君はだれ?
「これが魔法の薬…」
手に取り思わずつぶやいた。
ついにあの薬が届いたのだ。
透明な瓶に入ったほんのりピンク色の錠剤。
ラベルにはハートを抱えたかわいい白猫のイラストが描いてあった。
本当に効くのかな…。
でもダメで元々だもんね。
そうだ、今日は休みだし、試してみようかな。
ええと…1回1錠で効果が出るまで30分か…。
さっそく取り出し、舌の上にのせると水でええい!と流し込んだ。
よし、出かける支度をしよう。
着替えて、一応軽くメイクして、髪を整えて、あとは上着を……え?
ベッドの上に置いてあった上着を取ろうとして、目を見張った。
上着の上に、ありえないものがちょこんと丸まっていた。
まっしろいモフモフの…どう見ても猫…。
嘘…どこから入ってきたの?この子…。
そっと近づくとふっと顔をあげた。
『あ、準備できた?』
?!
今の声…誰?!
思わず辺りを見回したけど誰もいない。
いや、そもそもお母さんの声でもお父さんの声でもない。
『ボクだよ』
恐る恐る声のする方に顔を向ける。
そこにいるのはベッドに鎮座する白猫だけ…。
『ボクは、にゃんも。よろしくね♪』
「えぇぇ!!」
猫が喋った?!
飛びのいた拍子にテーブルにぶつかり、置いてあったコトバデールが転がった。
それを見て、あることに気がついた。
ラベルの猫のイラストが…消えてる?
そういえばこの猫も白猫で、首に同じように水色のリボンが…。
「まさか…幻覚?これヤバい薬?」
『ボクもよくわからないけど…ミキの分身みたいなものだよ。少なくとも味方だから安心して♪』
「いやいやいや…」
『それより早く行かないと効き目が切れちゃうよ』
猫はふわっと降りたかと思うと、私の肩に飛び乗った。
「ひっ…」
『大丈夫、ボクも一緒に行くから♪』
そう言ってすりっと頬擦りをしてきた。
…温かい…。
…って言ってる場合じゃ。。
「美希?どうしたの?大きな声出して…」
まずい、お母さんだ!
「あ、お母さん…ううん、なんでもない!」
「あら、どこか行くの?」
「うん、ちょっとコンビニ!」
「そう、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
慌てて誤魔化して、上着とバッグをひっつかんだ。
…あれ?猫消えた?
よかった、一瞬の幻覚…
『他の人には見えないから大丈夫だよ♪』
…じゃなかった!いつの間にかバッグの中に…!
恐る恐る手を触れてみると、普通の猫のように柔らかな感触がした。
温かい…。
その温もりに警戒心がほぐれる。
ま、とりあえずいいか…。
ひとまず目的の場所に向かうことにした。
「いらっしゃいませ~」
自動ドアが開き、店内へ足を踏み入れると店員さんの視線と挨拶がとんでくる。
それだけで、ちょっと緊張感が増し、棚の陰にまわりこんだ。
ここは近所のコンビニだ。
レジに商品を持っていくだけだから、私でも買いやすい。
しかし、今日の目当てはそれじゃない。
『おでん、いいにおい♪チキンも肉まんもおいしそうだね♪』
そう、それ。レジ横のホットスナックだ。
店員さんに直接注文しなければいけないので、とてもハードルが高い。
実は今まで1度も買ったことがない。
棚の隙間からレジを確認する。
店員は若い女の子。高校生かな…。
可愛いなぁ…なんだか勝手にコンプレックスを感じてしまう。
やっぱり今日はやめようか…。
『大丈夫、ミキも普通に女の子だよ♪』
そうかな?
『普通にしてれば喋れないなんてわからないよ♪』
ならいいけど…。
今は誰も並んでいない。
いきなり行くのは緊張するから、誰かが並んでからささっとその後ろに行こうか?
でも、早くしないと、なんです ぐレジに来なかったのか変に思われるかな?
他に何か買ってるわけでもないし…。
やっぱり飲み物も買おうかなな…。
『気にしすぎだよ♪でもその方が買いやすいならそれもいいんじゃない?』
そうかな…そうだね…そうしよう。
…って私なに幻覚と普通に会話してるんだ!
動揺しながらもペットボトルの紅茶を手にしてレジに向かった。
大丈夫…いつもよりは落ち着いてる気がする。
身体も心なしかじんわり温かくて、固まってない感じがする。
『大丈夫、できるよ♪』
「うん…」
肉まんくださいって言えばいいんだよね…肉まんください…。
「お次のお客様どうぞ~」
きた…!
背筋を伸ばして、なんでもない風を装って、レジ前に歩みでる。
1歩…2歩…ついに店員さんの正面だ…!
ドキドキしながらペットボトルをレジに置いた。
『今だ!』
「あと…に、肉まんください!」
「はい、おひとつでよろしいですか?」
「はい!」
店員さんが肉まんを取りに向かう。
あ…言えた…声出た!
『やった♪できたね!』
「うん!」
思わず小声で返事をしてしまって、慌てて口をつぐんだ。
まずい、それこそ変人だ…。
「ありがとうございました~」
店を出ると肉まんの入った袋を両手で包み込んだ。
買えた…憧れの肉まん…。
『よく頑張ったね♪』
「あ、ありがとう…」
バッグの中からくりっとした目で見上げてくる白猫。
もう一度触れると、やっぱり温かくてふわふわで、普通の猫のように目を細めた。
あ、よく見ると目も水色だ…綺麗…。
こんな幻覚なら…いてもいいかも…。
こうして、予想もしていなかった形で魔法の薬との生活は始まったのだった。