知将親子6
「先日の件、聞いたぞ。どうするんだ?」
「戦線参加の件ですか?…そればっかりは、首席に決定権がありますから、なんとも……まぁ彼女の性格傾向からするに、僕や伏、それから芦屋は選ばれないかと思いますがね。」
「なんだ配慮か?」
父からの質問に寿音はしばし逡巡し、それから口を開いた。
「それもあるでしょうが、なにより重要なのは、責任の獲得かと思いますよ。」
香衣は眉を片方だけあげて説明を求める。
「つまり、僕らのようなタイプの生徒は、いざという時に管轄が親の組織に移る可能性があるでしょう?"PEPEのSクラス"だけに所属している者であれば、統率責任はそのトップである名影から移ることはない。」
「自由に使える駒ってことかね?」
「まぁ言い方を悪くすれば……ただ彼女はやり手ですけど、かなり優しい子ですよ。」
恩は心の底からそう思っている。
名影はむしろ、優しすぎるくらい。
恩は前首席を知っているが、彼よりもはるかに名影の方が良い首席だと思う。
正直、前首席には読めないところがあった。
静かな冷たさ。なんとなく無機質に感じる瞬間があって……あまり恩は芦屋類前首席が好きでない。
「戦線に参加しないとなると、Sクラスの首席全権は芦屋のところの坊ちゃんに移るのか?」
「まぁそうなるでしょうね。」
「また芦屋か。……しかし、となると首席と一緒に戦線に立つのは誰になる?」
「女子生徒が1人、現在負傷して治療中、戦力になりません。で、いま僕が言った芦屋、伏と僕…それから現在消息不明の者が首席の見立てではそろそろ戻ってくる筈だ、ということですので、その生徒も恐らく残るでしょうね。」
その生徒------ティトの話を聞いて、恩香衣は一旦話を止めさせる。
「消息不明?なのにその子が戻ってくることを首席は知っている?……首席が個人的に何処かにやっているのでは?」
その質問に寿音は「それも考えました」と前置きをして答える。
「ただ、基本的に首席の権限はPEPE内か、もしくはPEPEという組織としての行動に限る。今回の戦線参加の件については確かに彼女個人が動いているように見えますが、実際はSクラスとして…の動きです。」
「それになにより、ティト・コルチコフの素性が怪しまれるところなんですよ。彼女は何処か全く異なった組織にも所属している可能性がある……それもトラストルノ外の組織に。」
寿音はティトがしばしば奇妙な伝音通信機を使っていることを知っていた。PEPEにあるものではない。
しかも彼女のトラベルクラッチには見るたびに細かいが、新しい傷がついている。
トラベルクラッチは簡単に言えば超小型のキャリケースのようなものだが……そもそもPEPEの学生、それも首席でもないティトにトラベルクラッチが必要になるとは思えない。
トラベルクラッチは大量の荷物をまるで瞬時の空間移動でもさせるかのごとく早く運べる代物だが…トラストルノ間であれば基本的に地続きなのだから、手っ取り早く個人荷物運送用のドローンでも使えば良い話だ。
海を越える必要がある。
と考えるのが普通だろう。
「だとしても、だ。それが首席との無関係性を示す証拠にはならないだろう。」
「なりますよ。名影家は以前からトラストルノ外の傍観者意識に対する反発を口にしている家ですし、なにより名影零はクローンです。」
寿音はSOUPと外部組織の繋がりの可能性が無いとは言えないことを知っていた。
だが、クローン実験に関しては、互いに秘匿予算で行なっている以上、そうそう易々と相手組織に渡すとは思えない。
「そうか…まぁ、お前がそういうなら信じよう。時として無条件に信ずることが思わぬ成果をもたらすこともあるしな。」
「ぜひ良い結果がもたらされますよう……」
「それで…だとするなら、戦線に実際立つのは誰だ?」
「そうなれば可能性があるのは、ロバート・キングと真城潤ですね。恐らく当初首席は真城だけを連れて行くつもりだったんでしょうけど、なにやらカンパニーが、首席を除いてあと2人連れてこいとか言ったらしいので……まぁ必然的にロブを連れて行くんじゃ無いかと思いますよ。」
香衣は軽く笑う。
「どこからその人数に関する情報が行った?」
そう問われて、寿音もにこりと笑う。
「僕だって、自分の周りの状況を把握する権利があるんですよ。」
見つめ合う親子の目は口角と対照的に笑っていない。
「つまり…未来の顧問に内通しようという者がいる、と。」
「いえ、僕は未来の顧問ではありませんよ。なにせ、Sクラスですから。SOUP所属は確実でしょうね。」
「本当にSOUPがこの荒波を乗り切っていければな。」
「それはカンパニーだって同じことでしょう。」
そこまで言われると、香衣は「はぁ」と息をつく。
「後継者問題なんて今争うようなことではないのに…南地区の件は耳に入れたか?」
「いえ?」
香衣は本当に疲れた、と言わんばかりに頭を振り、話す。
「あそこの…SKANDAのグプタの息子…がまぁ当然後継者な訳だが……」
「困ったやつなんですか?」
「そうだ。それも頭がキレるから手強い…といった方の"困った"ではなくてな……」
香衣は我が息子ながらよく出来た子である寿音を見て、それから目が合うと苦笑して続ける。
「端的に言えば、バカなんだ。口を開けば自己顕示と他人への罵倒ばかり。頭の中にあるのはいつだって金と女と酒さ。」
「……酒池肉林ってやつですか。」
「ははは…あぁそうだな。そればかりに気をやっている愚か者なんだ。」
寿音は指で軽くテーブルを小突きながら、SKANDAの次期トップ様がそんな風になった原因として考えられるものをいくつか頭の中にあげる。
「幼少期の暴力……父親との確執……」
どれもなんとなくしっくりこない。
それらは荒れる原因、好戦的になることの原因にはなるかもしれないが、話を聞く限り…ただ好戦的なのではなく、我儘、身勝手、自己中の考えなしのようだし。
「母親の過度な甘やかし…?」
「あぁ、それだろうな。」
なるほど……そりゃ厄介だ。
「正直、そういったことも踏まえて…戦火は戦場に留まらず、すぐそこまで来ている。と考えていい。」
「PEPEでも武器の整備をした方がよろしいですか?」
「そう…その件なんだが………
芦屋校長がSOUPとは別個に動いて、武器を調達しているようだ、という話もあるんだが…」
「可能性はゼロじゃないですね。」
「思い当たる節でもあるのか?」
「いえ、ただ………
校長は元々アンチトラストルノなので。」