担い手 3
は?
「誤解しないで欲しいんだけど、別に東校が主体になってやったとかではないの。1人の生徒がPEPEを抜け出したんだけれど、彼女に関する情報をとある筋から買ったの。」
名影主席は話を続ける。
「で、いま南地区ではSKANDAだけでなくて、SOUPやトラストルノ外の組織まで絡んだ局地戦が始まっているようなのよ。」
リドは話を聞きながら、ついていこうと必死だ。
あまりにも話が飛躍しすぎて頭が追いつかない。
「で、さっきSKANDAから無人の小型飛行機みたいなのが東校に突っ込もうとしてきたみたいなんだけど、それは紅楼が撃墜して。で‼︎問題はここからなの……その無人飛行機の外装と表記は間違いなくSKANDAのものだったんだけど…内蔵されていた航空メモリが……」
「ちょっと待ってくれ‼︎」
リドは突然名影の話を切ると、扉の外に耳をすます。
コツコツコツ…コツコツ……
廊下から数人の足音が、まず間違いなくこの応接室に向かっている。
「すまない、人が来てしまったようだ。もし良ければ今夜にでももう一度折り返し連絡を取りたいのだが……」
「……いいわ。ねぇその代わりこれだけは誓って。今回の南地区の件に私達は関わってないから。」
「わかった。あ、あと、僕達のところにも無人飛行機がきて…本校舎に……」
「知ってる。さっきも言ったけど、そっちに協力してくれてる子がいるから。その……ありきたりな言い方しか出来ないけど、ご冥福をお祈りします。」
リドはその言葉を聞くと、すぐに通話を切り、端末を咄嗟に上着の内ポケットにしまう。
コツ…コツコツ……コツコツコツ…コンコン
足音はやはり応接室の前まで来るとピタリと止まり、それから扉をノックする音が、リド1人の静かな応接室に響いた。
リドは応接室窓側にある豪奢なデスクではなく、手前の……こちらも随分華美だが……向かい合わせの対談用ソファの近くに立ち、入って来るのを待つ。
「入ります。」
その声とともに最初に入ってきたのは、恐らくPEPE西校の教員か事務員。そしてその後ろから……
「やぁ、久しぶりだね。兄弟。」
やっぱり。この人が来ると思った。
スマートな佇まいの痩身の青年は時期に合わない濃紺色のナポレオンコートに身を包み、被っていた帽子を柔らかな所作で脱ぐとリドにニコリと笑いかける。
一見すれば素敵な紳士。
しかし目が笑っていない。
コートの中もあちこちにナイフなどを仕込んでいるに決まってる。
しかも不気味なのが、いくら校内は涼風が巡っているとはいえ、この蒸し暑いなかコートで来たのに、汗の一つもかいていないことだ。
「お久しぶりです。」
リドは深々と頭を下げる。
「おいおい、僕はいまここへ代理戦争組織の代表として来ている。そして、おま……君も"今は"PEPEの代表としてそこにいる。」
そう言いながら案内役を部屋から下がらせる。部屋には2人きりだ。
「つまり、今は対等だ。一時的に、だけれどね? だからそんなに不恰好に腰を曲げて、深くお辞儀をする必要なんてないんだ。気軽に会釈、程度でいい。なんなら………」
お辞儀をし続けるリドの前に立つと、リドからは彼の磨かれた革靴がよく見える。こちらも濃紺だ。
そのまま青年は上から柔らかな視線でリドのつむじを見下ろしつつ言う。
「なんなら、握手でも求めて来てくれていいんだよ?無論、僕がそれに応じるとは保証できないけどね。」
リドは青年が対談用のソファに優雅に座ったのを確認すると、ようやく顔を上げ、そしてまたソファの前で「失礼します」と律儀に声をかけて座る。
「煙草を吸っても?」
「えぇ、どうぞ。」
煙草を吸うなんていまじゃあまりにも珍しいことだ。さすがはクレバーの次期トップ候補。嗜好品にも金がかかるとみた。
しばし沈黙が漂う。
リドとしては、手っ取り早く状況の説明だけして、とっとと帰って欲しい。
そうして早く、やるべきことを片付けて、名影と話したい。話の続きが気になる。
しかし青年はゆっくりと煙草を味わっている。
どうやら腹違いの兄は、すぐに帰ってやる気は無いらしい。
煙草の煙がリドの気分と共に重く濁り、薄靄をくゆらせ続けている。