公式から成っておらず殆どが不正解だった。本人はそれに気づいて隠したのか、知らずにただ恥ずかしくて隠したのか分からない。


「分かんねえのか?」

 何となく間違いに気づいていそうだったので、そう尋ねてみた。すると彼女は紅潮し突然怒鳴り始めた。


「悪いのか⁉︎ まともに教育受けてねえから中学の範囲も知らねぇよ!」


 怒号で耳が強く震える。その衝撃を少しでも和らげるために悠斗は片耳を手で塞いだ。

 その隙に白翼は悠斗がもう片方の手で掴んでいるプリントを奪い返す。掴んだプリントをまじまじと見詰めどこが誤っているのかを吟味する。

 だが、計算ミスなどの間違いでない限り自分で答えに辿り着くことは不可能に近い。できるとすればこれは違うと断定するぐらいだ。

「あーちゃんは?」

 これ以上聞くと殺されかねないので、大きく……でもないが話題を転換する。

「ノアに勉強教えてもらうって上がってった」

 プリントに目を落としながら応える。

 今日のことから、二人は真面目な性格だと分かった。今まで勉強に苦労したことがない悠斗には分からない感覚だが、きっと難問が目の前に居座り続けられるのは気分が悪いのだろう。


「お前も教えて貰えば良いのに」

 分からなければ人に聞けば良い、純粋にそう思った。白翼が分からないのはノアの習っていない一年の範囲だが、中学の時の基礎から学び直す必要がある。その面においてはノアでも十分に活躍してくれるはずだ。ノアなら説明解説も得意そうだ。

 だが、白翼にはそれが不服だったらしい。

「年下に教わるとかダサすぎだろ……」

 口を尖らせそっぽを向く。

 弱い部分を見せたくないということか。

 プリントを机に放るとゆったりと舞ったせいで狙いがズレて床に着地した。

 どちらかと言うと悠斗寄りの位置だったので悠斗がそっと拾い上げた。


「……はあぁ……これ、いつ提出?」


 明からさまな溜め息を一つつき仕方なさそうに尋ねる。

「別にいい」

 悠斗の思考を先読みし質問への解答とはならない一言を伝える。

「いつ提出か聞いたんだよ」

 白翼の察しは的確だったが悠斗はめげずに問い直す。

「……月曜」

 何かを疑うよな目で悠斗を睨んだ後短く答える。

「じゃあ土日で色々教えてやるから空けとけ」

「だからいいって」

 悠斗の親切心を振り切って距離を開ける。自分と悠斗との間に鉄格子を備え付け接触を拒む。


 間髪入れずに答えたのは拒絶しているからだと誰もが理解できる。

「前も言っただろ……オレは人を頼るのが嫌なんだよ」

 悲壮な表情を隠し悠斗に背を向ける。その姿は何も語らず、何も読み取れない……そう、悠斗であっても――いや、悠斗だからなのかもしれない。


「俺も前に言ったろ、別に迷惑なんちゃ思ってないって」

 言い聞かせ、宥めるように両手を動かす。

 本心だ、間違いなく悠斗の本音だ。だが何かがおかしい。

 妙に心が痛くなり何かが少年の腹の中で燻り続ける。言葉にできないどころか正体も存在すらもイマイチ判断ならない。


「お前さ、気、使ってんだろ」


「は?」


 悠斗の説得を無視して悲哀を見せる。

 言葉が解釈できない悠斗は疑問符が浮かんでしまう。


「前に司を助けに行った時聞いたはずだよな……オレたちのこと……」

 繋げた言葉でやっと呑み込みが完了する。

 白翼が言う『オレたちのこと』とは黒金姉妹にかかった懸賞金のことだ。金額は日本円にして億単位だ、印象的すぎて忘れようにも頭に焼き跡が残り消え去らない。

「あ、ああ……聞いた……な……」

 ガタガタの相槌は明らかに心境の変化を表している。

 この言葉を発した途端、悠斗の中の謎の闇が形になり己が欲しているモノと恐れているモノがハッキリと映し出された。

 忘れていた、訳じゃない。忘れる筈がない。

 どうせ事実から目を背けその現実を抹消しようとしたのだろう。

「……アレについて詳しく聞いてこないのは……気を使ってるからなんだろ……。触れたら悪いとか、思ってんだろ」

 トーンをいつも以上に落とし物悲しそうに畳を見詰める。

 触らぬ神に祟りなし、有名な(ことわざ)であり悠斗の思考とは外れた位置にある言葉だ。

 物事に関係しなければ禍を招くことはない、そんな意味で使う言葉。

 悠斗はその逆。祟りがあると承知の上で物事に率先して関与し万事解決にあたろうとする。

 本来の悠斗であるならズカズカと奥深くまで押し入り事態の収拾を図る筈だ。悠斗はそう言う少年でいたい。


 それなのに今回は?

 何故この一件に関して詳細な情報を知ろうとしないのか。


 気を使っている?

 まさか、そんな、はずは、ない。

 あり得ない。

 そもそも、遠慮しているのは本当にこの一件だけなのか。


「そうやって気を使われるのは、なんかもう、嫌なんだよ……。だからもう――」

(ちげ)ぇんだよ」


 白翼の配慮と期待を掻き消し独り言のように呟く。


「…………」


 不意の声音に振り返り警戒し動揺する。


「違うんだよ……。多分、そんなんじゃない……」


 先の白翼を超えるトーンの低さに室内が凍り、時が止まったように感じられる。だって白翼さえも硬直していたのだから。


「…………」


 俯く悠斗を熱い眼差しで注視する。


「あーーっと、まあ、なんだ……とにかく土日は開けとけよ」


 暗雲を晴らし、自分の心を誤魔化すために話を決着させる。白翼もこれ以上言葉を紡ぐことに恐怖を感じそっと頷いた。

「飯の準備できてるから席着いといけよ」

 最後にそれだけ言い残し二階へと上がる。

 どちらにも不満と疑念のしこりが残った会話は一つの約束だけを取り付けて終幕した。

「くっ……」

 いつの間にか白翼の手元へと渡っていたプリントは軽く圧縮され一部がクシャクシャになった。




 悠斗は二階のノアの部屋にノックをしていた。

 ガチャッ、と扉が開きノアがひょこっと顔を出す。

「あ、お兄ちゃん、もしかしてご飯ですか?」

 時間帯と悠斗に染み付いた焼物の匂いから察する。サンマの焼けた匂いが調理人の悠斗の服にしっかりと染み込んでいるらしく後ろにいるあーちゃんまで届いていた。

「ああ、それはそれとして……おお、真面目にやってんな」

 一人用のデスクに広げられた教材を見て感心する。

「お姉ちゃんに聞いたの?」

「ああ、今行ってきた」

 間隔を開けずに答える。ちょっとした違和感に二人は不思議そうな顔をしたが悠斗は一切気にしない。

「早く降りて準備しとけよ」

「はーい」

 仲良く二人して下階へと降りていく光景はなんて最高なのだろうか。小動物の様な仕草等から小動物コンビと名付けることにした。この2人を見ている時間は至高のひと時を過ごせる事間違いなしだ。



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