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お泊まりその二!

 帰り道のことだった。

 久しぶりに杉本くんと二人きりで帰っている気がする。

 杉本くんは唐突に立ち止まり、こちらに向き直った。


「宮里さ」


「うん?」


 その顔はわたしの見間違いか、拗ねているように見えた。いやさすがに無表情しかない杉本くんが表情つけるわけないか。


「俺より寺石といる方が楽しそうじゃん」


「いや、そんなことないよ!」


 わたしは杉本くんといるときが一番幸せだよ!

 心から返答したつもりなのに、杉本くんは目を細めて目付きを鋭くした。


「嘘つけ。家に泊まらせたんだろ?」


「それはそうだけど、そういうことじゃないの!」


 杉本くんも誘おうとは思ったけどやっぱりハードルが高かったの!


「はぁ……自分から言ったから今さら引き返せないっていうんだったら俺から言ってやるよ」


 杉本くんはぷいと顔をそっぽに向けて手をあげた。

 さよなら、と手を振るように。


「お前は寺石と幸せになれよ。俺は邪魔だろうから別れる」


 そして、テクテクと歩いていってしまう。もう追いつけない場所へと。

 わたしは必死に追いかけた。

 でも、全く追いつける兆しはなくて。


「待って、杉本くん、待ってってばあ!」


 *****


 ***


 *


「……待って杉本くんむにゃむにゃ……ぐふ!?」


 下腹部にズシンと来た重みでわたしは目が覚めた。

 ハッ、ということは今のは夢?


「よかったあ……」


 今の衝撃はここねんがベッドから落下してわたしのところへ落ちてきたものらしい。ここねんはわたしのお腹を枕にするようにしてまだすやすやと寝ている。

 時間を見ると朝の八時だった。起きるには申し分ない時刻だ。


「ここねん、朝だよ」


「んん……なんで師匠の声が……アラーム音に設定でもしてましたっけ……?」


 設定されてたら怖いよ。わたし『ここねん、朝だよ』なんて今日初めて言ったよ。


「寝ぼけてないで起きて」


「ふわあ……ここはどこですか?」


 まだ寝ぼけから覚めそうにないのでそこらへんに座らせておいてベッドを整え、わたしが使ったクッションを下に運んだりした。

 それから帰ってきてもここねんはまだポケーッとしていた。


「ここ、わたしの家だよ? ここねんは昨日、わたしの家に泊まったんだよ?」


「そうでしたっけ……。たしかに師匠の匂いがいっぱいです……」


「だから嗅ぎなさんな」


 この子、とことん朝に弱いタイプか。

 わたしはここねんの意識を覚醒させるために洗面所に連れていきとびきり冷たい水で顔を洗わせた。

 それから朝ごはんを食べさせ、服を着替えさせた。

 トーストを食べるのはものすごく遅くて、着替えさせるのはここねんが「やってー」と駄々をこねて聞かないのでわたしがしなければならなかった。

 うーん……前から、というか会った当初から疑問に思ってたけど、まさかここねんって本当に小学生じゃないよね? いや、むしろ幼稚園児じゃ?


 そんなこんなで昼をすぎ、三時のおやつが近づいてきた頃の時だった。


「ひかりー、ゆいちゃん来たよー」


 やっと取りかかったここねんに勉強を教えていると、階下からお母さんのこの呼びかけがあった。


「ゆいが? なんだろ」


 疑問に思いながら降りて玄関まで向かうと、ちょうどゆいが「お邪魔しまーす」といってうちへ上がるところだった。


「あ、ひかり」


「どしたのゆい?」


「遊びに来たー。ほらお菓子も持ってきたから食べよ」


 あちゃー、ゆいにここねんがお泊まりに来てること言うの忘れてた。


「じゃあわたしの部屋行こうか」


「りょーかい」


 まあいっか。おやつ休憩ってことで。ゆいには後で説明すればいいし。

 というわけでわたしの部屋に戻ると、ここねんが力尽きていた。


「も、もう無理……」


「あれ、ここねちゃんじゃん」


「その声はゆいさん」


「なにしてるの?」


「ここねんが勉強するためにわたしの家に泊まってるんだよ。まあ捗ってるのかはわからないけどね」


「なんで、勉強?」


 ゆいはわからないように首を傾げた。


「まさかゆいさんも天才なんですか……でも師匠の友達ならそれでもおかしくはないような……」


 ここねんはズーン、と音がするような落ち込みようだ。

 でも待てよ、ゆいのこの反応は……?


「ねえ、ゆいは来週何があるか知ってる?」


「え、何かあるの?」


 やっぱりそのパターンだったか。余裕なんじゃなくて、ただ単に存在を忘れてる感じ。


「決まってますよ、中間テストです」


「……本当?」


 サッとゆいは青ざめた。たしかゆいは成績悪い方ではなかったと思うけど……。


「まずい、忘れてた。何もしてない」


「やばいじゃん、ちょうど今勉強してたところだから一緒にやる?」


「うん、やる。って、ひかりは毎回テスト前とかに関わらず何もしてないじゃん」


「てへっ」


「神様、これは不公平だ!」


 ゆいは持ってきたお菓子の箱をテーブルに置いてふう、とため息をついた。


「でもまずはおやつにしよ」


「じゃあわたしも」


「絶対やらないパターンだよねこれ……」


 といいつつわたしも箱から砂糖でコーティングされたドーナツを取り出し一口噛み付いた。

 そしてふと今日見た夢のことを思い出した。杉本くん、他の子と遊んでるのを嫉妬してたなあ。それから挙句の果てには別れを告げられて……実際にそんなことがあったらわたし生きていけない。

 でもあのシチュエーション、なくはない気がした。

 もしかしたらひょんなことから杉本くんの機嫌を損ねてしまったらああなっちゃうんじゃ……?

 そう思ったらいてもたってもいられなかった。わたしはポケットからスマホを取り出して素早く操作した。



「……で、なんで俺」


 それから数十分後。わたしたち女子の中に黒一点、杉本くんがデンと座っていた。仲間はずれみたいにならないように呼び出したのだ。男子を入れるとお母さんとあかりがうるさそうなのでわたしが外で杉本くんを待ち構えてインターホンを押させずに静かに入ったことでやり過ごした。


「だって杉本くん学年二位じゃん。だから勉強教えてもらえたらなって」


「俺、説明下手なんだけど」


 杉本くんは困ったように頭をかいた。たしかに杉本くんの説明はわたしと同じ感じだ。


「まあとりあえずやってみてよ。……って、杉本くん私のこと知ってるかな」


 そうだ、ゆいは杉本くんとまともに話したことなかったよね。

 でも杉本くんは軽く頷いてこともなげに言った。


「うん。笠原ゆい」


「へえ……てっきり他人に興味なくて覚えてもないのかと」


 ……ごめん、正直わたしもそう思ってた。


「いや、クラスの顔と名前は一致する」


「ほらそこ。話ばかりしてないで勉強してね」


「きゃー嫉妬深いひかりからお怒り頂戴しちゃったー」


「そういうことじゃないから! 早く勉強するんでしょ!」


「やらなくてもできる子に言われてもなあ」


「やばくなっても知らないからね!」


 それだけいうとわたしはゆいを杉本くんに任せ、ここねんに向き直った。

 ここねんはわたしをじっと見ていた。


「師匠、すごく嬉しそう」


「えっ、そうかな!?」


 わたしは慌てて顔を押さえて口角を戻した。たしかに今、杉本くんをナチュラルに家に呼べてるんだよね。それで今、わたしの部屋に杉本くんがいるんだよね。

 やばい、それを確認したらさらにニヤけてきた。


「師匠、ここどうするんですか」


「あ、ああ、うん、それはね!」


 この日は夕方になるまでここねんにきっちり勉強を教えた。



「じゃ、また来週」


「さよならです師匠」


「じゃあね」


 帰り際、わたしは三人を玄関口で見送っていた。


「ごめん杉本くん。急に呼んだりして」


「大丈夫。ドーナツ食べられた」


 杉本くんの人件費結構安いな。というかスイーツ男子だったのね。


「帰り道気をつけてね」


 わたしが手を振ると、みんなが振り返してくれた。そしてそのまま外に出ていく。

 と。


「そこの彼は止まりなさい!」


 わたしの後ろから、杉本くんを引き止める声がした。ここねんとゆいはもう出ていってしまっていたから杉本くんだけが立ち止まった。

 わたしの後ろには、いつの間にかお母さんとあかりがいた。


「……なんですか」


「どさくさに紛れて増えてたけど、あなた男子でしょ!?」


「はい、少なくとも女子ではないです」


 杉本くんは相変わらずの無愛想だった。


「あなた、ひかりとはどういう関係なの!」


 お母さんは心底心配げに、あかりは好奇心に目を光らせていた。

 杉本くんは何を聞いているのか、と首を傾げながらわたしを見てから言った。


「普通に、彼氏ですけど」


 お母さんは固まった。あかりは顔を赤くしていた。


「じゃ、さようなら」


 その反応を行ってよしの合図に見たのか杉本くんはさっさとドアを開けて行ってしまった。

 最後の最後でバレてしまった。いやあ、上手くやってたと思ったんだけどなあ。


「あのね、お母さん、ごめん黙ってて……」


「……今日は盛大にお祝いしなきゃ!」


「え?」


「お姉ちゃんいつの間にあんなイケメンゲットしてたの? いいなあ……」


「え、え」


「いつから?」「出会いは?」「どこまで進展した?」

 そして途切れなく質問責めにされた。わたしが答える間もなく他の質問をぶつけてくる。この人たち恋バナ大好きなの?

 ……結局この日はもうてんやわんやで騒がれた。


 こうして、わたしが杉本くんと付き合っていることは家族の周知の事実となってしまったのだった。

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