第三十四話 園芸部
「この学校って園芸部あったっけ?」
すると唯が部活動紹介の案内用紙を取り出し始めた。
エリカたちは転校生、そんなことは全く知らない。そして悠斗が部活動に興味を持つなど微塵もありえない。だからこの疑問は唯しか持つことが許されず、柚子しか答えられないものだった。
プリントの確認と同時に柚子が何度目かわからない説明を始める。
「ええ、この学校に園芸部はありません」
淡々と述べ次へと移行する。
「私が校内の植物の管理をしているだけなので」
先とは言っていることが食い違っている。
先ほど彼女は確かに園芸部と言っていた。ならばそれは嘘なのだろうか。
「でもさっき園芸部って言ってたっしょ」
唯がその点について追求すると小さく2、3度頷いた。
「一応先生方には許可されていますので園芸部は存在していますが、それを公表していないのです」
それだと園芸部は無いという判定は多少ズレている気がする。
「結局どうなわけよ」
どちらとも取れる曖昧な足踏みに唯がイライラしながら結論を求める。相変わらず沸点の低い頭だ。
会話している二人の性格を足して割るとちょうど良いのでは、と悠斗は発想してしまった。
「そうですね、有って無い部活、と言ったところでしょうか?」
聞かれてもわからない。
揶揄うような微笑みで全員を見渡しその後クスッと笑う。
唯もお手上げのようで、見せびらかしていた怒りを沈めると会話することを拒絶する。
「……もう少し分かるように話せないか?」
選手交代、白翼が勝負に挑む。
「分かるように……ああ、詳しく話せばいいのですね」
あながち間違っていない。ただ、この場で求められるのは簡潔な説明であり、長々とした身の上話まで持ち込まれると面倒くさい。これは天然というやつなのか。
しかし、こちらから尋ねておいて放棄することに気が引けたのか白翼がぎこちなく首を縦に揺らした。
「私が花壇の花々と会話をしているところに校長先生が来られまして、その際に校内の植物全ての生殺与奪権を頂いたのですよ」
それはある種の丸投げというやつである。
それと、生殺与奪という表現は誤りでは無いが少し大袈裟に聞こえる、というより恐ろしい。
「それから数ヶ月経ちまして再度校長と出会った際には、部活設立を提案していただきました」
なんと校長側から持ち出したのか、そう思える言い回しで驚かずにはいられなかった。
「ですが、私は一人で世話をしてやりたかったので部費や部室は貰わず活動のみを行っているのです」
ある程度納得できるようになった。
確かに園芸部は有って無い部活動と言える。
部活は存在するが、誰も寄り付かせないために公表しない。認知されなければ無いようなもの、シュレディンガーの猫のような話だ。
しかし、何故孤独を望むのか。人手が多ければ水やりなども手間が省けて楽になる。
「私は、植物との会話を嗜みとしていますので」
何もかも見透かしているその目は、またしても悠斗の思考を見抜き先を行く。
「はあ…………」
眼を合わせていると心の全てを覗き見られる気がして、つい目を逸らしてしまう。その瞳に偶然エリカが映った。
「あ? お前何してんだ」
逸らした視線の先にいたエリカは小さく屈み込んで花の一種一種に鼻を近づけていた。
楽しそうに回想していた柚子には失礼だが、つい気になり声をかけてしまった。
他の者たちも遅れて気が付き焦点となる。
「いや〜、悠くんがどんな匂い嗅いだのかなーって」
鼻の動きを止めないまま答える。
「ああ、そう言えばな」
悠斗もここへ来た理由を思い出し、再び気がかりになる。
だが、花壇は長らく続いており全ての花を匂って回る余裕はなさそうだった。
「そう言えばそんなこと言っておりましたね。恐らくそちらの羽衣ジャスミンでしょう」
話の打ち切りなど気にも止めず次なる話題に臨機応変な対応をとる。
右手のひらで丁寧に示すのは小さな花々だった。
全体的に白っぽく見えたそれを眼を凝らして見てみると、何十個もの小さな花がまとまって咲き誇り茎の色などを上書きしていた。茎の上部は薄い紅で染まっており、花の色の白と上手く噛み合っていて実に美しい。
興味を持ったエリカが花壇の元へ飛んでいき、それに続くように悠斗たちも近寄る。
「はごろも?」
名称を知らないエリカが一部を聞き返す。
悠斗も右に倣えで首を曲げた。
ジャスミンは香水などにも使われるため割と耳にするが、羽衣ジャスミンと言われてもよく分からない。
「はい、一般的に言うジャスミンは大抵この羽衣ジャスミンですよ」
両手を合わせてにこやかに話す。
常に幸せそうな顔が実に羨ましかった。
「その匂いから、花言葉に誘惑の意味すら持つほどなんです。きっとそのせいでしょうね」
それとこれとは別物な気がするが、勝手に納得してくれるならとそう言うことにする。能力も説明できないので花言葉の誘惑故に惹かれたと言うことで完結した。
「それで……」
微妙に下手な相槌を打つと歪んだ笑みを作る。悠斗自身もその歪さには気がついた。
「ふーん……この花がね〜……。……うっ! くっさっ!」
鼻を小さく動かし匂ったかと思うと突然両手で鼻を押さえて後方へ超速で逃げる。
「ちょ、ちょっとエリカさん、失礼ですよ。お兄ちゃんが惹かれたほどなんですしそんな臭いわけ……………………」
嘘もしくはエリカの嗅覚の機能不全を疑ったノアが近づき鼻を動かす。
大声こそ出さなかったがエリカと似たような反応と動作で同じ体勢を取る。
「あ? そんな臭く無かっただろ…………うっ…………コレは…………強烈だな」
悠斗も同じく嗅いでみたが、強い匂いが涙腺まで刺激してきそうだった。しかし、エリカやノアの動きは大袈裟としか言えない。
「すみません。ジャスミンは大量に吸うと臭く感じる人もいるんです。なんでも下品な話ですが排泄物と同種の成分が含まれているとかで」
注意不足に謝罪し理由を解説する。
下品な単語が聞こえたが大した悪気もなさそうで特に気にならなかった。
どうやらエリカとノアには苦手な匂いらしい。
「いや、謝る必要ない。悪いのはこいつらだし、こっちこそ悪い」
悪い二人を顎で示し謝罪させたことを謝罪する。
「いえいえ、それで次は何をされているのです?」
悠斗の背後にいるエリカたちを示して尋ねる。折角向き直った身体を再度エリカへ向けると、彼女はもう動き出していた。適当な花壇の前でしゃがみ込み花弁をツンツン触っている。
「お前はじっとしてられんのんか」
呆れ過ぎて変な口調になってしまった。
唯、あーちゃん、白翼のように静かにしていられないのか。あーちゃんは体調的に騒げないだろうが。
「だって見たことない花ばっかりで気になるんだもん」
そう言ってつつき回す花々は確かに普段目にしないものばかり、多少興味は湧くが花弁を落としたり茎を曲げたりすると困るので触って欲しくない。特にエリカには。
そしてついに、そのアホの子に災が降りかかった。
数多くある葉のうちの一つを掴んだ時、彼女の手に黒い影飛び乗った。花や葉が邪魔をしてよく見えないのでその手を引き出すと、大きくなく小さくないクモが一匹くっ付いていた。
そろそろ場所移動したかった悠斗はエリカを引っ張っていくために彼女の真後ろへと近寄っており、その後ろにノアや唯もスタンバイしていた。
「おいエリカ、そろそろ――」
「ぎゃああっっ! クモッ!」
「んぁっぶね」
手に付いたクモを後方へと大きく投げ飛ばす。
その動きを見て悠斗は反射的に身体を横へずらし華麗に回避した。だが結果、飛ばされたクモは悠斗の後ろに佇んでいたノアへと……。
「きゃっっ! 何ですか⁉︎ えっ、クモ⁉︎ いやっ、いやぁぁぁーー、取れないですー」
泣きそうな顔で服に飛来してきたクモを引き剥がそうとする。しかし、触れることを躊躇っているため中々クモを弾くことができずに次第に涙が浮かび出す。気が動転し余計に狙いは定まらなくなる。
ノアの後ろにいた唯たちは、ノアからザッと距離を取り被害を避けていた。自己保身としては的確だが仲間を見殺しにする最悪な行為だった。
「悪い、取る取る」
避けたことに責任を感じた悠斗が服に付いたクモを素手で優しく掴み花壇へと放り投げる。純粋に男としてもここで動かなければならなかった。
「ごめんよ」
涙をギリギリで抑えたノアの頭をポンポンと叩く。何気ない気遣いとして、クモを触らなかった方の手で撫でてあげる。
いつもなら喜ぶノアも、この場においてはそんな余裕がなかった。
「あ、りがとう、ございます」
悠斗の手を頭から外しエリカを睨むと大声で怒鳴った。
「ちょっとエリカさん‼︎ どうして私に投げるんですか‼︎」
未だに目の端に涙が残っていた。
ノアが本気で怒っているように見えて驚く。
「ご、ごめんって〜。ホントにびっくりしてつい」
反省の色をちらつかせながら謝罪する。ただ、実際に悪気はないと思うのでノアもそこまでは追求しない。
そんなことよりも悠斗はもっと別の点に仰天した。
「エリカに苦手なものあるんだな」
物凄く意外そうに目を見開く。その悠斗の感嘆に柚子とエリカ以外が「「うんうん」」と頷く。同調できる要素らしい。
「ひどーいー。私だって乙女なんだよ〜」
乙女という単語を盾にする。その理屈だと苦手なものがない人は乙女ではないことになる。基本的に一つほどの苦手はあるだろうが無くはない。
「ほら、私が小さい時におっきい虫見たことあるでしょ?」
「いや知らねえよ」
突然解説を始め、事実を知らない悠斗に事実確認をする。エリカの過去など全く知らない、興味も……無くはないが無い。10年前とやらの話はいつか関わらなければならいだろうが、虫嫌いに至った経緯などは全く持ってどうでもいい。
「見たことがあるんだよ。それが外傷、転じて精神的外傷となったわけだよ」
何故そこで面倒臭い言い回しに直すのか。
「精神的、外傷?」
唯が意味不明と言った表情で首を傾げる。この一言で唯の知能レベルはエリカ以下ということが判明した。この一つで決めつけるのは問題だが、恐らくエリカが勝っている。他の4名は理解しているのかしていないのか無言だ。
「トラウマって意味だよ。エリカもそう言え」
「Oh〜、traumaデスネ〜」
外国人風にいい発音で語尾に他国感を付ける。
「一応言っとくが、トラウマは英語じゃないぞ」
「Oh〜、sorry sorry、Ah〜Tiger-Horseデスネ〜」
虎馬、というギャグか、それとも本気でそう思っているのか。どちらにせよアホだった。
「それはもっと違う。トラウマはギリシャ語でありドイツ語だ」
適当にツッコミしれっと教育しておく。
「…………」
しかし、そろそろ場が白け始めたので撤退を試みる。
「とにかく帰るぞ。えっと、翠川さん、邪魔して悪かった、それじゃあ俺たちはこれで」
エリカの襟首を鷲掴みにしノアたちを引き連れてこの場を退く。
「ええ、お気になさらず。私も楽しかったので」
最後までにこやかに手をパタパタと振って見送ってくれた。あそこまでとは行かずとももう少しエリカにはおしとやかでいてもらいたい。
そのエリカは悠斗に襟を掴まれ、両足のかかとを引き摺っていた。
通ってきた小道を抜けると悠斗が突然手を話す。
「あだっ!」
尻餅をつき叫ぶエリカを悠斗は窘める。
「お前は静かにしてくれ、色々とめんどい」
「ぶー、わかったよ」
項垂れるように返事をするが、本当に分かったかは怪しい。いや、きっとわかっていない。この先も何かしら問題を引き起こすだろう。
地に着いた尻を持ち上げパンパンと汚れを払う。
「もう帰るの?」
あーちゃんが静かに確認をとる。
「ああ、疲れたしあーちゃんも気分悪いんだろ?」
優しく振り返り尋ねると想定とは違い首を横に振られた。
「もう大丈夫なの、人から離れたら良くなったの」
極端にそう言ったのである。確かに人気のない場所に留まっていたが、さすがに治りが早すぎる。気持ちの面が大きく作用しているのだと理解できた。
まるで自分のことは気にするなと言うように微笑むが、悠斗自身が早く帰宅したい。元帰宅部として用のない日は速やかに自宅へと向かう、そう決めていたのにこいつらは……と恨み言を心で呟く。しかし、そんな事を愚痴っていても意味はない、帰宅への道を切り開くために何とかする。
「でもまあ行くとこないし帰ろうや」
「そうよ、アタシもさっさと兄さんのとこ行きたいのよ」
悠斗に同調し唯も解散を志望する。
ナイスだ唯!と心で強く支持する。
白翼はどうでもいいとそっぽを向いている。ノアは「お兄ちゃんに任せます」あーちゃんも「悠斗さんに任せます」と悠斗に委ねる。
悠斗も流れでエリカに任せたくなるがそうすればいつまで経っても帰れなくなる。自分からの提案は気がひけるが帰宅を取り上げる。
「んじゃ帰宅で。異論は認めん」
堂々と言い切り先導者として校門へと向かい始めた。
エリカは残念そうだがそれでも幾分か満足しており、多少膨らんだだけだった。唯は下駄箱で靴を履き替え兄の元へと向かうために悠斗たちに別れを告げ校舎内へと姿を消していく。その背を見送った一同は荷物を片手(両手)に再度足を動かし始めた。




