石榮さんは大慌て
「いやーついにテストも1週間前に入っちゃったねえ」
「そうね」
「勉学ってさ必要条件だけど十分条件ではないと思うんだよねー」
「? 必要十分条件だと思うけのだけれど……」
「でも勉強が出来ることが必ずしも将来において重要でもないじゃん?」
「けれど勉学は将来の幅を広げることにはなるわよ」
「ま~ああだこうだ言っても、結局勉強しないと親と先生に怒られるだけだからやるしかないんだけど……あー誰か一緒に勉強してくれる人いないかなぁ……?」
「…………」
最近……夏目さんの様子がおかしい。
前はもっとこう、取り留めのない話や共通の話題をするのが主だったのに、ここ数日私に中間考査の話しかして来ない。
確かにテスト期間に入って部活も中断し、テストが主題にはなってくるから自然とそういう話になるのは致し方ないとは思うのだけれど……。
「せおりんはさー、テスト勉強は終わってるって言ってたけど、何か予定でもあるの?」
「へ……? い、いえ、前にも言ったと思うけれど、私は日頃から勉強をしているだけで――」
「本当にぃ……?」
「ほ、本当よ……」
どうしてそんなにテスト勉強が気になるのかしら……自虐風自慢が鼻につくというなら謝るけれど、夏目さんがそう思うとも思えないし……。
「因みにせおりんは塾とか行ったことはないの?」
「体験ぐらいはあった気がするけれど、結局自分で勉強をしている方が効率が良いと思ったから行通ったことはないわね」
「なるほどー、つまりせおりんはどちらかと言えばもう教える側だと」
「……? そんなことはない……と思うけれど……」
何だか探りを入れてきているような気がするわね……私から何かを言わせたいというか、そんな狙いを夏目さんから感じる……。
正直そういう振舞いは夏目さんらしくないだけに妙に際立って見えてしまう、いつもならもう少し直球で聞いてきてもおかしくないのに……。
……となれば彼女の意図は別に――? ま、まさか……!
「ふっ……やはり恐ろしい子ね……」
「へ? せおりん?」
私が季松くんの家庭教師になった情報を何処かで嗅ぎつけたのね……。
でも何故……? 私は悟られる行動は何一つ取らないよう注意を払った筈なのに……。
ただ、そうなれば季松くんと私の間に接点が生まれたのを彼女は知ったことに――
そしてこの妙に遠回しな勉強を教えて欲しいアピール……加えて思い返せば嫉妬するくらい楽しそうに踊り明かしていたフォークダンス……導き出される結論は――
「ふ、ふふふ……面白い、実に面白いわ」
「何で急にガリレオなの」
実際、私は大いに危惧をしていた。
夏目由香という女の子はとかく男にモテるのだと、持ち前の明るさとどんな相手とも忌憚なく会話の出来る高度なスキルはさながらフレイヤ。
これで彼女はあらゆる男達を魅了し、そして言い寄られてきた。まあその度夏目さんは大鉈を振るってその相手を両断してきたのだけれど。
その威力は誠恐ろしいもの……でも私は二つの理由で彼女を軽視していた部分があった。
一つは前述の通り彼女は全ての告白を振って来たので、万が一季松くんが夏目さんに告白をしても、振る可能性の方が高いと思ったこと。
そして二つ目は、私の方が季松くんとの距離が近いと思い込んでしまっていたこと。
「油断……いえ、これは慢心と言う外ないようね……」
つまり……夏目さんは私の預かり知らぬ所でいつの間にか季松くんと距離を詰め私の情報を仕入れていた! それ以外に説明がつかない!
考えてもみればあのダンスの授業の時、以前ならもっとぎこちなかった季松くんと夏目さんの距離感が妙に自然だった気がする。
私はそんなことより季松くんとダンスを一緒に踊れるなんて狡い! 羨ましい! 代わって! と思っていたけれど、まさか既に負けていたなんて――
「わあ、せおりんの顔が久し振りに怖い」
これは非常にまずいわ、要するに彼女は何かをきっかけに季松くんの魅力に気づいてしまって、そして何処かで私が彼の家庭教師をする話を聞きつけて、私達が良い関係にならないよう妨害工作に出ようとしているんだわ……!
……だけどこれは私の怠慢が招いた失態……このままだと間違いなく季松くんは彼女の虜になって、そして奪われてしまう!
「だ、駄目よ……そんなの絶対に認めないわ……」
「あれ、おかしいな、その顔私の方に向いてない?」
夏目さんはお友達だけれど……、季松くんと宜しくやろうっていうのならそうは問屋が卸さないわ!
こうなったら多少強引だとしても、もっと私から季松くんにアピールをしていかなきゃ……友達からなんて言っている場合じゃないわ!
「The first symptom of true love in a girl it is boldness…(真の恋の兆候は女においては大胆さにある……)」
「お、オゥ……い、いえーす?」
◯
テスト期間へと入り、放課後の時間。
粛々と勉強をする者や、このタイミングに遊びに行こうと各々が画策しながら帰り路に着く中、俺は普段と違う通学路を通って、あの石榮さんと出会った公園で待ちぼうけをしていた。
「何か……今頃になって無茶苦茶緊張してきたな……」
最近色々なことが怒涛に起こり過ぎていてイマイチ頭の中で整理がつかない、だってあの石榮さんが勉強を教えてくれるんだぜ?
まあ夏目さん曰く「彼女は勉強が好きだから」なんて言っていたが……。
「にしたって何で俺なんだろうな……」
石榮さんはあくまで「調理実習で迷惑をかけたから」とのことだったが、別に俺は迷惑なんてかけられた覚えはないし、寧ろそのお陰で誤解も減って、上手く話も出来るようになって、良い事尽くめなのにな。
大体謎の報告会もだが、彼女に勉強を教えて貰えるなどという手を伸ばしても届かない幸運を手にする男子生徒が俺というのは異常事態でしかない……。
まあ、だからこそ大事にならぬよう集合場所をここに指定したのだが……伊藤には「あまり深く考えんな」と言われまともに取り合って貰えんし……本当に大丈夫だよな?
「――はあっ……はあっ……すっ、季松くんっ!」
そんな不安を抱えながら待っていると、息を切らした石榮さんが俺の立っている公園に向かって小走りで向かって来た。
「あ、石榮さん、お疲れ――――ってえっ!?」
「は、早く……! こっちよ!」
俺は軽く片手を上げて挨拶をしようしたのだが、何故か必死の形相の彼女はそのまま俺の上げた手を掴むやいなや、ぐいっと引っ張って走り出したではないか。
「えっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ! 石榮さん!?」
まさか上げた手のひらを握って走り出すとは思わなかったので、俺は何とかそれについて行きながら声をあげたが、一向に彼女が止まる気配ない。
「ご、ごめんっ……なさいっ……じ、時間が無くて……」
「じ、時間がないって……ど、何処に行くつもりなんだ……?」
普段から運動をしていないのが祟ってか、少し走っただけで息が切れ始めた俺は息も絶え絶えになる前に彼女にそう質問をする。
というのも、今に至るまで何処で勉強をするか全く決まっていなかったのだ。
――しかし、次の彼女の言葉で俺は驚愕することとなる。
「わっ、私の……私の家しかもうないのっ……!」
「え……? いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!??」
そ、それは最早……家庭教師ではないのでは……?




