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22/22

行く年来る年

 大晦日。

 凛ちゃんから『一緒に初詣に行きましょう!』と誘われた。あかりがね。

 そして。


「お姉ちゃんも一緒にどうぞだって!」


 ということだった。


「え、そうなの?」


「さすがは凛ちゃんだよね!」


「そうだね、凛ちゃんだね」


 これは今回も何か企んでるクチだろう。


「あれ、凛ちゃんのこと知ってるの?」


 あ、そっか。あかりはまだそこら辺の繋がりを把握してないんだったっけ。……よく考えるとすごい偶然だよね。


「うん。もうお友達だよ」


「へー。お姉ちゃんの魔の手がすごいよ。わたしの友達までキープしてるなんて」


「わたしが悪役だ、みたいなこと言わないで。たまたまだよたまたま」


「ふーん……」


 疑いの眼差しを向けてくる妹に説明するのも面倒な気がして、わたしはいっそ話を進めてしまうことにした。


「初詣って、今日の夜から出るってこと?」


「うん。夜集まって色々やってから新年越すと同時に初詣行くみたいな」


 それなら朝っぱら起きているどころではないんじゃないのかな。


「じゃあ今から寝た方がいいかもよ。日またぐなら眠くなるだろうし」


「そっかー、お姉ちゃんあったまいいー!」


 それだけ言って部屋に戻っていったあかりを見届けてから、わたしはスマホを取り出してメッセージを送る。


『今日、初詣に行く?』

『うん、凛と』


 相手はもちろん杉本くんだ。

 やっぱり、凛ちゃんわたしと杉本くんを合流させようとしてたんだ。わたしは大歓迎です。


『わたしも妹と行くんだけど、一緒に行くのが凛ちゃんとらしくて』


『え、そうなの』


『そう。で、中学生同士色々あると思うから、杉本くんはわたしとどうかなー、なんて』


 これはメッセージのやりとりだからできたことだ。

 だってこれ、かなり理屈に適ってるように見えるけど暗に『わたしと二人きりになろう』と言ってるのと同義だからね。


『いいよ』


 だからこの返事もそれに惑わされて、なのだと思う。

 そして了承されてしまったなら話は早い。


『じゃあ、待ち合わせ場所で合流したらそれとなく離れる感じで』


『了解』


 よし。これで不自然なことなく大晦日デートも決まったことだし、わたしも夜に備えて寝ようかな。

 寒い廊下と階段は毛布にくるまることでなんとか凌いで、部屋に着くとベッドにもぐって目を瞑った。



「……ちゃん、お姉ちゃん起きてー」


 あかりの声と揺さぶられる感触でわたしは目覚めた。


「今、何時?」


「昼を過ぎて二時くらい。七時くらいには出るからごはん済ませちゃお」


「そうだね」


 わたしは納得してリビングへ向かった。

 結構多めにうどんを食べたあと、一服をついていたところでお母さんが綺麗な布を二枚に太い紐、細い紐を持ってきた。


「それは……?」


「変なこと聞くね。着物に決まってるじゃない」


「あ、うん。それはわかってるんだけどどうして急に?」


 うちは基本初詣とか行かないから着物を着る機会なんてそうそうない。そもそもそういう衣服にこだわりはない。おしゃれにこだわりがないわけじゃあないけど。夏祭りも浴衣来ていかないしなあ。


「まあ、新年最初なんだし、着た方がいいのかなと」


「そもそも、着物あったんだ……」


「あるにはあったんだけど、機会がなかったのよね」


 なんていいながらお母さんは着付けの準備を始めた。


「でも、着物って寒いんじゃ?」


「だから、中に着込むの。薄くて暖かいやつをね」


 準備のいいことにお母さんは布の中に保温性の高いアレを隠し持っていた。それをわたしとあかりに手渡してくる。

 なるほど、これなら温かいかも。


「じゃあ大変そうなひかりからにしようか」


 わたしたちが着替え終わるのを見計らってお母さんが近づいてくる。そのまま着せて、帯を締めてくれる。


「それにしても、おっきくなったわねひかりは」


「えへへー、照れるなー」


「こんなんだから彼氏もできたのかな」


 といってわたしの胸の方を指さしてくる。そっちかい。てっきり身長だと思ってたよ。変なところで照れたみたいになっちゃったじゃん。


「へー、だからかー」


「あかり、違うよ」


 ここねんといい、なんかそういう偏見あるな。


「まあ、あの彼氏さんそういうの興味なさげだったしね」


「そうだよ。そんなの関係なく付き合ってるんだから」


「いいなー、やっぱりお姉ちゃん羨まだよー」


 そんな小話を挟みつつ、思いのほか時間がかかったのちにわたしとあかりの着付けは終了した。

 時刻は出発予定の七時に迫っていた。急いで荷物を整理したりカイロを貼ったりマフラーを巻いたりして準備を整える。


「行こっかお姉ちゃん」


「うん。お母さん行ってきまーす」


「行っといで。こっちはこっちで年越しそばをコタツの中で食べてるから」


「う。お母さんずるい」


「いいじゃない。若い子はしっかり外で交友を深めて来なさいな」


 そんなお母さんに半ば追い払われるようにして、わたしたちは集合場所の山道麓に向かった。



 ここの近くには大きくはないけど山があって、階段をのぼった先に神社がある。あかりと凛ちゃんはその入り口の麓で待ち合わせをしているらしい。

 で、着いてみると、そこにはもう凛ちゃんと杉本くんがいた。……相変わらず寒さに弱いようで杉本くんは今日も完全フル装備だった。

 そしてあかりはポカンとしていた。


「え、え? なんでお姉ちゃんの彼氏さんがここに……?」


 主にこのことで、凛ちゃんと杉本くんを交互に見回したり、時折わたしの方に視線をくれたりしていた。

 凛ちゃんは「教えてなかったんですか?」といった顔でわたしを見てから、あかりに近づいて説明をした。


「この人、わたしのお兄ちゃんだよ」


「……そうだったの!?」


「うん。本当に奇遇だよね」


「奇遇というか、奇跡だよ! いや、運命なのかも! きょうだいで同じ学校同じクラスって。ということはわたしは凛ちゃんと……!」


「なんでそーなるの」


 凛ちゃんが苦笑いであかりにツッコミを入れる。その慣れ親しんだ感じはいかにも親友っぽい気がした。


「……寒い」


 そして杉本くんはどこにいたとしても杉本くんだった。身をブルブル震わせてわたしに近づいてくる。


「とにかく風の凌げる場所に」


 そして唐突にわたしの手を掴むと、このセリフの通りに神社に続く階段へと歩き始めた。


「あわっ!」


 着物だから急な動きに転びそうになるのを堪えるので必死だった。だから正直杉本くんを止める余力なんてなかった。一段一段、のぼったという実感が湧く間もなく杉本くんに連れられて踏みしめていく。

 その代わりに談笑に夢中になっている凛ちゃんとあかりに向けて言った。


「杉本くん寒いらしいから先行ってるね!」


「はーい、わかりましたー」


「じゃあ後で合流ねー!」


 それを聞き遂げたあと、わたしはこの転んだら痛そうな石段で転ばないように思いっきり集中した。



 風を凌げる場所。それはたしかにあった。

 この神社には小屋のようなものがあって、その中が休憩スペースになっていたのだ。


「はあ……」


 目の前では杉本くんが温かい甘酒を飲んで白い息を吐いていた。

 それを見ながら今までなんとなく思ってたことを口にしてみる。


「杉本くん、冬眠する人?」


「しない。馬鹿にしてる?」


 杉本くんがクールな真顔からさらに目を細めて見つめてくる。この表情、結構怖い。


「違うよ。冬があまりにも苦手っぽかったから、外出は嫌なのかなって。ずっと家にいるってことで冬眠ってこと。ま、わたしも普段はそっち側に属するんだけどね」


「まあ、冬は苦手だけど」


 そこまで言って杉本くんはもう一口甘酒を飲んだ。


「だけど?」


 なんだか、それに続く言葉があるような気がした。

 杉本くんは甘酒に口を付けたまま、こちらに視線を送ってきた。そうして、視線を外してコップを置く。これは恥ずかしがっているサインだ。

 そのあともすぐにはしゃべり始めず、たっぷり時間をかけてから杉本くんは口を開いた。


「……宮里が来るっていうから来た」


 それは、わたしにとってかなりの不意打ちだった。

 破裂するんじゃないかってくらい心臓が鼓動を刻む。顔どころか体まで熱くなる。そして頭は真っ白な空白となって今の杉本くんのセリフだけがぐるぐると回っていた。

 わたしが来るから来たって、ナニソレホントウデスカ?

 いや、でも思い起こしてみよう。クリスマスわたしを連れ出した時だって、寒さでちっとも平気ではなさそうな感じだったじゃないか。できることなら家を出たくはなかったはずだ。コタツにこもってたわたしみたいに。

 だけど、彼はやってきた。

 たぶん、自分で言うのはおこがましいのかもしれないけど、わたしのために。

 わたしに、会いに来るために。


「……〜〜〜〜〜!」


 なんにも声を発することができなかった。

 だって、やばいじゃん。自分に会いに来るって理由で天敵のように苦手な寒さも我慢してくれるって。

 そんなの、最高じゃん。

 嬉しいじゃん。好きじゃん。大好きじゃん。


 大大大大好きじゃん。


 そんな気持ちに支配されたわたしはその尊く、大事で、とても幸せなこのことを言葉に表すなんてことはできなくて、結局言葉は宙に舞ってしまう。

 杉本くんはその沈黙に耐えられなくなったのか、甘酒の入ったコップの残りを、一息で飲み干した。

 その上で、スマホを取り出して一回画面に光を灯すと、


「もう年が明けそう」


「えっ……本当だ」


 わたしもスマホで時間を確認してみると、今年はもう十五分ぽっちだった。山への移動、階段上り、ここでの一服、これらを合計すると思いのほか時間が経っていたらしい。


「体は温まったし、外に出よう」


「うん、わかった」


 杉本くんの提案に、わたしは二つ返事で頷いた。


 外には、かなりの人だかりができていたけど、わたしと杉本くんはどちらからともなくあまり人気のない場所へ移動していた。


「今年も、もう終わっちゃうんだね」

「うん」


「色々、あったね」

「うん」


 波乱だらけのここ数ヶ月だった。

 いや、幸せに満ちていた数ヶ月だ。

 わたしの告白から杉本くんとの付き合いが始まって、ゆいやここねん、佐藤先輩とも色んなことがあって。

 それは、楽しかった。青春という感じがした。

 杉本くんとだって、手を繋いだり、間接キスをしたり。表情が読み取りづらい彼が思っていることも少しずつだけどわかるようになってきた。

 ともあれ、今年はもうおしまい。

 一分も経たないうちに、来年が始まる。

 その前に、今年最後に伝えておきたかった。


「杉本くん」


「なに?」


「わたし、今幸せだよ。杉本くんと一緒になれてよかった。だからね、恥ずかしいけど……」


 改めて言おうとすると、喉に突っかかって言えなくなった。

 でも、それを打ち破って――まるで、あの時、文化祭が終わったあとの時のように――わたしは声に出して伝えた。

 だって、今年最後だもんね。



「好きだよ、杉本くん」



 その時、ちょうど図ったように新年が始まった。

 向こう側から祝うような喧騒が聞こえてきたのだ。

 だから、わたしはこう続けた。


「そんなわけで杉本くん、今年もよろしくお願いします」


「……ずるい」


「……え?」


 頑張って言い切ったはずだったんだけど、杉本くんが返してきたのはこんな言葉だった。


「自分だけ言い切って。俺だって、宮里のこと好きに決まってんじゃん」


 今度は、正面から見据えて言ってきた。

 ということは、恥ずかしがっていないわけで。


「……えぇ!?」


 冬の寒さがどこかに行ってしまったかのように、先ほどとは比べ物にならないほど体が熱くなった。

 キャー! 今にも杉本くんに抱きつきたい! 触りたい、キスしたい、イチャイチャしたい!


「いや、だからそういうのはまだ早い」


 今にも飛びかかりそうなわたしを見て杉本くんは先んじて注意した。ちぇ、今年も杉本くんとはいつも通りか。

 それを思ってむー、とわたしが膨れている時だった。

 たしかにわたしは目撃したのだ。



 杉本くんが、しっかり、口をUの字に綻ばせたのを。

 にこやかに、自然に、楽しそうに笑ったのを。



 あいにくとその表情はすぐに戻ってしまったけれど、それでもわたしの網膜には焼き付いていた。

 それだけで、わたしの胸はいっぱいになって。

 杉本くんは頭をかきながら言う。


「じゃあ、俺からも。宮里、今年もよろしく」


 何の変哲もない新年の挨拶。

 でもわたしには、新しい始まりと、今までと変わらない日常と、そのどちらもの宣言に聞こえた。

 だからわたしは口をついて出るままにこう答えた。


「……うん! これからも、ずっとね!」



 これからもこんな日々が続いていくのだろう。現に、まだわたしたちは高校一年生だ。卒業まであと二年もある。

 それは過ぎるのが早いものだと言うけれど、どれがどれも、かけがえのない時間で。

 きっと、それは思い出になってしまったとしても、決して忘れることはないと思う。

 だからこれからも笑顔で、楽しく、元気に。


 ――わたしたちの青春は、まだ始まったばかりだ。

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