知将親子7
「さて……とりあえず順に話していくとしよう。」
校長室に戻ると、応接ソファに親子は向かい合うようにして座る。
対面で、2人きりで話すなんていつぶりだろうか……四年前の事件以来、兄の話だけでなく、会話をする事すら憚れるようになった。
「まずは、そうだな…トラストルノの近況についてだ。」
トラストルノの近況?
やっぱり何かまずいことが起こっているのか、それとも大きなイベントでもやらかすつもりか……
「お前達でもさすがに感じていることとは思うが、トラストルノは近年稀に見る危機的状況にある。」
「超大規模戦争?」
「それもある。が、それに加えて……"トラストルノ解体"の危機だ。」
聖は首を傾げる。
「前から気になってたんだけど…そのー…トラストルノの解体ってSOUPにとっちゃ危機かもしれないけどさ……それって俺らとかあんたにとっても危機か?」
「トラストルノが解体すれば今までと制度が大きく変わるばかりでなく、我々上位層は非難の対象になるだろうからな。」
そこで聖はかぶりを振る。
「いやいや、そういう意味じゃなくって。俺はトラストルノが潰れるって聞いて正直『やっとか』とか『ざまぁみろ』くらいに思ってるんだけどさ……一個人、ただの芦屋秀貴としてはどうなのかな?って…」
そう問い直すと、秀貴は黙る。
しばしなんと答えるべきかまよっているようだ。
「いいよ、別になんて答えても。別に責めたりしないし、意見は人それぞれで、あんたには立場もあるし」
それは素直な聖の意見だ。
「校長として、大人として、そして夫や父としては……混乱を避けるためにも、現状を揺るがして欲しいとは、思わない。」
これは本音だ。
「しかし………芦屋秀貴個人としては…トラストルノなんてぶっ壊れちまえ‼︎と思っているし、なんならトラストルノの外で傍観者決め込んでる奴らもまとめてどん底に突き落としてやる‼︎………くらいには思っている。」
これも本音だ。
「………だからな、母さんやお前達の存在は俺にとって大きなものなんだよ。"大切なもの"とか"守りたいもの"ってのがあると…自暴自棄に好き勝手やれなくなる。
もし…何もそういうものが無かったら、俺は間違いなく武装組織かそれに近い組織に入っていただろう。」
「そっ……か。」
はじめて聞いた父の本心は、多少自分の予想よりも過激だったが、まぁ納得できないものではなかった。
ただ、久しぶりの父の砕けた話し方に、聖は親近感を感じていた。
やっぱり話し方とか、そういったものは遺伝するのだ。
自分の鏡を見ている気分になる。
「まぁ俺らがトラストルノの解体についてどう考えるかはさておき、問題はその解体に向けての動きそのものだ。"解体する"という結果はこの際どうでもいい。
それが話し合いなどによる解体なら、俺はよくやった、と言ってやりたいくらいだが……生憎そんな殊勝な考えや方法による解体ではない。」
聖は真剣に耳を傾ける。
「いま、トラストルノ内ではトランプのような武装組織だけでなく、カンパニー同士の間でも一触即発の空気が漂っている。……さらに厄介なのが、SOUPの研究機関が…レベルEの被験体の逃走を許したばかりか、いぜん行方が掴めないことだ。」
聖は「レベルE」の恐ろしさがいまいちわからない。
"人類の存続の危機に瀕するような状態、もしくはその状態に陥れるような物々"
ということは、つまりレベルEの被験体というのは、人類滅亡に繋がるなにか、というわけなんだろうが………具体的にどんなものなのかさっぱり見当がつかないせいで、あまり危機感は実感できない。
「で、その被験体の逃走は人類滅亡に繋がるから、トラストルノが解体するってこと?」
聖は理解しようと頭をひねる。
「いや…人類滅亡は確かに最悪の危機だが……それ以前の問題として、その逃走に手を貸した者がいる。」
「………?」
逃走………そういえばさっきもそう言ってたな。
「ずっと気になってたんだけど…今回のレベルEの被験体ってどんな…えっと…物?なの?」
そう聞くと秀貴は顔を歪める。
聖はなぜそんなに顔を歪めるのか理解できずに、訝しげに父親を見つめた。
「…………子供……なんだ。」