第二十話 昔のエリカ
話もそこそこにして、宿へ向かう。
話を切り上げると歩速は必然的に速まり、予想よりも早めに宿屋へと到着した。
悠斗の制服は案外目立たず、注目を浴びることはなかったので、一安心。
エリカの指示に従い宿を取らされた。
お金に余裕があったのか、エリカは悠斗と二人で一部屋を希望してきた。
信頼されるのは嬉しいし、奴隷とされているというのは理解しているが……やはり少し行動が過剰だ。
普通の女子が、年齢差の大きい男子と同室など、恐怖を感じずにはいられまい。
しかし、ここまで来て見放すわけにもいかずエリカの指定した一室に決める。
殆どない荷物を置くとエリカはまずグリフォンを取り出した。
「ずっと静かでいい子でしたわね」
グリフォンの頭を数度優しく撫でた後ドッグフードのような人工の餌を与えた。
「なあ、そいつって何モンなんだ?」
悠斗はエリカが陣取らなかった方のベッドの上に腰を下ろしながら言った。
因みに、補足しておくとこの一室はベッドが二つに浴室とお手洗いが一つずつ。洗面所もある、高価でないが低価でない、いわゆるリーズナブルな値段というものだ。
「キューちゃんですの?」
グリフォンに餌を与えた後、嘴をチョンチョンとつつきながら悠斗に視線を向ける。
それに頷いて返すと、
「何って、グリフォンですわよ」
そんなことも知りませんの?と言いたげな目が悠斗を貫くが、それは分かっている。
「それは知ってるよ。でも、ただのペットじゃないんだろ? わざわざ隠してるみたいだし」
と、エリカの行動の不可解だった点を指摘する。
その図星に、態度の大きいエリカも「うっ」と鈍い音を鳴らした。
「……この子は……魔獣ですの」
「魔獣?」
エリカの申告に悠斗は疑問符を付けて返した。
彼女は小さく頷き、憐憫の瞳をキューちゃんに向けた。
「魔獣……ケルベロス的な?」
「それは比較対象としては相当ですけれど、人々からすれば同じですわ」
エリカは悠斗の挙げた例を鼻で笑って続ける。
「こっちの世界では魔獣は全て危険な生命体ですの」
エリカは、手に一つのフードを持ち、キューちゃんに与えるフリをして戯れながら話す。
「当然、国王の娘であるわたくしであっても、国内に連れ込むことは禁止されていますわ」
エリカの視線がグリフォンから外れて、窓の方へと向いた。
窓からは、遠目に国を囲う壁を見ることができ、その向こうには廃墟のような家々と草原が見渡せた。
「まあ、あんな奴らが国内を歩き回ってたら夜も眠れんだろうな」
国の制度の正しさを悠斗は推す。
悠斗の頭の中では大量のケルベロスが国内を徘徊する地獄絵図しか思い浮かべられなかったためである。
「でもだとしたらますますそいつの存在が謎だろ」
厳しく規制された国内を彷徨っていては簡単に殺されてしまう。エリカが連れ込むのは至難の業であるし、かと言ってグリフォンが誤って迷い込むにしては不自然だ。
「たまに子どもの魔獣が商人の持ち込むものの中に紛れることがあるんですの」
と懐かしむように理由を話してくれる。
セキュリティの甘さに眉を顰めたくなったが、ひとまず置いておく。
「一週間ほど前に、王宮に届いた荷物の中にいたのがキューちゃんですの」
そういうと、ずっと手にしていたフードをキューちゃんに与え、その隙に軽い体を持ち上げ、膝の上に置く。
「なるほど、それであの場所で隠れて世話してたわけだな」
ようやっとエリカがあそこに通っていた理由がわかった。
勿論、この理由は最近のものであるため、それ以前にも通っていたのならその動機は不明だ。
悠斗の確信の言葉にエリカはそっと頷いた。
「……わたくしも話したのですから、ゆうとも話しなさい」
エリカがバツが悪そうな顔で悠斗を見つめ、気分を紛らせるように促した。
「ん、ああ、俺があそこに入ったことについてだな……」
一旦ベッドに座り直し、時間を確認した後エリカと真剣な表情で向き合う。
不穏な空気に感じた幼いエリカはキョロキョロとあたりに視線を散らした。
「突拍子もなくて信じられないかもしれないけど、俺は未来から来たんだ」
悠斗は、外連もない表情で堂々と披瀝した。
それに対し、エリカは悠斗の言葉の意味を理解できない。
当然、急な話に混乱している。
だが、それと同時に未来から来るという事象を想像できないようだ。
「……? つまり……なんですの?」
怪訝な様子で問い返す。
この年齢の少女相手にはもう少し噛み砕いた方がいいのかもしれないが、悠斗にもこれ以上敷衍することはできない。
自分自身、転移方法や転移場所があの空間だった理由、そして何故悠斗だけが転移できたのかなど、不可解な点が混雑していて多少思考を放棄している。
何もかもが不如意で苛立ってさえいる。
アニメーションでは異世界の謎解きこそ醍醐味だが、現実となっては笑えないし、楽観視できない。
「俺は、この日から9年後の世界から来たんだ」
「9年後の……?」
「そうだ、未来で俺は、お前と出会っている――エリカ」
悠斗の視線と言葉におろおろと当惑し、視線を彷徨わせては「ぇ、ぁ」などと音を漏らす。
ここで理解しろという方が無理難題だ。
悠斗は一旦いつの間にかエリカに近づけていた体を引き、
「まあ、あんまり深く考えなくていい」
と、不安を払拭する。
そもそもエリカからの質問への解答はこれではない。
「俺は未来で、八尺瓊勾玉っていう道具を使ってここへ来たんだ」
「やさかり……?」
「やさかに、やさかにのまがたま」
口を丁寧に動かし、綺麗に呂律を回す。
悠斗の訂正にエリカはうんうんと頷く。
エリカは悠斗の話に聞き入り、手元からキューちゃんが抜け出したことに気が付いていない。
その抜け出したキューちゃんが、悪事を働く前に悠斗が立ち上がり、その軽い体をひょいと持ち上げると、
「とにかく、それで急にこの世界に呼ばれて、そしたらあの場所にいたんだ」
こう締め括った。
結局杜撰な解説だったが、縷々説明したところで幼少期のエリカには一切伝わらない。
寧ろこれでいい。
「そう、でしたの……」
気後れしているエリカに悠斗はキューちゃんを差し出す。
エリカは数秒キューちゃんの顔を見つめた後、我に帰るとやっと受け取った。
最終的にエリカもなんとか甘受してくれた。
悠斗はエリカの首肯をそう解釈した。
「……それより、これからどうするんだ?」
静まり返った部屋に数秒風がまだを叩く音が響いたが、やがて悠斗の声で聞こえなくなる。
「そうですわね……時間的に夕食ですわね。ゆうとの分も出してあげますから、一緒に来なさい」
時刻と外の明るさを確認するとエリカは冷静にそう答え、最後に悠斗に指示した。
「いや……そうじゃなくて、家に戻らなくていいのかって意味で聞いたんだよ」
真意を理解してくれないエリカに悠斗は率直に言い直す。
すると、エリカは明からさまに不機嫌な顔をした。
「……ゆうともそんなことを言うのですのね。わたくしは絶対に戻りませんわよ!」
「俺もって……」
「お父様もお母様も、メイドも執事も使用人も、街の人たちも、みんなみんなわたくしにああしろこうしろって言ってきて、もううんざりですわ」
悠斗以外に誰が言う?と聞こうとしたが、エリカの身分に辟易したという感情を前に悠斗の口は結ばれた。
今のエリカは7歳。勉強、習い事、悠斗には分からないがきっと王族であるための教育など、年相応の負担ではない。
一般市民よりも遥かに上の存在であるが故に背負う重荷。
その負荷によるストレスから自暴自棄になり始めるのだろう。そう仮定し、納得した時、悠斗はもうエリカにかける言葉をなくしていた。
悠斗はエリカと違い、その負荷から遠ざけられて生きて来た。
父から神の力の継承についての一切を聞かされず、ただ普通の男子として人間世界で暮らしていた。
生まれが似た立場であるもの同士が、親の方針の違いでこうも異なった歩み方をするのだと知った。
途端に悠斗は、自分が恥ずかしくなった。
それ故に、エリカに、言葉をかけられなかった。
「…………」
「……さあ、早く夕食場へ向かいますわよ」
キューちゃんに部屋で待ての指示を出し、お金代わりのカードを持って部屋のドアを開ける。
2階の食事場へと行くつもりだろう。
補足しておくが、この部屋は一応8階だ。
「……はいはい」
お嬢様とはいえど年下に奢らせること、エリカの背負うもの、自分との度胸の差など、様々なものが原因となって悠斗は後ろめたい気持ちになった。
その一見すげなく見える悠斗の態度をエリカは無言で見つめた後扉を閉める。
自分が部屋の主だと主張するように自ら鍵を閉め、廊下のど真ん中を堂々と歩いていく。
その後ろ姿を見る悠斗。
エリカはこの時間の室内で帽子を被っていて不自然だった。変装のための道具が却って悪目立ちしている。
悠斗はエリカの帽子を取る。
エリカは「あ」と声を上げて頭を触り振り返るが、悠斗の行動の意図を察して黙っていてくれた。




