第十八話 神は奴隷に堕落する
一旦話を整理してみよう。
悠斗は、何の陰謀か分からないが、謎の地へとテレポートさせられた。
縁を描くように立ち並ぶ木々。
そして描かれた縁の部分は天然の草原のような温もりを感じる空間となっている。
悠斗はその原の中央あたりに転移した。
一つ、いかにも怪しげなトンネルを見つけた悠斗はそこへと入っていくが、結局行き止まりで引き返す。
引き返し、再び目にした野原の中央には、見知らぬ一人の少女がいた。
色々あって名前を尋ねると、
「わたくしは、父であり現国王のユリテウス・アルティア・スィースターの娘、ミスティア・エリキャス・スィースターですわ」
…………。
「は?」
何と、いえばいいのか……。
情報整理が間に合わず、相槌を打つことさえもできない。
惚けた面で数秒時間停止させられた悠斗。
「……失礼ですわよ、その態度」
少女に、注意された。
少女の反抗に加勢するように、後方でグリフォンが「きゅー、きゅー」と鳴いている。
「え、あ、ごめん……」
悠斗は我に帰ると表情を取り繕った。
「まったく! わたくしの地位と名前を知って腰を抜かすならまだしも、馬鹿にするだなんて、ゆうとは教育がなっていませんわね」
ぷいっ、と顔を背けて悠斗を罵倒する。
……これが、エリカ?
確かに顔を見ると、その面影が無くはないが……。
それ以上にインパクトの強い性格と口調が全く噛み合っていない。
悠斗の知る『ミスティア・エリキャス・スィースター』とは別人なのだろうか?
いや、以前耳にした父の名前とこの子の父の名前が一致していた。それはない。
「……それよりゆうと、あなた、結局どうやって入って来たんですの?」
悠斗の考察による沈黙にむっとした後グリフォンに餌を与えながら聞いた。
構ってもらいたい年頃なのか、この年齢の子はやたらと人の注意を引こうとする。
「……ん? ああ、それはさっきも言ったけど突然転移したんだ」
「……ゆうと、さっきと話し方が変わりましたわね。わたくしの名前を聞いてから、様子もおかしいでわ」
なかなかどうして鋭く突いてくる。
エリカ……の視線が再び不審感に染まり始める。
幼いグリフォンを抱き上げて悠斗を見上げる。
「まあ、あんまし気にすんな。それより本題、ここはどうやったら出られる?」
自分のことは棚に上げてひとまずこの場を退散することを目的とする。
幼きエリカはジトッと目を細めるが悠斗の表情が変化しないため諦め、出口の方を指さす。
「あっちに出口がありますの」
「そっか、ありがとう」
「でも、あなたには開けられませんわよ」
「え、なんで?」
「それはもちろん、せきゅりゅてぃーですわよ」
……言えてなかった気がする。
いや、それはどうでもいい。
大問題はエリカの滑舌ではなく、悠斗に開けられない出口だ。
指紋や顔認証なら確かに悠斗には開閉できない。
「……じゃあ、エリカが開けてくれるか?」
「……人の名前はちゃんと覚えるべきですわよ。わたくしはえりかなんて野蛮な名前じゃなく、エリキャスですの」
悠斗を睨んだ後、そう嗜める。
これは悠斗のうっかり発言だ。弁明の余地はない。
「あ、ああ、ごめんごめん……」
手を頭の後ろに回しながら謝るが、いざ名前を呼び直そうとすると少し躊躇する。
名前の一つで、まるで別人と接しているような錯覚を覚えてくるのだ。
「……」
「……ふん、まあいいですわよ、ろっくを解除してさしあげますわ」
「お、マジで?」
「その代わり」
名前に関して沈黙していた悠斗に、エリカは案外協力的な発言をした。
グリフォンを抱いて扉の方を見ると(視界には映ってないが)少し嬉しそうにニヤッと笑う。その瞬間、髪の毛が少し跳ねる。恐らく、その位置に将来、悠斗の知るエリカの癖毛ができるのだろう。
「その代わり? わたくしを倒してからよ!とかか?」
「そんな野蛮人じゃありませんの! そもそも、どうしてわたくしとゆうとが戦うんですの」
冗談半分でありがちなパターンを言ってみると、見事に正論が返って来た。
振り返って反抗するエリカの視線は少し怒っていた。
彼女は悠斗に正論を述べると、もう一度扉の方へ向く。
「ゆうとをここから出す代わりに、わたくしも外へ連れ出して欲しいんですの」
そう言って視線を上空へと向けていき、空高くを眺める。
「――? それはどう言う意味で?」
提示された条件に面食らった悠斗は言葉の真意を理解できずにそう聞き返した。
「物分かりが悪いですわね……ゆうとが王宮を出るときに、わたくしも一緒に連れ出して欲しいと言っているんですの」
またしてもムッと頬を膨らませて不満を見せた後そう言って、最後に「おわかりになりまして?」と付け足す。
言いたいことは分かった。
「……いや、言いたいことは分かったけど……それは色々とまずいだろ、さすがに……」
即断できない内容に頭を掻く。
即決できない理由としては、王宮からの脱出の難易度以前の問題が絡んでくる。
そう、例えば、
「両親とか兄妹とか……心配するぞ?」
最も憂慮すべき点を挙げる。
悠斗的にはそこが最重要ポイントだ。
「……? わたくし、ゆうとに兄妹がいるなんて話しましたかしら」
だが、エリカはそんなことよりも、悠斗がエリカの親族を知っていたことに疑問持った。
「……何となくそう思ったんだよ。それより、両親たち、いいのか?」
取り繕うのも面倒なので一旦棚上げする。
論点を戻し再度エリカに再考を促す。
勿論ここから連れ出すだけでいいなら、悠斗としては楽なことだが……目の前の少女がエリカだと分かっている以上、他人事で済まされない。
きっと、この先の選択が悠斗エリカが出逢うまでの全てに関与するからだ。
「……お父様もお母様もどうせ怒るだけですわ」
物悲しそうというより嫌そうな表情。
叱られるということは、愛情を持って接していると思えるが……この年齢では判断つかないか。
王の娘として生まれた以上、宿命や運命が一定の範囲で決まっているのだろう。
それに沿った人生に辟易していると思われる。
そうして、さっきの言葉から、彼女は今、その両親から逃げてこの場所にいる。
「メイル兄様とルシア兄様は心配してるかもしれませんけど……」
グリフォンを口元まで上げて一部を埋める。
エリカの息が当たって擽ったかったのか、グリフォンはキューキューと鳴いていた。
どうやら兄妹間の仲はそこそこ良好らしい。
そして初めて知る事実は、兄が二人いるということ。
兄妹の存在は知っていたが、一人だと思っていた。
「……もし、ここを出たとして、どうするんだよ」
悠斗は宥めるように未来について話を切り出す。
ここを出たとしても、この年齢では一人で生きていけまい。
協力者、それも大人が一人以上は必要だろう。
計画が不完全な状態で連れ出すにはまだ幼過ぎる。
「それは……出てから考えますの」
無鉄砲な性格は今も昔も変わらないということだ。
「……でもな……さすがにお嬢様を連れ出すとなると……重犯罪になるんじゃないか?」
悠斗はその面も憂慮していた。
が、エリカはキョトンとして悠斗を見ると、
「あら、それでしたら既に王宮への不法侵入で重犯罪にあたりますわよ」
「えっ…………幼いのによく知ってるな……」
困った知識力にとほほと肩を落とす。
いや、それよりここが王宮って……初耳だが。
悠斗の失望と落胆を目にし、エリカは幼く愛嬌のある顔に不適な笑みを浮かべた。
「……わたくしがいれば、見つからず出られるでしょうけど、一人だったら確実にカメラに映りますわよ」
そういって悠斗を煽り始める。
「わたくしをこっそり脱出させるのと、一人で無謀に飛び出して捕まるの、どちらがお望みですの?」
可愛い顔して悪どいやつだ。
こんな一面を見ると今のエリカと像が重なる。
「……はぁ……分かったよ」
悠斗は大きくため息をつき敗北を宣言する。
カメラに関しては肉体強化を使えば映らないと思うが、それは現実での問題。
常識や法則を無視したこの世界のカメラがどれだけ高性能か悠斗には判断できない。
嘆息をもう一度つくと、喜ばしげにグリフォンを撫でるエリカの背を見つめた。
壁があるせいで、こんな晴天の平地にも関わらず、風が吹き付けてこない。
なんだやるせない気分になる。
そしてその後、エリカの指示に従い悠斗とエリカ、プラス一匹は静かに且つ迅速に王宮を抜け出した。




