SOUP本部 アリスと白兎
「モ…モンドさん…?」
絵画でしか見たことのないような大鎌を持って現れたのは、先程まで自分達を案内してくれていた、イザベラ・モンド、その人だった。
彼女は物騒な持ち物とは裏腹に、先程までと打って変わった人懐っこそうな笑顔で、悠然とこちらに歩み寄ってくる。
先程までとはまるで別人のような柔和な様子に、むしろ今は戦慄を覚え、3人は心なしか後ずさっているように感じる。
が、カルマだけはモンドにも勝るほどの屈託ない笑顔で立ち、相手を見据えていた。
「はじめっから、あんたはヤバそうだからぶっ潰してやろうと思ったんだけど…だってあたしのお目当は"アリス"だけだしね‼︎」
声も先程より幼く、張りがある。
名指しで呼ばれたアリスはびくっとし、カルマに向かって小声で
「アリスって不思議の国のアリスになぞらえてるのかな?みんなのことかな?私のことじゃないよね?」
と早口に聞く。
「いやぁ〜…どうだろう。」
カルマは少し困った風に首をかしげる。
「でもねー、ジャックが"お客人"はみんな捕らえなきゃって言うのよ‼︎"赤の女王"が客人みんなをご招待したいんですって‼︎」
「残念。彼女がご所望の"アリス"は君のことみたいだよ。」
カルマが言うと、アリスはカルマの背に隠れるように縋る。
フィリップが気遣うように、横に立ち、それにならってリドウィンもアリスの横に立った。
「ねぇ、殿方はすぐそうやって隠そうとするのよ。そうするとあたしは気になってしまうの。」
白兎は大鎌をひょいっと肩に担ぐ。重そうに見えるのに、軽々と担ぎ上げてしまった。
「あたしは白兎、アリスを不思議の国へご招待。たっくさんのおもてなし‼︎…あたしね、可愛い女の子にうんとお洒落させるの大好きなのよ。」
「お洒落の仕立てもウサギの仕事?」
「そうよ、ウサギはなんでもするの‼︎"赤の女王"のお気に入り‼︎」
まるで唄うように2人は会話をする。旧時代にあった……ミュージカルとかいうのを見ている気分になる。
「まぁでもそれじゃあ仕方がない。赤の女王は生け捕りをご所望ですけど、無理に、とは言わなかったわ。アリスは生け捕り‼︎」
言うが早いか、白兎は持ち上げた鎌を力任せに振るった。
寸前にカルマの合図で全員は頭を下げ、そしてそのまま大鎌の死角に入りこみ白兎の背後、廊下の向こう側へ走っていく。
もう本当の死に物狂いだ。
「どうする⁉︎」
リドウィンの叫びにカルマは楽しそうに答えた。
「リド‼︎君はジャックと白兎、どちらがいい?」
「は?」
「やっぱりウサギ狩りがいい?」
リドウィンはカルマが言わんとしていることがわかって愕然とする。正気か?
アリスを1番に逃がそうという考えはわかる。わかるが、あのチェーンソー野郎と大鎌不思議ちゃん相手に1対1で勝負を挑もうなんて正気の沙汰じゃない。
「フィルにはアリスの援護を頼もうじゃないか。王子様役にはぴったりだ‼︎その点我々は王子様というにはぶっ飛びすぎているきらいがある。」
カルマにぶっ飛んでいると言われるのは、大変不本意なのだが、確かに"首席"に死なれては困る。
「本気…なんだな?」
「もちろんさ‼︎さぁどちらがいい?」
「…っうさぎ‼︎」
「OK、じゃあウサギ狩りを存分に楽しんでくれ給え‼︎」
リドウィンはカルマに背中をポンと叩かれ、笑顔を返すと、そのまま1人立ち止まり、振り返った。
これから来る狂気のウサギを狩るために。
「リド⁉︎」
「はいはい、いいから俺らはもっと先へ進もうじゃないか‼︎フィル、君の端末で"SURVIV"というゲームを開いてくれ。あくまで走りながらでお願いするよ。」
「さ…SURVIV⁉︎えっと……ひ、開けた‼︎」
「おぉ早いねぇ‼︎じゃあそこに動く3つの丸と"西の客人"という文字が無いか探して。」
「西の客人…あった‼︎」
フィルは戦闘において前線で活躍できるタイプではない。ただ頭は良いし、要領だって悪くない。地図さえあればあるいは…
「ならその丸は俺たちだ‼︎いまリドが離れたから丸は3つ‼︎それはかなり正確なSOUP本部内の地図。そしてそこには"切り裂き魔"も"白兎"も表示される。うまいこと連中を撒いて外に出ろ‼︎」
「え?お前は?」
「そりゃあリドがウサギ狩りなら、僕は悪魔退治だろう。」
カルマは実に楽しそうに答える。
「は⁉︎いやでも…‼︎」
「アリスを不思議の国から救ってやりたまえ少年‼︎」
カルマはなんだか安定しないキャラクターでフィリップを説得する。
「いいか、外に出たらどこかに隠された扉などがあるはずだ。それを実際のゲームなんかと同じような要領で見つけ出して、この敷地からも出ろ‼︎」
「げ、ゲームなんてまともにやったことねぇよ‼︎」
「なんのための頭の良さだ?使えよ‼︎フル活用だ‼︎」
んな無茶な‼︎
フィリップはもうどうしていいのか分からない、というように目を白黒させる。しかし、考え躊躇っている時間などはない。
「よし、俺はあっちで悪魔退治をしてくる‼︎ご武運を‼︎」
フィリップは躊躇した…しかしアリスの手を握ると別れ道のもう片側へ走り込む。
アリスは姿が見えなくなって尚、カルマの走り去った方を何度も振り返り…しかしフィリップと共に走って行った。
次の瞬間に、アリスもそのあとを追っかけてとびこみました。いったいぜんたいどうやってそこから出ようか、なんてことはちっとも考えなかったのです。(「不思議の国のアリス」より)