第二十五話 正義のヒーロー
ふと、変態が手を鳴らす。
「ってか、ミスティアちゃんってユリテウス王たちを捕まえたら殺されちゃうわけ?」
「ぇっ……」
「まあ、虫も殺さぬのは、俺かお前じゃない方の変態ぐらいだからな」
チャラ男の何気ない一言にエリカは一瞬涙を止める。
今の言葉を、エリカは素直に飲み込めない。
だって、今、自分が――死ぬって。
「じゃあさじゃあさ、俺ぃが貰っちゃってもいい?」
「ハッ」
チャラ男のノリが軽い発言に相方は侮蔑に近い意味で強く鼻を鳴らした。
何も答えない態度は、無言の了承。
暗黙の了解。
チャラ男「イェーイ」と喜び、エリカを虫たちと距離のある壁へと連れて行く。
そして品のないことに突然服を脱がせようとする。
「きゃっ、やだっ、やめて! やめて!」
ボタンを一つ外され、瞬時に男の行動の意図を理解し(何のために脱がすかは理解していないが)とにかく暴れる。
小さな足で蹴り、体を回して手から逃れたり、手にした袋で叩いたり。
「うわぁお、血の気盛んな元気っ娘、当然処女でめっちゃ幼い。やっべ、勃ってきたー」
男は力量差を利用し、力尽くでエリカの体を押さえ脱衣を進める。
その時――
「キューッ!」
「いでっ」
袋の中でじっとし、何度も男にぶつけられていたグリフォンが飛び出し男をその鋭い嘴で突き始めた。
そしてその挙げ句、
「ゔぉうっ!」
男に体当たりや嘴での刺突を続けていると、見事に男の股間に頭突きと刺突の両方が直撃してしまう。
男は顔面蒼白になり自身の股間を押さえて倒れる。
「ぅぉーー、いでぇーー」
エリカはその光景に泣くのをやめ、目をパチパチと瞬かせてキューちゃんを見ていた。
キューちゃんは悶絶する男と対峙し、尚も威嚇を続ける。
「ん……」
チャラ男の変態行動を意に介さず、一部始終を見ていなかった相方が不機嫌そうに振り返る。
その視線は、まず相方は向き、すぐさまその側で威嚇を継続するグリフォンへ移る。
エリカはその視線に気が付き、咄嗟にキューちゃんを抱き上げて2人の男から距離を取る。
とはいえ、唯一の出入り口には近づけず、結局隅へと追いやられただけだ。
悶絶する相方を無視して、もう1人の男がエリカに近づく。
エリカは怯えながら後退りする。
そして、距離はみるみる縮まり、やがて男の手がグリフォンへと伸ばされる。
「だめっ! キューちゃん!」
小さなグリフォンの背を鷲掴みにし持ち上げると、自分の顔まで近づけてマジマジと観察する。
エリカが勇猛果敢に男の足に縋りつくが、完全に無視。
最後におろおろと立ち上がる相方を一瞥しこう言う、
「一寸の虫にも五分の魂というわけだ」
「返して!」
エリカは涙目になりながらも再度男に叫ぶ。
「ってぇー、ミスティアちゃんが魔物を操るなんてなー」
起き上がり、苦悶の表情で歩み寄ってくるチャラい男。
相方の掴む小動物を見ながら呟く。
「いや、固有魔法じゃない、純粋な友達と言った所だ。藪蛇だったな」
「マジかー、無能力で魔物と仲良くとか、才能じゃね?」
「蛇は一寸にして人を呑むというからな。王家の血を引くものなら有り得ることだ」
エリカの叫びも虚しく、2人は幼い本人には理解の及ばない話を続ける。
「さーて、ミスティアちゃん、続き続き」
「きゃっ、いやっ、いやあぁぁぁ‼︎」
横槍が入ったことも、もう忘れたように仕切り直し活発な男がまたしてもエリカを襲う。
相方はまた視線を逸らし、グリフォンを連れて虫たちと会話を始めた。
地上から吹く風が、巨大な木の扉の隙間を通じて室内に吹き込む。
その風が軽く砂を巻き上げる。
「もう横槍は入んないし、いっぱい楽しもうねぇ」
男がエリカの服のボタンを外していく。
エリカの抵抗も全て虚しく、大人の男の前に屈する。
「いやぁぁ……」
エリカの声に男がニヤけ、能力を発動させる。
途端に、エリカの動きが止まったように鈍くなる。
「ぃ……ゃ……」
エリカの服が開けていく中、少女がスローモーションで涙を一滴、地面に垂らした。
その少女の悲痛な表情に男は笑みを一層深め、最後にエリカの口元に己の口を当てようとした。
「っやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――。
「――グゲェッハッッ‼︎」
その男が、エリカの奇声とほぼ同時に、真反対の壁に吹き飛んでいった。
一瞬の出来事に、誰もが動きを止めた。
そして、まず声を発したのは――
「なっ――! ベニデッド!」
エリカでも、吹き飛んだ男でもなく、グリフォンを捕まえ虫と談話していた男。
その男が身を案じて瓦礫の崩れる壁の方を見る。
その視線が憂いているのは、相方――ではない。
手にしていたグリフォンを投げ捨て、瓦礫が崩れ砂塵の舞う中へと飛び込んでいく。
男の心配は相棒以上に相棒に近い存在。
そう、巨大グモだ。
男が吹き飛ぶ際、丁度直線上にいたクマも同時に壁に激突した。
いや、むしろ、男と壁の間に挟まった分、最も被害を受けたのがクモだろう。
そのクモを、ベニデッドと呼び容態を確認する。
煙の中から、1人の影が起き上がる。
吹き飛んだ男だ。
「こいつがいなきゃ死んでたわ、あっぶねぇ」
背後の巨大なクモの足をぽんぽんと叩き、謝意を感じられない言葉を手向ける。
男はピンピンしているが、クモは全く動く気配がない。
「ベニデッド!」
駆けつけた男がクモに語りかける。
クモの気持ち悪い口器や複眼を前に叫ぶも、既にそのクモは生き絶えていた。
「この糞虫! どうしてくれるんだ!」
そして、突如仲違いが始まる。
「おいバグ、そんな怒んなよ」
激昂した相棒――ここで始めてバグと呼ばれた男に対し、糞虫(名前ではない)が悪びれる様子なく「悪りぃ悪りぃ」と軽く謝る。
「悪りぃで済むか、ベニデッドの代わりはいないんだぞ!」
反省の少ない味方に更に怒り、頭に血が昇る。
「クモなんかその辺にいんじゃん?」
「虫も人と同じだ! 代えの存在なんていないんだよ!」
虫の生命を軽視する発言にバグは罵声を浴びせ、唾を散らす。
エリカは静かに、投げられたキューちゃんを抱え隅へ隅へと身を寄せ小さくなっていく。
「んなこと言われても、ミスティアちゃんが――」
「今のはお前の能力だろ!」
「俺は倍率を上げた覚えはないって」
「自分の能力も制御できないのか! このゴミムシがっ!」
バグの怒声に男は耳に指を突っ込む。
全く反省の色を見せず、遂にバグも言葉を止める。
それを目視すると、チャラ男がエリカの様子を確認した。
「ほら、ミスティアちゃんが逃げちゃう」
男が、誘拐した少女を指さす。
エリカはキューちゃんと共に巨大な木製の扉の前まで迫っていた。
しかし、2人にバレたことを知ると扉からジリジリと離れ部屋の角で小さくなる。
男2人と巨大バチが扉が面している辺ではない方の角におり、その対角の位置にエリカとキューちゃんがいた。
バグは、信頼のできない相方の言葉を1%ほど信じ、エリカの方を睨む。
相方曰く、「ミスティアちゃんに蹴り飛ばされて吹き飛んだ」だからだ。
可能性がゼロではないため、その確認のためにエリカを調べる必要がある。
バグの視線から、それを察した相方が、ニヤッと笑い、
「ミスティアちゃーん」
と声を上げてエリカの下へ笑顔で駆けていく。
エリカは、先の行為を思い出し震えが止まらない。
幼い少女には狂気的な笑みに見えるのだ。
その男が迫ってくる。
「やめで…………いやっ、やべで……」
近寄るだけで涙を流し、泣きべそを描き始める。
もう、精神的に崩壊し始めた。
「ミースティーアちゃーん」
男が半分ほど迫った。
「ゃ…………」
「ミースティーアちゃ――」
バゴッ!
「デュフッ!」
男が、視界の端から飛んできた木材に吹き飛ばされた。
全員の視線が、入り口に集まる。
入り口の扉の一部に穴が空き、そこから1人の少年の影が現れる。
「――悪い、当たっちまった」
派手な登場の割に、頭を下げて入ってくる悠斗は、非常に印象的だった。




