2話 モナリザちゃん、いいやモニャリザちゃんです
幽霊である尾花ちゃんが、アイドルをやりたいなんて驚きの発言をして、私は一時ロボットのように固まってしまいました。誰か、オイルを注してください。
そんな私に対して、尾花ちゃんは「おーい」とか「生きてるー?」とか言いながら目の前で手をヒラヒラとします。
「はっ……!」
「あ、やっと戻ってきた、ねね! 貴方の名前はなんていうの?」
「名前……私は桜木 愛って言います……!」
「愛……、うん! 良い名前ね!」
「……! ありがとうございます!」
なんてフレンドリーな幽霊なのでしょう、会ってすぐに名前呼びなんて、私にはとても出来ない芸当です。純粋に尊敬します、死んでるけど……。
なんだか、不思議と尾花ちゃんは怖くありません、どうしてでしょうか、人間味溢れているのです、実際足もありますし。
そんなことを思っていると、私は忘れていた事実を、はっ、と思い出しました。
「あ! 純ちゃん!」
「わっ、急に大きな声出さないでよ、ショック死するわ」
そうです、私は純ちゃんと、おまけに木田くんと一緒に肝試しに来てて、木田くんの悲鳴が聞こえた事をすっかり忘れていました。おっちょこちょいです。
「尾花ちゃん、私は、このくらいの背丈の女の子と、こーんな髪型の男の子とここに来たんですが、さっき悲鳴が聞こえて……」
身ぶり手振りで外見の特徴を説明します。純ちゃんは、ちっちゃいので、手のひらで身長の高さを表し、木田くんの髪型はツンツンしてて、指を立てて真似しました。
「あ、知ってるわよ。美術室のモナリザにでも脅かされたんじゃない? あの子、いたずら好きだから。この前も、赤い絵の具を、目から流す練習してたわ」
「えっ、新事実です! あれは血じゃなかったんですね」
噂のモナリザの目から血が出るは、まさか絵の具とは思いませんでした。驚きです。
せっせと赤い絵の具で脅かす練習しているモナリザちゃんを思い浮かべると、お茶目で思わず頬がにやけてしまいます。
「愛ー! ここは危ねぇ! 早くずらかるぞ!」
校舎の方で、木田くんの声が聞こえたので振り返ると、恐怖で必死な表情となった木田くんが、気絶した純ちゃんを抱えて駆け寄ってきます。
「愛! 美術室やばいって! モナリザの絵から全身血だらけのモナリザが出てきて……! ほら、純にこんなにも血が……!
「あちゃー、あの子久しぶりの人間に張り切りすぎたのね、全身血とか初めてよ」
「って、ええ!? この子誰!?」
「尾花だけど?」
「オバナッ!?」
まるで目が飛び出たように驚く木田君。無理もありません、噂の尾花という幽霊が目の前で返事をするものですから。
すると、木田君は目を見開いたまま、ロボットの動きみたいに顔を向けます。
「愛……? コレハ? オバナ? 見えているのか?」
「はい! 尾花ちゃん、しっかりと見えていますよっ!」
「怖くないのか……?」
「こんな可愛い子、怖いはずありませんっ!」
「純のこれ、血だそ?」
「絵の具ですっ!」
「エノグッ!?」
なんとも良い反応をする木田君でしょう。日頃からかわれてばかりなので、少し気分が良いです。なんだか、してやったりです。
木田君は未だに状況が掴めてないようで「エノグ……エノグ……?」と呟いています。正直、今の木田君のほうが怖いです。
すると、尾花ちゃんが小さくため息を漏らし、木田君に向けて言うのでした。
「はぁ、モナリザの奴やりすぎね……、こんなに絵の具つけちゃって、クリーニング代が高くつくわ、一言謝らせておきましょう」
「いや、そこっ!?」
「わっ、急に大きな声出さないでよ、ショック死するわ。…………とりあえず美術室へ行きましょう」
なんて、少しズレた感覚の尾花ちゃんに、刻みの良いツッコミを入れた木田君でした。
…
……
…………。
既に不良さんに壊された校舎裏の裏戸を潜り、ひんやりとした廊下を歩き、二階に上がました。
私は、懐中電灯で『美術室』と書かれた教室札を照らします。
「ここだよ……血まみれの、いや絵の具まみれのモナリザは……」
「モナリザー、いるー?」
純ちゃんを抱えたまま、神妙な表情で、ごくり、と生唾を飲む木田君。
そんな木田くんの言葉を無視して、尾花ちゃんは勢いよく扉を開けます。
真っ暗闇の部屋は、割れた窓ガラスから差し込む月夜で薄暗く照らされて、薄っすらと見える程度でした。
そこに、ぴちゃ、ぴちゃと雫が滴り落ちる音が響いています。
暗闇の中で蠢く何かに、懐中電灯を向け、照らすと――
――そこには、満足げに体についた赤い絵の具を、雑巾で拭いているモナリザがいました。
素っ裸です! なんて破廉恥な! と私は両手で目を覆います。
「今日はたっくさん驚かせることが出来たにゃぁ、ふんふん♪」
警戒な鼻息まじりの歌で機嫌が良さそうなモナリザは、肖像画のまんまのオデコを出した長い黒髪に、可愛げのある顔立ち、きりりと上がった目尻でした。まるで猫のような印象です。
そんなモナリザは、こちらに目を向けると、
「にゃ? 着替え中よ?」
と、猫のように目を丸くして言ったのでした。そんなモナリザを見て、思わず呟いてしまいました。
「モニャリザちゃん」
「ニャ?」
これがアイドルメンバー二人目の、モニャリザちゃんとの出会いです。