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トラストルノ  作者: なさぎしょう
輪舞曲
50/296

小噺「レストラン ロレンス」


「いらっしゃいませ。」


出迎えるのは最近では珍しい"人間の"ボーイに、暖かく優しい空気と、美味しそうな香り。


「お客様、お連れの方がお待ちでございます。」


どうやら2人は先に着いていたらしい。

席に案内してくれるボーイは、亜細亜座にもよく足を運んでくれる顔見知りで、わざわざ名前を言わずともジェスター達3人が一緒の席であることを承知している。座る席も大概いつも、決まって左奥の個室だった。


レストラン「ロレンス」はレストランとは名乗っていても、その実気軽に足を運べるような雰囲気ではなく、レストラン、というよりは敷居の高い料亭の(たぐい)に思える。

外観だけでなく、店内も豪奢なアラビアン風なのだが、席が1つ1つ個室になっており、その個室内は様々な国の食事処をモチーフにした造りになっている。そのため、客は思い思い落ち着く部屋を見つけ、決まると大概の客はいつ来てもそこを選ぶのだ。

ジェスター達が選ぶのはいつだって旧日本風の「牡丹(ぼたん)」という部屋だ。2階の左奥の部屋。

6階建てで、1つ1つの回が天井高なため、上階の方は眺めもいい。

それでもジェスター達は上の部屋は選ばない。上の階にして眺めがよくなると、ケイトが話に集中してくれなくなるからだ。



「こちらでございます。」


エレベーターで2階まであがりエレベーターの扉が開いた途端にボーイの服装が、和服調のものに変わる。

どうやら最近話題の服装投影機(ホロスター)とかいうのを取り入れたらしい。

別段そのままでもいいと思うのだが…


「やぁ‼︎先に何点か注文しちゃってるけど問題ないかな?」


ケイトが入口から見て1番奥の席に座って注文端末をいじっている。その隣にシンクが…ということはジェスターの席は入口側の席らしい。

個室にあがると掘りごたつの中に足をつっこむ。


「失礼いたします。」


ここのボーイや給仕の女性達は長居しない。説明などは端末がやってくれるし、基本的には常連ばかりで、新規の客も常連が連れてくるのだから問題なし。

さらに言えば、ここには第三者の介入を望まないそういう(・・・・)人間が多く来店することも長居しない理由の1つだ。

かくいうジェスター達もそのうちの1組だが。


「とりあえずねーキムチと、枝豆と、ポテトとあとカレー揚げを頼んでおいたよ。それから飲み物は僕がベリーサワー、シンクがタリスカー、でジェスターははちみつ梅酒‼︎…で良かったかな?」


「えぇありがとう。」


トラストルノでは飲酒喫煙に年齢制限はない。国家や法がないのだから当然なのだが…要は勝手に呑むなり吸うなりして勝手に死ね、というわけだ。

全ては自己責任。


「いやぁ、この店本当にいいよねぇ〜。各国の郷土料理なんかも揃えていて、さらに人の手作り‼︎」


「いまじゃまともに手作りしてるのなんてここぐらいじゃねぇか?」


「いいえ、下に降りて無法地帯(はんかがい)の方に行ってみなさい。みんな手作りよ。」


旧台湾の夜市、の資料を見たことがあるが、いまの無法地帯(はんかがい)の屋台通りはまさしく夜市のそれだ。

ただ食べ物のレパートリーが半端じゃない。

ハンバーガーにケバブ、寿司におでん、臭豆腐にバケット屋、他にも色々。


「まぁ、あぁいうところはともかく、としてだ。これだけの規模持ってて、ちゃんと座って飯が食えるところで手製の料理ってのは珍しいだろ?」


「そうね。」


「本当に手作りかは分からないけどね。なにせ僕らはこの店の裏側を見たことがない。」


ケイトの言い分にシンクとジェスターは何も言い返せなくなる。


「でもその点無法地帯はいいもんだよ。だって目の前で作ってるのが見えるんだもの‼︎まぁそりゃ生地とかに変なもん混ぜてる可能性はあるけどさ、彼らはあの狭っくるしいところで常に競い、腕を磨いているから美味しいに違いない。」


そこまで言うと、シンクの方を見る。


「ダメだ。お前手当たり次第色んなもん食い始めるだろ…」


「なら私がオススメの屋台(みせ)とか案内するわよ。その代わりオススメ以外は食べてはだめ。」


「それがいい‼︎」


そういって、今度は2人分の視線がシンクに注がれる。


「…っ勘弁してくれ。」


「やったねジェスター‼︎どうやらOKのようだ。君のお影だよ。」


シンクは一言も良い、とはいっていないのだが、ケイトは良いのだ、と決めつけて嬉しそうにした。


『料理をお出しします。』


突然端末から声がして、それから数秒後にジェスターの左手側の窪みにガコンッと料理が引き上げられてきた。美味しそうな見た目に、食用をそそる香りが広がる。


「ポテトとキムチと枝豆が先に来ちゃったよ…飲み物が欲しいよ。」


とりあえず皿を全て取って机に並べると、またガコンッと下がっていく。しばらくして


『お飲み物があがってまいります。お気をつけください。』


という音声と共に飲み物が今度はあがってきた。


「とりあえず…乾杯‼︎」


「「乾杯‼︎」」


ケイトの音頭で乾杯を済ませ、乾いた喉を潤す。





やっぱり飲むならこの3人に限る。2人は基本注文端末を僕に預けてくれるし、話もよく聞いてくれる。

なにより、この3人でいるとほっとする。

この個室が完全防音だとか、プライバシーが守られてるとかそういう類の安心ではなくて…もっと根本的な部分での、安心がある。





気兼ねなく飲める仲間、というのが1番しっくりくるかもしれない。ジェスターが俺たち2人をどう思っているのかは知らないが、俺らはジェスターも含めた3人での飲みは、素直に楽しいと思っている。

真っ昼間から酒を入れつつ、雑談も交えつつ仕事の最終確認を詰め…そして夕方からは行動開始。

仕事があるにはあるが、それでも贅沢な時間の使い方だと思う。

ジェスターは聞き上手だし、なにより俺たち2人の共通の趣味を、俺たち以上に網羅し極めている。

旧体制時代の娯楽や書物、飲食物など、埋もれていってしまいつつあるものの探索が俺たちの趣味。ジェスターは、まぁ趣味ではないのかもしれないが、仕事柄旧日本のものを中心として、旧体制のものに詳しい。

やはり趣味や嗜好品が合うと、話も随分楽しくなるものだ。





2人がどう思っているかはさて置き。私は2人の話を聞くのが好きだった。落ち着くし、なにより楽しい。

正直、2人だけでなくていいのか、私がいていいのか、と思うこともあったが、2人は当たり前のように仕事前の一杯に私のことも誘う。

そして私はいつもそこに甘んじて参加する。

亜細亜座の8人でいた頃のような、賑やかな楽しさは戻ってこない。それでも…この3人でいることは、あの頃とは違った心落ち着き休まる楽しさがある。

出来れば、ここはもう、失いたくはない。


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