1話 幽霊見たり彼女尾花
私立相賀ヶ丘高校――その学校は数十年前に廃校となりました。
そんな相賀ヶ丘高校には数多くの噂が流れています。例えば女子トイレで女の幽霊を見ただとか、美術室にある銅像が動き出すとか、音楽室のモーツァルトの肖像画から夜な夜な泣き声がするとか。
そんな噂の中でも一番聞く噂は「尾花」という男の子の幽霊です。
誰が名前を付けたか分からないその幽霊は、基本的にどこでも見かけると――理科室、美術室、廊下、女子トイレから屋上までです。
そして、校舎に響く女性のような綺麗な声は、校舎に迷い込んだ人間を誘い込み、取り込んで食べてしまうという……。
そして私”桜木 愛”は今、相賀ヶ丘高校の校門の前に立っています……。所々崩壊している壁、蔦が張り巡らされた校舎、割れた窓ガラス………。
所謂、肝試しというやつです。とてもとっても怖いです……。
「おい、愛、怖がってんのか?」
「止めなよ、愛ちゃん怖いの苦手なんだから……、ね? 帰ろう?」
「ここまで来て帰れるかよ」
そう私をバカにするように笑っている憎たらしい男の子は、同じクラスの木田君です。正直いつも私にちょっかいを出してくるので苦手なのです。
そして、そんな木田君からの言葉をフォローしてくれたのは、純ちゃんです。彼女も同じクラスで、私の親友でもあります。とてもとっても大好きです。
「ってか、皆おせーな。もう8時回ってるんだが?」
木田君は腕時計に視線を落として舌打ちをしました。8時、もうお家に帰ってないといけない時間です。既に太陽はとっくに沈んで、ウサギの月が顔を覗かせています。
すると、相賀ヶ丘高校の二階の教室で、チカチカと青く光りました。それに気づいた私は二人に伝えました。
「あ、二階で何か光りましたよ?」
「お? まじか愛!? もしかして他の奴らもう肝試し始めてんのか? おい行ってみようぜ!」
「ちょっと! 待ちなさい木田!」
怖い物知らずの木田君は真っ先に校舎に足早に走り出しました。
木田君を急いで追いかけるように純ちゃんが走り出し、私はというと、怖くてその場に突っ立ってしまいました。
「皆待って……」
暗い校舎の肛門で一人残された私は怖くて、震えが止まりませんでした。足が動きません……怖い物は苦手なのです。
夏の夜なのに、どこか冷えてしまう身体。
ざわざわ、と茂みが揺れて草木の音、ぶぉぉん、と向山から聞こえるバイクの爆音……すべてに驚いてしまう私は、帰るという選択肢も間々ならないほどでした。
「…………」
…
……
…………
どれくらい立ったでしょうか? 一時間? 二時間くらいでしょうか、二人とも戻ってくる気配はありません。
ついでにクラスの他の子も来る様子はありません。
「んもう!」
そう怒って見せる私は内心泣きそうで、今にも帰りたい気持ちは満々でした。しかし、いつまで立ってもいつまで立っても帰って来ません。
――さすがに私も痺れを切らして、動き出そうと懐中電灯を鞄から取り出し灯りを付けた、その瞬間に大きな声が聞こえました。
「うわあああぁあああ――!」
「ひっ、木田君の声?」
驚いた私は手に持った懐中電灯を落としてしまい、懐中電灯がコロコロと傾斜の付いた地面を転がっていき、コツンと玄関に上がる階段にぶつかり、止まりました。
「おっととと、懐中電灯がないと私死んじゃう……」
そう言って、ころころころ、と転がった懐中電灯を小走りで拾い、手に持ち、顔を上げた瞬間――――目の前には、女の子が立っていました。
精密な細工人形のような綺麗な顔だちに、透明なほど白い肌、幽霊なので透明なのかもしれません、肩まで伸びる綺麗な黒髪、背丈は私より小さいくらいです。
「わぁ……綺麗……」
余りにも綺麗で、幽霊を目の前につい漏れてしまった言葉に、幽霊ちゃんは一瞬驚いた顔をした後に、ハッと表情を戻して、喉に手を置き、一呼吸して、ゆっくりと歌いだしました。
「らららら~~♪」
その顔に負けず劣らずの綺麗で伸びる声は校舎に反響し、まるでライブステージにいるようなそんな感覚に陥りました。
とても心が落ち着く歌……らららとしか歌っていないのですが、それでも心の奥底があったかくなります。
――ポワッ ポワッ
歌に夢中で、気づいてなかったのですが、周囲を見渡すと、青白く発光する人魂がひとつ、またひとつと増えていきます。
それはまるで幽霊ちゃんの歌声を聞く観客のようで、ゆっくりゆっくりと歌に合わせて左右に揺れて、気持ちよさそうです。
…
……
…………
「~~♪」
「わぁぁ!」
幽霊ちゃんが歌い終え、その喉に置いた手をおろしました。
拍手喝采。
といっても私だけの拍手が響くだけですが。
すると、周囲にある無数の人魂が、一つ、また一つ、眩く発光してから、分解したように崩れていき、遥か空彼方に高く、高くまで上がっていきました。
恐らく成仏したのでしょう。気持ちよさそうな声と共に次々と人魂は消えていきます。
その浄化を見た幽霊ちゃんは、満足気に周囲を見渡して、その視線はゆっくりと私に向いた瞬間に、と大きな声を上げ驚きました。
「うげっ! まだ成仏してない!?」
「私は生身の人間ですっ!」
「にんげんっ!?」
すると、幽霊ちゃんは俯いて、肩をぷるぷると震わせました。
幽霊といえど、私の思っている幽霊とは一味違う幽霊ちゃんなので、私は心配になり、声を掛けました。
「だ、大丈夫ですか……?」
すると、幽霊ちゃんはがばっと顔を上げて、
「人間!! 生身の人間が私の歌を最後まで聞いてくれた!! 嬉しいっっ!」
そう見た目には合わない大声を上げた幽霊ちゃんは、私のほうへ駆け寄り、私の手をむんずと両手で掴みました。
その勢いに驚いた私は、腰を抜かして地面にペタリと倒れ込みました。
それでも勢いが止まらない幽霊ちゃんは手を握ったまま怒涛のラッシュで私に話しかけます。
「貴方、幽霊怖くないの!? 私は尾花っていうの! 貴方はなんて名前なの!? 人間が怖がらずに私の歌を最後まで聞いてくれたことなんて初めてよ! この前のカップルなんて私の歌を聴く前に男の方が逃げ出して、女のほうは気絶しちゃって、本当参ったわよ~。その前の男は「ブンブン、ハロービーチューブ」とか四角い箱に話しかけるくらい狂っていたのに、私を見た瞬間に箱置いて逃げ出しちゃって!………」
「あ……あはは…………って尾花?」
「そう尾花!」
まさか、噂の尾花君はまさか尾花ちゃんだったのです。こんな可愛い女の子が皆から怖がられていたのですね。
そんな口数が多い尾花ちゃんの勢いに蹴落とされた私は愛想笑いを振りかさざる負えない状態でした。
尾花ちゃんは、右手に持ったカメラ、話を聞く限り、おそらく今大人気ビーチューバーの『BOKAKIN』さんのものなんでしょうか、カメラの画面を私に見せてきました。
「それより聞いて聞いて! この前の男が落としていったカメラの、これ! なんていうの!? この光る棒は何!? 人魂棒!?」
そういって、見せて来た画面の動画が再生される。
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『ブヒンブヒン、ハロービーチューブ! はいやってきました! 今日はここ! 武道館ライブにやってきました! そして今日誰のライブに来たかって? ブヒュヒュヒュヒュルルルーン!(ボイパ) アイドルグループ「ティーアイズ」、そんじゃね、会場内に入っていきたいと…………思いま~~~す!!』
『~~♪』
『凄いですね~! これが今大人気アイドルの実力! 会場がまるで沸騰しています! 各ゆう僕も沸騰寸前です(キチガイ顔)!』
『~~~♪』
『はいっはいっ! う~~はいっ! はいっ! はいっ! う~~はいっ!!(オタ芸)』
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これは、今、老若男女に大人気のアイドルグループ「ティーアイズ」です。私も大好きで何度かライブに行ったこともあります。
カメラの画面を指さした尾花ちゃんは、私に訴えかけます。
「これ! アイドルっていうの? とってもキラキラで、とっても可愛い衣装ね!
――――私もこれやりたい!」
「え?」
「私もアイドルやりたいの!」
そう言って、左手で、私の手を強く握りしめました。ひんやりと冷たさが伝わりますが、それとは別に熱意がメラメラと伝わってきました。
尾花ちゃんのキラキラと輝く目が一直線に私に訴えかけます。
自体を飲み込めない私は、いったん深呼吸をします、す~は~す~は~……よし!
「って、ええええっっ!?」
「わっ、ビックリしたわね、急に脅かせないでよ、ショック死するわ」
そんなこんなで、私と尾花ちゃんから始まる、ちょっぴり怖くて、でもとても綺麗で、時々喧嘩したりもして、それでもとってもとっても楽しい思い出となる、アイドル生活が始まるのでした。
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