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古典の授業をさぼる(前)

古典の授業をさぼると決めた。


 寝不足で、一限の数学と二限の日本史Bは寝て過ごしたけど、古典の加藤先生の前で寝る勇気はちょっと無くて、でもどうしようもなく寝ないと耐えられない体調だったから、えいやと教室から出て一時間を過ごすのに適当な場所を探しに行った。


 授業時間中に校内をうろついて先生に見つかるとやっかいだから、さっさとどこかに腰を落ち着けなくては。

 そう思い教室から出て一階への階段を下ろうとしたけれど、そこで私は()()と思い直す。方向転換して、科目教室棟への渡り廊下に足を向けた。


 私の通う青鹿峰(あおがみね)高校は、上から見るとアルファベットのH型をしていて、右の縦線に普通棟、左の縦線に科目教室棟が配されている。二つの縦線を結ぶ横線は、二階と三階にある渡り廊下を表している。


 渡り廊下を行き普通棟を離れるに従い、教室や廊下のざわめきがどんどん後方へ遠ざかっていく。生活音や騒音や、空気の揺れも半減以上している科目教室棟は、一人で歩いているとなんだか学校じゃないみたいだった。


 生物室の前でちょっとうろうろしてみる。チャイム直前になってもだれもくる気配がないので、この時間は空き教室なんだろうと判断して、中に入る。

 一つしかない廊下からのドアは教室の右前に位置していて、廊下に直角に面している。入ってすぐ左には教卓と黒板があって、その向こう、教室の左前には教員用の準備室に通じるドアがある。

 前方には、だーれも座っていない大机が八個並んでて、その上にはクラスの机と違って背もたれのない椅子が逆さになって積まれてる。


 誰もいないんだろうけど、私は大きな物音を出さないよう意識して、右方に並んでいる水槽群に近寄った。

 からっぽ、からっぽ、ウーパールーパー、からっぽ。

 四つも並んでる水槽は三つがからっぽで、真ん中の一つにウーパールーパーが泳いでる。気まぐれに「うぱさん」と呼んでみる。するとうぱさん、そこそこしっかりした個体の便を排出した。

 「あらあら、恥じらいがないのねえ」

 排便のさまを見せつけられたことに少なからず動揺していたけど、余裕しゃくしゃくって態度で言って見せた。ウーパールーパー相手に私なに見えを張ってるんだろう。

 うぱさん相手になおもウフフと大人の微笑を向けていると、


 「何一人でしゃべってるの」


 背後から人の声。振り返っても、誰もいない。

 教室に入ったとき、当然誰もいないと確認した。

 「誰かいるの」

 と、聞きたかったけど、どこにいるのかもわからない相手に、あいつまた虚空に向かってしゃべってるよと笑われるのも癪なので、無言で先客の姿を探す。

 まず掃除用具入れを疑った。開けるとモップとほうきと塵取りと、バケツと雑巾が収まっている。いないね。

 水槽四つ置いてあるのと反対側の壁に、カーテンが引かれているのが目に入った。先ほど驚かされた仕返しに、今度は私がびゃっとカーテンを引いて驚かしてやろう。

 

 私は忍び足で壁際に行き、思い切りびゃっとカーテンを引いてやった。

 さえぎられていた日射しが降ってきた。

 その日射しを背に、なんだか深窓の令嬢然とした女の子が、窓ガラスに背を預け立っていた。

 窓枠に両手を預け、両足は軽く放り出し、真っ白できれいな顔に柔和なほほえみを浮かべながら後光に照らされる彼女は、まさに深窓の令嬢というにふさわしいようだったけど、カーテンの裏にこのポーズで過ごしていた事実はかなりギャグだった。

 「こんな辺鄙(へんぴ)なところで何してるの」

 「日向ぼっこ」

 なるほど確かに教室に降り注ぐ日光を一番浴びられるベストスポットに彼女は位置している。

 「このカーテン、黒いじゃない?」

 どうやら、一番の疑問である、なぜカーテンの裏に立っていたのか、ってことについて説明する必要があることは、こちらから聞かずとも承知のようだった。

 「だからたくさん日光を吸収して、日干しした布団の香りがする。それを嗅ぎながら日向ぼっこしていたの」

 気づけば私は右手にカーテンの端を握ったままでぽかんと突っ立っていた。それをちょっと匂ってみる。なるほどたしかに、お日様の香り。


 まあなんというか、やりたいことに正直な人なんだろう。だれもいない教室のカーテンの裏で日向ぼっこなんて、他人に目撃されたら普通は赤面ものなところを、この女子はいまだに深窓の令嬢ポーズで乗り切っている。


 「ところであなたの方は何を?さっき虚空に向かってしゃべっていたけど。うぱさん、とか。あと、あらあら、恥じらいが……「ちょっとまったあああ!!」

思わず手にあったカーテンを、彼女の顔に押し当てる。

 「ヤ・メ・テ、私の恥ずかしい瞬間再生するの」

 「ひょっほ、なにひゅるの」

 声がくぐもっていて、せっかくの深窓の令嬢ポーズが台無しになるくらい間抜けな声になっていたから、かわいそうになって手を離す。

 「あなたこそ何でこんなことしてるの。人のこと言えた義理じゃないけど今は授業中だし、気持ちよさそうだなあと思うけど正直空き教室でカーテンの裏で日向ぼっことか意味わかんないし」

 令嬢はこほこほと咳をして、ふうと一息ついた。右手で長い黒髪を払う令嬢しぐさも忘れなかった。

 「私、みんなで一緒に決まりきったことを決められた通りやるとか、そういうの嫌なの。だから授業にも出ないし、こういうところで自分のやりたいことやってる。疑いもせずに、大人が勝手に決めたルールに従うとか、そういう思考停止のゾンビには絶対なりたくないの」

 大人が勝手に決めたルール。それに唯々諾々と従う私たちを、彼女は思考停止のゾンビと呼んだ。

 「でも、そんなことして許されるの?出席回数とか単位とか、そういうの大丈夫なの?てかゾンビってなに。自分以外のまじめに授業受けてる全生徒は、うーあー言ってるあのゾンビと変わらないっていうの?」

 「そうだよ。ねえ人は何で生きてると思う?それはね、自分で自分の生きるすべを見出して、そうして生きながら自分の人生を自分で決めるためなんだ。自分の人生は自分で決められるんだよ。といっても私も学生だから、単位を取らないと生きていけないってのは事実だからね。先生たちはテストの点数で黙らせてるよ。私頭いいんだ」

 「でも、それでどうして私たちがゾンビだなんて言えるの。堅実に、まじめに頑張っている人を馬鹿にできるの」

 「確かにちょっと言葉が強いかもしれない。でも、毎時間毎時間決められた時間には席について、決められた姿勢で決められた教科書でみんなとおんなじ授業を受けて、テストで学力計られて。そんなの、自分の人生を生きてるって言えるのかしら。

 ところであなたスカート長いのね」

 「ええっ!?」

 私のスカートが彼女に握られた。脈絡などなかった。唐突に、ただ目についたから触ってみたという態度で彼女は私のスカートをぺらと握った。さらに彼女は空いた手で、私の膝小僧を触ってきた。


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