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お泊まり会!

「は、はうああ……」


 ここねんが呻きとともに机に突っ伏した。


「ほら、もう少し頑張って。お小遣い増やしたいんでしょ」


「ですけど……。休日泊まり込みなんて疲れちゃいますよー。とても人間のする所業じゃ……」


「え、待って、ここねんが提案してきたんだよね?」


 金曜日。夜九時を回ったあたり。

 ここねんはわたしの部屋にいた。


 それはここねんのこんな一言から。


「師匠のお家泊まりに行きたいです!」


 なんで、だとか勝手に決めていいの、だとかの質問には即答した。


「いやあ、正直家では勉強しないんですよー。する気が起きないというか。だから師匠の家にいればやる気が起きるのかなあ、って。うち、基本自由なので連絡さえ入れれば大丈夫なんです」


「その前にわたしの家が大丈夫かどうかもわからないんだけど……」


 それでお母さんに確認してみるとすぐに『OK』と返信が来た。そうだった、わたしの家族も大概自由だった。


「……いいってさ」


「やったー! ついに念願の師匠のお家訪問です!」


「じゃあ、二人とも楽しんで」


 家の近くまでくると、杉本くんが手を振って行ってしまった。

 思わず呼び止めようとしたけど、さすがに男子をお泊まりに招待するわけにも行かず。彼氏ならありなんだろうけどわたし、まだ家族にはこのこと話してないからなあ。

 ということで肩を落としてすっかり諦め、ここねんと家に入った。


「ただいまー」


「お邪魔します!」


「おかえりお姉ちゃん」


「ああうん?」


 玄関口に妹のあかりがいた。いつもならこんな出迎えはないはずだけど……。

 あかりはわたしの後ろへと目を向けた。


「うわ、可愛い!」


 ははん、なるほどそういうこと。わたしが友達を連れてくるっていうから興味津々だったんだな。


「お邪魔します、師妹しまいさん」


「え、わたしは姉妹じゃなくて妹だよ。あかりって言います、よろしくね」


 ……あかりはどうやらここねんのことを歳下だと思っているようだ。実はあなたより二つ歳上なんだけどね。


「じゃあここねん、わたしの部屋に案内するからついてきて」


「はい、師匠!」


 師匠呼びにあかりが不審な顔をしたけど気にせずにここねんを二階のわたしの部屋へと誘導した。


「わあ、師匠の部屋って感じですね」


「それどういう感じ?」


「普通に女の子っぽいというか。期待を裏切らない感じです」


「……それ、褒めてる?」


 と軽くツッコミを入れて、目を輝かせるここねんに微笑ましい気持ちになりながら荷物を床に置いて一息ついた。


「さてと、じゃあやる?」


「やるって、何をです?」


「いや、ここに来た目的覚えてる? ここねんが勉強したいって言ったんでしょ」


「ええー、少し待ってくださいよー。もっと休ませてください」


 わたしのベッドに飛び込むここねんを見て密かにため息をついた。……これ、休んでからやるの無限ループで結局やらないパターンだよね。

 まあそれならそうとただのお泊まり会にしていいんだけどさ。わたしも普段家では勉強しない方だし。


「……このベッド、師匠の匂いがしますね……」


「嗅ぐな!」



 夕食の席ではお母さんとあかりがここねんにすごい話しかけていた。


「お姉ちゃんとはどうやって知り合ったの?」


「ふふ、それはそれは運命的な出会いだったんですから……」


 おい、捏造しないで。たしかここねんがいきなりわたしに師匠呼ばわりしてきたんだよね。

 ちなみに年齢のことには誰も触れなかった。お母さんとあかりは勝手に小学六年生くらいだと思っているらしい。制服同じなのに。

 まあ結構それは役に立った。なぜなら、


「さっきお姉ちゃんを師匠って呼んでたのはなんで?」


「師匠はわたしのお手本の存在だからです!」


「ふーん、そっかー」


 同年代で師匠という呼び方はどうかと思うけど、歳が離れているとしたら不思議じゃない。と思う。

 だからここねんを小学六年生だと思っている二人は「え……?」とはならずに微笑ましく頭を撫でてやったりしていた。


「いいなお姉ちゃん、こんな可愛い友達がいて」


「そんな、可愛いだなんて……」


 二人が言ってるの完全にベクトルの違う可愛いだね。一周まわって話が噛み合ってる。


「大切にしなきゃダメよ。ここねちゃん、ひかりのことはいつでも頼っていいからね」


「はい、師匠にはいつもお世話になってます!」


 これも(友達として)頼る、といつも(研究の)お世話になっている違いが自然な会話に変身してる。

 わたしだけ黙々と食事をしていたからかあっという間に食べ終わっていた。


「じゃあお風呂入ってくるね」


 空の食器を台所に持っていきながらこのあいだにちゃっちゃと済ませてしまうことにした。


「あ、わたしも入ります!」


「え」


 と思っていたらここねんも夕食を完食していた。

 ああ、一人でゆっくりしようと思ってたのに……。



「やっぱり大きかった……」


「なんの話よ」


「かさまししてるなんて淡い期待を持ったわたしが馬鹿でした……」


「なるほど、そういうこと。って、まさかそれを確認するために今日泊まりに来たとか?」


「そんなことあるわけがなくなくなくなくないに決まってるじゃないですかー」


「まあどっちでもいいんだけどね……」


 わたしはここねんの髪の毛をゴシゴシと洗っていた。

 お風呂には普通に別々のタイミングで入る予定だったんだけど、ここねんがしつこくせがんできたのだ。

 いわく、一人でお風呂に入れないらしい。

 家ではどうしてるのと聞くと、妹と一緒に入っていると答えた。逆に今日妹さんどうするのと聞いたらあの子は一人で楽勝、ということらしい。

 ……もう姉と妹交代したらというセリフはなんとか飲み込んだ。というか、わたしたち妹保有率高くない? 妹保有率ってなんだ。


「流すよー」


 そう合図して髪の毛についた泡をシャワーで落とす。それにしても長くて綺麗な髪だな。そしてこの髪が小動物っぽさを加速している。


「ここねん湯船に浸かってて。二人入れる大きさじゃないから」


 そうしてここねんを湯船に浸けると、やっとわたしは自分の髪の毛と体中を洗うフェーズに移行した。


「ちぇ、妹さんはまだあんまりだったのになあ」


「ここねん、どんだけコンプレックス持ってるの……。そこ、あんまり重要じゃないと思うよ」


「でもリア充になるには大きくなるのが手っ取り早いんですよ」


「そうだ、ここねんって誰か好きな人でもいるの?」


「……え、なんですかその修学旅行の夜中みたいな聞き方。ちょっとついていけないです」


 うわーこの子いつも変なことばっかり言うのにいきなり謎の辛辣なツッコミが来たよ。今完全にいい感じの聞き方だったのに。


「そうじゃなくて。ここねんは付き合いたいんだよね? それって誰か好きな人がいるからってことじゃなくて?」


「……え、いないですけど」


「…………」


 え、まさかそれで今までわたしに付きまとって研究してたの? その研究成果をどうするのかは決めず?

 いつものここねんの先走りに思わず息を吐いてしまう。


「ねえ、リア充っていうのを目指すのはいいけどさ、まずはターゲットを決めようね。まさか誰でもいいってことはないでしょ?」


「そうですねえ、杉本さんと同レベルがいいです」


「具体的には誰?」


「……誰でしょう?」


 わたしは頭を抱えた。ダメだこの子やるぞー、ってすごくやる気になるのはいいけど結局何をやればいいかわからなくて空回りするタイプだ。

 しっかり目標を設定してあげないとさらに変な方向に暴走していきそうな気がする。

 ……と、ふとわたしに名案が浮かんだ。気がした。


「まあそれは置いといて。お風呂上がったらここねんは勉強ね」


「あー! そのこと忘れてたのに!」



 ……と、いうことでここねんが力尽きようとしている今に至る。


「たしかにそうですけど、もう無理ですー……」


 よく見るとここねんはとても眠そうにしていた。目を閉じたらすぐに寝そうな気配がする。


「一応、聞くけどここねんっていつも何時に寝るの?」


「九時すぎですー……」


 時間を見ると、もう三十分を回ったところだった。いつもの習慣なら眠くなるのもしょうがない。その前に寝るの早すぎない? 小学生かい。


「それならいいよ寝て。わたしのベッド使って」


「いいんですかあ、師匠はどこで」


「適当にクッション持ってきて床で寝るよ」


「そうですか、それじゃあお言葉に甘えて……」


 ここねんはフラフラとベッドに近づくと突如バタリと倒れてしまった。びっくりしたけどしずかに寝息を立てていたのでもう睡眠を開始したらしい。本当に限界だったんだな。

 じゃあわたしも今日は早く寝ようかな。

 クッションを取ってこようと部屋から出かけたその時、なんだか寝言のような声が聞こえた。


「……師匠の匂い、匂い、うふふ」


「……だから嗅ぐな!」

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