恋愛はダンスのようなものだ
最近……色々とおかしい気がする。
俺はつい最近まで学園一と言っても遜色のない石榮さんに睨みを利かされ続ける人生、いや命運を背負って生きてきた筈だった。
だのに調理実習をきっかけに二人きりで話をするという謎イベントが発生し、それどころか今は彼女が俺の専属家庭教師に名乗り出るという事態に発展している。
しかも何より俺は石榮さんに嫌われている訳ではならしい……一体これは何が起こっているというのだろうか……。
まさかこれ、壮大な罠だったりとかしないよな……? 意気揚々と勉強場所に行ったらリア充が山程いて煽られたりとかないよな?
「季松くん大丈夫? 顔色悪いよ?」
「え、ああいや……これは警戒色みたいなもので」
「……?」
そして今度はこの状況である。
選択体育の授業で剣道を選んでいる俺は担任講師が急病ということで、急遽ダンスの授業に混ぜられたのであるが……何故かその相手が夏目さんであった。
秋ヶ島先輩の『依頼』で一緒に掃除をして以降、挨拶こそすれ特にこれと言って会話をする雰囲気もなかったので、妙な気まずさを覚える。
第一不躾に好きな人いるの? とか聞いちゃったしな……よくよく考えたら軽蔑されても文句を言えないことを平然と言っているだけに目線を合わせるのも辛いものがある。
「いやー……それにしても、まさか背の順にペアを組んだら一緒になるなんてねえ……」
「恐ろしい偶然もあったもんですな……」
夏目さんは本当に割り切りが出来るというか、こんな状況でも自然と話を振ってくれるのは非常に有り難いが、俺は緊張のせいでふわっとした返事しか出来ない。
何故か? 無論罪悪感が一番の理由ではあるが、ここ数日の間俺の視界内で久しく感じていなかった視線に気づいてしまったからである。
「石榮さんがめっちゃ睨んでおる……」
彼女もまた夏目さんと同様ダンスを選択しているようなのだが、そんなことなどどうでもいと言わんばかりに彼女は強烈な睨みを俺に効かせていた。
正直最近は怖いくらいに自然な会話が生まれつつあっただけに、一気に現実に引き戻されてしまった感がある、俺なんか変なこと言ったっけな……。
余談だが石榮さんは他の女子生徒と組んでおり、その女の子は彼女の視線に恐怖どころか興奮気味な様子を隠せずにいる――
まあ、男役みたいで凄い様になってますからね、睨まれているのは俺ですが。
『では、本日は都合上剣道を選択している生徒がいるので、ダンスを選択している皆さんが基本的な所作を教えてあげて下さいね』
それを合図に、担当の講師が各ペアに等間隔に広がるように指示をする。
「それじゃま……私達も行くとしましょうか」
「そ、そうだな……」
ダンスと言っても一口に色々あるが、一回の授業で俺達が出来ることなど皆無に等しいので、今回はフォークダンスでワルツを、ペアのダンス選択者に教えて貰うという事になった。
それはつまり俺は夏目さんと手を取り合って踊るということに……そう思った途端煩悩でしかない夏目さんのお胸の感触が微かに蘇る。
だ、駄目だ、こんな邪な気持ちで踊っては……フォークダンスに失礼にも程がある。
大体男ペア、女ペアで組ませればいいのに、基本は男女で組ませるなど悪意しかない、いや本来は男女ペアかもしれないけどさ……。
だが決まったことは今更変えられない。夏目さんのお胸が当たらないようにだけ気をつけようと俺は邪念を振り払うと、夏目さんへと向き直った。
「ま、まあ気楽にやろうよ、教えるって言っても私達も素人集団だし、全然出来たもんじゃないから……、多分先生も深くは考えてないし……ね?」
「そ、そうだな、それじゃ――――!?」
え……? 石榮さん死ぬほど近くない……? それだと踊りだしたらぶつかるレベルの距離なんだが…?
猛烈な距離と強烈な視線に最早動揺しか起こらないのだが、石榮さんの苛烈なまでの圧に気づいているのは俺のみ。
それこそ夏目ー! うしろー! と口にしたいくらいだったのだが、残念ながら彼女は気づく素振りすら見せず微笑みを見せるとさっと手を広げ。
「季松くん、踊ろ?」
と言うのであった。
「…………」
勿論これは授業の一環なのだから俺は何もおかしいことはしていない。でも何だろう、どうにも嫌な予感ばかりが頭の中を駆け巡る……。
だが他の生徒が踊りを始める中自分達だけが踊らない訳にはいかない……ここはもう、彼女達を信じて踊るしかないだろう。
一人「ええじゃないか」と踊り狂ってやろうではないか、斬首も覚悟の上だ。
◯
私は秋ヶ島先輩の言っていたことを信じて体育の授業もいつも通り過ごしてみたんだけど、特段何かが起こっている感じはしなかった。
確かに季松くんと同じペアになってワルツを踊るのは想定外ではあったけど……彼は慣れないダンスに緊張してか踊るのに必死な様子。
せおりんには悪いかなと思いはしたけど、季松くんに良い所を見せたいのか、完璧なリードで凄く大きな動きを体現してるし……。
やっぱり都合よく何か起こるというものじゃないのかな……と、調理実習の時を思い返した私は季松くんに話し掛けてみることにした。
「どう? 少しは慣れてきた?」
「お、おう……基礎のステップなら何とか……」
「まあまあ、今日は多分それだけだから、大丈夫大丈夫」
というより、ダンス以上に別の事に気を取られている気がするけど……でもリードしながらだと少しずつ季松くんにも余裕が出てきてた。
それならばと、私は少し突っ込んで話をしてみる。
「そういえばさ、もうすぐ中間テストだねえ」
「んー? ……そうだなぁ」
「季松くんは勉強はお得意な方?」
「いやー……全然駄目だな、いつもギリギリで詰め込んでばっかりだよ」
「分かるなぁ、私も全く同じ、それこそ3日前でようやく焦り始めて勉強するよね」
「何ならテストが始まってからもまだ間に合うとか思うよな」
「だよねー! でも結局大して覚えられてないんだよねえ……」
ふうむ……これだけだと特にせおりんと勉強会って気配はないか……。
せおりんの最近の不審な行動と、秋ヶ島先輩の助言、中間テスト前を考えると絶対怪しいと思ったのに、私の勘違いだったのかなぁ……。
もしかして、からかわれちゃっただけ? 秋ヶ島先輩酷いや。
心の中で悪態をつきながら私は溜息をつく。でも自分で振った話を途切れさせるのは悪いと思って、ダンスを続けながらもう少しだけ話を続けることにした。
「とはいえ私達も来年から受験生だし――こういうテストも良い点取れるように塾行ったり、家庭教師を雇うとかした方がいいのかなぁ?」
「……ん? 夏目さんも石榮さんに勉強を教えて貰わないの?」
「そんなの全くないよぉ、寧ろ自分で頑張れって感じで……――ん?」
「え?」
「へ?」
季松くんが実に不思議そうな表情を私に向けてくる。
あれ……? ちょっと待って……?
私の耳がおかしくなかったら、今彼は夏目さん「も」って言わなかった……?




