第二十九話 過去と未来が繋がった時
エリカと契りを結び、とうとう別れてしまう。
エリカもグレイも衛兵もプライザーもバグも、大草原から姿を消して、広い原っぱの中に佇む影は悠斗のものだけ。
グレイの親切心から支給された魔法石を片手に人気の無い穴へと入っていく。
バグとプライザーが拠点としていたあの穴だ。
人目に付かないところで早々にタイムリープしてしまおう。
悠斗は自分が天井を崩した辺りまで進むとポケットから八尺瓊勾玉を取り出し、魔法石を持たない方の手の上に乗せる。
「エリカはこれで問題なく俺のところへ来るからな」
悠斗はそう呟き、回想する。
例え悠斗の言葉が大した力になっていなくても、エリカは悠斗の下へやってくる。その未来は既に確定済み。
あとはこの時代の悠斗が待つだけだ。
「そう言えば、エリカはなんで10年前って言ってたんだ?」
帰還準備が整って、冷静になるとここへ来た時に浮上した疑問が再び頭に入り込む。
悠斗の住む時代とこの時代は9年分の差がある。
エリカの年齢からも計算できるし、宿で見た新聞にも明記されていた。
色々と思い起こせば、エリカは確か「2031年だと思ったのにな」なんてことを言っていたかもしれない。
もしかして、全てを2031年として見ていたのか?
もしそうだとすると、あいつは自己認識上高3でなければおかしい気がするが……。
予定よりも一年早く悠斗と出会ってしまったと……。
悠斗は敢えて早まるなとは言わなかったが……。
「ま、そん時になったらわかるか」
結局テキトーに放置して周囲を見回す。
人の気配がないことを確認して、魔力の流れに集中する。
大図書館で見た本には、魔力で勾玉の力を発揮することが可能と記されていた。
魔力は人が意図的に溜めることは当然可能だが、なんと勾玉本体が勝手に周りの魔力を吸っていくらしい。
ノアのコア調節を頻繁に行なっていたのに、生命力の低下が早かったのは、いつも身に付けていたこいつが原因だったようだ。
ノアが前に、両親はいつも棚の上に置いていて、私が触ろうとしたら怒られた、なんて話していた気がする。
おっと、話が逸れた。
悠斗の中途半端に消費した魔力だけでは足りないから魔法石を頂戴したんだった。
意識に穴があれば転移なんてできない。
もっと集中!
悠斗は静かな洞窟の中、右手の魔法石から魔力の流れを想像する。
魔力は自分を通じ、自身のそれ共々左手の勾玉へと吸収されていく。
意識を途切れさせると死んでしまいそうな予感さえ覚える、無性に緊張する空気。
1秒、2秒、3秒……と短い時間がゆっくりと流れてゆき、そして、魔力の充填が完了した。
ここに来た時の光。
淡く光る勾玉。
見ていると全身が吸い込まれそうな発光を延々と続ける。
次第に視界が揺らぎ頭が酔い始める。
酔いに意識が保てなくなり、一瞬だが気絶していた気が……
「――っ!」
……………………………………。
一瞬の意識喪失の後、覚醒した悠斗の前には転移前と全く同じ内装が広がっていた。
淡い光が漸次弱くなり、最終的には放っていた全ての光をその勾玉が飲み込んだ。
「……五分五分だったが……戻ったか」
悠斗はそう呟き、辺りを見回して数秒するとやっと安堵の吐息を漏らす。
この時代にはほぼ確実に戻れると思っていたが、この場所に戻れるかは賭けだった。
できれば現実のどこか、異世界でなければ吉、程度で見ていたために正直、場所の正確さと勾玉の力の両方に唖然としていた。
勾玉の場所記憶能力に感謝だ。
無事生還したことへの嬉しさの余韻に浸る中、扉の開く音が耳に響いた。
「お、戻られましたかな。ご無事で何よりですぞ」
扉の向こう側から現れたのは意外も意外な露無校長。
悠斗の帰還に真っ先に飛び入ってきそうなエリカとノアの存在はなかった。
いや、その2人どころか、露無以外の人の姿がない。
悠斗がこの場を離れた時はノアと美楽がいた。
しかし今はいない。
と言うことは、悠斗が過ごした分だけこっちの世界の時も進んでいると言うことだ。
それならば、エリカたちは今授業中と言ったところか。
そして隣接室が校長室なので、一番に校長が顔を出しても不思議はない。
「ええ、はい、俺は問題ないですけど……他の連中は授業ですか?」
「今丁度、五時間目が開始したところですぞ」
悠斗の問いかけに露無扉を閉め、丁寧に向き合うとそう答えた。
やはり一分一秒変わらず同じ進み方をしている。
恐らく今悠斗がいる日は4月24日の水曜日。
悠斗は手を顎に当てて唸りながら考え事を始める。
「これからどうされますかな?」
悠斗の思考が停止したタイミングを見計らい、露無が声をかけた。
その時悠斗は初めて周囲を意識したが、どうやらこの部屋を包むように結界が張ってある。悠斗の転移の瞬間の漏洩のために誰かが機転を利かせたのか……。
ありがたいことだ。
「学校の話ですよね? 今日はもういいですよ」
今更教室に顔を出そうとは思えない。
軽いノリで言うと、露無も軽いノリで「そうですか」と簡単に承諾する。
校長としてどうだろうか?
このままでは悠斗も不登校が続きそうで少し怖い。
別に、行きなさいと言われたいわけではないが。
「こちらで待ちますか、それとも帰られますか?」
「それじゃあ待ちます」
「そうですか、それではごゆっくり」
校長は自室へと戻って行った。
「…………何しよう」
孤独に一室の中央の椅子の前に佇み呟く。
静かな時間なんて、久々だ、何年ぶりだろうか?
一ヶ月も経っていないか。
不思議。
考え事でもしようか。
ってか、ノアのこと考えたら早く戻れてよかったー。
下手したらノア消滅してたぞ。
今度からこの勾玉は子どもの手の届かない所に置きましょうを実行しないといけないな。
暇だなー。
6時間目もあるしなー。
エリカはちゃんと授業受けてんのか?
皀って昨日部活に来たんだろうか?
あーちゃんと白翼はノアとエリカにキチンと面倒見てもらえたのだろうか?
美楽さんって、変わった人だよなー。
Bio-Pって、すごいネーミングセンスだよな。
絵美さんって、なんで生徒会やってんだろう。
まあ、あの性格のおかげで助かったけど。
はぁ、唯と司って言うほど仲微妙か?
めっちゃラブラブじゃね?
化学部って普段何やってんだ?
化学といえば、理系の選択科目どうしよ。
やっぱり物理か……。
はぁ、まだまだ時間あるな……。
6限目終了後一番最初に俺を迎えるのは誰だろうなー。
あーちゃんがいいなー。
割とエリカでもいいかも。
絵美さんはいやだ。
絶対なんかある。
絵美さんって、絵を現出させる能力だよな。
なんか妙にカッケェ。
あっ、そう言えばもうすぐゲームのガチャ更新される。急がねぇとユイの限定が引けなくなる。
いやー、やっぱあの声優神だよな。
特にユイのボイスが最高、萌える。萌えすぎて灰になる。
いや、萌えすぎてHighになるだな。
この学校って、他にどんくらい異世界人いるんだ?
次は男がいいなー。
伊龍先生っていつから幹部やってんだろうか。
ってか、もう1人の幹部ってどこにいるんだ?
継承前に着いてた他の2人も気になる。
ああーあ、どうせ将来、天叢雲剣とか出てくるんだろうな。
もうする事ねぇな。
考えることもねぇな。
歌うか。
らーらーらーらららーらららーららーららーらー……
虚しいからやめよ。
もう寝よ。
色々あって超疲れたし。
もしテレパシー能力者がいてこの心読まれたら気持ち悪がられるなー。
まあいいや、寝よ寝よ。
あと一時間、どうせ暇だし。
………………。
悠斗は、眠った。
*****
意識の彼方で音がする。
扉の開く音。
自分のいる部屋の扉ではない。
だが、その後また扉の開く音。
これは今いる部屋だ。
何故だろう、よく分かる。
遠い意識の先、何者かの気配。
悠斗に近づく者がいる。
その人が悠斗の横たわるソファへと歩み寄った瞬間、悠斗は覚醒した。
人は身の危険を感じると覚醒するのが基本だ。
自分が無意識な中、至近距離にまで迫る影を、誰もが危険物と認識する。
悠斗は横に倒していた体を一気に起き上げる。
「うわぁっ!」
悠斗の起床に1人の少女が大声を上げて驚く。
少女の狼狽える顔と仰天の声を悠斗は同時に認識し、その少女が、珍しい客――皀夏花であることを理解する。
「び、ビックリした……」
「それはこっちだ」
夏花の叫び声に驚きつつも顔には出さず穏やかに対応する。
別に隠す必要性はないが、なんとなく隠したかった。
「どうしたんだ?」
この部屋に唯一設置されている掛け時計の時刻が6限目終了時刻を回っていることを確認しながらそう聞いた。
まさか出迎え人二号が夏花とは全く想像していなかった。
窓の外を見ると夕日が橙色に染まり始めていた。
「い、いや、どうしたというか……神本くんが今日休みって聞いてたのに、来てるって言われたから……」
「……? それで来てくれたのか?」
「……その……もしかして、私が入部した事、怒ってるのかな……とか、思って……」
辿々しく言葉を続げ、何を言うかと思えばそんなこと。
思わず苦笑が出てしまう。
「ふっ、そんなことで怒るほど心は狭くないって」
苦笑を顔に残したまま夏花に答えると彼女が少し顔を赤くする。
夕日のせい、にしといてやろう。
「で、でも、神本くんの許可もなく入部したから……」
「いや、お前が先生を騙して入ったんだろ」
そんな事を後々悔やむのなら、入部しなければいい。
人生に後悔はつきものだが、これは簡単に予測でき、簡単に回避できることだった。
「騙してはないけど、うん……」
そう言って校長室へと繋がる扉に視線を送る。
どうやら校長室に伊龍もいるようだ。
そして、夏花の入室からしばらく経ってもエリカたちが来ないと言うことは、彼女らも校長室で待機しているのだろう。
確かに複数の気配が隣室から感じ取れる。
「まあ、もう気にしなくていいよ、条件無くしたから」
「え、そうなの⁉︎」
夏花が喰い付いた。
そんなに驚くか、普通。
「ああ、だから気にせずに部活に来ればいいよ」
最後のその言葉に、なんだぁよかった、と息をついた。
それだけ気を使う中でも入部したいとは……変わっている。
まあ、この部は変人の集合だから丁度いいか。
「ねえ、因みに条件って何だったの?」
話も終わり、と思ったら危険な質問が来た。
彼女に異世界の話をできないことはいわずもがな、かと言って入部しているのに話さないのも不自然。
ならば、
「いや、それは秘密だ」
「え、なんで?」
「正式に入部条件を知ってるのは俺だけなんだ。だから人には言わないようにしてるんだよ」
こう言えば、流石に納得するだろう。
エリカたちも知らないなら、仕方ない。そう片付けてもらえる。
それに実際に悠斗だけしかこの事を知らない。
だって入部条件は夏花が入部を希望しに来た時悠斗が勝手に作ったのだから。
きっと問題ない。
……そう思ったのだが。
「条件がなくなったのに?」
まだ質問を重ねてきた。
案外鋭い。
確かに、条件が消滅した今、他人に聞かせることに何ら支障はないはず。それを夏花に隠す行為は不自然だ。
彼女に話したくない事があると錯覚――否、勘づかれてもおかしくない。
そう言えば、夏花は節々に鋭い観察眼を見せて来たな。
中々侮れない。
以降は注意が必要だ。
「まあな、今後また条件が復活した時に困るからな」
少し妙だが、筋は通る。
この場はこれで凌げるだろう。
「……そっかぁ」
物悲しそうに一言呟くと「ごめんね」と言って両手を合わせた。
まったく……本当に危険なやつだ。
よし話もひと段落ついた、だったら彼女には少々退室願おうか。
「なあ、そっちにエリカいるだろ? あいつだけ呼んでくれないか? 2人でちょっと話したい事があるんだ」
「え? す、すごいね……うん、わかった」
悠斗がエリカやノアの存在を見透かしている事に感嘆し、少し遅れて承諾するとじゃあねといって退室した。
夏花も十分凄いと評価できる能力を持っているが。
そして、数秒後に入札してくる明るくて鬱陶しいやつ。
「やっほー、おかえり〜。話って何〜?」
片手を上げて軽いノリで口を開くが、1日の悠斗の不在に対してエリカがその反応はまずあり得ない。
悠斗がこの空白の1日に何をしていたか、どうやら察しがついているようだ。
いつもと違い悠斗と適切な距離を保って返答を待つエリカ。
なんだか落ち着かない。
悠斗も、エリカも。
「もっとこっち来い」
珍しく悠斗がエリカを招き距離を詰めさせる。
エリカは「え〜、何々〜?」と普段のバカっぽい空気を壊さないが、却って不自然。僅かに紅潮した頰も目立っている。
ギリギリ息のかからない、でも手の届く距離まで接近。
悠斗を見上げるエリカ。
エリカを見下ろす悠斗。
そして、差し込む夕陽。
悠斗はエリカの頭の上に右手を乗せ、少し撫でてみる。
つい数分前まで触れていたように。
いつできたのか分からない癖毛の感触だけが新鮮。
それだけでも、大きな変化に感じられる。
悠斗は微笑み、目元を緩ませた。
「な、に……?」
戸惑いに硬直するエリカは更に顔を赤らめ、そっと頭の上にある大きな手に自分の右手を添えた。
撫でる悠斗を見つめ、その手を捕まえ、動きを押さえる。
「大きくなったな」
その言葉だけで、伝わる事が多過ぎた。
多過ぎて、キャパシティーオーバーで、処理制限がかかって、少しばかり思考が停止して、体が再び硬直して、そしたら唯一動いた口角が自分でもよく分かって、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて嬉しくて。
堪えても、堪えても、どんどんどんどん口角が上がってきて……。
「うん……うん、うん! そうなの!」
活力が湧いてきたエリカ。
何度も頷き、その微笑む顔を悠斗にだけ見せつける。
撒き散らす笑顔は全て悠斗のもとへ。
夕日に照らされ、室内の温度は高まっていく。
少し暑いが、心地良い。
「すっごく成長したんだよ!」
悠斗と顔スレスレまで接近し、口元を更に歪めて思いっきり咲う。
その笑顔が、何よりも眩しくて目が眩みそうだ。
「……よかったよ、お前が来てくれて」
悠斗がぽそりと呟いた。
この至近距離。当然聞こえる。
「エリカ、俺を救いに来てくれて、ありがとう」
未来で会おうと約束した事を、エリカは叶えてくれた。
エリカが間違えてこの時代に乗り込んだ過程も全て含めて、過去や未来が成り立ち、確定している。
だからこそ、始まりはエリカだと、悠斗は感じてしまう。
エリカも悠斗も、互いが初めて出会った時、まだ相手は自分のことを知らなかった。
エリカはあの年に悠斗のこと初めて知り、悠斗はこの年の春にエリカのことを初めて知った。
この不可思議な繋がりを、奇跡と言わずして何と言う。
正しく運命に導かれたのだ、彼ら彼女らは。
「ううん、それを言うのは私だよ」
悠斗のお礼にエリカは首を左右に振った。
「私の方こそ……ありがとう。あの時、私を一番に助けに来てくれて」
互いにありがとうを交わす。
俺こそ、私こそ、と互いに自分がと言って譲らない。
「なら……エリカ――」
「うん……悠くん――」
「「ありがとう」」




