嗤う話
ほぉ…結構良いところに住んでるんだな。
鈴ーもといジェスターの家に着いてケイトが真っ先に思ったのはそんなことだった。
1フロア1世帯型の、いわゆる高級マンションの9階がジェスターの住まいだった。各劇場にすぐにでも赴けるように、この辺りでは最もデカい無人車駅の近くで窓からの眺めも悪くない。
ただセキュリティが徹底しすぎていて、入るのが面倒くさそうな気はするが…
「君がこんなお高めのところに住んでるなんて意外だな。悪い意味ではなくね、質素倹約な生活を好みそうに思っていたからさ。」
実際室内の家具などの調度品はあまり多くなく、あっても豪奢な感じのものは無い。だからこそ尚更、こんなところに住んでいることに違和感があった。
「別に、質素倹約とかはないわよ。でも景色とかも興味ないの、ただ荷物が多いから部屋数がいるのと…それからセキュリティがしっかりしていないと困るし、火事とかの防災もしっかりしているところ、と思って。」
「セキュリティとか気にするんだ。まぁ女性の一人暮らしはなにかと危険だろうものね。」
「私がどうこうなるのは別にいいのよ。そうではなくて、いない間に盗まれたり、もしくはさっき言ったみたいに火事で焼けたりしたら嫌だから。」
「そんなに大切なものがあるの?命よりも守りたいような…」
「えぇ…まぁ。」
答えを濁されてしまった。
「そこに座ってて、いま飲み物とか出すから。」
しっかりしてるなぁ。
なんて呑気なことを考えながら、指定された大きめの黒いソファに寝そべる。見た目によらずフカフカで気持ちがいい。
そういえば、ジェスターっていくつくらいなんだろう?基本的に僕らは互いの本名も何も知らないが、ジェスターの年齢は気になるかも…。
「ねぇねぇ、ところでジェスターっていくつ?」
「さぁ…17〜8ってところじゃないかしら。」
さぁ…って。まぁ自分の年齢や出生地が分からないなんて、トラストルノでは珍しいことじゃない。孤児なんかも多いし。
でもあまりにも素っ気なく答えるもんだから、思わずツッコミたくなってしまった。
「それならケイトも答えるのが礼儀よね。いくつ?」
トラストルノでは何もかもが等価交換。
個人情報だって例外でない。
「僕は今年で24‼︎ちなみにシンクは今年で25歳‼︎」
聞かれてもいないのに、勝手にシンクの個人情報をバラす。ジェスターは少し驚いた。
「思ったより若いのね。」
「いや失礼だろ‼︎まぁでもそうだね、2人とも30近くに見られることが多いかな? 旧欧州系の人達からは年相応に見られるけど…」
「2人とも知的に見えるものね。」
咄嗟のフォローかもしれないが、嬉しい。
「はい、どうぞ。」
目の前に紅茶と菓子がだされる。
「おっ‼︎紅茶かい?」
「ジュースとかの方が良かった?あるけど。」
「いやいや‼︎逆だよ、僕は紅茶が大好きでね。」
「それは良かった。」
ただてっきりジェスターは日本茶とか出してくるのかと思っていたから、などとは言わずにだされた紅茶に口をつける。
「ん?これ何茶?」
口いっぱいに砂糖とは違った自然な甘みが広がる。
「自分でブレンドしたやつなのよ、名前をつけるとしたら……栗茶かしら。」
「え、自分で作ったのかい⁉︎じゃあこのマドレーヌとかクッキーとか…あと、あとこの…なんだこれ。」
たくさんのツブツブが塊になった四方形のものを持ち上げる。
「それは"雷おこし"、旧日本の一部の地域でお土産とかとしても親しまれていた素朴なお菓子よ。その紅茶によく合うと思うわ。…あと、お菓子類も全て手作りよ。」
驚いた。ジェスターがまさかの家庭的なタイプだとは…いや手先は器用だし、まぁ作れるのだろうが、なんとなくキッチンに立つイメージがつかないのだ。ましてや菓子作りだなんて。
「それで、話ってなに?」
ジェスターは長いソファに足を伸ばし座るケイトの方をチラリと見てから、自分は1人用の小ぶりな方のソファに座った。今度はしっかりとケイトを見る。
ケイトはその視線を一身に受け止め、そしてじっと見つめ返し、それから口を開いた。
「誤解の無いように聞いてほしいのだが…
なぜ君は僕たちと共にいる?」