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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第二章 王政奪還編
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第二十六話 俺に惚れてもらうために


 悠斗は走った。


 走って、走って、今なお走り続けている。


 曲がり角も多く爆速では走らないため、国外に出るのも時間を要する。

 壁を駆け登ることは不可能だが、一応ジャンプとクライミングで登ることは可能だ。

 だが、時間をかけて登っていると、人に見られる危険が高まり、行動制限をかけられ兼ねない。

 そうなってしまっては、エリカの救出に支障をきたす。


「…………」


 無言で人々の間を縫って走る。

 国の門を通過して花の匂いを辿る。


 無言ではあるが、脳は酔いそうなほど働いていた。


 まず、あの虫たち。

 悠斗の予想では虫を支配する能力か、動物を支配する能力。恐らく、過去に登場した能力で最も近いのは『服従』。

 同じという可能性もゼロではない。

 そして、その能力で虫を操りエリカを誘拐、更に悠斗を死の危機まで追いやった。


 今悠斗が生きているのも、謎の少女と彼女の言う「お兄ちゃん」様々だ。

 その「お兄ちゃん」には純粋な感謝では足りず、敬意を表してもまだ足りない。


 次にエリカを探していた召使い。

 あの召使いがどこへ消えたのかも気になる。

 悠斗の覚醒時には既に姿を消しており、少女からも彼に関する供述は何もなかった。

 国王に伝達に戻ったか、援軍を呼びに行ったか。

 悠斗の記憶の中の様子では、流石に一人で立ち向かう無謀な真似はできまい。

 そもそも、居場所の特定すらできない。

 とりあえず、王宮へ戻ったと仮定しておく。


 そして、今の脳内の殆どを占めているのが――


 未来と過去の因果関係。


 正直、悠斗は蜂に刺された衝撃がトラウマになりつつある。いや、刺された、なんて生温い表現では物足りない。

 穿たれた、これでもまだ言葉不足と思えるほど激しい痛みと衝撃を与えた。

 虫であるが故に気配に意識を向けることなく、油断していたが、それがなくとも、あのスピードは異常だ。

 二つの能力を同時に使用することは不可能だと知っているため、必然的に敵陣には二人以上存在すると推測できる。


 協力を呼ぶこともできず、かと言って自分にエリカを救える力が有るのかと言われれば皆無とも言える。


 様々なことを踏まえると……投げ出したい。


 だって、未来――即ち、悠斗が生きる本当の世界にエリカは成長して存在している。

 つまり、エリカが救出されることは既に確定している。

 だから、自分でない、もっと力のある人に任せればいいのではないか?

 そんな甘い考えが、何度も、幾度となく、頭に過ぎる。


 妄想の中にいる間に、いつの間にか匂いの元まで相当近づいていた。

 何もない平野では、風を裂く速度も上がる。

 花や草を散らして、全力疾走を続ける。


「…………」


 放棄したい気持ちを持つ悠斗が、何故、止まらずに走り続けるのか。


 簡単なことだ。


『私は、悠くんに救われた』


 エリカ自信がそう言った。


 そして悠斗も、そのエリカに救われた。


 自分の知らない自分が成し遂げた功績をもとに、エリカが会いに来たと、本気でそう思っていた。

 でも、それは大きな誤解。

 大きすぎる見当違いだった。

 自分は、結構エリカに惚れてるのかもしれない。


「……」


 もし、エリカがこの先救われて、悠斗に会いに行く未来が確定しているのなら――


 悠斗は誰でもない自分のために、エリカを救いたい。

 エリカを救出するのが、自分でありたい。

 悠斗が聞かされた言葉を、虚言のまま終わらせたくない。

 自分は、エリカに救われたい。


 本当に、全てが上手く収まって、無事に元の時代に生還できたら、そのときは――


 そのときは、エリカと対等な立場で、話し合える気がするんだ。



 信念の旗のもと、悠斗は走り続ける。



           *****





 悠斗が木製の扉を蹴破り、基地へ乱入した。


「悪い、当たっちまった」


 悠斗が申し訳なさそうに笑い軽く手を挙げる。

 謝礼を受け取る相手は少々吹き飛んで、悠斗の言葉をまともに聞き入れられる状況にはなかった。

 が、別に悠斗は謝罪する気などない。

 扉の前に立った時、室内の生命活動を探り、おおよその配置は理解していたのだ。

 つまり、悠斗はうっかり当てたのではなく、意図的に男に扉をぶつけたのだ。


「ぁ……ゅ、ゆうと……」


 エリカが泣いているのか判断ならない震える顔と声で悠斗の名前を呼ぶ。

 強がりな態度とは一変、やはり女の子だ。

 相当恐怖を覚えたとみれる。

 そして悠斗も、エリカの言葉の伏線回収に強く納得した。


「エリカ、大丈夫か?」


 優しく笑い、隅で小さくなってキューちゃんを抱えるエリカに、そっと、それでも駆け足で近づいた。

 キューちゃんは一瞬威嚇しかけたが、悠斗の覇気でも感じ取ったのか、その怒りをすぐに鎮めた。

 悠斗は片膝をつき、制服を汚しながらエリカ頭に触れる。

 蜘蛛の糸で少しベタベタしていた。


「ゆう、と……? ゆうれい、じゃ、ない……?」


 ひっくひっくと声を詰まらせながら目を見て確認を取る。

 もう一度優しく笑い、生きてるよ、というと、文字表現もできぬほどの大号泣だった。

 涙で大洪水が起きそうなほどの声量と水量に、悠斗も少し慌てる。

 しかし、悠斗の受けた一撃は、他人が見ると死んだと思える光景だったはずだ。

 そう思うと、エリカの今の様子もよく理解できる。


 よしよし、と何度も、桃色の美しく汚れた髪を撫でてやった。

 泣きつくエリカを抱いていると、少し妙な感触を覚えた。

 それは、泣きつくエリカのお腹辺りと、慰める悠斗の膝のあたりが接触した時の違和感だ。

 眉を顰めて、少しエリカを引き剥がすと、エリカの服の前側のボタンが外され、前回になっていることに気づく。

「お、おいエリカ! なんて格好――」


「ダッラァァッ‼︎」

「――っ!」


 突然の怒号と共に悠斗に手のひらサイズの瓦礫が飛翔してくる。

 しかも、その速度の何と早いこと。

 悠斗は、間一髪、後頭部に向けられたそれを伏せて躱す。

「ミスティアちゃんは、俺のだァッ!」

 悠斗が敵の把握のために振り返った瞬間、悠斗の肩を狙った強烈な蹴りが炸裂する。

「ぐぉっ! げほっ、ごほっ」

 反射的に強化した肉体でも、数メートル地を滑り、エリカと距離を開けられる。

 悠斗の強靭な肉体もうまく受け止めきれず、引きずった後、更に数度咳き込んだ。


「ミスティアちゃんは、俺のだ」

「いやっ、やだっ、いやァァァァァァァ!」


 血走った目を悠斗に向け、そばに転がるエリカを持ち上げる男は、悠斗が扉をぶつけて後ろに吹き飛ばした男だ。

 不良っぽく仕上げた髪はオレンジに近い色。

 身長は悠斗よりも高く、見た目は大人だ。

 だが……


「ミスティアちゃんは、絶対に渡さんっしょ」


 手元に駒を持った瞬間、男はまた豹変し顔を赤くしてエリカを見つめるとニヤニヤと気色悪く笑む。

 その視線が捕らえるのは、嫌らしくもエリカの開けた服の中。

 正しくロリコンの中のロリコン。

 ロリコン道を極めた、ロリコンの王。

 それがこの男。


「嫌われてるの、分かってないの、か!」


 悠斗がツッコミと同時に勢いよく回し蹴りを打ち込む。

 が、それは易々と躱された。


「純粋無垢なちびっ子を意のままにするのが趣味でね」


 男の言葉に悠斗もエリカも、遠くで見ていた相方もドン引きだ。

 だが、その隙に悠斗は男から軽く一撃を喰らう。

「見た目のいいロリっ子を力で捩じ伏せて従事させる。ま、一般人には無理っしょ?」

 自分の腕に力瘤を入れ、力量差をアピールし決して負けないと、そう言いたげな微笑で悠斗を見た。

「ああ、お前みたいな変態行為は一般人には到底真似できないな」

 悠斗は軽くあしらい男の言葉を間に受けない。

 悠斗に自信はないが、こんな奴には負けられない。


「ミスティアちゃんは、渡さんからな」

「うん、だめ」


 男の忠告に悠斗はそう答えると男の顔面に一撃を蹴り込んだ。

 しかし、男はまたしても華麗に身を翻してその一撃を躱すと、反撃の一発を高速で打ち込む。

 悠斗はそれを敢えて喰らい、無理矢理に男との距離を詰める。

 腹への一撃は相当の負荷がかかるが、その隙にエリカを奪い返すか、男とエリカを引き離すかできれば十分。

 腹に埋まる男の腕のがっしり掴むと、悠斗は男の片足を払い体制を崩させる。

 そして、バランスを崩し一瞬の間宙に浮いた男の片腕からエリカを引き抜くと距離をとった。

 エリカは泣き叫び、男は怒りに叫ぶ。


「エリカ、一人で逃げれるか?」

 一度エリカを自立させ肩を掴んで目を見て話す。

 その目には大粒の涙が大量に付いている。

 まるで雨に打たれたかのようだ。

 エリカは目を擦って泣きながらも、心強く、うん、と声と共に頷いた。

 なんて逞しい少女だろうか。


「ミスティアちゃん!」


 男がエリカを奪い返された怒りに吠え、また超速で距離を詰めてくる。

 やはり速い。

 だが、気配と視力を駆使すれば、動きは掴める。


 悠斗は、直角に角度を変え、男を迎え撃つ構えを取り、踏み込みかけたが、後方からの妙な気配を感じ取り、すぐさま行動を変更。

 また90度回転し、エリカの方を向くと、エリカを抱きかかえて咄嗟にその場から飛び退いた。

 次の瞬間、とてつもない風力に、悠斗とエリカは身体を攫われかけた。


 エリカの叫び声が響く中、悠斗はそのエリカを抱え、見事に身を回し丁寧に着地する。

 慌てて迎撃の構えを取り直し、振り返ると、悠斗の予測通り、男に並んで巨大なハチが悠斗を睨んでいた。

「プライザー、俺も少し虫の居所が悪いんだ、こいつを片付けて説教してやるからな」

 室内の離れた距離からバグがそう言った。

「ミスティアちゃんを取り返したら、何でもいうこと聞いてやっから、頼むぞ」


 悠斗は、早速窮地に立たされた。

 悠斗の人外級の速度について来られる敵が一人と一匹、そしてこちらは戦力が悠斗一人。

 完全に不利な状況。

 どうしたものか考えたいが、相手の目が、油断を許してくれない。


「プライザー、ベスパはあいつ以外に狙えない。だからお前がガキを捕まえろ」

「り」


 二人は遠距離でそんな会話を交わす。

 石造の地下室ではよく声が響く。

 ベスパ……つまり蜂は悠斗しか狙えない?

 何故だ。


 そんな疑問を抱けたのもほんの僅か。

 次の瞬間にはハチが襲い掛かる。

 そして遅れてプライザーも。


 悠斗は、傍に置いたエリカを再度抱きかかえとにかく走った。

 広くも狭い室内を、縦横無尽に駆け回る。

 敵の先回りを読み、フェイントをかけ、時には敵の衝突を狙い、とにかく逃げ回りながらどちらか片方でも抑えようと試みた。

 しかし、どちらも俊敏な動きで、悠斗を翻弄してくる。

 正確には、相手にその気はないので、勝手に悠斗が翻弄されているのだが。

 やはり的が二つあれば、どちらを狙えば良いのか戸惑ってしまう。


 そしてついに、悠斗はプライザーとベスパの挟み撃ちを喰らい、エリカを手放してしまった。

「しまっ――」

「ヒャハァッ!」

 悠斗の重心を傾かせ、プライザーがエリカを俊足で掻っ攫う。

 妙な奇声は悠斗の横を通り越し、一瞬で悠斗から遠ざかる。


 悠斗は体勢を立て直し、即座に反撃を狙うが遠ざかるプライザーに対し、ベスパは執拗に悠斗を追跡しハリやアゴで殺しにかかる。


「さあミスティアちゃん、続き続き」


 まだ決着すらついていないが、プライザーは余裕ある態度でまたしてもエリカの服を脱がし始める。

「いやっ――」

 エリカの叫びが急に途絶える。

 ベスパの妨害を受けながら接近を試みるが、なかなか近づけない。

 視界に入れた限り、エリカは意識をしっかりと保っているが、動きが鈍すぎる。

 停止していると思えるほど遅い動きで口や手足を動かしている。


「ぷきゅーっ」

「邪魔だ」

「ぷぎゅっ!」


 キューちゃんがまたしてもプライザーに牙を剥く。

 しかし、今度ばかりは上手くいかず、簡単に鷲掴みにされると物凄い勢いで投げ飛ばされ、壁に激突した。


「くっそ! エリカ!」


 そう叫ぶも、ベスパの猛攻を潜り抜けてのエリカ奪還は不可能だ。一瞬で片付ける必要がある。

 巨大化したハチ。

 それもオオスズメバチ。

 普通に刺された程度では、一般人も、悠斗などは特に死にはしないが、この大きさになると一度に体内へ注入される毒の量も増え、致死量を遥かに超えた毒が一瞬で体中を駆け巡り蝕む。

 もう一度喰らえば、本当に死ぬかもしれない。


 考えろ!

 エリカの窮地を救う手立てを!


 相手はハチ。

 蜂といえばなんだ。

 蜂の巣、蜂蜜、毒、黒と白、複眼、昆虫、飛ぶ、ハリ、アゴ、アナフィラキシー、フェロモン、メス……。


「そうか! フェロモン!」


 大声を上げ、悠斗は顔を上げ天井を見る。

 そして正面を見直し、最後にベスパとバグを見る。

 バグは悠斗の声にピクリと眉を動かすが、それ以外の動揺はない。

 何故なら既に、ベスパはバグの支配下から離れつつあるからだ。


 悠斗は上着を急いで脱ぎ、壁へと走る。

 制服でよかった。

 なんでいい服装なんだ。

 制服の上着は黒。そして中は白。

 ハチが襲う色と言えば黒。

 そして、ハチが悠斗しか狙わないのは、悠斗に大量の攻撃フェロモンが付着しているから。

 特にフェロモンの付着が集中している上着を迫り来るハチに見せつける。

 闘牛の際に用いる赤い布のように。


 速さは尋常ではないが、悠斗なら避けられる。

 上手く上着でハチを誘導し、壁に激突、そして最後の一撃を悠斗が撃ち込む。

 完璧な作戦だ。


 ハチが迫る。

 迫る。

 迫る。

 迫る、迫る、迫る、迫る、迫る、迫る。


「――っ!」


 寸前まで引き寄せ、ハチが完全に服を外敵と認識させた所で悠斗は身を回し、上着を背後の壁に投げる。

 ポケットには鍵等を含め、いろいろ入っているが、今は関係ない。

 人の命が最優先。

 悠斗の誘導に従い、ベスパは壁に勢いよく衝突した。


「くっ!」


 その光景を前にバグは歯を軋ませるが、プライザーは見向きもしない。

 バギッ、という耳に響く音を鳴らして、ベスパの巨大なハリが壁に大穴を開ける。

 壁に激突した程度では、やはりなんともならない。


「っ、これで、どうだっ!」


 悠斗は渾身の力でハチの腹部に蹴りを入れ、最後に全身全霊の拳をお見舞いした。


「ィッッッ!」


 苦しみに悶えるベスパの耳を引き裂く奇声。

 それと共に翅の音も鈍くなり始め、終いには巨大な身体を支えきれずに地に伏した。


 ハチはもう、動かない。

 気絶ではない……死だ。


 虫とは言えど、命を奪ってしまった。


 悠斗はハチの下敷きとなった上着を引き抜き着直すと、

「悪いな」

 と、手を合わせた。


 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を知っているだろうか?

 有名な話だ。

 肝心な部分は、蜘蛛の糸を独り占めしようとした男が再び地獄に落ちることだが、悠斗はこの小説を読んで以来、虫の命も尊ぶようになった。

 蚊一匹に手を揃えたりはしないが、極力殺虫も避けてきた。

 勿論、徳を積むわけではない。

 ただ単に、虫の命が軽いものでないと、そう思えただけの話。



 そして悠斗は勢いよく振り返り、プライザーに突撃した。

 残る脅威は、あと一人。



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