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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第二章 王政奪還編
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第十九話 幼女に縋る



 王宮を出ると、そこは発展した国の風景が広がっていた。

 王宮を出るまで気づかなかった上に、過去に一度も異世界のまともな風景を目にしたことがないため、悠斗は呆気に取られてしばし膠着状態に陥った。

「ゆうと、ここは危ないですから移動しますわよ」

 悠斗と木の影に隠れたエリカが小声で悠斗の硬直を解く。

「あ、ああ……」

 悠斗は我に帰るとなあなあな返事をする。

 チラとエリカを一瞥したが、また都市とも言える発展した街を眺める。

 エリカの話が本当なら、ここは恐らくグラスティル王国。

 エリカの父が国王であり、確かノアもここの国民だったはずだ。

「まずは服屋ですの。変装用のマスクと帽子が必要ですわ」

 国民に顔が割れているため、まずは変装が必要だと言う。

 案外まともな判断ができる。

 少しばかり見直した。


「ゆうと、お金はありますの?」

「――へ?」

「お・か・ね! 硬貨でも紙幣でも、クレジットなら楽ですけど」

 エリカの問いに珍妙な声を漏らす悠斗。

「……ない」

 質問に解答すべく、分かりきっていながらもいつも財布を入れるポケットに手を突っ込み探るフリをする。

 が、当然財布どころか1円も出てこない。

「仕方ありませんわね……このカードで何かわたくしの変装道具を買ってきてください」

 不甲斐ない悠斗にエリカは嘆息しポケットから黄色を基調とした硬質なカードを取り出すと躊躇なく悠斗に手渡した。

「……用意周到だし、この年齢にしては先進的、それに服買える金が普通に入ってんのか……」

 ポケットのカード一枚で簡単に何でも買える世界。

 日本も電子マネー化は進んでいるが、小学生や園児が一般的に使うものではない。


「わたくしはそこの茂みに隠れていますの。服屋はアレですのよ、ほら、行ってきなさい」

 最後の方、ちょっと人に物を頼む態度ではなかった。

 しかし、逆らえば悠斗は一瞬にして彼女の手により誘拐犯へと早変わり。内心不満に思いつつも渋々口を尖らせながらエリカの示した服屋へと突入する。

 色々怪しげな素材を使用した服が並んでいたが、悠斗は目立たない地味な色の服とマスク、そして帽子を購入してエリカの隠れた茂みに入っていく。


「ほら、ここ置くぞ」


 茂みの中のエリカにひっそりと告げて荷物を置く。

 年少とはいえ女の子。悠斗が着替えさせたりなどはしないし、できるはずもない。


「……ゆうとは、服選びのセンスがありませんのね」


 茂みから出て来たエリカは着替えが完了しており、その地味さは完璧なものであった。

 だが、彼女はその地味さがお気に召さないらしい。

 自分の薄い色の服を数度と見直し鼻を鳴らす。

「何が問題なんだ? 目立たないからいいだろ」

 他人の好みを考えるとキリがない。

 効率重視の悠斗のセンスは最強だ。

「まあ、そういうことで許してあげますわ」

 偉そうにもう一度鼻を鳴らすと、持っていた帽子をポンと頭に乗せ、茂みの中のから先ほどまで着ていた服を取り出す。

「はい、これはゆうとが持ちなさい」

「はあ……はいはい」

 畳んだ服を悠斗が購入時に貰った袋に入れ、悠斗へと手渡す。

 まるで奴隷のようにこき使われる。

 悠斗は重たいため息を一つ吐くと、重くもない袋を重たそうに持ち上げた。


「……で、これからどうするんだよ」

 エリカから受け取った袋の中の服を見ながら尋ねる。

 子どものわりに畳み方が丁寧で、服の上にはグリフォンが乗っていた。服の重量とは思えなかったが、君だったのか。

「次に宿ですわね、せめてわたくしだけでも入れる宿屋を探しませんと」

「……酷いけど、まあ俺に金はないからな」

 エリカが即席で立てていく計画は予想以上にまともだ。

 悠斗のことを度外視するところも、親切心こそないが現実的で宿泊費についてもよく考えられている。

 もしエリカに宿屋前で捨てられようものなら、この日の夜は野宿だ。

 未体験なので自身のほどは全くない。


「よく行くところは顔が割れていますし、値段もそれなりに張りますわね」

 うーん、と顎に手を当てて一丁前に唸る。

 案外様になっていて妙に腹が立った。

「……取り敢えずこっちですわ」

 人通りの多い道を指差して悠斗を見上げた後、早速歩き始める。

 今の視線の意味は当然、「ついて来なさい」だ。

 エリカの小さな背を追いかけて道の端を歩く。

 この辺りは道路が大きい割に車や馬車、人力車といった移動手段がない。

 当然、バイクや自転車も見かけない。

 国内に普及していないようだ。


「なあエリカ、お前って今何歳?」

 道中、悠斗はエリカの横に並んでそう会話を切り出す。

 その悠斗を横から見上げるエリカの目は少し刺々しい。

「わたくしの名前は――」

「知ってるよ、でも知られてるんだろ、街の人に。偽名だと思えって」

「…………しょうがないですわね」

 自分の都合に合わせて呼び名をエリカで固定させた。

 丁度この場なら納得してもらえると思ったが、案の定正解だった。

 しかし、そこは納得するエリカも……

「ですが年齢は秘密ですのよ!」

 と断固として年齢の提示を拒否した。

「なんでだよ」

 プイッと視線を180度移動させた幼き少女に突っ込む。

「年齢は乙女の秘密だとお母様が言っていましたもの」

 なるほど、間違ってはいないが、妙な知識を親に植え付けられたわけだ。

 親の下を離れたにしては案外親の言葉を大切にしている様子。やはり第一反抗期なだけだったようだ。

「じゃあ宿泊でどうするんだよ。どうせ俺にやらせるんだろ? 年齢で額は変わるぞ」

「……うっ……ゆうとは卑怯な手を使いますわね」

「お前ほどじゃあないって」

 年齢の聞き出し程度で面倒臭いやつだ。

 エリカも昔は随分と乙女チック且つ純粋なお嬢様だったようだ。

 そのことに安心しつつも、変化してしまった今のエリカを残念に思う。

「わたくしは今7歳ですの」

「……てことはやっぱ10年…………? え、9年前⁉︎」

「何を言っていますの?」

 エリカの年齢告白に悠斗は納得しかけた。

 先入観を持っていた故に、単純な計算も時間がかかった。

 エリカが来訪当初から話していた10年前。それが今この時だと思い込んでいた。

 だが、計算してみると悠斗の世界から9年前の世界。

 エリカの誕生日はまだ来ていなかったはずだ。

 悠斗は声を上げるが、すぐに口を塞いであたりをキョロキョロと見回す。

 エリカはキョトンとしていた。

「ですが、もうすぐで8ですのよ」

「……とするとやっぱりジャストで9年前か……時間帯も考えてみれば午後3時過ぎだったしな……」

「ゆうとはさっきから何を言っていますの?」

 勝手にエリカの未来について想像している悠斗に理解の及ばないエリカが少し苛立たしげに言い放つ。


「……そうだな、落ち着いたところで話すよ」


 と言って、悠斗はエリカに道案内を促した。

 エリカは口を尖らせてブツブツと言った後歩き始めた。


 店の並ぶ街道、喧騒さが次第に増していく。

 王宮から離れるほど人が増えているようだ。

 確かによく考えれば、一般市民が王宮の間近に家を建てられるとは思えない。店も同じで王宮から近いほど品が高価なものばかりになるのだろう。


 騒々しい空気に紛れ、二人は会話を続ける。


「ゆうとは、どうやってあの場所に入ったんですの?」

 懲りずに再度それを聞いて来た。

「それは言ったろ、突然転移したんだって」

 説明のつかない説明で捩じ伏せることは強引だが、この人混みの中で披瀝はできまい。

 だが、エリカと悠斗の間では若干だが齟齬が発生していた。

 悠斗は知る由もないが、エリカは何となくそれを勘づいた。

「……あの場所は普通誰も入れないんですのよ」

 声のトーンを下げ、声量も下げる。

 周りの目を気にしながら悠斗にだけ聞かせている。

 何故ここまで信頼してくれるのか……。

「そりゃあまあ、王宮内って時点で――」

「そうではなく……ゆうと、ちょっとおんぶしなさい」

「はい?」

 悠斗の言葉を遮って何かを言いかけるが、後ろを振り向いて何かを確認した後、足を止めるとそんなことを指示して来た。

 単に疲れた、なんて理由ではなかろう。

 しかし、唐突な要求に悠斗も一瞬混乱した。

「ですから、おんぶですの。ほら、早く」

 悠斗の背後に回り込むと、両手を伸ばして腰のあたりをパンパンと叩く。


「はいはい」


 悠斗はそんな気怠げな声で答えると手に下げた袋を持ち直し、しゃがみ込む。

 その背にエリカがぴょいと飛び乗る。

 なんて軽い体なのか。

 体が小さ過ぎて、逆に背負うのに苦労する。

 全国のお母様方がおんぶ紐を買う理由がよくわかる。

 あれは作業時によく使われるが……。

「しばらく真っ直ぐですの」

 それだけ告げると顎を悠斗の肩あたりに固定する。

 頑張ってしがみついているのか、両手から少し重量を感じる。


 悠斗が足を動かし始めて数秒後、

「あの場所は、わたくしの知る限りではわたくしとお爺様以外は知らない場所ですの」

 とエリカの言葉の真意、そしてあの場所の真相を知らされる。

 だが、悠斗の注意を引いたのは当然、

「お爺様? エリカの爺ちゃんか?」

 初めて耳にする存在。

 エリカの祖父については、どちらのエリカにも聞いたことがなかった。

「そうですの」

 エリカの首肯を視認せずとも理解できた。

 服の擦れる音もしていた。

「あの場所は、人を選ぶらしいですわ」

「……? 人を、選ぶ?」

 普段耳にしない言い回しに気持ちだけ首を傾げる。

 実際の行動としては、エリカに自分の疑問を伝播させるために視線と首を少し右後ろにずらした。

「あの場所は、あの空間に呼ばれた者、もしくはその呼ばれた者に招かれた者以外からは存在を認識されないそうですの」

 頭を悩ませなんとか理解に追いつくと曖昧ながら「なるほど」と相槌を打って見せる。

 下がり始めたエリカを軽く上げる。


「わたくしはあの時、全ての人の侵入を拒みましたの」


 その発言から悠斗は彼女の言いたいことを殆ど理解した。

「それなのに、俺が入って来た、と」

 エリカは少し気まずそうな顔を隠しながら頷いた。

 もし、エリカに呼ばれてないとすると、悠斗はあの空間から呼ばれた、もしくは別の何者かがあの空間にいた、ということになる。

 後者であったらと考えると恐ろしさで身の毛がよだつ。

 だがそれなら、十中八九前者だろう。

「……まあ、それも含めて落ち着いたところで話そう。こんな所で話すことじゃあない」

 悠斗はそういうとエリカを背中から下ろす。

 僅かな間のおんぶは却って不審だが、それを気にする人間など一人もいなかった。




 平穏な日は、まだまだ訪れない。



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