第三十二話 変わらない
空を見上げる時のように心を空にして部活動を回っていたが、気が付けば残りの運動部は陸上とサッカーだけであった。
設備はある程度整っていても芝やトラックまでは費用が回らなかったのかどちらの部も砂上で競技を行っていた。
1人静かに陸上部が走っている風景を眺めていると後ろから気配が近づいてきた。
「よ、悠斗」
察知していたことを悟らせないよう声をかけられるまで待ち、その後振り返ると予想通り悠斗のクラスメイトで幼馴染の少年が運動着に運動靴で立っていた。
「福田か。そういえばお前も陸上だったな」
生地の薄い陸上用の服を身につけている姿はかなり様になっている。
「どうした悠斗、5又もかけて部活見学デートか?」
茶化した笑いを浴びせ友人のように接してくる。
「アホ、そんなんじゃねぇよ」
振り返り、離れた位置で陸上について話し合う5人を見ながら苦笑する。
「この数日で随分と変わったな」
その隣に並び同じ方角の遙か彼方を眺めて目を細める。
福田は優しい、心の底からそう思う。中学の頃から人との関わりを絶ち始めた悠斗にいつまでも付いてきて状態を見ていてくれる。悠斗のことが好きだと言われれば納得するほど気に掛けてくれている。学校選択だってそうだった。
「福田は、変わらないよな。俺なんかに構ってばっかで」
不意に口をついて出てしまう。出した言葉は引っ込めないし、無かったことにもできない、仕方なく返答を待つ。
「あぁ、それな、俺もそう思うわ」
テキトーに答えているのかと思い顔を横へ動かすと気がつく。決してテキトーではなく、意味をもって返していたことを。その言葉の意味に関しては彼を見ていても全く読めない。
「…………」
「…………」
いつしか悠斗は友達と呼べるラインがわからなくなった。どの線を越えれば友達なのか、どこまで行けば友達を超えるのか、その境界線が見えなくなった。
昔は違った。多くの人と関わり、様々な人を友達だ、友人だと思い込み勝手な定義も構成されていた。
でも、もし、隣で同じ空を見ている少年に悠斗を友達と認識する広大なココロがあれば……友人と呼べるのかもしれない。
「…………なあ、福田は……俺とお前が、友達だと思うか?」
躊躇した確認を声に出す。
ここで最も望む回答は「何言ってんだ、当然だろ」の一つだ。
こんな意味を孕んだ言葉さえ聞くことができればそれでいい。晴れて2人は友達という関係を無自覚に結べるのだ。
…………だが、
「それは分からん」
そんな甘い世界では無かった。
冷酷さがない、優しさもない、何も無い眼が悠斗に突き刺さる。
「人間の表裏を考えると何も分からんからそれについては置いておく。だから俺も、『相手と自分が互いに友人と認めていれば友人と確定する』が定義だと思ってる」
俺も? 俺も、とはどういうことだろう。悠斗の知らない人間が、そんなことを口走っていたのだろうか。
「これを定義づけたのは、お前だろ」
「は? いつ、誰が……俺が?」
前のめりになる悠斗が面白かったのだろう、健祉が小さく笑う。
悠斗的には笑って済ませられない事実だ。ハッキリ言ってしまえば、こんな事誰が言っていようとどうでもいい。けれども自分が言った記憶がない、悠斗自身にそんな過去が存在していないのに言い切られても困る。
「まあ小学生の時の話だし、覚えてないだろ」
その一言で話を区切る。
「じゃ、俺部活行ってくるわ」
「あ、おう」
手を上げ部員の集合地帯へと早足に去っていった。
既に目を離しているため健祉には見えてないがそれでも手を振った。
夕暮れの涼しい春風が正面から押し寄せ服や髪が煽られる。
「…………」
友人、友達、それに類似した単語が頭の中を巡る。
もうすぐ、福田健祉という人間を友人として認められるような気がしてきた。
エリカたちは、どうだろう。彼女たちは友達……か?
ノアは多分違う、筈だ。
白翼とあーちゃんは、ただの依頼者で協定を結んでいるだけだ、おそらく適合しない。
唯と司……少なくも唯には好かれていない。友達と呼べる域に達していないだろう。
あと一人……。
「…………」
部活を観察している探偵組、その中心にいる少女へと無意識に視線が飛んだ。
エリカが視線に気づきニコッと笑い掛けると、悠斗は初めて目を向けていたことを理解する。
彼女はそもそも、何の関わりもない赤の他人の筈だ。出会ってから今まで2人の関係を証拠づけるモノやコトは無かった。例え向こうが悠斗に関して博識であっても悠斗はエリカの見た目の良さと能天気な性格ぐらいしか知らない。
そんな関係で友人は……失礼に当たる。
「…………」
結論…………。
――――何一つ変わっていない。
「………………」
変化がない心境。変わりばえしない精神。
それでも近しい存在を欲するが故に、期待してしまう。
「悠くん? 大丈夫?」
「おわっっ!!」
突如、妄想する悠斗の眼前に少女の表情が乱入する。
気配すら察知できずにいたことが仇となり激しく動揺し背後へ転倒しかける。
「ちょっと、ほんとに大丈夫?」
その身を案じ肩を支えに傍らまで寄る。
遅れてやってきたノアたちも心配そうな眼差しを向けている。いつもツンツンと辛口の唯までも顔をしかめて見守っていたほどだ。
「悪い、問題ない。それより部活はもういいのか」
詮索されることを恐れ話題を大きく方向転換させる。
「う、うん……サッカーはなんか人気そうだし」
体調を気にかけながらサッカー部の1人を遠目に見つめる。
その瞳に映ったものは、学校の人間なら誰しもが知る存在だった。
「ああ、生徒会長だな。あの人カッコいいとかで人気高いんだよ」
羨むように言い、口を曲げる。
心の中で、『おまけに成績優秀、スポーツ万能だしな』と付け加えた。わざわざ言葉にしなかったのは無駄な対抗心だろうか。
「ふ〜ん。なんか悠くんに似てるね」
「どこが」
全く共感できず、間髪入れずに問い返した。
「カッコいいとか頭いいとかスポーツできるとかは客観的な意見で決まるからどうでもいいが、人気はどう見ても高くないだろ」
自分のことがカッコいいと思ったことは一度もないが周りにはよく褒められた。勉強とスポーツに関しては平均よりもかなり上、とりわけ勉強は得意だ。
ただ、どんなにお世辞上手でも『人気だね』と言われればあり得ないと跳ね返す。
もしエリカの言うように人気だったなら、既に悠斗の周りは数えきれぬほどの友達と呼べるものが集まっている。
異世界人しか連れ歩けない人が人気者のはずがない。
「もぉ〜、謙遜なんて。悠くんのことが好きな人は、ここに1人、2人、3人、4人、5人、ほら、こんなにいるよ?」
自分から順に右の人差し指で指し示し最後は唯に行き着く。
「ちょっと、なんでアタシ含まれてんのよ」
唯がエリカの指を掴み対象から外そうとする。
「ほら、こんなツンデレまでいるなんて最高じゃん」
最高なのはエリカの頭だ。
「アンタね! 骨折るわよ!」
エリカのポジティブ思考に目を光らせ掴んだ手に力を加え始める。それはツンデレなどではなく、純粋な怒りだった。
「じょ、冗談だって〜」
焦りを見せたエリカは急いで右手を引っこ抜くと数歩下がる。
楽しそうで微笑ましい光景に俄かに口角が上がったのが分かった。だが、その口角を力ずくで戻しいつもより曇った顔をする。




