表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトバデール  作者: 美月
4/6

家族

「うん、撮影でこっち来たから寄ってみた♪」


にぱっと可愛い顔で笑うこいつは弟の蓮。3つ下の22歳。


「相変わらず忙しいのね」


「姉ちゃんは相変わらず冴えない顔してんね~。ま~だ彼氏もいないの?」


「うっさい!」



蓮はこの口調でもわかる通り、私とは正反対の性格だ。

私がお母さんのお腹の中に置き忘れた能力を、全部余すとこなく吸収したでしょ?って感じのコミュ力おばけだ。



しかも顔立ちも良いので昔からモテまくってたし、高校時代にスカウトされて読者モデルを始め、今やプロのモデルだ。



そんな蓮が、好物の唐揚げをつまみ食いしながらさらりと言った。


「あ、俺ね~今度テレビ出るかも」


「…は?」


「ドラマのオーディション受けたら、最終まで残ったんだ」


「マジで?!」


「うん♪」



いずれ演技もやってみたいとは言ってたけど…本当にやるんだ…。



「そうなのよ~♪もうご近所さんやパート仲間にも自慢しちゃう♪」


「ま~だ決まってないし、そんな大した役じゃないから」


浮かれるお母さんと、恥ずかしそうに笑う蓮。

その光景にズキン…と胸が痛む。


蓮はまさに理想の息子だ。

早々に自分の夢を見つけて、努力して、稼げるようにもなって、家も出て、さらに大きなところに突き進んで…。



なのに私は…。



25歳のアラサー。

なのに彼氏も夢もなし。

地味な手作業の工事勤務の低所得者。人と目も合わせられないコミュ障。


同じ親から生まれて、どうしてこうも違うのか…。神様を呪いたくなる。



「あとは美希ももういい年だし、そろそろ結婚して孫の顔でも見れたら最高なんだけどなぁ…」


うっ…来た…。

お母さんの常套句…。



「はいはい、そのうちね…。それより早くしないとお父さん帰ってくるよ!」


「あら、やだ。急がないと」


「あ、俺ちょっと仕事の電話…」



そのうちと言っても、予定も兆しも何もない。

いつものように受け流してごまかしたけど、心は徐々に重くなっていくのだった…。





久しぶりの家族4人の食卓。

と言っても、話しているのは主にお母さんと蓮だ。

私は黙々と食べ、お父さんもあまり口を挟まない。

元々無口な方だけど、蓮のドラマの話を聞いてから、特にむすっとしてるような…。



「これで蓮も人気俳優の仲間入りかしら♪」


「だーから気が早いって」


「今のうちにサインもらっとこうかしら♪」


「別にいつでもするし」



相変わらず浮かれている。

お父さんの顔が険しさを増していくのは気のせい…。


「まったく…いつまでもチャラチャラして…」


…ではなかったみたいだ。

一瞬、時が止まる。

あぁ、また…この人はどうしてそういう事を…。


「…は?」


「モデルで食えなくなってきたのか?だから俳優か?」


「そんなんじゃねぇよ」


「そんな甘い世界じゃないだろ。お前が通用するわけない。もっと現実を見ろ」


「あなた…!」



バン!!

蓮が箸ごと手を叩きつけた。



「親父はいつもそうだよな。否定ばっかり。少しは息子を応援しようとか思わないわけ?」


「どうせ失敗するに決まってる」


「わかんねぇだろ」



ど、どうしよう…『まぁまぁ』とか宥めるべき?

でもそんなんで止まると思えないし、そのあと何て言えばいいのかわからない…。



「俺はもっと上に行く。自分の力でのし上がる。いつか絶対認めさせてやる!!」


「蓮…!」


「俺やっぱ帰るわ」


「勝手にしろ!」



蓮はカバンをつかみ、そのまま飛び出して行ってしまった。

とっさに蓮を追いかけ、エレベーター前で声をかける。



「蓮…待って!これ…」

差し出したのは、ハンカチに包まれたタッパー。中身は唐揚げだ。


「お母さんが蓮の持ち帰り用に詰めてたの」

「…ありがと」


蓮はちょっと表情を和らげて受け取ってくれた。

こんなフォローしか出来ないのが情けない…。



「あの…お、お父さんも心配してるんだと思うよ?」


せめて少しでも姉らしくと、月並みな言葉を並べてみる。



「いいよ。ああいう人なんだよ。ドラマとかやるって言ったら、ちょっとは認めてくれるかと思った俺が甘かったわ」


「が、頑張ってね?オーディション…私は応援してるから…」


「さんきゅ♪じゃ…あ、母さんにもお礼言っといて」


「わかった…」



去っていく蓮の背中を見て、あいつは私なんかより大人だなぁ…なんて思った。


蓮は昔からお父さんとは折り合いが悪かった。


読者モデルをやると言った時も、お父さんが反対して毎日大ゲンカ。

お母さんがなんとか宥めた感じだったけど、しばらく蓮はとことんお父さんを避け、ほとんど口を効いていなかった。



そして、高校卒業と同時に家を出て、本格的にモデル業を開始。

有名な雑誌の専属モデルにもなった。



すごいなぁ…。

自分に誇れるものがあること、そのために意志を貫けること、親とも堂々とぶつかり合えること…私には蓮のすべてがまぶしい。羨ましい。

それに比べて私は…。





「暑い…」

もう9月末とはいえ、まだ夏同然の暑さだ。

夜は比較的涼しいけど、ずっと外にいれば堪える。

ここで落ち込んでても仕方ない。

短い廊下を引き返し、そっと玄関のドアを開けた。



「まったくうちの子らは…せめて美希がちゃんとしてくれればいいんだがな…」


いきなり私の名前が聞こえて、体が固まった。

え?私の話…?



「あの子も真面目にがんばってるわよ。でも…確かにどうも子供っぽいわよね」


「もういい年頃なんだし、いい相手の1人も連れてきても良さそうなもんなのに、休みも家にこもってケータイばっかりいじって…」


「孫の顔なんていつになることやらねぇ…」


「あいつは何を考えてるのかわからん」


「女の子なんだから、もうちょっとお洒落したり、にこにこ笑ってお喋りすればいいのに。少しは蓮を見習って欲しいわ」




ドクン…と心臓が鳴る。

いきなり冷たい水の中に入ってしまったみたいに、さっと血の気が引いた。



何よ…。どうしてそういう話になるの?

それに、そんな風に思ってたんだ…。

家族だから良い所も見てくれてるって、味方だって、どこかで信じてたのに。



心がひりひりとざらつく。

蓮のように飛び出したい衝動に駆られる。

でも私には他に行くところなんかない。



一度閉めたドアを、わざと音を立てて閉め直し、何もなかったような顔で戻るしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ