家族
「うん、撮影でこっち来たから寄ってみた♪」
にぱっと可愛い顔で笑うこいつは弟の蓮。3つ下の22歳。
「相変わらず忙しいのね」
「姉ちゃんは相変わらず冴えない顔してんね~。ま~だ彼氏もいないの?」
「うっさい!」
蓮はこの口調でもわかる通り、私とは正反対の性格だ。
私がお母さんのお腹の中に置き忘れた能力を、全部余すとこなく吸収したでしょ?って感じのコミュ力おばけだ。
しかも顔立ちも良いので昔からモテまくってたし、高校時代にスカウトされて読者モデルを始め、今やプロのモデルだ。
そんな蓮が、好物の唐揚げをつまみ食いしながらさらりと言った。
「あ、俺ね~今度テレビ出るかも」
「…は?」
「ドラマのオーディション受けたら、最終まで残ったんだ」
「マジで?!」
「うん♪」
いずれ演技もやってみたいとは言ってたけど…本当にやるんだ…。
「そうなのよ~♪もうご近所さんやパート仲間にも自慢しちゃう♪」
「ま~だ決まってないし、そんな大した役じゃないから」
浮かれるお母さんと、恥ずかしそうに笑う蓮。
その光景にズキン…と胸が痛む。
蓮はまさに理想の息子だ。
早々に自分の夢を見つけて、努力して、稼げるようにもなって、家も出て、さらに大きなところに突き進んで…。
なのに私は…。
25歳のアラサー。
なのに彼氏も夢もなし。
地味な手作業の工事勤務の低所得者。人と目も合わせられないコミュ障。
同じ親から生まれて、どうしてこうも違うのか…。神様を呪いたくなる。
「あとは美希ももういい年だし、そろそろ結婚して孫の顔でも見れたら最高なんだけどなぁ…」
うっ…来た…。
お母さんの常套句…。
「はいはい、そのうちね…。それより早くしないとお父さん帰ってくるよ!」
「あら、やだ。急がないと」
「あ、俺ちょっと仕事の電話…」
そのうちと言っても、予定も兆しも何もない。
いつものように受け流してごまかしたけど、心は徐々に重くなっていくのだった…。
久しぶりの家族4人の食卓。
と言っても、話しているのは主にお母さんと蓮だ。
私は黙々と食べ、お父さんもあまり口を挟まない。
元々無口な方だけど、蓮のドラマの話を聞いてから、特にむすっとしてるような…。
「これで蓮も人気俳優の仲間入りかしら♪」
「だーから気が早いって」
「今のうちにサインもらっとこうかしら♪」
「別にいつでもするし」
相変わらず浮かれている。
お父さんの顔が険しさを増していくのは気のせい…。
「まったく…いつまでもチャラチャラして…」
…ではなかったみたいだ。
一瞬、時が止まる。
あぁ、また…この人はどうしてそういう事を…。
「…は?」
「モデルで食えなくなってきたのか?だから俳優か?」
「そんなんじゃねぇよ」
「そんな甘い世界じゃないだろ。お前が通用するわけない。もっと現実を見ろ」
「あなた…!」
バン!!
蓮が箸ごと手を叩きつけた。
「親父はいつもそうだよな。否定ばっかり。少しは息子を応援しようとか思わないわけ?」
「どうせ失敗するに決まってる」
「わかんねぇだろ」
ど、どうしよう…『まぁまぁ』とか宥めるべき?
でもそんなんで止まると思えないし、そのあと何て言えばいいのかわからない…。
「俺はもっと上に行く。自分の力でのし上がる。いつか絶対認めさせてやる!!」
「蓮…!」
「俺やっぱ帰るわ」
「勝手にしろ!」
蓮はカバンをつかみ、そのまま飛び出して行ってしまった。
とっさに蓮を追いかけ、エレベーター前で声をかける。
「蓮…待って!これ…」
差し出したのは、ハンカチに包まれたタッパー。中身は唐揚げだ。
「お母さんが蓮の持ち帰り用に詰めてたの」
「…ありがと」
蓮はちょっと表情を和らげて受け取ってくれた。
こんなフォローしか出来ないのが情けない…。
「あの…お、お父さんも心配してるんだと思うよ?」
せめて少しでも姉らしくと、月並みな言葉を並べてみる。
「いいよ。ああいう人なんだよ。ドラマとかやるって言ったら、ちょっとは認めてくれるかと思った俺が甘かったわ」
「が、頑張ってね?オーディション…私は応援してるから…」
「さんきゅ♪じゃ…あ、母さんにもお礼言っといて」
「わかった…」
去っていく蓮の背中を見て、あいつは私なんかより大人だなぁ…なんて思った。
蓮は昔からお父さんとは折り合いが悪かった。
読者モデルをやると言った時も、お父さんが反対して毎日大ゲンカ。
お母さんがなんとか宥めた感じだったけど、しばらく蓮はとことんお父さんを避け、ほとんど口を効いていなかった。
そして、高校卒業と同時に家を出て、本格的にモデル業を開始。
有名な雑誌の専属モデルにもなった。
すごいなぁ…。
自分に誇れるものがあること、そのために意志を貫けること、親とも堂々とぶつかり合えること…私には蓮のすべてがまぶしい。羨ましい。
それに比べて私は…。
「暑い…」
もう9月末とはいえ、まだ夏同然の暑さだ。
夜は比較的涼しいけど、ずっと外にいれば堪える。
ここで落ち込んでても仕方ない。
短い廊下を引き返し、そっと玄関のドアを開けた。
「まったくうちの子らは…せめて美希がちゃんとしてくれればいいんだがな…」
いきなり私の名前が聞こえて、体が固まった。
え?私の話…?
「あの子も真面目にがんばってるわよ。でも…確かにどうも子供っぽいわよね」
「もういい年頃なんだし、いい相手の1人も連れてきても良さそうなもんなのに、休みも家にこもってケータイばっかりいじって…」
「孫の顔なんていつになることやらねぇ…」
「あいつは何を考えてるのかわからん」
「女の子なんだから、もうちょっとお洒落したり、にこにこ笑ってお喋りすればいいのに。少しは蓮を見習って欲しいわ」
ドクン…と心臓が鳴る。
いきなり冷たい水の中に入ってしまったみたいに、さっと血の気が引いた。
何よ…。どうしてそういう話になるの?
それに、そんな風に思ってたんだ…。
家族だから良い所も見てくれてるって、味方だって、どこかで信じてたのに。
心がひりひりとざらつく。
蓮のように飛び出したい衝動に駆られる。
でも私には他に行くところなんかない。
一度閉めたドアを、わざと音を立てて閉め直し、何もなかったような顔で戻るしか出来なかった。