報告会は紛糾するものだ
「えーと……じゃあ、俺は季松正人です」
「ま、正人くんね、わ、私は石榮雪織と言います……」
「は、はい……存じ上げております……」
さり気なく正人くんって下の名前で呼んじゃったのだけれど、彼はそれを特に違和感に思うこともなくそのまま流してくれる。
だ、大丈夫……? わ、私これから季松くんのこと正人くんって呼んじゃってもいいのかしら……?
思いがけない収穫に胸の鼓動がドクンと早まる。そ、それなら私のことも雪織って……いや、まだそれは早いわ! 焦っちゃ駄目よ私!
いよいよ始まった報告会、私は以前夏目さんが掃除で使った準備室を利用していた。
何故この教室を選んだのかといえば、人目に付くことがないというのが一番の理由なのだけれど、実は前に訪れた時、扉の不思議な構造に気づいていた。
恐らく立て付けが悪いのか、少し扉を上に持ち上げると鍵が外れる仕組みになっているのだ。
なので私のような非力でも簡単に開けることが出来る。あまり褒められた行為ではないけれど、これを見つけたのはラッキーだった。
「え、ええとそれでは……季松くんの趣味は何かしら?」
「ん……? いや……普通にテレビ見たり……本読んだり……だな」
「本……ね、どんなジャンルを嗜んでいるの?」
「いやー……雑食だからな……本当に何でも読むよ」
お互いぎこちなさは拭えないけれど、まずは当たり障りのない話から入っていく、何だか報告会というよりはお見合いのような雰囲気が漂っている気がするけれど、それは気にしない。
え? 待って……お、お見合い……? 私と、季松くんが……? そ、そんな……まだそんな年齢じゃないわよ! 結婚は出来る年齢だけれど!
「石榮さん……? 顔が赤い気がするけど、大丈夫?」
「え! そ、そそそう!? わ、私何かを感知すると紅潮する体質で……そ、それでかしら?」
「警戒色なの?」
いけないけない……確かにこれは今までを考えれば非常に大きな前進ではあるけれど……でも決して油断してはいけないのよ。
焦ってプライベートを根掘り葉掘り聞き明かした挙げ句、直球で付き合って下さいなんて言った日にはそれこそドン引き確定……もっと冷静にならなきゃ。
「うーん……じゃあ逆に石榮さんが普段していることは?」
「へ? え、えっと……そうね――」
していることと言えば季松くんに相応しい女になる為の自分磨き……でもこれはあまりにもアウトワード過ぎて到底口には出来ない。
ましてや最近は季松くんにみっともない所を見せ過ぎてしまっている気がするし……ここは一つ、学校での私を見せるべきね……。
そう思い至ると私は何時も通りの、余所行きの感じの表情をキリっと作り上げると、軽く腕組みをしてこう答えた。
「自己研磨を怠らず、それを人の為に使う――ことかしら」
「…………?」
あれっ? 何だか季松くんの顔が渋いのだけれど?
「はっ……!」
いえ……冷静に考えたら私と季松くんは殆どお話をしたことがないのだから、普段の私なんて知る由もないじゃない!
「……こほん、勉強をしたり、たまにお友達と遊んだり……かしら」
「な……なるほど」
あ、危なかったわ……危うく季松くんに頭のおかしい高飛車な女だと思われる所だった……そもそも普段もそんなこと言ってないし。
けれど、これではかなりありきたりな話で終わってしまったわね……どうしよう、あまりお話を広げられていないわ……。
気づけば殆ど会話をしていないのに次の授業まで15分を切ってしまっている……まずい、一歩ずつとはいえ、何の収穫もなく終わる訳には……!
「そういえば勉強の話だけど、石榮さんって、割と得意な方?」
「え?」
何とか会話の広がるテーマを捻り出そうと迷っていると、有り難いことに季松くんが上手く話題を掘り起こしてくれる。
勉強は……そこまで苦手ではない、それこそ昔は勉強をしている時が一番落ち着ける時間でもあったから、小学校のテストでは常に満点だった。
誰かに自慢もしなかったし、海外に行ってからも季松くんに魅力的に映って貰える為にと、大義名分は出来たにせよ、恐らく勉強が一番苦痛ではなかったと思う。
「そうね……自慢みたいになってしまうけれど、多分平均よりは出来ると思うわ」
「ほほう……てことはやっぱり英語が一番得意だったり?」
「私はどの教科も満遍なくしているつもりだけれど、日本語と同じで、当たり前のように英語を使っていたから、必然的に学校レベルなら簡単に見えるっていうのはあるかもね」
……何だか海外に被れて帰ってきた人間が言いそうな言葉を使ってしまっている気がして、言った後に自己嫌悪する。
ただ、感覚としてそうだからそれ以外に説明のしようがないのも事実。
日本語を勉強しに来た外国人が解く国語の問題を、日本人が見れば解けて当たり前なのと同じようなものだし……。
「あ、あの、私……鼻につく言い方だったかしら……?」
「ん? いや全然そんなことないけど、寧ろ凄いなあと思って」
「そんな……私はただ勉強が趣味みたいなものだから――ってこの言い方も傍から見ると謙遜自慢になるわよね……ご、ごめんなさい……」
「……? 何で謝るの?」
「え、で、でも……」
「他人から見て凄いと言われる事は誇っていいし、何より謙遜するにしたってそれは相手を想ってこそなんだから、謝る必要なんて何処にもないって」
「――! あ、ありが……とう……」
は、はうわっ……!
うう……何でそんなことをサラっと言えちゃうのかしら……。
……やっぱり季松くんは何も変わってない。
だってその証拠に、私の心は公園で一緒にいた日々にまで戻ってしまっているのだから。
季松くんといると高揚もしちゃうけど、本当に心が落ち着く、何も取り繕わず普段の自分でいればいいと言われているような気がするから。
もっと一緒にお喋りしたい、もっと自然な感じで楽しく会話がしたい、ずっと昼休みが続けばいいのに、もう後5分しかないなんて――
「それにしても勉強が趣味っていうのは憧れるなぁ……俺、勉強苦手でさ、いつもテスト前に詰め込んでばっかなんだよ」
「……そ、そうなの?」
「お陰で順位はいつも真ん中から少し後ろくらい、来年は受験シーズンだし、そろそろ改めないといけないと思ってるんだけど――」
「そ、そうなんだ……」
でも実際私が特殊なだけで、勉強が好きで趣味って人は殆どいないと思う。
テストの結果が良くても、それは嫌でも習慣的に勉強しているからか、シンプルに地頭が良くて理解力が高いから、大体この二つだろうし……。
季松くんは肯定してくれたけれど、やっぱり一般的に私って変なのかな……と少し落ち込んでいると彼がぽつりと呟いた。
「来週から中間テストだし……早いなぁホント」
中間考査……そういえば夏目さんも『苦行が始まる』って嘆いていたっけ……私は特に抵抗感は無いけれど、やっぱり季松くんも嫌なのね。
そして彼は「はぁ」と溜息をつき天井を仰ぎ見る。
季松くんのその顔、物憂げで好きだけど、あんまり見せたくはないな……。
そんな風にぼんやりとした思考でいると――突如頭に閃きが起こった。
「す、季松くん!」
「えっ!? な、何……?」
私は感情が昂ぶると、どうにも自制心を失いがちになるらしい。
だからこうしていつも言葉のチョイスを間違えがちになる。
故にこの時も、私はそれを口にしてから、後で後悔してしまうのであった。
「わ、私が、貴方の専属家庭教師になってあげるわ!」
「は……? あ、ありがとう……ございます……?」
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