表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/41

恥ずかしいより嬉しい

「あれ? もしかして季松(すえまつ)さんと、由香さんですか?」


 あれから雨風凌ぐ為にバスに乗り込んだ俺達は、揺られること十数分、駅前のバス停で降りると、そこから更に5分程度歩いた所にあるマンションエリアに来ていた。


 昔はこの辺りに大きなホテルがあったらしいのだが、それを取り壊し再開発を行った結果、今は縦に横に長く伸びたマンションが乱立している。


 その中で一番新しく出来たマンションが石榮(いしえ)さんの住んでいる場所、ゲスな言い方にはなるが、最低限お金は持っていないと住めそうにない佇まい。


「あ、さおちゃん久し振りー! 元気してた?」

「由香さんもお久しぶりです! この通りピンピンしてますよ」


 するとマンションの玄関口から偶然石榮(いしえ)さんの妹である桜織(さおり)さんが出てきたので、夏目さんの表情がぱっと明るくなった。


 正直ここまでの道中はアイアイの件で非常にぎこちない感じになってしまっていたので、妹さんの登場にホッと一息つく。


 言われてみればな話ではあるが、どうやら桜織(さおり)さんとも交流の深い夏目さんは久し振りの再会に会話に花を咲かせていた。


 これなら少し重くなっていた空気を家まで持ち込まずに済みそうだな……。


「さおちゃんはこれからどっか遊びに行くの?」

「いえ、お姉ちゃんが風邪を引いているので流石に――えっと、由香さんも季松(すえまつ)さんもお見舞いに来て下さったんですよね」

「うん、そうだよ」


 その問いに俺も首肯――すると桜織(さおり)さんはポケットから家の鍵を取り出した。


「私、今から買い物に行くのでこの鍵で家に入っちゃって下さい、多分お姉ちゃん起きていると思うんですけど、ベッドから歩かせるのは悪いので」

「ありがと――って、さおちゃん今から買い物に行くの?」


「はい、お姉ちゃん朝から何も食べていないので、30分くらいで戻れると思うんですけど」

「へーそっか……じゃあ私もついて行こっかな」


「ん? そういうことなら俺も――」

「いやいや、季松(すえまつ)くんは先にせおりんの所に行ってあげて」


「…………ほえ?」


 ピシャリと右の掌を俺に突き出しそう言った彼女に、俺は実に間抜けな声をあげる。


「え、で、でもだな……」

「だって! 今せおりんは一人なんだよ!」


「い、いやそれは分かってるけども……」

「風邪を引いている時に一人って寂しいよね!」


「ま、まあそれは……」


 風邪を引くと人間ってのは精神が弱ってしまう生き物で、俺も中学生の頃にインフルエンザになった時は妙に人恋しくなった覚えがある。


 だがその役目が俺である必要はあるのか……? と思いながらも一応肯定すると、夏目さんは妙に満足げな表情を浮かべた。


「風邪を引いている時っていうのはね1分1秒でも誰か側にいて欲しいものなの、だから季松(すえまつ)くんは先に行って来てあげるの、オーライ?」

「私も賛成ですねえ、第一買い物に3人も必要ないです」


「ええ……?」


 それを言い出したら1人で十分じゃないのかと思いたくなる気持ちをぐっと堪える。


 恐らくこの場において俺に反論の余地はない――というよりそれを感じさせるだけの同調圧力を感じたので俺は聞こえない程度の溜息をついた。


「わ、分かった……じゃあ買い物は二人にお願いするよ……」

季松(すえまつ)さんありがとうございますっ! じゃあこちらの鍵をお渡ししますね、号室は知っていると思うので呼び鈴は押さずにそのまま入っちゃって下さい」


「じゃあ季松(すえまつ)くん後はお願いね! 行こ由香ちゃん!」

「はーい」


「い、いってらっしゃい……ませ……」


 為す術もなく妹さんから家の鍵を受け取った俺は、仲睦まじく駅前のスーパーへと向かった二人の背を悲しく見届けてから、マンションの中へと入ったのだった。


 まあ……女の子同士の再会を楽しみたい気持ちもあるのだろう、それを邪魔するのも悪いし、本来の目的は石榮(いしえ)さんだからな。


       ◯


「あっ……ああ……!」


 そう自分を納得させ家に入った結果がこれである。


 言い訳をさせて頂けるのであれば、俺は全てを見てはいない。


 確かに石榮(いしえ)さんの初めての部分を目撃する形にはなった、そもそも顔と手足以外の彼女の素肌など見たことがないのだから。


 とても艷やかで、触るだけで壊れそうな程の美しい素肌。


 そして何より――生まれ持った才能としか思えない美しい形をした豊満なお胸様は、部屋に入って5秒も経たずして俺の脳細胞を大いに死滅させた。


 だがそれだけだ……! それ以上は一切何も見ていない! 特に先端部分に関しては彼女の腕に隠れて全く以て見えなかった! 嘘じゃない! 本当だ! 信じてくれ!


「す、季松(すえまつ)くん……な、なななんで……」

「ご、ごめん! せ、セーフ! 多分セーフだから取り敢えず即刻退散させて頂きます!」


「あっ! ま、待って!」


 みるみる顔が紅潮する石榮(いしえ)さんを見て、また彼女を泣かれたら終わりだ思った俺は両手で目を抑えつつ部屋から出ていこうとする。


 しかし――それを引き留めたのは意外にも彼女だった。


「え……? い、いやそういう訳には……」

「もう布団で隠したから大丈夫よ……そ、それに嫌とか、そういうのではなくて……」


 い、嫌じゃないだと……? そ、それってつまりみ、見られても――?


 ま、待て落ち着け、最近ちょっと石榮(いしえ)さんと親交が深まっているからって、そう考えるのは早計過ぎるだろ、調子に乗るな俺よ。


 だ、だがもし本当に見てもいいとしたら――そ、それはつまりしょうゆこと……?


 自分でも馬鹿なのかと言いたくなる程度には冷静さを失いかけていた俺であったが――石榮(いしえ)さんの一言でふと我に返った。


「その……ありがとう……お見舞いに来てくれて」


「……そんなの全然気にしなくていいって。それに昨日の今日だっただし、もし俺のせいで体調を崩していたら悪いと思って……」

「そ、それは違うわ! そ、その……そう! 気温の変化に弱いだけで! 季松(すえまつ)くんが悪いとか、絶対にそれはないから!」


「そ、そうか……?」


 何だか強引に否定をされた気がしないでもないが、当人がそうだと言うのであれば無理に訊く訳にもいかない。


 ……にしても体調が戻ってくれているようで良かった。俺の勉強の覚えが悪いから知恵熱を出したとかだったらただただ申し訳なかったし。


「あの、季松(すえまつ)くん――もう大丈夫よ、こっちを向いても」

「え、お、おう……そ、そういうことなら……」


 彼女がそう言ってくれたので俺は向けていた背を元に戻す。


 下心を言えば振り向いても実は――みたいなのを期待していないでもなかったが、そこにはちゃんとパジャマ姿の石榮(いしえ)さんがいた。


 そして彼女は息を呑むくらい可愛らしい笑顔を見せてくれると――こう言うのだった。


季松(すえまつ)くん、来てくれて本当に嬉しいです。その……一緒にお話しませんか?」


「……うん、勿論。こちらこそありがとう、石榮(いしえ)さん」



 ずっと俺のことを睨み続けていた筈の彼女が見せたとびきりの笑顔に、俺は有無などいう暇も忘れ、無意識の内にそう応えていた。

更新が滞り気味になってしまっており大変申し訳ありません!

地道ではありますが完結を目指して更新は頑張って行きたいと思います……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何時も楽しく読んでます(●´ω`●)次回も楽しみに待ってます(≧∇≦)b
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ