仕事ってなに?
「おはようございます…」
制服に着替えて作業場に入り、挨拶をする。
昨日のことが尾をひいて、まだ気分が落ちている。いつも以上に表情を作ることができない。
「美希ちゃん、資材来てるから入れといて。あと、検査とってね」
「あ、はい…」
上司に言われて頷くと、顔を覗きこまれた。
「あんた…なんか今日、顔怖いわよ?」
「え、あ…」
「そんな顔やめて。笑顔でいなさい、笑顔で」
「はい…」
私にだって笑顔になれない時はあるのに。
やめてったってこういう顔だし。
しかも、何があったかは聞かないんだな…。
うちの女上司はよく言えば豪快。悪く言えば強引。
なんだかんだ理由をつけて、自分の意見を押し通してしまう。
逆らおうものなら、ガンガン責められ、「わかった?『はい』は?」で終わる。
みんなどうしてこんな人と普通に話せるのか、本当に疑問だ。
仕事中は、あれして!これして!と怒涛の指示に必死に応えていった。
途中、聞きたいことがあって、書類を書いている上司の背中に声をかける。
「あ、あの…資材用エレベーターが点検中なんですけど…みん…」
「手が空いてる人で運べばいいだろ!んなこといちいち聞くな!」
「は、はい…!」
「あと3課に連絡しておいて!」
「はっ…はい!」
大声に思わず体が強張る。
そう思ったから、みんなに頼んでいいか許可を得ようとしたんだけど、みなまで聞かずに怒鳴られた。
この人は忙しいと機嫌が悪くなり、人に当たるのだ。
どうしても畏縮して語尾が小さくなるので、余計に伝わらずに怒られる。
でも、どうしても普通に喋れない。
私、いつまでこんなことを繰り返すんだろう…。
いつまでも新人みたいな事で怒られて…。
そう思ったら涙が出てきてしまった。
まずい、仕事中に泣いたりしたら注目される。
それに今、他の課に電話連絡するよう頼まれたのに、これでは声が出せない。
「……っっ」
でも涙が抑えきれなくて、電話機の前で立ちすくむ。
とうとう他の子が気づいて、代わりに電話をしてくれた。
私はトイレに駆け込んだ。
あー…最悪だ。。
泣いたってどうにもならないのに。
戻ってどう説明しよう…。
大体どうして私ばかりがこんな目に遭わなくちゃいけないの?
毎日、こき使われて理不尽に怒鳴られて…みんな見ていて、ひどいと思わないの?
誰か助けてよ…。
でも、誰も助けてはくれない。
それどころか嫌な事は続く。
上司が様子を見にきたので、大丈夫と言って戻った午後。
会議室で、書類の様式変更の説明会があった。
一応私も書くことがあるので出席したのだけど、泣いてぼーっとなってる状態で、頭が働くはずがない。
気がついたら、ほぼ意識を失っていた。
それを同席した同僚にチクられた。
そして上司に捕まった。
「聞いたわよ?寝てたんだって?今日は終わったらファミレスね」
マジか…。
がっくりと肩を落とす。
いつも何かやらかすと居酒屋やファミレスに呼び出される。
お説教なんだけど、なぜか他にも職場の仲間を誘っている。
そしてお詫びということで、お代は私が払わされる。
前に大体の貯金額を聞かれて、言ってしまったら目をつけられたのだ。
たぶん私は他の同期より結構貯めている。
おしゃれや遊びを知らなくて、使い道がなかっただけなんだけど。
そしたら事あるごとに払わされるようになった。
借りるだけ、立て替えてもらうだけと言っても、それを実際に返してもらったことはない。
上司だと思うと断ることも、催促することもできない。
払ってしまう自分も悪いと思うけど、どうしたら断れるのかわからない…。
おとなしくファミレスに行くと、やはりお説教が待っていた。
「まったく…仕事中に完全に寝るってどういうこと?」
「すみません…」
「電話できないくらいで泣くし…。『お願いします』って言えばいいだけでしょ。情けない」
上司の言葉が刺さる。
泣いたのは電話が出来なかったからじゃない。そんな事で泣かない。
居眠りは悪かったけど、あんなに精神的にダメージ受けてたんだから、身が入らなくても仕方なくない?
それを、わざわざチクる同僚もどうなのよ。
というか誰も私の心配はしてくれないんだね…。
「わかった?『はい』は?」
「はい…」
不満は何一つ言葉にできない。
弁解すらできない。
今日も不毛な形で1日が終わる…。
「はー…」
お風呂から出て、ベッドに倒れこんだ。
頭も体も重い…。
でも寝たら明日になって、また1日が始まってしまう。
だからまだ寝たくない。
現実から逃げるようにいつものゲームアプリを開いた。
「あ…」
目に飛びこんできたのは、コトバデールの広告だった。
これ…効くのかな?
怪しいことは怪しいけど…。
もし、これで喋れるなら…人生変わるかな…?
でももう藁にもすがりたい気分…。
ええい!ダメで元々だ!
こうして、ついに購入ボタンを押してしまったのだった。