邂逅
『石榮さんが道場破りをしているらしいよ』
そんな噂が流れたのは球技大会が決まって1週間も経った頃だった。
道場破りと言うとただならぬことでも起きているのかと思いそうになるが、話をよく聞くとどうやらそういう訳でもないらしい。
どちらかと言えばその逆というか、器用貧乏ではない万能さを駆使してあらゆる部活に顔を出しては実力を見せ帰るだけなのだとか。
一歩間違えればただの自慢かと揶揄されなくもないのだが、そこは流石彼女の人気と言うべきか、訪れる先皆歓迎ムードらしく、何なら我が部にも是非! という声すら上がっているそうだ。
「だが……何でそんなことをする必要があるんだ?」
行動自体に全く以て意味を見出せない、訪れている部活も現時点でバレー部、陸上部、吹奏楽部と法則性もないときている……。
「中でも一番頻繁に出入りしているのがバレー部か、球技大会に向けて仕上げてるにしてもそこまでするか普通……――? 伊藤?」
「…………」
「おい、そこでそのスキル使っても意味ないぞ」
「――へ? あっ! し、しまった……やっちまった……」
「スマホゲーの権化の癖にらしくないミスだな、寝不足か?」
「……まあそんな感じだな」
その割には眠そうというより疲れているといった気がしなくもないんだが……課金で己を追い込みでもしたのかこいつ。
「……そういえば正人、石榮さんの道場破りの話聞いたか?」
「うん? ああ、知ってはいるが、急にどうしたっていうんだろうな。球技大会に向けて特訓しているにしてもって感じなんだが」
「でも概ね好評なんだろ? それよりもお前は何もしなくていいのか?」
「は? 俺か?」
「当たり前だろ、石榮さんもだが夏目さんも球技大会に気合が入ってんだろ? 優勝が至上命題なら怠けてる暇はねえぞ?」
「それはそうだが……伊藤はどうなんだよ。お前も得意って話じゃねえだろ」
「俺は運動神経が良いもんでな、凡百が怠けるのとは訳が違うんだよ」
「ケッ、言ってろ」
「因みに風の噂では石榮さんは今日ソフトボール部に行った後にバレー部に顔を出すらしいぞ、様子くらい見てきたらどうだ?」
「俺が役に立つとは思えんが……チームだしな……」
「――お前が役に立たなかったら誰も役に立たねえよ」
「あん?」
「何でもねえ、俺は帰るわ」
「は? お前は様子みていかないのかよ」
「悪いが予定があるもんでな、後日また誘ってくれ」
「あ、おい」
そう言い終わるか終わらないかで伊藤はさっと立ち上がると、手をプラプラと振って帰り路についてしまった。
……ま、疲れているようだし無理強いする必要もないか。そう考えると俺は鞄を背負い様子だけ見に体育館へと向かった。
◯
「もう一本ッ!」
「はいっ!」
「トスが雑になってるわよ! 難しい体勢でもボールの真下に入るように! しっかり膝を使って繋ぐ気持ちを忘れないで!」
「「「ハァイッ!!」」」
「す、スポ根漫画でも見ているのか俺は……」
俺はてっきりいくら実力があるとはいえ、石榮さんは基本的な練習だけをして和気藹々としているのだと思っていた。
だがそこにあったのはまるで長年部員を牽引してきたキャプテンの如き風貌を見せる彼女の姿なのである。
「最早道場破りというより部活再建を託された名監督だろこれ……」
「ぐう……」
「ぐう?」
そんなキレッキレの石榮さんの光景に唖然としてしまっていると、左から妙な呻き声が聞こえてくる。
いや、左というか左下か? そう思いながら視線を下ろす――
「な、夏目さん!?」
「も、もう無理です石榮キャプテン……」
するとそこには、まるでぐ◯たまの如く床に伏してとろけ始めている夏目さんの姿があるのだった。
「だ、大丈夫か……?」
「宝明の魔術師は一日にして成らず……ガクッ」
「し、死んだ……?」
いや流石にそれはないが、夏目さんは球技大会が決まった際『部長の厳しい練習の中でレギュラーを掴んでいるから自信はある』と言っていたのだ。
だのにこの疲弊具合は……彼女がダウンする程の密度の高い練習を、石榮さんはしているということになるのか……?
「俺達がやるのって、まさか全国大会だったのか……?」
「じゃあ一旦休憩! 水分補給を忘れないように! ――――あっ」
周りが見えなくなるくらい集中していたのか、練習を終えた石榮さんはようやく俺の存在に気づく。
運動をして体温が上がっているのか、やや頬の赤い彼女は気まずそうな表情で視線を逸しながら近くまで寄ってきた。
「は、恥ずかしい所を見せてしまったわね……」
「そんなことはないけども……ず、随分と本気だと思って……」
「ち、チームを引っ張っていかないと行けなくて……それにまずは市大会優勝、そしてゆくゆくはインターハイ出場だから」
「えっ、そっち?」
「へっ? あ、ああ……そ、そうね、球技大会だったわね。勿論それも優勝、そしてMVPを目指して自己研鑽に励んでいるつもりよ」
あまりにも入れ込み過ぎてアスリートとなりつつある石榮さんに不安を覚えずにはいられない、また無理をしなければいいけど……。
隣で1ミリも動かない夏目さんも相まって余計にそんな不安を覚えていると。
突如反対側の体育館扉から聞き慣れた声が飛び込んできた。
「いやー懐かしいねー、青春に励んでいるみたいで感心感心!」
「んん……? み、美冬……さん……?」
「っ!? ふっ……やっぱりそう簡単にはいかないみたいね」
「は? ――――うっ!?」
そう石榮さんが何かを呟いた瞬間、赤いオーラが彼女の内側から一挙に溢れ出したように見え、思わず顔を覆ってしまう。
そしてそれと同時に、主人公がライバルと相対した時でも言うのだろうか、彼女の鋭い視線が美冬姉へと突き刺さる。
その時、俺は悟ったのだった。
これは一筋縄ではいかない――何かが起こっているのだと。




