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トラストルノ  作者: なさぎしょう
輪舞曲
88/296

SOUP本部 死神の顔


はるか上空から断末魔のような叫び声が聞こえてきた。

真城の声だ…‼︎

真城に限って殺られるなんてことは無い、と思いたいが、相手はまず間違いなく戦闘のプロだ。

戦場に立った事もロクにない素人が、そう易々と勝てるとはとうてい思えない。


「…近道しますか。」


名影は1人呟くと、伏から借りた先端がフック状のワイヤーを投げ、屋上の(へり)の辺りに器用に掛けるとするすると登っていく。


真城とは"約束"がある。

それまではきっと何があっても死なないだろう。





カツンッ…………


平生であったら絶対に気がつかないような微かな音が、ジェスターから見て左手奥の方から聞こえてきた。

あの、首席の少女のお出ましか。


「うーん…」


じっとそちらを見ていると、なにか黒い塊が屋上まで登ってきて、そして囲いを随分重そうに乗り越えると、ドサッと落ちた。

そしてそのまま。

全く動きもしない。

息もしているか怪しい。


「れい…?」


ようやく正気に戻りつつあるようだった少年は、しかし少女が倒れているのを見つけると、愕然とし、立ち上がり少女に近づこうとする。

ジェスターはそれを鞘で制し、尚も行こうとするので止む無く、首元を強かに打った。


痛みは無くとも急所は同じか。


少年は気を失い倒れる。

むしろよくここまで倒れなかったな。とジェスターは驚きでもって一瞬少年を見つめた。


が、問題はもっと向こうでなぜか(・・・)倒れている少女だ。

こんな遠くからでは、それがフリなのかそれとも本当に怪我か疲弊によって倒れているのかの判別がつかない。

ジェスターは少年の息と、確かに気絶していることを確認すると、今度は少女の方にゆっくりと近づいていく。


近づいてみると、呼吸は安定していて、ジェスターの足音によって変に乱れる事もない。四肢の末端までぐったりとしている。

ジェスターはその姿に逆に違和感を覚えた。

確かにフリと思われる要因は極めて少ないのだが、1つ気になることがある。

呼吸の安定や、今見える範囲から想定するに、外傷でも無ければ疲弊しきったようにも見えない。


では一体なぜ倒れているのか。



好奇心。

自分にもまだそんな心が残っていたなんて驚きだが、ジェスターは知りたくなってしまった。

この少女はフリなのか否か。そしてフリでないとするとなにがどう悪くって倒れているのか。

自分と同じ(・・・・・)少女だからこそ、気になってしまった。

屈み込み、そっと肩に手を触れる。





ブワッッッ…‼︎


結果はフリだった。

触れたその瞬間に、空気の、あまりにも大きな乱れが生まれた。人を圧倒し得る()が、少女から発せられたのだろう。

ジェスターは少女の放った躊躇いない短刀の一撃を、自分が持っていた刀の()の部分で受け止め払うと、低姿勢のまま大きく一歩下がり少女を見据えた。

少女--名影零も、およそ戦闘素人の動きとは思えないような俊敏な動きで起き上がると、身を屈めたまま詰め寄り、次々に攻撃を繰り出していく。


攻撃の仕方も似ている。

しかし、細かな癖が違う。少女の放つ攻撃の1発1発はさほど早くはないが、1発目から次までの感覚がとてつもなく短い。

1度の踏み込みで10回近く攻撃を加える。

右と思ったら、もう左、という具合だ。


ジェスターは少女の攻撃と攻撃の一瞬の隙間に日本刀を突き出す。

本来突き出すような動きでの攻撃には不向きだが、斬る切らないは別として、相手に一歩引かせる狙いとしては大当たりだ。

誰だって眼前に刃物が迫れば身を引く。


そのまま勢いをつけて後ろに跳躍し距離をとると、少女はタッと横の方に駆けて、倒れる少年の側に寄った。

そのままジェスターからは視線を外さずにしゃがみ、片手で少年の脈を取り、そっと斬れた腕にも触れて怪我の状況を確認。

その一連の動作からは焦燥が一切感じられない。





「恋人なのかと思ったわ。」


真城がとりあえず(・・・・・)は生きていることを確認していると、目の前の影が思わぬ一言をもらした。

名影は思っていたよりも若い、ハイトーンの声音に驚きつつ相手の独り言に乗っかってみることにした。


「"思った"ってなに?今はそうは思わないの?」


「恋人にしては…随分と落ち着いてる、っていう勝手な判断よ。気を悪くしたなら謝るわ。」


歳はまだ若いだろうに、なんて重厚な雰囲気に話し方。


「別に。私と彼はね、恋人っていうにはあんまりにも悲惨な関係なの。」


「悲惨…?」


「そう。悲惨なのよ。知りたい?どうして悲惨なのか。」


「そうね、興味があるわ。」


本当に興味があるのだろうか?先程から声に起伏が感ぜられない。抑揚はある。ただ言葉に乗せられるはずの感情の起伏は感じ得ない。

空っぽの、無意味の、硬い鋼を無理やりに捻じ曲げたような無理やりな感じ。


「いいわ。じゃあ教えてあげる。だから……




顔を見せて。」


いちかばちか、もう直球勝負が1番手っ取り早い。


「………いいわよ。」


なんと?

名影は自分で聞いておきながら、驚いてしまった。

いいんだ⁉︎


いやそもそも名影と真城の間柄について聞いてどうするのだろう。

名影は若干の不信感を抱きつつも、自分と真城についてを教えてやることにした。


「私はね、彼を…殺してあげなきゃ(・・・・・・・)いけないの。他の誰でもなく、"私が"殺すことに意味があるのよ。ちゃんと日程も決めてあるわ。」





"殺してあげる"

とは随分言い得て妙だ。

なぜ殺害するのか…


「私にとって彼は"殺害を約束した人"であって、それ以外の何者にもなり得ないし、なってはいけない。」


それはある意味、恋人よりも重たい存在と言えるのではないだろうか。


「あら、そう。」


少しばかり自分や、そしておそらくは世間の常識(・・・・・)とやらからも逸脱した行為であるように感じる。が、ジェスターはあくまで平静を装う。


「そう、不思議な関係なのね。」


「じゃあ次はあなたの番ね。顔を見せて?」


「……いいわ、約束だからね。」


割に合わない感じは否めないが、約束は守ってやろうじゃないか。実際のところ、私の顔なんてPEPEに紛れ込んでいたナギ(クローン)を殺った時点で割れてると思っていた。






目の前の人物は刀を鞘に収めると、ゆっくりフードをとり、そして首元の衣類もぐいっと片手で下げる。

名影は驚愕した。

もはや自分が何者であるかを忘れるほど。





彼女も私であった。


私も彼女であった。


しかし私達は私達ではなかった。


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