第二十七話 誤った使用方法
「わっちゃー! あちゃちゃちゃちゃいちゃいちゃい!」
ハチの亡骸に思いを手向ける悠斗の耳にとある男の騒がしい声が届いた。
何事か、と言うより、エリカの身を案じハチへの言葉もそこそこに振り返る。
すると、プライザーの服の袖がメラメラと燃える炎に焼かれていた。
丁度悠斗が振り返ったタイミングで、エリカに掛けられた束縛じみた能力の効果も解除され、エリカはプライザーから距離を開けた。
「あちっ、あちっ、あちっ、っだぁぁーー!」
袖を払い火を納めようと奮闘するが燃えやすい布に移った炎は中々に手強い。
最終的に、プライザーは能力を発揮し俊足で腕を振る。
その風を受けた火は一瞬で消滅した。
散った火の粉が地面に溶けていく。
恐らく、エリカが遅速ながらもなんとか発火させたのだろう。彼女は炎の魔法のみ使用できると言っていた。
何はともあれ二人が離れた、今がチャンスだ。
悠斗はその隙を見逃さず飛び出すと、エリカとキューちゃんを掻っ攫って疾風の如き俊足で扉を抜けていく。
「しまった! おいバグ、何やっちゃってくれてんや」
「……すまない、もう俺の戦力は虫の息の年寄り同然だ」
申し訳なさそうに目を伏せ静かに二匹のムシの下へ歩み寄る。
「ちっ!」
今は触れないのが最善と瞬時に判断、プライザーは能力を行使してエリカの奪還へ飛び出した。
扉を抜けてもまだ道は続く。
しかも直線。
直線上での速力はプライザーが悠斗より僅かばかり勝っている。
エリカを抱える悠斗なら尚更勝てる見込みがない。
そこで悠斗は一旦足を止め天井と壁を破壊した。
すると、当然のように天井や壁の石材が倒壊し、通路に散乱。それが山積みとなり道を塞いでしまう。
「おのれーっ!」
瓦礫を挟んで反対側からプライザーの痛恨の怒号が響き渡ってくる。
「ふっ」
その様子を頭にありありと浮かべながら鼻を鳴らすと、悠斗はもう一度出口を目指した。
そしてやっと地上へと戻ることができた。
「うっ……」
地上に出ると、突然の日光と吹き付ける風にエリカがそんな声を漏らして目を腕で隠した。
そんな可愛らしい仕草に悠斗は思わず緊張を解き口元を綻ばせた。
勢いのまま連れ出したので、エリカは悠斗の腕の中にすっぽりと収まっている。
そしてエリカの腹の上にはキューちゃん。
悠斗は今這い出た穴から少し離れ、草原の見晴らしの良い場所でエリカを下ろす。
そして急いで全開になっている服のボタンを閉じた。
「ったく……なんて変態趣味なんだ、あいつは……」
そう愚痴る悠斗をエリカは静かに見つめていた。
「よし、これでおっけ。ん、どうした?」
「ぁ、いや……その……」
悠斗が視線を合わせるとあたふたと手を動かして取り繕おうと必死になる。
しかし、少しクールダウンしたあとは静かに悠斗の視線を上目遣いで見つめ直す。
「あの……あり――」
「っ! 待て!」
エリカの言葉を遮り悠斗がそう命令する。
悠斗の急な声音の変化にビクッと肩を跳ねさせキョロキョロと辺りを見回す。
視界には何も映らないが、悠斗は感じる。
プライザーが瓦礫の山を超えてくる。
恐らく粉々にしたか吹き飛ばして塊を分散させたかだろうが……。
「まずいな……」
再度エリカを誘拐されては困る。
できるならここで無力化して、存在するか分からないが警察に突き出したい。
しかし、無力化には相当の力が必要だ。
不意打ちさえ上手く決まれば、何とかならなくもないが、悠斗の一撃で無力化できるだろうか。
そもそも、相手の正確な能力を把握できていない。
肉体強化とは思えないので、少なくとも悠斗のように傷を受けずにはいられない。
だが、悠斗の拳は恐らく効かない。
……とすると、魔法的な攻撃か毒などによる衰弱、もしくは爆砕や凍結などの方法もある。
「どうするか……」
悠斗は腕を組み、頭を抱え、額を指でノックし、頭を掻き、同じ場所を何度も歩き回る。
少し暑くなり、悠斗は着直した上着をもう一度脱ぐ。
「ん?」
その時、上着越しで何かに触れた。
ビニールが擦れる音も聞こえた。
その瞬間、最初で最後の不意打ち作戦が閃いた。
「エリカ! お前、火の魔法は使えるんだよな?」
悠斗はしゃがみ込み、エリカの肩を力強く掴むと微笑を浮かべながら確認を取った。
「う、うん……」
「よっしゃ! なら俺の合図で穴の入り口に向かって可能な限り大きい火の玉を飛ばしてくれ!」
「な、何、急に……」
「いいから!」
「はい!」
エリカの口調の違和感を放置して悠斗は支持を強要する。
彼女も、ここに来て悠斗が冗談を言うはずがないと理解はしている。
悠斗の圧に負けた事もあるが、何より悠斗の目を信じ強く頷いた。
悠斗は制服の上着のポケットに手を突っ込み「それ」を取り出すと梱包しているビニールを破り、中の桃色の球体を取り出す。
エリカは謎の物体に首を傾げる。
悠斗は男の気配に全身を集中させる。
暖かい日光も、優しくそよぐ風も、エリカの愛らしい瞳と視線も、あらゆる物を意識から外し地下を動く気配のみに意識を注ぐ。
男の勢いはすざまじい。
能力によって悠斗と同等かそれ以上の速力で二人の直線上に位置する出口となる穴に向かっている。
感じる。
見えないが解る。
速いが捕らえられる。
速度的に丁度いいタイミングを計算すると……
「エリカ!」
「っ! えぇいっ!」
悠斗の号令にエリカは若干遅れて反応したが問題ない。
エリカの幼く可愛らしい掛け声とともに悠斗が手に持つ球ほどの大きさの火球が正面の出口へと飛翔する。
ナイスだエリカ!
ナイスだ相手!
ナイスだ俺!
そして、超スーパーウルトラグレートミラクルDX究極メガトンアルティメットマックスエクセレントベリーナイスだ、絵美さん!
「ミスティアちゃーーー――は?」
プライザーの愛の叫び、そしてその姿が現れた瞬間――
「ぎゃあぁぁぁーーーーーーー」
野原に軽い爆風が押し寄せた。
予想よりも弱いが、その風は草木を揺らし、裕翔やエリカの体に強く当たる。
爆発により大地は揺らぎ、草原の草に所々引火していた。
「キューちゃん」
エリカは自分が踏みとどまるのに精一杯な中、キューちゃんが風に煽られている様子を一眼見るとすぐさま抱き寄せた。
そのエリカの腕を悠斗が引き、飛ばされないように強く地を踏みしめた。
…………。
やがて、爆風と地震が収まる。
エリカから手を離し、その場から動かないよう指示すると悠斗は燃える草の周りを全速力で走った。
これにより、爆発による草原の炎上は抑えられる。
次に爆発の衝撃(2つの方面からの)により気絶したプライザーの下へ急ぐ。
火傷の跡が多く、顔や腕からは燃焼による出血も起きていた。
瀕死に近い状態であるが、死んでいないことに安堵し、悠斗は回復魔法を迷わずかけた。
いくら相手が変態行為の末に受けた天罰だとしても、それを見殺しにはできない。
まあ、今回の場合は悠斗が自分で手を下したのだが。
回復しても、即座に目覚めるわけではない。それはノアのコア調整などからも知っている。
だからこそ、今この場で傷を癒しても支障は無いと考えている。
「ミスティア様!」
その場へお決まりのように何者かが現れる。
だだっ広い草原の遥か先から片手を上げて、一定間隔でエリカの名を叫びながら迫ってくるその男は見覚えがある。
エリカを探していたあの執事のような男性だ。
行方知れずとなっていたが、後方の衛兵の数を見るに数名で捜索していたようだ。
そして恐らく、爆発でこの場を特定したのだ。
「まあ、それも望んでたけどな」
悠斗は小さく呟いてプライザーから距離を取った。
敵陣営と誤認されないために。
見晴らしの良い原っぱのため、援軍が目視できてからここへ到着するまでにやたら時間がかかった。
彼らが到着し、まず口を開くのは当然先頭にいた執事っぽい男性。
「ミスティア様……ご無事で何よりです」
抱えたグリフォンと悠斗をそれぞれ一瞥し、向き直るとエリカに多少の敬意を払ってそう言った。
一部の衛兵が焼け跡の上で横たわる、傷が完治した男の下へ走り、一部の衛兵が悠斗に武器の矛先を向ける。
まあ、そうなるわな……。
取り敢えず潔く両手を上げた。
「やめなさい、ゆうとは恩人ですよ!」
なんと、他でもないエリカから叱責があった。
幼さの割に喝のある声で衛兵たちを散らすように命令する。
「しかし……」
「彼は恐らく大丈夫です、下げなさい」
すると、エリカに続き執事までもが悠斗の味方をする。
ここは少し想定外だ。
ある程度の場所まで連行されることを覚悟していた。
「……わかりました」
衛兵たちは半分がプライザーを取り囲み、もう半分は穴の中へと入っていった。
「あなたは『ユウト』と言うのですか?」
執事からの真摯な質問。
「え、はい」
悠斗は挙げた両手を下ろしながら首肯した。
声のトーンや雰囲気が穏やかだ。
忠告や警戒よりも、感謝や謝礼の意を持っている様子。
「ユウト様。先程、そしてこの度は大変申し訳ありませんでした」
続く言葉は、予想とは少しずれた謝罪だった。
「私はグレイと申します」
そう名乗り、更に言葉を続ける。
「先程、瀕死の状況下で私の身を案じて行動してくださったこと、そしてこの場でミスティア様を救出したいただいたこと、どちらも絶大な恩を感じるものでございます」
どうやら感謝されている。
それは少しおかしい。
「いや……それはまあ分かりましたが……なんで謝罪なんですか?」
感謝を申し上げるのなら、ありがとうと言えばいい。
不器用な感謝の言葉として日本ではよく「ごめん」と言われるが、それだろうか?
「それは我々の不甲斐なさです」
「不甲斐なさ、ですか……」
悠斗は執事からの辛辣な言葉に曖昧な相槌を打った。
失礼を承知でありながらも、確かにこの者たちがエリカ救出の役に立ったかと言われれば全くと答えられる。
納得しているため、簡単な否定は口にできない。
無力感は、よく分かる。
「はい、なので重ねて、感謝を」
礼儀正しく揃えた身なりで丁寧に腰を折る。
悠斗は頭に手を置き困り顔で執事の黒髪を見つめた。
「ミスティア様も、お礼を述べて帰りますよ」
と、執事は二人のやり取りを横から見ていたエリカを促す。
「――いやだ!」
が、エリカはそれを拒んだ。
別に感謝されたいわけではないが……妙に凹む。
「ミスティア様」
「イヤだ! 帰りたくない!」
あ…………そっちね。
エリカの重なる拒絶反応に悠斗は安堵した。
いや、ホントに感謝されたいわけと違うよ?
「――! ミスティア様、その口調……!」
「いいもん、もうお母様たちの言うことなんか聞かない!」
エリカのお嬢様口調が抜けた喋り方に執事が指摘を入れる。
今の話から、どうやら親の躾によるものらしい。
それでエリカの雰囲気が色々と変わっているわけだ。
悠斗は次々と納得を示し、一人勝手に気分良くなっている。
「また叱られますよ」
「そんなことないもん、もう帰らないから」
「ユリテウス様方が聞いたら――」
「知らない! 私はゆうとに付いて行くもん!」
怒りを見せない従者に対し、エリカは強く叫んで対抗する。
終いには悠斗も初耳の一言を発して悠斗の後ろに回る。
まるで悠斗が庇っているような光景だ。
「ぷきゅー」
そして立て続けに、今度はキューちゃんが悠斗の足元から顔を出す。
エリカが連れていないと思ったら、こんな場所に隠していたのか……。
ってか、悠斗の後ろにいる衛兵の誰か一人くらい気が付けよ。
「ミスティア様、そのグリフォンは外の森に還したはずでは――」
「ち、違うの、これは違うの! この子はさっき見つけた子で――」
「はぁぁ……相変わらず手を焼かされますね」
グレイが額に片手を当てやれやれと左右に振った後、身を屈めてグリフォンを摘もうとした。
「……ミスティア様、聞き分けてください」
「ヤダ!」
エリカは威嚇するように睨み付ける。
「……」
「あの……」
「……はい、なんでしょうか?」
エリカを捕まえようと悠斗の脇を通り過ぎるグレイ。
逃げるエリカ。
そこへ悠斗が待ったをかける。
グレイは神妙な顔つきで振り向き、悠斗と向き合う。
「ちょっとだけ、エリカと二人だけで話させてもらいますか?」
エリカとグレイ、さらにその他複数名に聞こえる声でそう申し出た。
「……エリカ、とは、ミスティア様ですか? 一体何をお考えで?」
悠斗の真摯な眼差しにグレイはそう問いかける。
真意でなくとも、納得のいく言葉を受けるため、距離を詰めたグレイ。
「……ちゃんと、話し合います。王宮に帰るように」
「……少しだけですよ」
悠斗の小声にエリカは首を傾げ、グレイは目を細める。
最終的にグレイからの承諾があった。
「エリカ、こっち来い」
悠斗はグレイを通り過ぎ、エリカの腕を引いて誰からも見えない岩陰へと入って行く。
いくら草原でも身を隠す程度の岩は所々に点在していた。
声も届かないよう、ある程度の距離を歩き岩陰で立ち止まる。
岩があるが、風は反対側から吹き付けるため、風凌ぎにはならない。
悠斗は一度風の音を聞き空を見た後、静かに口を開いた。




